まさか広間でルークが暴走しているなんてつゆほども知らない俺は、ルーデウスと別れた後そのままオルステッドの元へと凱旋した。
ルーデウスがいてくれたおかげとはいえ、今までで一番上手く立ち回れた自信がある。
俺は意気揚々とオルステッドに結果を報告した。
多分、傍から見れば、褒めろというオーラが駄々漏れだったことだろう。
オルステッドは俺の報告を聞き、鷹揚に頷いた。
そして、
「よくやった」
と、満足げに言ってくれた。
俺はますます鼻を高くした。
…と、そこで一つ報告することを忘れていた。
「あのさ、ダリウスが俺の事、ナキモノがどうとか言ってたんだけど…何か知らない?多分ヒトガミがダリウスに何か言ったようなんだけど」
「ナキモノ…?聞いたことがないな…」
俺が尋ねると、オルステッドは本当に分からないようで、首を傾げた。
「…ヒトガミの言うことだ。あまり鵜呑みにしない方がいいだろう。こちらを混乱させるための言葉かもしれん」
オルステッドの言葉に俺は頷いた。
意味は分からないが、変に惑わされるのも良くない。
一旦、このことは忘れることにしよう。
その後、オルステッドは何事か考え込んだあと、こう告げた。
「とにかく、これでアリエルが王になるのは確定した。もう問題はないだろう。自由にしていていい」
……ジユウ?
自由……!?
「えっ、一緒にいなくてもいいってこと……?」
「ああ」
「遊びに行ってもいいってこと……?」
「ああ」
「先に帰っちゃっても……?」
オルステッドは、しつこいと言わんばかりの顔で答えた。
「ああ」
俺は甲子園で優勝した野球少年のごとく、涙を流して喜んだ。
この数十年で、初めてオルステッドの方から休暇をもらえた気がする。
これもルーデウスの影響だろうか。
それとも、もしかすると、俺のことをそれなりに信頼してくれるようになったのかもしれない。
だったら嬉しいな。
そうと決まれば、善は急げ。
俺はさっさと荷物をまとめ、墓地をあとにした。
シャリーアの小屋に戻って、のんびり過ごそう。
作りたかった魔道具も、試してみたかった実験も、色々と溜め込んでいるのだ。
そうだ。ペルギウスにシャリーアまで送ってもらおう。
空中城塞タクシーなら、ひとっ飛びだ。
我ながら完璧な計画である。
素晴らしいプランを頭の中で組み立てた俺は、ペルギウスに頼むべく、王城へと戻った。
アリエルは実質的に王になったようなものだし、今さら俺が自由に歩き回っても問題ないだろう。
しかし、オルステッドの側にいた仮面男はどうやら警戒されているみたいなので、仮面は外しておく。
あとは他人のふりをすれば、問題無しだ。
しばらく探し回っていると、広間から出てきたらしいペルギウスを発見した。
へい、アッシーくん!
「おーい、ペルギウス!」
満面の笑みで手を振りながら駆け寄ると、ペルギウスはなぜか嫌そうな顔をした。
しかし、ふと何かを思いついたらしい。
俺の顔を見ると、ニヤリと笑った。
……嫌な予感がする。
俺は思わず足を止めた。
「いいところに来たな」
「えっ、なに……?」
恐る恐る尋ねると、ペルギウスは俺の襟首をガシッと掴んだ。
「これから王城に転移魔法陣を設置する。貴様も手伝え」
「は? なんで俺が……」
ペルギウスはフン、と鼻を鳴らした。
「どうせ我を足代わりにしようとしていたのだろう?」
ゲッ。バレている。
どうやら、以前設置されていた転移魔法陣は壊されてしまったらしく、新しく書き直す必要があるようだ。
「貴様もどうせ使うことになる。手伝え」
「グエッ! ちょ、やだよ! やだって言ってんのに、引きずるのやめてくれないかなぁ!?」
俺の抵抗もむなしく、ペルギウスは首根っこを掴んだまま、俺をずるずると連行していった。
ペルギウスといい、オルステッドといい。
こいつら、俺のことを猫か何かだと思っているのではないだろうか。
こうして、せっかくオルステッドからもらった休暇は、転移魔法陣を書く作業に費やされることとなったのだった。
うーん、無念。
--- ルーデウス視点 ---
戦いを終えた俺は、オルステッドから
今日もカオスはいない。
というか、王城から出ていく際に、ペルギウスにこき使われながら転移魔法陣を書いている姿を見かけた。
てっきりオルステッドの側にいるものだと思っていたので、少々驚いた。
ペルギウスに命じられ、ぶつくさと文句を言いながらも作業を進めるカオス。
その様子を見て、なんとなく二人の関係性を察した。
このことをオルステッドに話してみると、彼は妙な顔をした。
どうやら、オルステッドが命じたわけではなかったらしい。
少し驚いた様子を見せたあと、まあ、そうなるか……とでも言いたげに、なぜか納得していた。
それから俺は、オルステッドと今後のことについて話し合った。
しかし、彼があまりにもアリエルの即位を確信しているため、俺は疑念を抱き、つい文句を言ってしまった。
そんな俺に、オルステッドは隠していた秘密を明かしてくれた。
「その秘術は、魔力の回復力を犠牲に、いつ、どこで死んだとしても、記憶を保ったまま最初からやり直すというものだ」
なるほど、オルステッドはこの200年をずっとループしていたらしい。
オルステッドが確信を持っていた理由を知り、多少の不安要素はありつつも、ようやく納得することができた。
そんな中、俺は一つの疑問を抱き、オルステッドに尋ねた。
「そのことって……カオスさんは知ってるんですか?」
その瞬間、オルステッドの機嫌が急降下した。
……なるほど、まだ伝えていないのか。
「……カオスにループのことを教える気はない」
「それは、使徒の可能性があるからですか?」
オルステッドは相変わらず怖い顔をしていた。
いや、違う。
これは、何か複雑な事情を抱えているような顔だ。
もどかしそうな、苦悩するような。
そんな表情を浮かべて、彼は答えた。
「それもある、が……」
それきり、オルステッドは黙り込んでしまった。
カオスとオルステッドの付き合いは、数十年にも及ぶらしい。
俺には分からない、複雑な関係があるのだろう。
「分かりました。それでは、カオスさんには内緒ということで、俺も気をつけます」
そう告げると、オルステッドは渋い顔のまま頷いた。
うっかり口を滑らせないよう、俺も気をつけよう。
---
十日間、ペルギウスにこき使われた俺は、ルーデウスたちと共にシャリーアへ帰ることになった。
移動に時間がかかり、すっかり日も暮れてしまったため、その日は空中城塞に一泊した。
ルーデウス、エリス、シルフィエットは、同じ部屋で過ごすらしい。
夫婦仲が良いようで何よりである。
もちろん、俺は一人部屋だ。
昔、よく泊まっていた部屋に通され、懐かしい気持ちになった。
よく見ると、俺の昔の私物も残されている。
かなり経っているとは思うが、埃が被っていないところを見るに、シルヴァリルあたりが掃除でもしてくれていたのだろう。
ナナホシに挨拶でもしに行こうかと思ったが、夜に女の子の部屋を訪ねるのも失礼か。
そう考え直し、自室で暇を持て余していたところ、扉をノックする音が響いた。
開けてみると、そこには俺をこき使った張本人——ペルギウスが立っていた。
「なんだ、お前か」
「なんだとはなんだ」
俺のもちもちの頬が、強く引っ張られた。
いてぇよ、おい。
「
「フン。そんな口を利いていいのか?」
そう言って、ペルギウスは手にした酒瓶を掲げた。
あれは——アスラ王室御用達のワイン!?
超激レアもので、王族でもたまにしか飲めないような一品のはずだ。
「おまっ、それ、どこから……!?」
「我がアスラにどれだけの伝手があると思っている? 転移魔法陣の手伝いの礼にと思ったのだが……どうやら、いらないようだな」
俺は美味しいお酒が大好きだ。
頻繁にお酒を飲むわけではない。
ただ、
あのワインは、人生で二番目に美味しいお酒だった。
また飲んでみたいと思っていたのだ。
ちなみに勿論一番は、カールの結婚式の時に飲んだ、
「待って! ペルギウス様! いります! いりますから!」
去ろうとするペルギウスに慌てて懇願すると、彼は満足げに口元を緩めた。
そして俺の横を通り抜け、当然のように部屋へと入り込むと、我が物顔で椅子に腰掛けた。
客人に対するとは思えない、その横柄な態度はどうなんだ。
寛容と評判のあるペルギウスだが、俺に対しての寛容さは欠落している。
だがまぁ俺はペルギウスと違い寛容なので、その態度を受け入れてグラスを用意してやった。
「我の酒だ。遠慮して飲め」
「さっき礼の酒だって言ってなかった?寛容さはどうした寛容は」
「まぁ、
「言ったな?」
そんな軽口を叩きながら、俺たちは杯を交わした。
チェスに似たゲームで賭けをしながら、上手い酒で喉を潤していく。
久方ぶりの酒盛りは、なんだか昔を思い出して、思いのほか楽しかった。
こうして、慌ただしかったアスラ王国関連の悶着は、ひとまず幕を下ろしたのだった。
ちなみに
アスラ編終了