〇エリス・グレイラット
俺から見たエリス・グレイラットの印象を一言で表すなら――怖い、だ。
エリスは、ルーデウスの妻達の中でも、最も会う頻度が高い。
にもかかわらず、三人の奥さんの中で、一番苦手意識があった。
なぜかって?
常に人を殺しかねないような目で睨んでくるのだから、当たり前だろう。
エリスとはルーデウスと同じように、共に鍛錬をする仲間だ。
そのため、一緒に模擬実戦を行う機会も多い。
そう、
あくまで、
……の、はずなのだが、エリスの攻撃はまったく模擬とは思えない。
殺意がバンバンに伝わってくるのだ。
ルーデウスと二人きりの鍛錬なら究極鎧を外す時もある。
だが、エリスがいる時は命の危険を感じるため、必ず究極鎧を身につけ、魔剣まで装備する。
直接目を合わせるのも怖いので、仮面もつける。
しかし、そうすると、なぜかさらに殺意が高まっているような気がするのだ。
怖い。死を感じる。本当に怖い。
いや、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。
何せ俺は、エリスにとって、自分の夫を殺しかけた仇敵なのだから。
というか、一度はあの赤竜の下顎で実質殺してるし。
俺、エリスに剣向けてるし。
そんな相手に、ある日突然、仲良く一緒に訓練しようと言われたところで、受け入れられないのも無理はない。
だから、別にエリスが殺意を向けてくること自体に怒っているわけではないのだ。
でも怖い。ただただ本当に怖い。
俺はある日、とうとう耐えきれなくなり、ルーデウスになんとかならないものかと泣きついてみた。
すると、ルーデウスは苦笑しながら言った。
「うーん、別にエリスは怒っているわけではないと思うんですけど……もしかしたら、カオスさんの緊張につられているのかもしれませんね」
いや、逆だから。
エリスが殺意を向けてくるから緊張してるんだって!
そう訴えてみたものの、ルーデウスは曖昧な態度で唸るばかりだった。
これだからバカップル……いや、バカ夫婦は!
「エリスがいる時だけつけてる、その仮面……。外しちゃダメなんですか?」
俺はルーデウスの問いに、激しく首を横に振った。
あのギラついた瞳で直接睨まれたら、正直泣く自信がある。
というか、なんなら既に割と泣いているので、この仮面は涙を隠す役割も果たしているのだ。
なお、エリスが実は俺のつけている仮面に、苦手意識を持っていたと知るのは、ずっと後になるのだった。
〇シルフィエット・グレイラット
シルフィエットとは、これまでに何度か話したことがある。
ずっと離れてはいたが、一応共にアスラ王国に向かったことがあるし、三人の中では、一番よく知っている相手と言えるかもしれない。
とはいえ、やはり俺はルーデウスを殺しかけた人間だ。
そのせいか、どこか警戒されているというか、今ひとつ心を開いてもらえていないような気がする。
それでも、アスラ王国での俺の活躍をルーデウスから聞いたのか、一度、礼を言われたことがあった。
「アリエル様を陰ながら護衛してくれていたと聞きました。ルディを庇ってくれたってことも。エリスたちでは間に合わなかったとか……。ありがとうございます」
「ああ、いやいや、全然……」
面と向かって頭を下げられた時は、慌てたものだ。
あの戦いでは、俺よりもルーデウスの方がずっと貢献していた。
そんなに畏まられるほど、俺は大したことをしていないはずだ。
「よければ、これ……」
そう言って差し出されたのは、弁当だった。
どうやら、ルーデウスの昼食を届けるついでに、俺の分まで作ってくれたらしい。
家庭料理なんて、いつ以来だろう。
久しぶりに食べた手料理は、本当にとても美味しかった。
「すごく美味しかった。ありがとう」
「! ……それなら、よかった、です」
仮面を外し、満足した気持ちで礼を言うと、シルフィエットは少し意外そうな顔をした。
それから、ふっと微笑んで頷いてくれた。
やっぱり、誰かが自分のために作ってくれた料理というのは、いいものだな。
すごく満ち足りた気持ちになった。
……隣で、今にも俺を射抜いてきそうな目で睨んでいる、ルーデウスさえいなければ、だけれども。
〇ロキシー・グレイラット
ロキシーとは、あのルーデウスとの戦い以降、本当につい最近まで会ったことがなかった。
彼女は最近まで妊娠していたのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。
そんな俺が彼女と再会したのは、本当に偶然だった。
ある日、ルーデウスが忘れ物をしていった。
事務所に置きっぱなしになっていたのは、確か、今夜読むと言っていた資料だ。
明日からルーデウスは出張に出る。
今日中にこの資料が手元になければ、さすがに困るだろう。
そう思った俺は、ルーデウスに届けるため、仮面をつけて久しぶりにシャリーアの街へと繰り出した。
ルーデウスの家は、もともと俺が住んでいた家だ。
場所くらい覚えているだろうと、余裕綽々で歩き出したのだが——
「ま、迷った……」
百年前とは街並みがすっかり変わっていて、さっぱり分からなくなってしまった。
俺ん家って、どこだっけ……
誰かに聞けば教えてもらえるだろうか。
いや、しかし、数百年も生きておいて、迷子になるというのは、かなり、だいぶ、恥ずかしいぞ。
そんなことを考えながら途方に暮れていた俺は、曲がり角を曲がったところで、青い髪の少女とぶつかった。
「っ、すみません——って、あなた……カオス…さん?」
なんと偶然にも、ぶつかった相手はルーデウスの妻、ロキシーだったのだ。
どうしてここに、と尋ねる彼女に、俺はルーデウスへ忘れ物を届けに来たのだと説明した。
「事務所から来たのなら、家は通り過ぎていますが……もしかして、迷いました?」
「……………………はい」
渋々認めると、ロキシーは少し笑いをこらえるような顔をした。
恥ずかしいぞ。
項垂れている俺に、ロキシーはある提案をしてくれた。
「私も今から帰るところですから、案内しますよ。もともとはカオスさんの家でもあったのでしょう? よかったら、ご飯でも食べていってください」
「えっ、い、いや、お構いなく……」
俺は不思議だった。
エリスやシルフィエットは、やはりどこか俺を警戒しているような素振りがある。
だが、ロキシーにはそんな気配がまるでなかった。
ルーデウスを殺しかけた時、ロキシーもその場にいたはずなのに。
ごく自然に、当たり前のように話しかけてくれる。
そのことが気になって、俺は思わず尋ねていた。
「あの……ロキシーは、ルーデウスを殺しかけた俺たちのこと、怒ってないんですか?」
「怒ってますよ」
「えっ」
俺は思わず身をすくめた。
ロキシーは特に表情を変えることもなく、ただ薄く微笑んでいた。
「それでも、ルディが決めたことなら、私はルディを支えるだけです。だから、ルディがあなたたちの仲間である限り、あなたたちは私の仲間でもあります」
……すごい。
見た目に似合わない、余裕のある態度だ。
そういえば、ロキシーは魔族だったな。
見た目は中学生くらいにしか見えないが、実年齢はそれなりなのだろう。
なんとなく、ルーデウスがロキシーを神と崇める理由が分かった気がする。
「あっ、でも……一つお願いを聞いてくれたら、少しは許す気になるかもしれません」
「お願い?」
俺は首を傾げた。
どうしよう、オルステッドを殺せとか言われたら、普通に俺が殺されるから無理なんだけどな。
だが、それは杞憂だった。
ロキシーは自分の顔を指でトントンと叩きながら、言った。
「その仮面、外してくれませんか?」
……仮面? ああ、これか。
龍族は目立つので、鱗を隠すために一応つけていただけだ。
別に外したところで問題はない。
最近はシャリーアでもオルステッドの存在が少しずつ知られてきているようだし、いずれは仮面をつけずに堂々と歩ける日も来るかもしれないな。
俺は素直に仮面を外した。
「これでいいか?」
「! はい。ルディも言っていましたが、やっぱり仮面は外しておいた方がいいですよ」
ロキシーはクスクスと笑いながら言った。
……やっぱり、この仮面って不評なのだろうか。
ちょっと付けるのを控えようかな。
こうして俺はロキシーと談笑しながら、ルーデウスの家へと向かった。
さすがはルーデウスの師匠というべきか、ロキシーは知識が豊富で、話していてなかなか心地のよい相手だった。
そして、ルーデウスの家が目の前に見えてきた、その時。
——ドスッ。
何かを落としたような音がした。
ふとそちらに目を向けると、荷物を落としたルーデウスが立ち尽くしていた。
ルーデウスは、なぜか顔を青ざめさせ、だらだらと汗を流していた。
そして、震えながら、まるで信じられないものでも見たかのような目で、俺達を見つめている。
その顔は、さながら
……とにかく、ルーデウスがとんでもない勘違いをしていることだけは、よく分かった。
---
「——ってくらいだけど……もういいか? 話すの疲れたんだけど」
「いや、まだです。まだうちの妻たちのことをどう思っているのか、聞かせてください」
「だから、ほんとに同僚の妻くらいにしか思ってないって! 変な勘違いをするな!」
ルーデウスが血走った目で俺に詰め寄ってきた。
その手元には、俺の発言を一つ残らず書き留めた紙が、握られている。
紙の表紙には、堂々とこう書かれていた。
『間男調査票』
ふざけんなマジで。
「人妻に手を出す趣味なんて、俺にはないってば! 失礼しちゃうよな、ほんと!」
「じゃ、じゃあ、今まで付き合った女性のタイプは!? それは聞かせてください!」
付き合った女性。
その言葉を聞いた瞬間、俺は固まった。
それから、スッと目を逸らす。
そんな俺の態度を見て、ルーデウスがハッと息を呑んだ。
「ま、まさか……カオスさん、恋人がいたことないんですか……?」
「……………………悪いか」
「えっ、じゃあカオスさんって、童——」
「殺すぞ」
殴ってやろうか、こいつ。
妻を大切に思う気持ちは分かる。分かるが、暴走しすぎだろう。
あの時、俺がロキシーと一緒に帰ったからといって、これはやりすぎだ。
おかげで夕食に誘われていたのに、逃げ帰るはめになったじゃないか。
というか、そもそも俺は、ルーデウスが忘れた資料をわざわざ届けに来てやったんだぞ。
こんな態度、失礼じゃないか。
ルーデウスはふと、閃いたというように口を開いた。
「もしかして、カオスさんって女性じゃなくて、男性のことが好きな感じで——ブフッ」
思い切り殴ってやった。
ルーデウスが床に倒れ込む。
俺は、床に散らばった『間男調査票』を拾い集め、そのまま即座に魔術で燃やしてやった。
ルーデウスが悲痛な声を上げているが、知ったことか。
床でひっくり返っていたルーデウスを、担ぎ上げる。
そしてそのまま、事務所の外へと放り捨てた。
それから、手をパンパンとはたきながら事務所へ戻る。
——そこには、一部始終を見ていたオルステッドがいた。
オルステッドは呆れたような目で俺を見つめ、ぽつりと呟いた。
「…………お前達は何をしているんだ」
俺が聞きたいわ。
リコレクション風キャラ紹介
◯成り代わり狂龍王カオス
好きなもの……魔道具制作、美味しいもの
嫌いなもの……戦うこと 強制労働
モットー……自由に楽しく生きる、ラブ&ピース
一言……成り代わりですが、具体的な外見設定が出ていないのをいいことに、良い意味で優しい顔、悪い意味で人から舐められやすい顔(つまり童顔)、という設定を突っ込んでいます。書き手の趣味です。