--- ルーデウス視点 ---
アリエルを説得し終えた俺は、シャリーア郊外の小屋でオルステッドに報告を行っていた。
「今日もカオスさんはいないんですね?」
「あぁ」
「どうしてです?」
「カオスはス————」
俺が尋ねると、オルステッドは何かを言いかけて口をつぐんだ。
そして少し考えたあと、渋い顔をして言った。
「俺と奴は常に共にいるわけではない」
……何か誤魔化されたような気がするな。
何となく、あの二人はセットみたいなものだと思っていたので尋ねてみたが、余計な言葉だったらしい。
理由は分からないが、オルステッドはカオスがいない理由を話すつもりがないようだったので、俺は話を先に進めることにした。
アスラ王国へ向かうにあたり、俺たちは襲撃してくるであろうヒトガミの使徒について話し合う。
「ヒトガミの使徒である可能性が高いのは、ルークとダリウスの二人……。最後の一人は誰でしょうね?」
「分からん。だが、ヒトガミのこれまでの傾向から推測するに、武術か魔術に秀でた者である可能性が高いだろう」
「武術か魔術に秀でた……」
ふと、ここにはいないもう一人の顔が思い浮かんだ。
彼もまた、武術や魔術に秀でているはずだ。
「カオスさん……とかではないですよね?」
「む……」
オルステッドは何とも言えない顔をした。
「……可能性はほとんどないと言ってもいいだろう。アリエルを阻止するために、貴重な手駒をカオスに割くのは割に合わん」
「でも……ゼロってわけではないんですよね?」
以前、カオスが使徒になる可能性もあると聞いてから、俺には一つの不安があった。
「もし、カオスさんが最後の使徒で……俺がアスラ王国から帰ってきたら、家族が殺されていた、なんてことにはなりたくないんです」
俺の言葉に、オルステッドは何か言いたげな様子を見せた。しかし、結局何も言わず、低く唸るだけだった。
「……俺が監視しておけばいいだろう。奴も俺がアスラ王国まで連れて行く」
なるほど。
オルステッドがそばで見ていてくれるなら安心だ。
こうして、オルステッドはカオスを連れて、俺たちの後を追ってくれることになったのだった。
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アスラ王国に行っても、やることなんてないだろうと高をくくっていたら、なんと連れ出されてしまったカオスくんです。
もはや恒例になりつつある、後ろ襟を引っ張られながらの強制連行である。
なんだか、オルステッドの機嫌が微妙に悪い気がする。
この間、ルーデウスのお陰で労働基準法に目が覚めた俺が「ストライキ! ストライキ!」と叫んで休みをもぎ取り、遊びに行ったことを根に持っているのだろうか。
ちなみに、最初は「ストライキとは?」という顔をされた。
この世界にはそんな言葉がなかったので、説明するのに苦労したぜ。
とにかく、結局のところ、俺は王権争いに巻き込まれることになったのだ。
とはいえ、俺はルーデウスたちと違って、アリエルのそばにいるわけではない。
基本的には様子を見るため、後方から追尾しているだけだ。
オルステッドがアリエルたちに近づけば、それだけで刺客だと思われて攻撃されかねないからね。
俺の役割は、連絡係といったところらしい。
オルステッドがルーデウスに伝えたいことができれば、俺が伝書鳩よろしくルーデウスのもとへ飛び立つのだ。
しかし、ルーデウスは定期的にこちらへ来て、報告を行うことになっている。
そのため、俺が役立つ場面はあまりない。
ただただ、ルーデウスたちの後ろをついていくだけ。
刺客もルーデウスたちが倒してくれるだろうし、周辺に魔物もいない。
つまり、何が言いたいかというと————
「暇だ…………」
やっぱり、俺はいらなかったんじゃね? と思う。
こんなことなら、シャリーアのあのボロ小屋でもいいから、引きこもって遊んでいたかった。
しかも、内密に同行しているので、焚き火の跡を残すわけにもいかない。
研究もできず、暗闇の中でぼーっとしているのは退屈だ。
あぁ、眠くなってきた…………。
……
……
「——で————カオスさ—どこ—?——まさか——!」
「いや—カオ——は——」
「——………………」
誰かの声が聞こえた気がして、意識が浮上した。
「んがッ?」
「………………」
ふと目を開けると、ルーデウスとオルステッドが、まるでゴミでも見るような目で俺を見下ろしていた。
どうやら、いつの間にか寝てしまい、その間にルーデウスが定時連絡しに来ていたらしい。
そんな目で見なくてもいいだろうに。
「おはよう」
「…………おはようございます」
俺はよだれを拭い、体を起こした。
心なしか、ルーデウスは疲れているように見える。
そんな中、俺が呑気に寝ていたのだから、イラッときたのかもしれないな。
申し訳ないので、せめて少しは真面目な顔をしておこう。
それから、ルーデウスはオルステッドに報告を行った。
俺は特に口を挟むこともなかったので、真面目な顔で適当に頷いておいた。
「……では、戻ります。あまり遅くなると、不審に思われますので」
「分かった」
それから、何日か同じような日々が続いた。
途中で戦闘もあったらしく、北帝を取り逃がしたようだ。
それから、従者君……ルークもヒトガミの使徒であることが、ほぼ確定したとかなんとか。
ルーデウスの方はなかなか波乱万丈なようだが、一緒に行動していないせいか、どこか他人事のように感じられる。
そんなある夜、オルステッドが突然、ぽつりと言った。
「ルーデウスがアリエルと共に移動しているようだ」
「へ? どこに?」
「行くぞ」
詳しい事情を尋ねようとしたが、オルステッドは答える気がないらしい。
俺は先を行くオルステッドを追いかけた。
あまり近づくとアリエルに気づかれてしまいそうだが、大丈夫なのだろうか。
「……アリエル様は、もっとルークを信頼していると思っていました」
「していますよ」
少し歩くと、ルーデウスとアリエルの声が聞こえてきた。
どうやら、ルークの裏切りについて話しているようだ。
俺たちは気配を消しながら、アリエルたちの会話に耳を傾ける。
「……ルークは、裏切っているわけではないと思います。ただ、そそのかされているだけで」
「誰に?」
ヒトガミのせいです、とも言えない雰囲気のルーデウス。
「……ということを、ルーデウス様に尋ねても、答えにくいのでしょうね。簡単に言えることなら、とっくに教えてくださっているでしょうから。……ですので、紹介していただけないでしょうか」
さすがアリエル。
ルーデウスが答えにくい事情を抱えていることを察していたらしい。
しかし、紹介とは?
「ルーデウス様が時折連絡を取っている方……オルステッド様を」
ルーデウスが大混乱しているのが、こちらからもよく分かった。
かくいう俺も混乱中だ。
俺たちのことは内緒にしているんじゃなかったのか?
アリエルは、ルーデウスがオルステッドの配下についていることから、オルステッドが近くまで来ていると察したらしい。
「近くにいらっしゃるのでしょう……? オルステッド様か、その連絡役の方……カオス様が」
なに、俺がいることまでバレている……!?
すごいな……やっぱり、王様になるだけのことはある。
しかし、そう簡単に姿を現すわけにはいかない。
オルステッドの呪いは強力だ。
今はこんなことを言っていても、実際にオルステッドを目にした途端、敵対してしまう可能性だってある。
よし、ここは俺がクッション役になるのがいいだろう。
アリエルとは面識もあるし、俺が伝書鳩のように、オルステッドの言葉をアリエルに伝えるのだ。
我ながら、いい案だ。
「オルステッド、ここは俺が——」
そう提案しようと隣にいるオルステッドを見た。
しかし、隣はすでに、もぬけの殻だった。
「悩む必要はない」
隣で一緒に隠れていたはずのオルステッドが、いつの間にかアリエルの前に姿を現していた。
お前、本当にそういうところだぞ。マジで。
「アリエル・アネモイ・アスラが話したいというのなら、俺は拒絶しない」
「あ……あ……」
ルーデウスは俺の方を見て、なんで止めなかった!? とでも言いたげな顔をしている。
俺にオルステッドを止められるわけがないだろうが。
アリエルはオルステッドを前にして、足を震わせた。
そして——
「あぁ……」
顔を恍惚とさせながら————漏らした。
…………アスラの人間というのは、どうしていつの時代も
まさか、彼女もできたこともないのに、女の子の下着を洗うことになるとは思わなかった。
アリエルはすっかり落ち着き、オルステッドと向かい合っている。
男二人にパンツを洗わせておきながら、平然としているアリエルの心境が気になるところだ。
「どうも、お見苦しい姿をお見せしました、オルステッド様」
「いや、いい」
オルステッドは、なんだか気まずそうな顔をしている。
あのオルステッドでも、恐怖で失禁されたことくらいはあれど、気持ちよさそうに漏らされた経験はさすがにないんじゃなかろうか。
オルステッドとアリエルが話している中、ルーデウスがこっそり俺に声をかけてきた。
「カオスさん、オルステッド様って、どうして出てきてくれたんです?」
「俺が伝書鳩になろうかって提案しようと隣を見たら、もう出ていってた」
「……つまり、分からないってことですか」
「そういうこと」
えぇ……という顔をするルーデウス。
仕方ないだろう。俺たちのボスは自由人なのだ。
「単刀直入にお尋ねします。オルステッド様は、どうして私に手を貸してくださるのでしょうか」
「ダリウスの後ろにいる奴が、俺の敵だからだ」
「ダリウスの後ろ……それは、兄上? 第一王子グラーヴェル?」
「違う」
「では、どなたでしょうか」
「人神『ヒトガミ』だ」
神の名前が出てきて、アリエルは混乱しているようだった。
困惑した様子で、こちらを見てくる。
「……なるほど。突拍子もない話ですが、ルーデウス様の顔を見る限り、嘘ではないようですね」
割と分かりやすいルーデウスの表情を見て、アリエルはそう判断した。
「今から約百年後、アスラ王国は危機にさらされる」
「!」
「その際、お前が王になっているか、グラーヴェルが王になっているかで、アスラ王国の対応が分かれる」
ルーデウスが、聞いてないんですけど、とでも言いたげな顔をした。
安心してほしい。俺も聞いていない。
アリエルはルーデウスと……それから俺の顔も見て、困惑していた。
「さて、あまりにも想像していた答えと違うため、少々戸惑っております。信じてよいものやら、悪いものやら……」
……今、まさか俺の顔も見て判断してないよな?
きりっとした顔をしていたつもりだが、俺も表情に出やすいのだろうか。
仮面でもつけようかな……
「俺を信じる必要はない。だが、俺はお前の知りたいことを教えてやろう」
「私の知りたいこと、ですか?」
「ルーク・ノトス・グレイラットは裏切ってはいない。ただ、ヒトガミにそそのかされているだけだ」
それからオルステッドは、ルークがヒトガミにそそのかされていることを説明した。
ルーデウスにも意見を聞いたアリエルは、しばらく考えたあと、納得したように頷いた。
「正直、タイミングが良すぎる気もしますが……。騙されたつもりで、信じてみることにしましょう」
どうやら、うまくいったらしい。
オルステッドが突然出ていったときはどうなることかと思ったが、予想していたよりも話がまとまって安心だ。
ふと、アリエルが俺にも目を向けた。
「カオス様も、オルステッド様と同じ龍族として、ヒトガミと戦っているということなのですね」
「えっ、あー、はい。まぁ、そうです」
ちょっと……どころではないくらい違う気もするが、これ以上話をややこしくする必要もないので、適当に頷いておいた。
こうして、アリエルはオルステッドの配下となった。
アスラ王国の王が味方になれば、心強いことだろう。
アリエルに悪魔と呼ばれ、若干凹んでいるオルステッドの肩を叩きながら、俺はそう思った。