アスラ王国に到着した。
道中で、重要人物らしいトリスとかいう盗賊も無事に仲間に引き入れることができたようで何よりだ。
ルークも、ヒトガミから助言を受けていることを明かしてくれたらしい。
不安要素はまだあるとはいえ、結構順調に行っているようだ。
安心安心。
しかし、アスラに着いたとはいえ、俺たちは人の多い場所に行くわけにはいかない。
オルステッドが現れたら、おめでたいアリエルの凱旋が、あっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図に早変わりだ。
俺も狂龍王の名を使わないと決めている以上、素性が怪しい身なので、王宮に堂々と入るわけにはいかない。
というわけで、使用人向けの墓地のさらに地下にある墓所で待機することになった。
なんだかアンデッドにでもなった気分だ。
まぁ、アンデッドよりももっと恐ろしい奴が隣にいるんだけども。
アリエルは十日間かけて『会場』の設営を行った。
その間にも何度か刺客が現れたらしいが、すべて退けたようだ。
流石、ルーデウスと言ったところだろう。
相変わらず暇だった俺は、しっかり睡眠をとり、『本番』を迎えることが出来た。
とはいえ、よほどのことがない限り、本番でも俺の仕事はないわけだが。
当日、気持ちよく朝を迎えると、オルステッドの腕が血まみれになっていて、たまげた。
まるで人でも殺してきたかのようだ。
「ウィ・ターを始末してきた」
……比喩でもなんでもなく、本当に殺してきたらしい。
呑気に寝ていた俺は置いていかれたのか。
起こしてくれてもよかったのに。
面倒くさかったのかな。
王城の方は、どこか緊迫感の漂う雰囲気に包まれていた。
どうやら『本番』が始まったようだ。
よく知らないが、『本番』では赤馬だか紫馬だか、そんな名前の貴族のお嬢さんを奴隷にした件で、第一王子派の大臣ダリウスを追い詰めるとかなんとか。
生憎、政治には興味がないので、そのあたりの話はよく聞いていなかった。
まぁ、ペルギウスが登場すれば、きっとなんとか収まるだろう。
なにせ、アスラ王国はペルギウス大好きだからな。
そんなことを考えながら手持ち無沙汰にしていると、オルステッドがピクリと反応した。
そして、懐からルーデウスの指輪とつながったコンパスを取り出す。
しかし、コンパスは何の反応も示していなかった。
「——ルーデウスから連絡があった。行くぞ」
「えっ」
どうやら、ほんの一瞬だけコンパスに反応があったらしい。
俺たちは墓所を出て、足早に王宮へと向かった。
「水神レイダ・リィアが最後の使徒と見て間違いないだろう。恐らく、ダリウスを逃がすはずだ。そうなったら、お前はダリウスを追え」
「了解」
仮面と鎧を装着し、魔剣『賦刃』を確認する。
ふと上を見上げると、いつの間にか空中要塞が浮かんでいた。
ペルギウスも、すでに到着しているようだ。
俺達は王城に入り、オルステッドを恐れて襲いかかってくる兵士たちを退けながら、広間へとたどり着いた。
オルステッドが勢いよく扉を開ける。
「……来たようだね」
中を見渡すと、案の定、水神レイダ・リィアが『剥奪剣界』を使用していた。
俺は彼女の間合いに入らないよう、広間には踏み込まず、入り口から状況を確認する。
まだ死人はいない。
ルーデウスも無事だ。
間に合ったようでよかった。
ペルギウスが不機嫌そうにこちらを見てくる。
どうやら、精霊が何体かやられたらしい。
俺が
まぁ、
ダリウスは——いないようだ。
オルステッドがチラリと俺を見た。
「行け」
俺は頷き、ダリウスを追うために身を翻した。
広間を出て、廊下をしばらく走り——それから足を止めた。
「どこ行ったんだろ……」
かっこいい感じに去ることができたので、勢いに任せて走り回っていたが、そういえばこの城は意外と広いのだった。
「うげっ」
適当に廊下を見て回っていると、ペルギウスの肖像画を発見した。
はちゃめちゃに美化されている。
アスラ国民は目が腐っているのかな。
肖像画を尻目に通り過ぎようとしたところ、見覚えのある茶髪が目に入った。
「————ルーデウス!」
「……! カオスさん!」
どうやら、ルーデウスもダリウスを追いかけているらしい。
ギレーヌの鼻を頼りに、ダリウスの居場所を探っていたようだ。
合流できてよかった。
何も考えずに走り回っていたなんて、とても言えないな。
しばらく走ると、すぐにダリウスを発見した。
「……ちっ!」
オーベールは、重そうなダリウスを抱えたまま舌打ちし、すぐ近くの部屋へと逃げ込んだ。
彼らに続いて部屋に駆け込むと、へたり込んだダリウスを庇うように立ち、剣を抜いたオーベールが待ち構えていた。
北帝オーベール。
楽な戦いにはなるまい。
俺は油断しないよう、剣を抜いた。
「……く、くっ!」
ダリウスは何やらゴタゴタと戯言を並べ立てている。
その発言からしても、ヒトガミの使徒であることは間違いなさそうだ。
覚悟を決めた様子のオーベールが剣を構えた。
「『北帝』オーベール・コルベット」
エリスが剣を抜き、大上段に構える。
ギレーヌは居合の構えを取った。
「『剣王』エリス・グレイラット」
「同じく『剣王』ギレーヌ・デドルディア」
なんかかっこいい。
俺も厨二心をくすぐられて名乗りたくなったが、仮面をつけている理由を思い出し、ぐっと我慢した。
流石にカオスの名と顔で指名手配はされたくない。
「その赤毛! ボレアスか! 貴様、ボレアス・グレイラットの者だな!」
ダリウスがエリスを指さした。
フィットア領転移事件の際に支援してやっただのなんだのと、喚き散らしているみたいだ。
「私には関係ないわ!」
だが、エリスにはまったく響いていないようだ。
話を聞く限り、どうやらダリウスはエリスの祖父を死に追いやった張本人でもあるらしい。
「つまり、あんたはサウロスお祖父様の仇ってわけね」
「なるほど、そういうことか」
エリスとギレーヌは剣を構え、殺気を放った。
さあ、戦いの始まりだ。
「オーベール、勝てるか?」
「さて、剣王二人だけならまだしも、あの魔術師は厄介ですな。それに……」
オーベールは俺の方にも、警戒するような視線を向けた。
「あの仮面男の実力も、分からないですしな」
そんなに警戒されなくても、俺はそんなに強くないぞ。
ダリウスはジロリと俺を見て、それから納得するように頷いた。
「なるほど。お前が、ナキモノ、か。」
ナキモノ?
俺はそんな名前じゃ無いんだけど……
人違いじゃなかろうか。
「あの者は、神が雑魚と呼んでいた。本当かどうかは知らぬが……」
ムッ。
否定はしないが、ヒトガミに言われるとそれはそれで腹が立つな。
ダリウスはそれから俺への興味を失ったように、ルーデウスへと視線を戻した。
「…………魔術師のことは知っておる。神もそう言っておった」
「神はなんと?」
「ねずみ色のローブを来た魔術師は、儂を殺すとな……。
もっとも、言うことを信じ、周囲の反対を押し切って魔法陣を破壊し、お前を撤収させて王都に篭った結果がこの様だ。
もはや信じてはおらぬ」
ダリウスといくつか言葉を交わしたオーベールは、改めてこちらに向き直った。
それを見て、俺も剣を構える。
「北神流……『赤墨』」
「ガアアァァァァ!」
「ウラアアァァァ!」
エリスとギレーヌが仕掛ける中、オーベールはいつの間にか赤い玉を撒き散らしていた。
「あっ!」
「ぬっ!?」
玉が弾け飛び、粘着性の強い液体が周囲に飛び散った。
攻撃を仕掛けようとしていた二人の足が、その液体によって止まる。
「『水流』!」
俺が反応するよりも早く、ルーデウスが水魔術で二人の足元を洗い流した。
だが、すでにエリスとギレーヌは体勢を崩している。
その隙を突き、オーベールは二人の間をあっという間にすり抜け、俺たちの方へと迫ってきた。
「まずはお主だ、ルーデウス・グレイラット」
雑魚という言葉を信じてか、まずは脅威を知っているルーデウスから仕留めに来たようだ。
オーベールは両手に持った剣を、ルーデウスに向かって振り下ろす。
ルーデウスはそれに対し、義手と『土盾』の術を使って、うまく防御した。
しかし——
「北神流奥義……『朧十文字』」
オーベールは空中で剣を手放し、上体を倒しながら、腰に残った一刀へと手を伸ばした。
ルーデウスは、先の攻撃を防ぐだけで手一杯だった。
追撃に対応する余裕はない。
倒れ込みながら抜き放たれた刃がルーデウスに届く————
寸前、俺が蹴り込むように差し出した足によって弾き返された。
かなり重い剣だ。
足がジンジンと痺れる。
鎧がなければ、足は切断されていただろう。
「なんと固い鎧か……」
オーベールは顔を歪めた。
そんなオーベールを四人で囲んでいると——ダリウスが動いた。
「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん――」
俺は咄嗟にダリウスへ手を向けた。
「『
ダリウスの魔力がかき乱され、魔術は発動することなく消えた。
しかし、エリスとギレーヌはすでに動き出していた。
エリスはダリウスの魔術を斬るため、彼に向かっていた。
だが、俺が『乱魔』で魔術を消したことで、エリスはわずかに動揺した。
それが隙になったのだろう。
いつの間にかオーベールが投擲していた苦無が、エリスの脇腹を貫いた。
ここに来て、連携不足のツケが回ってきてしまったようだ。
俺自身、オルステッド以外の誰かと一緒に戦う機会は、あまりなかったからな。
オーベールに視線を戻すと、エリスに短剣を投げつけた姿勢のまま、ギレーヌの剣を肩口に食い込ませていた。
しかし、傷は浅い。
致命傷にはなっていないだろう。
「ふっ!」
「ガァァ!」
オーベールはバク宙しながら後方へと飛び退いた。
エリスが斬撃を繰り出すが、オーベールは難なく受け流す。
勢いが弱く見えるので、苦無には毒でも仕込まれていたかもしれないな。
「……」
オーベールは距離を取ろうとしていた。
まずいな、逃げに入ったオーベールを仕留めるのは難しい。
次の攻撃を考えていると、ルーデウスが先に動いた。
「岩砲弾!」
「!? おおぉぁっ!」
岩砲弾がダリウスへと向かう。
しかし、その弾はオーベールの抜刀によって弾き飛ばされた。
「!?」
だが、驚くべきことが起きた。
真っ二つにされた岩砲弾が、ダリウスの近くで爆発したのだ。
「ぐぎゃああぁぁ!」
岩砲弾の破片が当たったらしく、ダリウスは顔を押さえてうずくまった。
「ぬぅ!?」
オーベールの注意が逸れる。
チャンスだ。
俺はオーベールに向かって剣を振り下ろした。
「————ッ、!」
何の技もない、ただの剣だ。
当然のように、刀身であっさりと受け止められた。
もちろん、想定内だ。
「『
「!?」
初級魔術ではあるが、改良を加えたことで、かなりの威力になった衝撃波をオーベールに放つ。
オーベールの体勢が————崩れた。
「ダアアァァァ!」
そこへ、エリスが光の太刀を放つ。
「……!?」
エリスの剣がオーベールの腕に食い込んだ。
だが、まだ浅い。
オーベールの腕を斬り落としかけた剣は、脇のあたりで止まった。
「ガアアァァァ!」
続いてギレーヌが攻撃を仕掛ける。
完璧な光の太刀が肩口から入り、脇腹へと抜けた。
「……見事だ」
オーベールは最後にぽつりとつぶやき、バタリと倒れ————死んだ。
「あぁあっ、眼が、眼が……オーベール! なんとかしろ! オーベール!」
無様に喚き散らすダリウスに、ギレーヌは無言で剣を振るった。
そして、戦いは終わった。
「ふぅー……」
剣や体についた血を拭っていると、ルーデウスがため息をついた。
その顔は青白い。
「
「……!」
ルーデウスは表情を硬くし、こちらを見てきた。
直接手を下したわけでもないだろうに、随分と後味が悪そうな顔をしている。
「……カオスさんは慣れていそうでいいですね。羨ましいです」
チクリとした嫌味を感じた。
ルーデウスは口にしてから、あからさまにしまった、という顔をしている。
人の心にズカズカと踏み込んでしまった俺が、悪いだろう。
少し負い目を感じたからか、思わず言葉がこぼれた。
「俺の
もっとも、大切な者を失った人の慟哭に慣れることだけは、いつまでたってもなかったのだが。
そう言うと、ルーデウスはハッとしたようにこちらを見た。
俺は自嘲気味に笑う。
ルーデウスは罪悪感に顔を歪めていた。
そういう顔をさせたいわけではなかったので、なんだか後ろめたく感じた。
その後、気まずい雰囲気の中ではあったが、隣の部屋に移動して治療を始めた。
とはいえ、目立った傷を負っているのはエリスだけなのだけれども。
「……え?」
エリスの傷口が紫色に染まっているのを見て、ルーデウスは驚く。
中級解毒魔術を使っても治らず、ルーデウスの顔はみるみる青ざめていった。
「見せてみろ」
あまり人妻の体をじろじろ見るのもよくないかと思い、ルーデウスに任せていたのだが、どうやら彼は、高位の解毒魔術が使えないらしい。
俺が無詠唱で解毒魔術を使うと、紫色に染まっていた傷口は、みるみる元の色に戻っていった。
ルーデウスは目を丸くした。
「す、すごいですね……。解毒魔術を無詠唱だなんて……」
「そうか?」
解毒魔術の詠唱呪文はミリスに独占されているらしいが、あんなに長々と呪文を唱えずとも、こういった魔術は
無詠唱魔術を使えるルーデウスなら、この感覚も分かると思ったのだが、彼は不思議そうに首を捻っていた。
もしかしたら、俺が前世で、死に近い人生を歩んでいたことも関係しているのかもしれないな。
「あの……カオスさん」
ルーデウスに声をかけられ、顔を向ける。
「エリスを助けてくれてありがとうございます。先程は……その、申し訳ありませんでした……」
ひどく申し訳なさそうな顔で謝られた。
そんな顔をさせるつもりはなかったので、こちらまで申し訳なくなる。
「いや、こちらこそごめんな。俺が言ったことは気にしないでくれ」
いつも通りの声色を心がけて言うと、ルーデウスは安心したように頷いた。
「じゃあ、俺は先にオルステッドのところに戻るから。あとはよろしくな」
「はい!」
広間へと戻るルーデウスを見送り、俺も王城を出た。
一件落着と言ったところだろう。
誰も死なずに戦いを終えることができて、本当によかった。
そして広間に戻ったルーデウスは、ルークの暴走を目にしてカオスと別れたことを大後悔するみたいですね