現在、俺はメイド服を着ている。
言っておくがそういう趣味じゃないぜ。
俺は王宮のメイドに変装して、王城に潜入することに成功したのだ。
あの時、サッカーをして遊んだ茶髪少年の後をつけ、王宮のメイドであるという姉の姿を確認。
お姉さんを観察し、姿形どんな表情をするかどんな話し方や性格なのかを、数日かけて観察した。
そしてある日、王城に向かいながら本日の仕事内容を考えるのに夢中になっていたお姉さんは、背後から近づいてくる俺に気づかなかった。
お姉さんは俺に魔術を使われ、目が覚めたらなんと体が縮んで……なんてことはなく、すやすやと眠りについた。
うーん
完璧なストーカーですね。
俺は、彼女を安全かつ誰にも見つからない場所に寝かせた。
せめて風邪を引かないように祈っておこう。
そして俺は、彼女の姿に変身した。
鏡に映る姿は、何日も観察したお姉さんそのものだ。
こうして俺は、何食わぬ顔で王城へと足を踏み入れたのだった。
透明マントを使って忍び込むことも考えたが、やはり盗み聞きだけでは限界がある。
というか既に、彼女を観察している間に何度か透明マントで城内へ潜入してみたのだが、あまり有益な情報は得られなかった。
優秀な人間達が働いているようで、なかなか口が硬い。
だからこそ、人々の会話に自然に混ざり、相手の警戒を解き、何気ない雑談の中から情報を拾う。
そういう地道なやり方の方が、得られるものも多いだろう。
掃除道具を手に廊下を歩きながら、俺は同僚のメイドたちにさりげなく話しかけた。
「そういえば、最近お城の中も何かと慌ただしいですね」
俺の言葉に驚いたのか、メイド達は少し身を縮めた。
その後、周りに誰もいないことを確認し、囁くように言った。
「……あなたもそう思った? 私もよ。見慣れない方も増えた気がするわ。」
「どこの誰なのか、私たちにも教えてもらえないわよねぇ」
ふむ。
そういえば焼き鳥屋の店主も似たようなことを言っていたな。
「最近、陛下もあまり表に出てこられなくなったわよね」
「そうそう。以前はもう少しお姿を拝見する機会もあったのにね」
何気ない世間話のように聞こえるが、どれも気になる話だった。
続けて聞こうとしたとき、ぴしゃりと声がした。
「あなた達! 無駄口をたたかない!」
やべ、侍女長に見つかった。
俺達は慌てて解散し、各々の仕事へと向かった。
廊下で仕事をしている際、やけに疲れていそうな兵士に出会い、思わず話しかけてみた。
「最近、何か大きな仕事でもあるんですか?」
「さあな。上の連中が何やら忙しそうにしているのは確かだが」
「忙しそう?」
「ああ。王様が神様に夢中とかなんとかって、上官が話をしていたが……ってただのメイドが首をつっこむな。さっさと行け!」
鬱陶しそうにしながら追い返されてしまった。
うーむ残念。
その後も色々と話を聞き、俺は一つの名前に行きついた。
「……やはり、レオナルド・キングドラゴンか……」
王竜王国の王、レオナルド・キングドラゴン。
オルステッドも、最も怪しい人物として名前を挙げていた。
これまでに集めた情報を考えれば、奴がヒトガミの使徒である可能性は極めて高い。
しかも、レオナルドの周囲には、誰かと共謀しているような気配がある。
ヒトガミの使徒は奴一人ではないのかもしれない。
レオナルドを始末するだけなら、そう難しくはないだろうが、他にも使徒がいるのなら、そちらの正体も突き止めておきたい。
下手に王を殺して、残りの使徒を取り逃がすのは避けたいところだ。
どうしようかな……
脅したら吐いてくれるだろうか。
でも王様に近づくのちょっと大変そうだしな…
「うーん……」
掃除用具を手にしたまま、俺は考え込む。
そんな俺の背後から、ふいに声が飛んできた。
「ちょっと、そこのあなた」
「は、はい!」
反射的に背筋が伸びた。
振り返ると、そこには侍女長が立っていた。
厳しそうな顔つきの女性である。
仕事をさぼっているのがバレただろうか。
俺が内心で言い訳を考えていると、侍女長は思いがけないことを口にした。
「陛下が、今夜あなたをお呼びになったわ」
「……はい?」
「夜伽よ。おめでとう。……いったい、いつ陛下に気に入られるようなことをしたの?」
「…………え?」
うっそだろ。
夜。
俺は、妙に身ぎれいにされそうになるのを何とか振り切り、王の部屋へと向かっていた。
いやしかし不味いぞ。
まさか夜伽に呼ばれるようなことになるとは。
残念ながら、俺に
このままじゃ貞操の危機だ。
……とまあ、ふざけたことを考えてはいるが。
このタイミングで王に呼び出されたという事実は、どう考えても不自然だ。
俺の正体がバレていると考えるのが妥当だろう。
しかし、なぜだ?
姉の行動は何日も観察していた。
目立った癖も、仕事の流れも、同僚との接し方も把握していたつもりだ。
不自然な振る舞いはしていないはずである。
罠である可能性は高い。
だが、罠だったとしても、多少の兵士が相手ならどうにでもなるし、最悪、この場で王を始末してしまうという手もある。
列強五位の『死神』ランドルフ・マリーアンは、なんでか知らないけど、シーローン王国の方にいるらしいし。
他に、そこまでの脅威になるような者は、いないだろう。
とりあえず、何が起きても対処できるよう、準備だけはしておいた。
俺は服の内側に隠した魔剣の位置を確かめ、扉の前に立ち、ノックをした。
「入れ」
中から声が返ってくる。
俺は息を整え、扉を開いた。
「失礼いたします」
部屋の中では、レオナルドが軽装のまま椅子に腰掛けていた。
王の居室にしては、妙に落ち着いた雰囲気だ。
護衛の姿も見当たらない。
それがかえって不気味だった。
一旦様子を見るか……
「本日はお呼び出しいただき、ありがとうございま……」
「やはり、美しいな」
「……へ?」
レオナルドは椅子から立ち上がると、ゆっくりと俺に近づいてきた。
その目は、俺の顔をじっと見つめている。
そして、何のためらいもなく、俺の頬に手を添えた。
ぞわりと、鳥肌がたった。
「ずっと儂のものにしようと思っていた」
これは、あかんやつだ。
俺は自分の正体がバレているものだと思っていたが、まさか本当に夜伽を求められているのか?
確かにこのお姉さん、綺麗だとは思うけど。
しかしこのままでは、俺の貞操が危ない。
思わず、足が相手の急所へと向かい、蹴り上げようとした時——
その前に、レオナルドは、ひょいっと俺から離れた。
「冗談だ」
「……は?」
俺は目を白黒させた。
レオナルドは俺の反応を楽しむように、口元を歪めて笑っていた。
そして、こちらの顔をじっくりと眺めると、確信を得たように言った。
「やはりおぬしが——ナキモノか」
「…………!」
その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
ナキモノ。
どこかで聞いたことがある。
確か、アスラ王国でダリエルが口にしていた言葉と同じだ。
俺は警戒心を、一気に引き上げた。
服の内側に隠した魔剣へ、いつでも手を伸ばせるようにする。
「……何のことでしょうか」
ひとまず、とぼけてみる。
すると、レオナルドは楽しげに目を細めた。
「まあ、待つがいい。何も、今すぐどうこうしようというわけではない。一度、話を聞いてみるのも悪くあるまい?」
「話、ですか」
「そうだ」
こちらの反応を見定めるような鋭さが、感じられる。
レオナルドはそのまま口を開いた。
「ヒトガミ様が言っておったぞ。こちらにつけば、おぬしの
「…………」
俺の、本当の目的。
その言葉が、妙に耳に残った。
本当の目的はヒトガミを倒すこと……ではない。
俺が本当に望んでいることは、そんな大それたものではない。
ただ、
「悪神に脅されているのだろう?」
レオナルドの声が、思考を引き戻す。
「悪い話ではあるまい。こちらにつけば、おぬしの望みを叶える手助けをしてやろう。褒賞も与える。同じく神の声を聞く、儂の仲間も紹介しよう」
まぁ確かにな。
オルステッドは、俺を信用していない。
必要だから使っているだけで、その時がくれば、ためらいなく殺すだろう。
「どうだ? 悪い話ではあるまい」
レオナルドが、こちらに手を差し出した。
その手を前に俺は、自分の口元を歪んだのが、分かった。
————それから、その手を握った。