「待たせたわね、ルーデウス」
赤竜の下顎で、死にかけのルーデウスに泣きついていた女の子。
あの時の少女が成長し、目の前で剣を構えていた。
昔よりも、ずっと強くなったのだろう。
「ギレーヌ!背中は任せるわ!」
エリスは背後にいる獣族の女に声をかける。
倒れ伏したルーデウスには、二人の女が駆け寄っていた。
ルーデウスが回復するまでの時間稼ぎ、ということだろう。
これ以上、オルステッドの魔力を消費させるわけにはいかない。
俺も自ら手掛けた魔剣——『賦刃』を抜いた。
しかし、エリスは一歩も動かなかった。
「うん……? こないのか?」
オルステッドが怪訝そうにエリスを見る。
「私は、待っていればいいのよ。そしたら、ルーデウスと一緒に攻めるわ」
その言葉に、オルステッドは眉を上げた。
「……驚いたな。エリス・ボレアス・グレイラットが、仲間と共に戦おうとするとは。これも狂いか?」
ブツブツと呟くオルステッド。
オルステッドが知るエリスとは、よほど違うらしい。
「私は、もうボレアスじゃないわ。エリス・グレイラットよ」
「俺の知っているエリスとは、別人ということか……」
そう呟いたオルステッドは、俺にしか分からないほど僅かに寂しそうな顔をした。
そして、神刀を構える。
「では、俺からいこう」
俺も剣を構えた。
――が、最初に攻撃する気は全く無かった。
攻撃する気がないのに、俺が剣を抜いた理由は二つある。
一つ目は、己の戦闘能力を上げて、遅れを取らないようにするため。
そして二つ目は、
本当にやることは別にある。
それは、消耗しているオルステッドの回復だ。
そもそも、俺に戦闘能力はそこまでない。
己の魔力と引き換えに剣の腕を上げる魔剣『賦刃』を抜いて、ギリギリ王級…といったところだ。
明確に一つの流派を極めているわけでもないので、あくまでも主観ではあるが。
とにかく、強敵を相手にする時、俺の役目はいつもサポートなのである。
オルステッドは余裕そうにしているし、多分、ここから一人で戦っても負けることはないだろう。
それでも、確実に消耗しているのは事実だ。
これ以上魔力を使いたくないオルステッドは、治癒魔術を使わないだろう。
ならば、今はオルステッドを回復することが最優先である。
「剣神流奥義『光の太刀』」
オルステッドの手が、凄まじい速度で放たれる。
それと同時に――
「剣神流奥義『光返し』」
エリスの剣が振り下ろされた。
次の瞬間、オルステッドの剣と手首が宙を舞った。
オルステッドは左手で、宙を舞った手首を掴む。
そして、それとほぼ同時に回し蹴りを放った。
エリスが蹴りに気を取られている隙に、俺はオルステッドの背後へ回り込む。
そして、身体に触れ――無詠唱で治癒魔術を発動した。
切り落とされた手首が繋がり、それと共に他の傷も治っていく。
何度もやったことのある連携だ。
オルステッドは、俺がそうすることを分かっていたかのように、うっすらと口角を上げた。
「……!」
エリスは、いつの間にかオルステッドの傷が癒えていることに驚いているようだった。
「この戦い方。剣神の入れ知恵か。よほど気に入られたようだな、エリス・グレイラット。ガル・ファリオンの寝所にて、武勇伝でも聞かされたか?」
「ふん」
「…………そうか。本当に強くなったのだな」
オルステッドの渾身の煽りは、見事にスルーされたようだ。
ただでさえ口下手なのだから、こういうやり方は向いていないように思える。
オルステッドが両手で手刀を構えた。
俺もサポートに回れるように動こうとした、その時――獣族の女に邪魔をされた。
「お前の相手は私だ」
仕方あるまい。
あっちはあっちで頑張ってもらうとしよう。
「光の太刀――!」
剣が俺に向かってくる。
だが、俺は何もしない。
刃は真っ直ぐ俺の胸へ――突き刺さることなく、止まった。
「なに!?」
「悪いけど、あんたじゃ
歯を食いしばり、俺を睨みつけてくる。
しかし、今の実力を見て、彼女が王級程度の実力を持っていることは分かった。
鎧があるので死ぬことはないと言えど、殺すには少々手間がかかりそうだ。
どうしようかな、とオルステッドの方を見る。
すると、何故かオルステッドは真剣白刃取りをしていた。
…なんで?
「思った以上だ。だが、これで終わりか?」
「いいえ……これからよ!」
良かった。
シュールに見えたが、ふざけているわけではないようだった。
エリスは言い切った後、振り返ってルーデウスの方を見る。
だが、ルーデウスはどう見ても戦える状態ではなかった。
茶色い髪は白く染まり、今にも死にそうな顔をしている。
二人の女に支えられ、ガクガクと震える足で立っているのがやっとだ。
「何が、これからなのだ?」
……うん。
まあ、もう終わりだろう。
「…………これからは、これからよ」
諦めの悪いエリスは、それでも覚悟を決めたように叫んだ。
「あなた達はルーデウスを逃しなさい!私が、命に替えてもこいつらを足止めするから……!」
目を見張った。
決死の覚悟、というやつらしい。
「ギレーヌ!ルーデウスとロキシーを護衛して逃げて!」
「エリス!あたしはお前を守るのが仕事だ!」
何やら、誰が足止めをするかで揉めているようだ。
こんなに女の子たちに命を張ってもらって……。
ちょっと、ルーデウスが羨ましいな。
彼女らが言い争っているのを尻目に、俺はオルステッドと目を合わせた。
オルステッドの目には、迷いと不安と――それから、僅かな期待が浮かんでいる。
それを見て、俺はオルステッドが何をしようとしているのかを理解した。
そして、俺はオルステッドを一押しするように——強く頷いた。
「…………ふぅ」
オルステッドは、ため息をつく。
「ルーデウス・グレイラット! 俺は貴様がヒトガミに与する限り、逃しはしない!この場にいる全ての人間、町にいる全ての人間を皆殺しにしてでも、お前を追い詰めて殺す!」
お前の子供を拐かすとまで言われたルーデウスから、強い殺意が向けられる。
それでも、オルステッドは構わず続けた。
「だが、闘神を模倣した貴様の鎧と、ラプラスの因子を持つその魔力。そして、俺の呪いの効かぬ貴様の体質には、利用価値がある!」
「?」
怪訝そうな顔をするルーデウスに、オルステッドは言った。
「ヒトガミを裏切って、俺に付け!」
さあ、来い、ルーデウス・グレイラット。
きっとここが——————
「選べ! ルーデウス・グレイラット!
ヒトガミに付き、俺の手で全てを失うか!
俺に付き、共にヒトガミと戦うか!
貴様なら、俺の呪いの効かぬお前なら、己の意思で選べるはずだ!」
ルーデウスとオルステッドの視線が絡んだ。
真意を探るように、ルーデウスはじっとオルステッドの顔を見つめている。
伝わってほしい。
「……俺は、
その日。
ルーデウス・グレイラットは、龍神の配下となった。
『賦刃』の魔力と引き換えに剣の腕を上げる能力は、元々強い人ほど効果が無くなります。
また、カオスの強さはあくまでも主観であり、彼の強さは一概には言えないようです。