新入社員——ルーデウスとの初接触を終えた翌日。
俺はまだ空が若干暗い早朝から、小屋の外で
気分転換のためだ。
オルステッドが読み終わったルーデウスの日記を、俺も片っ端から読んでいったのだが、なかなかにヘビーで重苦しい内容だった。
そのせいか、なんか悪夢を見たような気もする。
日記なんて書いたことがないのに、日記を書く夢を見るなんて、完全に影響されているだろう。
ちょっと鬱になった俺は、仮面を外して早朝の気持ちいい空気を堪能している、というわけだった。
そんな折、ふと人がやってくる気配がした。
ルーデウスだろうか?
こんな、ほぼ夜中と言ってもいい時間にやってくるとは思えないが……。
段々と近づいてきて、その容姿がはっきりしてくる。
丸眼鏡をかけ、頬骨の浮いた面長の顔。
ひょろ長い体格。
いかにもガリ勉のオタク、といった感じの風貌。
「……!」
向こうも俺に気がついたようだ。
不審そうにこちらを見てくる。
「……ここで何をしておる? ここは師匠……あの『泥沼』ルーデウス・グレイラットの所有している小屋であるぞ」
どうやらルーデウスの知り合いらしい。
この分だと、俺たちのことは聞いていないのだろう。
さて、どうやって説明しようかな……。
「えっと……俺はカオスって言います。一応、ルーデウスから許可はもらっていて……」
「かおす……カオス?」
自己紹介すると、オタク君は眼鏡をキランと光らせた。
男は持っていた何かのパーツらしき物を地面に降ろし、懐をゴソゴソと探り始める。
「失礼ながら、龍族の方とお見受けするが……」
「はぁ」
「これに見覚えはありませんかっ!!!」
ズイッと眼前に冊子を突きつけてきた。
それは、俺が大昔、自動人形を作りながらメモとして書いていた
「ん? お、おう。懐かしいな、それ。俺が書いたやつだな。一体どこで見つけ――」
「あなたでしたか!!!」
突然大声を上げた眼鏡男は、俺の手を両手で握ってきた。
「あなたが……貴方様がかの有名な
ペルギウス様から旅をしているとは伺っておりましたが、こんなに早くお会いできるとは! 余は感激しております!」
「ちょ、ちょっと待てって」
なんか結構な力で手を握られていて痛い。
闘気を貫通してくるとは、なんてやつだ。
「! 大変失礼いたしました。余はザノバ・シーローンと申します。カオス様の自動人形に大変感銘を受けまして、ぜひともいつかお会いしたいと考えておりました」
俺の自動人形——と聞いて、思い出した。
俺が全身全霊をかけて作っていた、愛しのオートマタ。
オルステッドに地下へぶん投げられた、あの自動人形のことを。
俺は眼鏡男——ザノバの肩に掴みかかった。
「あの自動人形のことを知っているのか!?」
「はい! 実は師匠の家を探索している時に発見しまして……」
なんと、廃屋となっていた俺の家に、人形が無事いたらしい。
しかも、俺がいない間も機能していたようだ。
「いなくなった後も部屋の警備をしてくれてたなんて……なんて健気なんだ」
「ええ! 大層愛を込めて作られたからでしょう! 細部に刻まれた技術は惚れ惚れするほどで、カオス様がどれほど人形を愛していたのかが伝わってくるほどでございました! 余も人形を愛する者として、カオス様の理念には崇拝のようなものまで感じている次第でございます!」
そこまで言われると、俺も悪い気はしない。
「分かってるなお前! それじゃあ俺のこだわりポイントを教えてやろう……」
「おお、なんと! ぜひともお聞きしたいですぞ! カオス様の手記は拝見いたしましたが、なにぶん知らない文字ばかりで解読に難航していたので……」
「あぁ、龍神語で書いてたからな。よし! じゃあまず接続部なんだが……」
こうして俺とザノバは、人形談義に花を咲かせた。
打てば響くようなザノバの相槌が気持ちよく、あっという間に時間は過ぎていく。
気がつけば夜は明け、太陽が高く昇り始めていた。
ふと、ザノバが立ち上がる。
「そうでした! この小屋に試作の一部が置いてあるのです。ぜひお見せしたいですぞ!」
「おお! それは俺も見たい!」
こうして俺たちは小屋へ駆け寄り、扉を開くと————
そこには、まさに恐ろしい悪鬼が中央の椅子を陣取っていた。
……違う。
何してんだこいつら、といった顔をしているオルステッドだ。
オルステッドが中にいるのを、すっかり忘れていた。
「おおおお!? 貴様、何者だ!!??」
すっかりオルステッドの呪いに当てられたザノバが、恐れ慄いている。
オルステッドは呆れたように俺を見た。
うーん。
ここは俺が何とかするしかないだろう。
「ザノバ、この人は顔は怖いけど案外——」
「まさに悪魔……! なるほど、師匠を狙いに来た敵だな!?」
駄目だった。
ザノバはもうオルステッドを敵認定している。
「ま、待ちなって……」
「カオス様はお逃げください! 余が足止めしますぞ!」
そう言い切ったザノバは、俺を振り切ってオルステッドに突撃していった。
最初にも思ったが、こいつ、とんでもない怪力だな。
「うおおおおおおおおお!」
「……ふん」
だが、戦闘能力はそこまでないらしい。
オルステッドに一蹴され、ゴロゴロと転がっていった。
「うぐぐ……余は屈さないぞ……」
しかし、それでもザノバは諦めなかった。
オルステッドの蹴りを受けてもなお、立ち上がろうとしている。
とんでもない耐久力のようだ。
「はぁ……」
仕方ない、といった素振りのオルステッドは、それから何か術らしきものをザノバにかけた。
すると、立ち上がろうとしていたザノバの脚から力が抜け、その場に倒れ込む。
「お、おのれっ……この鎧だけは渡さぬ……師匠に届けねば…………!」
凄まじい執念で小屋の外まで這いずっていたが、そこで力尽き——————死んだ。
「ヌカ族に伝わる催眠魔術で眠らせた」
死んでなかった。
どうやら、あと数時間もすれば勝手に起きるらしい。
ていうか、大した量ではないとはいえ、また余計な魔力を使ったな。
オルステッドはそのままザノバを放置して小屋の中に入っていった。
可哀想だが、どうしようもないので、俺のコートだけザノバに掛けてやり、俺も小屋に戻った。
R.I.P. ザノバ・シーローン……。
その後、しばらくしてやってきたルーデウスは、倒れているザノバを見て、「し、死んでる……!?」と驚愕していた。
ジーザスとか叫びそうな様子だったので、生きてるよ、と教えてあげた。
---
「では、早速だが本題に入ろう」
そう始めたオルステッドは、ルーデウスにヒトガミとの接触について詳しく問いただした。
「——以上です。何かわかりますか?」
うーむ、分からん。
ヒトガミは何がしたいんだ?
「ああ。奴が、お前をどういう風に使ったのか、よく分かる」
オルステッドは分かったらしい。流石だ。
ちょっと恥ずかしいので、俺も分かった顔をしておこう。
どうやらヒトガミは、強い運命力を持つルーデウスを使って、歴史を自分の都合の良いように大きく変えたらしい。
だから今度は、オルステッドがルーデウスを使って、歴史をオルステッドの都合の良いように変える。
そう、話を締め括った。
「……確認ですが、これからヒトガミの所に行って、二人でぶっ倒すってわけにはいかないんですよね?」
「秘宝が集まらん限り、ヒトガミの所には到達できん」
「今すぐは、集まらないんですよね?」
「四つまでは可能だが、最後の秘宝はラプラスが持っている。ラプラスの復活は、今から約八十年後だ。
……秘宝の回収は俺が行う。勝手な真似はするなよ?」
ふぅん、といった顔をルーデウスはした後、俺の方に目をやった。
「カオスさんがいるってことは、実質あと四つってところですか」
「「…………………………」」
微妙な空気が流れたことに気づいたのか、ルーデウスは挙動不審になり始めた。
ルーデウスは、俺を殺さなければ秘宝を得られないことを知らないのだろう。
さて、このことを伝えるべきか否か……
「……あぁ、そうだ」
オルステッドは言わないことにしたようだ。
まぁ、それがいいと思う。
俺とオルステッドが脅迫された関係だということを言えば、ルーデウスに余計な警戒をさせそうだしな。
俺もオルステッドも、まだルーデウスを完全に信頼しているわけではない。
ルーデウスは少し不可解そうな顔をしたが、これ以上聞くつもりはないのだろう。
「そうですか」
そう頷いて、話を終わらせた。
それから、ルーデウスが思い出したように尋ねてきた。
「そういえば、オルステッド様たちは、ナナホシにはもう、お会いになりましたか?」
「…………いや、会ってないな」
怒ってはいないのだが、何だか気まずくてナナホシを訪ねられていなかった。
ルーデウスは少し言いにくそうにしながら、言葉を続けた。
「俺が言えたことじゃないでしょうが、もし彼女に呼び出されたことを気にしているのでしたら、俺が半ば無理やりやらせたことなので、許してあげてほしいです」
まぁ、やっぱりそうだよな。
多分ナナホシは、ルーデウスにも世話になり、俺たちかルーデウスかで迷って、ルーデウスについたのだ。
「ナナホシは、俺があなたたちと戦うのを最後まで反対していました。あなたたちは案外優しいし、世話になったから、と」
「……」
そんなことを言われていたとは。
オルステッドは黙ったままだが、俺は結構単純な人間なので、ちょっと拗ねていた気持ちが和らいだ。
「分かったよ。元々ナナホシに対しては怒ってないし。気まずいけど、また今度ナナホシに会いに行ってみるよ。ナナホシの謝罪を受け入れるくらいいいだろ、な、オルステッド」
「……あぁ。ナナホシはあれで……役に立つ女、だからな」
言い方はちょっとどうかと思ったが、それでも俺とオルステッドの言葉を聞いたルーデウスは、ホッとしたような、嬉しそうな、そんな顔をした。
一通りルーデウスの疑問に答え終わったオルステッドは、今後の予定として、直近の歴史を変えると言い出した。
どうやら、アスラ王国の第二王女を王にしたいようだ。
まぁ、俺には関係ないだろう。
政治とかよく分かんないし。
しばらくはのんびりできるかもしれない。
「——カオス」
そう思って詳しい話を聞き流していたところで、オルステッドが呼んできた。
やべ、聞いてないのバレたか。
「なに?」
俺が慌ててオルステッドを見ると、こんなことを命令してきた。
「お前はペルギウスの元に行って説得してこい」
…………え?
次回からアスラ編です