空中要塞、ケイオスブレイカーにて。
俺はオルステッドに命じられた通り、ペルギウスを説得——していなかった。
一度もペルギウスのもとへ行くことなく、続きをしていた研究を進めたり、新しい魔道具を開発したり……
つまるところ、遊んでいたのだった。
今もナナホシとお茶をしながら、異世界転移装置の研究結果について話を聞いている。
こうして他人が研究している内容を聞きながら、自分の知見を深めていくのは非常に楽しい。
「ご歓談中に失礼いたします」
そんな折、突然声をかけられた。
俺は声のした方に目を向け——目を丸くした。
今まで見た中で最も綺麗な金髪。
麗しい美貌。
とんでもない美少女が、そこにいたのだ。
そんな美少女が俺に何の用だろう。
ナンパかな。
前世も含めて、逆ナンなんて初めてだ。
しかも、こんな綺麗な子から。
俺はさり気なく前髪を整えた後、手を組み、余裕のある男のスマイルを浮かべた。
「俺に何か用かな? 綺麗なお嬢さん」
「うふふ、ありがとうございます。お初にお目にかかります。私は、アスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラと申します」
王族の方だった。
なんなら、後ろには従者らしき男の子までいた。
俺は慌てて組んでいた手を放し、背筋を伸ばした。
ナナホシは知っていたのかなと思い、ちらりと見てみると、呆れたような顔をしていた。
くそう、恥ずかしいぞ。
「す、すみません。王族の方とはつゆ知らず……」
「とんでもありません。ところで貴方様は、狂龍王カオス様とお見受けいたしますが……」
「あー、まぁ、はい。カオスと呼んでください。」
「やはり、かの著名な
「ちょ、陛下なんてやめてくださいよ。カオスで大丈夫です。俺なんて大したことないですから」
俺は頭を下げたアリエルに、慌てて首を振った。
「ご謙遜を。かの龍神オルステッド様と行動を共にしているとか。きっと絶大な信用を置かれているのですね」
いいえ、真逆です。
信用がないから逃げないように連れ回されているんです。
そんなことを知らないアリエルは、そのまま話を続けてきた。
「ぜひ、カオス様やナナホシ様とお話ししたいのですが、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「あぁ……まぁ、どうぞ」
「ありがとうございます」
お姫様の言葉を断れるわけもない。
俺が勧めた席に、アリエルは腰を掛けた。
「はぁ…………」
アリエルはシルヴァリルが淹れたお茶を一口飲み、それからこれ見よがしにため息をついた。
「聞いて? どうしたのって聞いて?」というオーラをひしひしと感じる。
「えっと……その、お疲れのようですが、どうしました?」
俺が尋ねると、アリエルは待ってましたとばかりに口を開いた。
「実は……」
どうやら、アリエルは王権争いに苦労しているようだった。
ペルギウスに後ろ盾になってほしいらしいが、なかなか上手くいかないらしい。
「カオス様は、ペルギウス様と仲が良いと聞きましたが……」
「誰と誰が仲が良いっつった?」
「!も、申し訳ありません」
おっと。
条件反射で、うっかりお姫様にキレてしまった。
殺気も出てしまったのだろう、後ろの従者くんが、剣に手をかけている。
俺は誤魔化すように、ゴホン、と喉を鳴らした。
「俺にペルギウスの説得を求めても無駄ですよ。アイツが俺の言うことなんて聞くわけないんだから」
「い、いえ。カオス様にお願いするなんて、とんでもありません」
アリエルはすっかり萎縮してしまった。
よくよくその顔を見ると、目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。
どうやら、本当に参っているらしい。
少し居たたまれなくなった俺は、口を開いた。
「ペルギウスは、その……なんて言ってるんだ?」
「ペルギウス様は、王として最も重要な要素が何か考えよ、と……」
なるほど。
ペルギウスの言いそうなことだ。
どうやらペルギウスは、ガウニスが王として重要な要素を持っており、真の王だと思っているらしい。
ガウニスとは俺も少し話したことがあるが、俺にとっちゃ、ただの阿保な男だ。
「ペルギウスはガウニスが大好きだからなぁ……」
俺の家によく遊びに来ていた時も、ペルギウスは事あるごとに「ガウニスが、ガウニスが」と煩かった。
ペルギウスのガウニス推しは、今に始まったことではない。
「……やはり、ガウニス様のようになることができれば、ペルギウス様の納得する答えを出せるのでしょうか……」
ん?
それは、なんだか違う気がする。
そういうことではないだろう。
「ペルギウスの納得することを言えれば、それで正解なのか?」
「えっ?」
怪訝そうな顔をするアリエルに、俺は続ける。
「ペルギウスが『王として最も重要な要素は人殺しです』って言ったら、お前は民を皆殺しにするのか?ガウニスが、もし贅を尽くす王だったら、お前は税金で豪遊するのか?」
「そ、そんな極端な……。でも、ペルギウス様が納得しなければ……」
「それが分からないうちは、いつまでも
アリエルは、迷子のような、辛そうな表情をしてしまった。
後ろの従者くんは、何だか恨みがましそうに俺を見てくる。
いかんな。
年下をいじめすぎたかもしれん。
これじゃペルギウスおじさんと一緒だ。
何となく気まずい空気が流れる。
俺は助けを求めるようにナナホシを見たが、彼女も非常に居心地が悪そうにしていた。
私は知らないわよ、っていう顔をしている。
うーん、困ったな。
しかし、そんな地獄のような空気に、光明が差した。
そう、ルーデウスたちがやって来たのだ。
「ああ、ルーデウス。ちょっとこっち来て座ってくれない?」
ナナホシの言葉に従い、ルーデウスはナナホシとアリエルの間に座った。
俺とアリエルの間に来てほしかったな……
仲間が来たおかげか、アリエルの顔は先ほどよりもホッとしたように見えた。
「これはルーデウス様。ご無沙汰しております。龍神オルステッドの配下となられたこと、改めて祝辞を述べ、ても……いえ、おめでとうございます」
アリエルは歯切れ悪く切り出し——俺の視線に気が付いて、慌てて言葉を直した。
別にオルステッドの悪口くらい言っていいのに。
なんなら、全力で乗っかってあげるぞ。
アリエルとルーデウスはそのまま挨拶を交わし、それからナナホシが、俺たちが仲直りしたことをルーデウスに報告した。
ルーデウスは、肩の荷が下りたような顔をしていた。
「カオスさん、ありがとうございます」
「いいって。気にするな」
申し訳なさそうに言うルーデウスを、俺は手で制する。
俺たち——主にオルステッド——もルーデウスをボコボコにしたし、お互い様だ。
それから、ルーデウスを加えてお茶会は進んでいった。
話し上手なルーデウスが来てくれたので、俺が気を使わなくてよくなった。
ありがたい限りである。
オルステッドを見て失禁がどうとか、身に余る力がどうとかいった話を聞き流していると、突然、ルーデウスがアリエルの手を掴みだした。
いや、話半分に聞いていなかったので、突然に思えただけかもしれないが。
でも、後ろにいるエルフ耳の——シルフィエットだっけ?——が、ムッとした顔をしている。
突然の修羅場だ。
「アリエル様。実は今日、ここに来たのは、世間話をするためではありません」
「では、私を口説きにいらしたのですか?」
「口説き落ちてくれるなら、それも魅力的ですが……。ルークと、シルフィの二人に頼まれたんですよ。アリエル様を助けてほしい、と」
どうやらルーデウスは、アリエルに助力を申し出たみたいだ。
オルステッドの命令もあるし、妻からのお願いともなれば、一石二鳥といったところだろう。
「確かに、ありがたい申し出です……しかし」
アリエルはすぐには頷かなかった。
俺にちらりと目をやった後、ルーデウスの顔を覗き込む。
「ルーデウス様はオルステッド様の配下になったと聞きます。そのような勝手が許されるのですか?」
「オルステッド様には、すでに話を通してあります」
「ということは、ルーデウス様はオルステッド様の指示で動いているというわけですね?」
ルーデウスは俺を見て、少し思案する素振りをした。
だが、俺が何も言い出さないのを見て、アリエルに視線を戻した。
「そういうわけではありませんが、アリエル王女に助力したいと言ったら、自由にしろと仰られました」
「……そうですか。分かりました。オルステッド様には感謝を」
なるほど。
どうやら、オルステッドの目的については伏せておく方針らしい。
オルステッドには呪いもあるし、そうするのが安牌かもしれない。
まぁ、このお姫様だったら大丈夫そうな気もするけどな。
「では、よろしくお願いします。ルーデウス様」
「はい、こちらこそ」
こうして、ルーデウスとアリエルは握手を交わし、協力体制を結んだ。
「アリエル様を王にするためには、オルステッド様やカオス様に協力を要請するのもアリですが……」
そう言いながら、ルーデウスはこちらを見てくる。
俺は首を横に振った。
「俺もオルステッドも、アスラ王国への影響力はほとんどないから、無意味だと思う」
もし力があったとしても、狂龍王の名を利用する気はない。
ですよね、という顔で頷いたルーデウスは、本日の議題を提示した。
「やはり、ペルギウス様のご助力が重要になるかと思います」
「そうですね」
腹立たしいが、やはりペルギウスの力というのは必要らしい。
「カオスさんの口から、っていうのは無理なんですよね?」
「あぁ。俺から言っても無駄だな」
即答する。
多分、オルステッドから、俺が空中要塞でペルギウスを口説いていると聞いていたのだろう。
残念ながら、一度もペルギウスとは話していない。
無駄に頭は下げない主義なのである。
「『王として最も重要な要素とは何か。それをアリエルが自身の口から言えば、我は貴様に手を貸してやろう』」
やはり、それか。
ペルギウスの心が動かされるような言葉を言えれば、アイツも動くだろう。
「あ、その、それを話し合う前に一つ……」
と、アリエルは話の腰を折り、ちらりとシルヴァリルを見る。
何事だろう。
「この会話は、すべてペルギウス様に聞こえていますが、よろしいのでしょうか?」
「……? ペルギウス様も、楽しんで聞いているんじゃないでしょうかね」
「王とは何かという問いに、複数人で相談して答えてもよいものなのでしょうか……」
そんなことか、別に良くないか?
というか、むしろ何で一人で考えないと駄目なんだ?
「ペルギウス様は、アリエル様がいかにして答えを出しても、その答えが正であれば、お力を貸してくださいます」
「では、最初から誰かに相談してもよかったと……?」
「むしろ、なぜお一人で悩まれているのか、ペルギウス様は非常に不思議がっておいででした」
やべ。ペルギウスと同じことを考えてたらしい。
不愉快なので忘れよう。
アリエルは気持ちを入れ替えるように立ち上がった。
体をストレッチし、パンパンと頬を叩く。
「よし! では、シルフィ、ルーク。席に」
「ハッ!」
「わかりました」
二人の従者が嬉々として席に座ってきた。
俺とナナホシの居心地の悪さが増えるじゃないか。
「では、会議を始めましょう」
イエーイ、パチパチパチ~。
「…………?」
……拍手をしているのは俺一人だった。
おいルーデウス、お前が拍手しかけているのは見えてたぞ。
俺に注目が集まったことで、ルーデウスはふと思いついたように声を上げた。
「そういえば、王といえばカオスさんも狂龍“王”ですけど……」
その言葉を聞き、俺はピクリと固まった。
「…………俺に王の……狂龍王の
思わず口にしてから、空気が微妙に凍りついたのを感じた。
どうやら、思っていたよりも固い声が出てしまったらしい。
怒ったつもりはないんだけども。しまったな。
気まずくなってしまい、俺は目の前の紅茶を啜る。
…………と思ったが、紅茶は空っぽだった。
「ええと、ほら! 俺のことはいいから、話を進めてよ」
「え、あ、そうですね! そうだ、話し合う前に認識を共有しておきたいのですが……」
耐えきれなくなった俺は、ルーデウスに丸投げした。
俺が適当に投げたボールを、ルーデウスは難なく受け止め、議題の発展につなげていった。
優秀な社員である。
「まず、アリエル様は、どうして王になりたいのか、という所からお聞かせ願えればと思います」
なるほど。
まずはアリエルの過去について探っていくようだ。
そこからヒントを掴もうということらしい。
話をするにつれて、アリエルは自分がどうして王になろうと思ったのかを思い出したようだった。
アリエルは何も言わずに顔を上げ、憑き物が落ちたような顔をしていた。
その顔を見て俺は、多分、大丈夫だろうなと思った。
「答えが分かりました」
アリエルは、美しく爽やかな笑みで言った。
カオスが自ら『狂龍王』を名乗ったことは無い.......はずです。