21話 変化
あのアスラ王国での戦いから、しばらく経った。
あの一件以降、大きな戦いが起きることはなかった。
忙しくはあるが、なかなかに平穏な日々を、久しぶりに過ごしている。
そしてこの間に、俺とオルステッドの生活はルーデウスのおかげで一変することになったのだった。
まず一つ目。事務所ができた。
そう、事務所だ。
あのシャリーア郊外にあったボロ小屋を、ルーデウスが改築してくれたのだ。
仮眠室や会議室、資料室、そして俺達の個部屋などが増築され、立派な平屋の事務所が完成した。
俺はその建物を見た瞬間、思わずルーデウスに抱きついた。
そして、「困ります、俺には妻と妻と夫が……」などと訳の分からないことを言うルーデウスに、涙を流しながら感謝を伝えた。
久しぶりの柔らかなベッド。
ちゃんとした室内。
ずっと願っていた定住生活が、数十年ぶりにようやく叶ったのだ。
俺の想いが伝わったのか、ルーデウスは苦笑しながらも「よかったです」と言ってくれた。
ちなみに、空中要塞に置いていた究極鎧は、事務所が出来たことによりこちらの倉庫に置くことにした。
手入れをしやすくなったので、究極鎧のアップグレードも進めることが出来るようになったのだった。
二つ目の変化は、仕事量だ。
新入社員のルーデウスが活躍してくれたおかげで、俺の仕事が格段に減ったのだ。
以前ほど外に出る必要もなくなり、事務所で待機することが多くなった。
オルステッドの資料整理を少し手伝えば、あとは自分の研究に専念してもいい。
おかげで、研究の合間に以前からやりたかった魔道具作りにも取り組めるようになった。
最近は、ドラ〇もんのひみつ道具シリーズを開発しようとしている。
目下の目標は透明マントだ。
……あんまり調子に乗ると、ルーデウスに転生者だとバレそうなので気をつけないとな。
そして三つ目。
ルーデウスの子供に出会った。
なんと驚くべきことに、ルーデウスの子供にはオルステッドの呪いが効かないらしい。
やはり、転生者であることが関係しているのだろうか。
俺にも子供がいたら、オルステッドの呪いは効かないのかな。
いや、俺はそもそも古代龍族の血を引いているから、関係ないか。
ルーデウスは一度だけ、自分の子供——ルーシーを俺たちのところに連れてきてくれた。
オルステッドと初めて対面したルーシーは、目を輝かせながらその銀色の髪に手を伸ばし、
「パーパ! パーパ!」
と叫んだ。
俺は思わず吹き出しかけた。
——が、その直後、とんでもない殺気を感じて背筋が凍りついた。
ルーデウスが、とんでもない顔でオルステッドを見ていたのだ。
怖い。
オルステッドの顔よりも怖い。
ルーシーは次に俺の方を見て、首を傾げた。
「パパ?」
今すぐ訂正してほしい。
ルーデウスが俺を殺さんばかりに睨んでいるので。
……そういえば、ルーシーの母親であるシルフィエットの髪は白かった。
俺たちも似たような髪色をしているから、血縁か何かだと思ったのかもしれない。
ルーデウスは渋い顔をしながら、必死にルーシーへ言い聞かせていた。
「この人たちはパパじゃないよ。オルステッド様とカオスさんだよ。パパは俺だよ。分かるかな? ねぇ?」
しかし、ルーシーはそんなルーデウスの様子など気にも留めず
「オーステッ! カース!」
と、俺たちの名前を呼んでくれた。
とてもかわいくて、思わず顔がにやけてしまった。
その後、オルステッドはルーデウスの苦り切った顔を横目に、ルーシーを肩車していた。
ルーシーもオルステッドも、ずいぶんとご機嫌な様子だ。
オルステッドの髪を引っ張るルーシーに、ルーデウスが「髪を引っ張っちゃダメだよ」と注意すると、オルステッドはドヤ顔で言い放った。
「問題ない。俺の龍聖闘気は、この程度ではビクともせん」
どこかで聞いたことのあるセリフである。
幼い子供に懐かれる経験など、今までなかったのだろう。
ずいぶんと嬉しそうなオルステッドを見て、俺もなんとなく嬉しくなった。
あの一件以来、ルーデウスはなかなかルーシーを連れてきてくれない。
だが、大きくなったらぜひとも遊びに来てほしいものだ。
四つ目は、
オルステッドは、今まで俺に教えていたのと同じように、ルーデウスにも戦い方を教えていた。
オルステッドの説明は難しいことが多く、ルーデウスはよく首を傾げている。
そんなときは、俺が補足説明をしたり、実際にやって見せたりしてフォローしてあげた。
そして、教わったことを実践するため、俺とルーデウス、エリスの三人で模擬訓練を行うようになった。
アスラの戦いで連携不足を痛感したので、その改善も兼ねている。
ルーデウスもエリスも、とても強い。
エリスは剣王らしいが、本当に剣王なのか? と思うほどの強さだ。
剣帝を名乗ってもおかしくないんじゃないだろうか。
まあ、そのあたりの基準がどうなっているのか知らないので、何とも言えないが。
一方のルーデウスも、魔術師とは思えないほどの体捌きと状況把握能力を持っている。
戦況を見極め、的確に立ち回る姿は見事なものだ。
うーん、元々ない自信が更になくなるな。
そして、最後の五つ目。
クリフ・グリモルとの出会いだ。
初めて会ったときは、かなり警戒されて大変だった。
「お前が噂のクリフ・グリモル、か」
「そ、そうだ。そして、お前があの狂龍王カオス、か」
「……カオス、でいい」
クリフはめちゃくちゃ俺を警戒している。
そのせいか、俺までつられて緊張してしまった。
そんなやり取りを見ていたルーデウスが、俺の肩をトントンと叩いた。
「カオスさん……その仮面って、つけてないとダメなんです?」
「え?」
そういえば、癖で仮面をつけっぱなしにしていた。
別に深い意味があったわけでもないので、仮面を外してみる。
すると、クリフは意外そうな表情をした。
思っていたより怖くない、といった顔だ。
警戒心が少し和らいだのを感じた俺は、クリフに手を差し伸べた。
「君も、あの魔導鎧を作ったメンバーの一人だって聞いたよ。凄いものだった。よろしくな」
「あ、ああ……よろしく」
クリフはほっとした様子で、俺の手を握り返してくれた。
この仮面、そんなに怖いかな。
オルステッドみたいに呪いがかかっているわけでもないと思うんだけどな……
俺がクリフと接触したのには、理由がある。
それは、オルステッドの呪いを緩和する魔道具を作るためだ。
あの呪いは、あまりにも厄介すぎる。
あれのせいで、今まで何度苦労させられたことか。
クリフは、自分の妻にかかった呪いを緩和するため、いろいろと研究していたらしい。
その研究成果を基に、オルステッドの呪いも何とかしようというわけだ。
魔道具で呪いを緩和するなんて、俺も今まで試したことがない。
だが、実際に取り組んでみると、これがなかなか奥深い。
また、研究熱心なクリフと議論を交わしながら魔道具を作るのも楽しかった。
研究を進めるうちに、オルステッドの呪いの核は、どうやら頭部にあるらしいことが判明した。
そこで、俺たちはヘルメット型の魔道具を作成した。
完成した魔道具を手に、クリフと一緒にオルステッドのもとへ向かう。
「うっ……」
クリフは呪いの影響で苦しそうにしていた。
早く実験を始めてやらないとかわいそうだ。
そう思った俺は、オルステッドの背後に回り、遠慮なく作ったばかりのヘルメットをスポッと被せた。
「む……」
「どう? クリフ」
効果のほどは……クリフの表情を見る限り、あまり期待できそうにない。
「…………ダメだな。前より悪い」
「じゃあ、次だな」
俺はヘルメットを外し、別のものをズボッと被せた。
交換するときに見えたオルステッドの目が、なんだか不満げに見えたが……気にしない、気にしない。
そうして三つのヘルメットを順番に試し、クリフの意見を聞いた。
「やはり三番だな。一番はフラック方式で魔力を変換してみたが、裏目に出た」
「うーん。ってことは、魔力そのものが呪われている可能性が高いか」
「魔力そのものですか……?」
「ああ。オルステッド……様の魔力が視界に入った途端、呪いが発動する。そんな感じだと思う」
「じゃあ、全身を魔力の通さない物質で覆うとか?」
「一切隙間のない箱にでも入れば、そりゃ呪いは発動しないだろうけど、何の解決にもならないな」
「おっしゃるとおりで」
進展は少ないが、それでも一歩ずつ前に進んでいる。
このまま研究を続ければ、いつかはオルステッドが街を堂々と歩ける日も来るだろう。
「じゃあ、次回はまた一ヶ月後に」
「ああ。苦労をかけるな、クリフ・グリモル。お前にこんな才能があるとは思っていなかったぞ」
「えっ!? あ……ああ、そ、そうだろう。僕は天才だからな」
……む。
俺も手伝ったんだけどな。
俺に感謝はないのだろうか。
「ルーデウス」
そう思いながら、外に出ていくクリフを追わずに待っていると、オルステッドは、今度はルーデウスの方を向いて言った。
「……助かる」
だから、俺には?
礼を言われたルーデウスは、にやついたあと、俺を見てハッとした。
そして、慌ててオルステッドに告げる。
「こ、今回の魔道具は、カオスさんも手伝ってくれたんですよ」
不満に思っていたのがバレたらしい。
そんなに分かりやすい顔をしていたかな。
オルステッドは俺の方を見てから、ぽつりと言った。
「……感謝する」
その言葉を聞いた俺は、思わず鼻の穴を膨らませた。
しかし、オルステッドは若干不機嫌そうに付け加えた。
「次回からは自分で被る」
……そんなに無理やりヘルメットを被せられたのが気に入らなかったのだろうか。
オルステッドの実験を終え、小一時間ほど準備をした俺は、ラノア魔法大学へ向かった。
俺の身には、究極鎧が装着されている。
ザノバの研究室を訪ねると、当然ながら、ルーデウスとクリフはすでに到着していた。
「おお! カオス様! お待ちしておりましたぞ!」
ザノバが快く出迎えてくれる。
部屋に入ると、なんだか血液っぽい生臭い匂いがする気がした。
部屋の脇にはルーデウス達以外にも、女の子とザノバの従者さんがいる。
……誰か怪我でもしていたのだろうか?
「それでは早速ですが、お互いの進捗状況について確認しますか」
ルーデウスの言葉で思考が引き戻された。
まぁ見たところ誰も怪我していないし、既に治癒魔術で治療していたのだろう。
席についた俺たちは、究極鎧や魔導鎧について話し合った。
「師匠、魔導鎧の方はいかがでしたか?」
「悪くなかったよ。魔物の一撃も受け止められたしな。ただ、やっぱり性能的には心もとない。魔物が相手ならいいけど、剣士を相手にするのはきついと思う」
「防御力、回復力、機動力……そのすべてを犠牲にしておりますからな」
「でも、プロトタイプ並みの性能にするには、どうしても大きさが必要になる……。カオスさんの鎧は『二式改』くらいの大きさですけど、防御力はとんでもないですよね」
「防御力だけ、な。『一式』ほどの性能は、なかなか出せない。究極鎧は頭の部分の装甲もないし。これ以上装甲を増やすと魔力消費がどうしても増えるんだよなぁ」
俺達はこうして度々、究極鎧や魔導鎧を見せ合いながら、それぞれの研究成果を交換していた。
魔導鎧は、俺の自動人形を元に作られたというだけあり、結構究極鎧と、似通っている部分もある。
情報交換から得られるものは多く、互いの研究にも大いに役立っていた。
今までほとんどボッチで魔道具制作をしていた俺にとって、こうして研究仲間ができたことは、大きな収穫だ。
おかげで、俺たちの鎧は順調に改良を重ねていった。
「そういえば、俺の自動人形ってどうなってるんだっけ?」
「ああ、そちらは凍結中ですな。行き詰まっているのもありますが、師匠の命を守るための研究の方が重要ですゆえ。カオス様には申し訳ありませんが……」
「いや、全然いいよ」
オルステッドが地下室にぶん投げた自動人形は、ザノバたちによって解体され、研究に利用されたらしい。
申し訳なさそうに謝られたが、もともと壊れて、もうなくなっているものだと思っていたので問題ない。
むしろ、次の研究に役立ててもらえたのなら、あの人形も本望だろう。
こんなふうに、ルーデウスは単調だった俺たちの生活に、凄まじい変化をもたらしてくれた。
なんだか留まっていたものが、大きく動いていくような変化を感じる。
オルステッドも、心無しかワクワクしているように見えた。
ルーデウスには、いくら感謝してもしきれないな。