王竜王国の王都、郊外の森。
その中で、究極鎧を着込んだ俺は、目的地を目指し歩いていた。
昼間だというのに、森の中は薄暗く、人気は無い。
丁度良い場所だな、と森を歩きながら思った。
歩みを進めていると、やがて開けた場所に出る。
そこには、少数の兵を引き連れたレオナルドが、待ち構えていた。
「———来たか。変装を解くと、そのような顔をしていたのだな」
「なかなかイケてる顔でしょう?」
目を細めて、
あの日の夜。
俺はレオナルド・キングドラゴンと、手を組んだ。
レオナルドの目的は、どうやらシーローンの王権を握ることらしい。
パックスを援助してシーローンの王族を殺させ、彼を傀儡の王に仕立て上げる。
それが当初の計画だったそうだ。
シーローンには周辺の迷宮をはじめ、さまざまな財源がある。
それらを手中に収めるつもりだったのだろう。
しかし、パックスを王にした矢先、ヒトガミからお告げを受けたらしい。
パックスは傀儡にはならず、むしろ将来的に共和国を建国しようとする、と。
そこでレオナルドはビスタ王国と共謀し、戦争に乗じてパックスを暗殺しようと企んでいるのだという。
「しかし、悪神がパックスに共和国を作らせたいと考えているとは……悍ましいな」
「アレは自身の目的のために、そうさせたいだけですからね。国ができた後のことなど、どうでもいいのでしょう」
忌々しそうに顔をしかめるレオナルドに、俺は肩を竦めた。
「そんな悍ましい計画を阻止するためにも……頑張ってくださいね?」
「フン。呪いごときで臆する儂ではないわ」
現在、俺は合流したレオナルドと共に、オルステッドのもとへ向かっている。
表向きは、アリエルと同じように、レオナルドもオルステッドの配下となるため、だ。
しかし、実際の目的はもちろん違う。
俺は、あの夜の会話を思い返した。
「ビスタ王国との戦争に乗じて、王竜王国からシーローンに刺客を送り込み、パックスを殺す……いい案だとは思いますが、今のままでは難しいでしょうね」
「何?」
計画に難色を示したからか、レオナルドはジロリと不機嫌そうに俺を睨んできた。
正直、オルステッドに比べれば全然怖くない。
「今、王都付近には、俺が従っていた悪神……オルステッドがいます。怪しい動きがあれば、すぐに駆けつけて暗殺集団なんて皆殺しでしょう」
「儂がそんな粗末な刺客を送り込むとでも?」
「相手は列強二位ですよ? 舐めてかかると痛い目を見ますよ」
俺の言葉に、レオナルドは唸った。
オルステッドは余り表に出ないからか、知名度が低く、侮られやすいような気がする。
だが、レオナルドは列強第五位『死神』を知っているはずだ。
『死神』よりも強いとなれば、恐ろしさは分かってくれるだろう。
「ならば、どうすればいいと?」
「オルステッドを引きつければいいんですよ」
俺は薄く笑った。
要するに、暗殺を成功させるためには、最大の障害を取り除けばいい。
単純な話だ。
「例えば……オルステッドと手を組むと嘘をついて、話し合いの場を設ける。その間に刺客を向かわせる……とか?」
「儂を囮にする気か? お前が一人でやればよかろう」
「俺一人じゃ囮にはなれませんよ。
多少の違和感があったとしても、王竜王国の国王自らが話し合いを求めてくれば、オルステッドも無視するわけにはいかないだろう。
俺が言葉を重ねると、レオナルドはしばらく黙り込んでから、口を開いた。
「……殺される可能性は?」
「嫌ですねぇ。王様ともあろうお方がビビりでは。……実際、他国の要人がオルステッドと手を組んだこともあるみたいですよ」
「ほう……どの国だ?」
「アスラの方だったかと」
レオナルドは顎に手を当て、考え込み始めた。
もう一押しだな。
俺は、さらに言葉を重ねた。
「アレには、人から嫌悪や恐怖を抱かれる呪いがある。そのせいか、存外、自分から寄ってくる相手には甘い傾向があります。王竜王国も、表向きにはオルステッドの狙いどおり、パックスを王にしようとしていたように見えますし……。その後、パックスが殺されても、知らぬ存ぜぬを通せばよろしいでしょう」
「…………………………分かった」
熟考の末、レオナルドは承諾した。
そうして俺たちは、オルステッドとの話し合いの場へ、向かうことになったのだった。
「それよりも……暗殺集団の方は、本当に大丈夫なんですよね? せっかくオルステッドを引きつけたのに、失敗……なんてことは聞きたくないですよ」
「要らぬ心配をするな。あちらには信頼できる
しばらく歩くと、森の奥に人影が見えた。
木々の間に立つ、大きい人影。
遠目では輪郭がぼんやりとしていて、顔までは判別できないようだ。
「……あれか?」
「多分そうですね」
レオナルドと近衛兵たちは、その人影へと近づいていく。
人影は微動だにしない。
兵と王は緊張感からか、ゴクリと唾を飲み込んだ。
木々の陰に隠れていたその姿が、次第にはっきりと見えてくる。
「……!?」
そこにいたのは、オルステッド———によく似た案山子だった。
白い布を頭から被せ、適当な木材を組み合わせて作られた人形。
その顔には、どこかで見たような無愛想な表情が描かれている。
もちろん、俺が直々に作った代物だ。
本物そっくりだろう。
俺は案山子に気を取られていた数人の兵士に、背後から斬りかかり、次々と倒した。
「なっ……!?」
レオナルドが慌てて振り返る。
俺は手にした剣を構え直し、レオナルドに向かって笑いかけた。
「いやー、すみませんねぇ。パックスを殺しに向かった暗殺者たちは、今頃オルステッドに始末されているでしょうね」
レオナルドは憎々しげに俺を睨みつけた。
「裏切りおったか……」
レオナルドの顔から、余裕が消えた。
そんなレオナルドを見て、俺は少し前の出来事を思い出した。
---
レオナルドと手を組んだ、あの夜。
俺はレオナルドと別れた後、すぐにオルステッドのもとへ向かい、事の顛末を報告していた。
「……と、いうわけで、使徒はレオナルド・キングドラゴンで間違いないと思う。ただ、他の使徒とも協力していそうな節があったから、一旦、協力関係を結ぶフリをしてきたけど……駄目だったか?」
オルステッドが俺をじっと睨みつけてくるので、なんだか居心地が悪くなった。
俺がレオナルドを引きつけている間に、オルステッドには暗殺者の方を任せれば、両方の使徒を始末出来ると思ったのだが……
もしかしたら、余計なことをしてしまっただろうか。
「……いや、問題ない。お前の作戦で行こう」
良かった。
でも、問題ないなら問題ないって顔をしてほしい。
オルステッドは相変わらず渋い顔をしていた。
「…………いいのか?」
「ん?」
……主語がないが、数十年も一緒にいるおかげか、オルステッドの言いたいことは分かった。
俺を裏切らなくていいのか、ということだろう。
相変わらず信頼されていないのは傷つくな。
もっとも、オルステッドからすれば、俺がヒトガミの使徒として自分のもとに潜り込んでいる可能性だって捨てきれないのだろう。
俺の言葉を信じろという方が無理な話なのかもしれない。
それでも——
俺はオルステッドを見つめ、口を開いた。
---
「何故だ? おぬしは悪神に脅されているのだろう?」
憎々しげに問いかけるレオナルドに、俺は目を伏せた。
そして、あの時オルステッドに伝えた言葉を、もう一度口にした。
「脅されていても…信頼されていなくても…。それでも俺が誰の
正直、信頼されていないことが、寂しくないと言えば嘘になる。
それでも、オルステッドを裏切ろうと思うほど、彼は酷い悪神でも、悪魔でもなかった。
ただ一人の、人間なのだ。
フッと、レオナルドは小さく笑った。
そして、片手を挙げた。
恐らく、あらかじめ用意していた増援を呼んだのだろう。
だが——
「来ないよ。俺がお前に変装して、兵士たちには帰るように伝えておいたから。あっちの使徒も、もうオルステッドに殺されているだろう。さあ、観念して殺されるんだな」
しかし、レオナルドは合図を送るのをやめなかった。
俺が眉をひそめた、その時。
森の奥から、大勢の気配がした。
「だから無駄だって……なに!?」
あっという間に駆けつけた兵士たちが、俺を取り囲んだ。
逃げ道を塞ぐように配置された兵士たちは、それぞれ武器を構え、俺に鋭い視線を向けている。
まるで、最初からこうなることを知っていたかのようだった。
「やはり、おぬしは裏切ると思っていた。偽物にも気をつけろと伝えておいたのだ。ヒトガミ様の言うとおりだな」
レオナルドが勝ち誇ったように言った。
ヒトガミに読まれていた……いや、予知されていたのか?
レオナルドを沢山は観察できなかった。
バレたのは、変装が荒かったのもあるかもしれないな。
俺は歯噛みした。
「そうか……でも、この程度の兵で俺を傷つけられると思うなよ」
究極鎧を煌めかせる。
大勢とはいえ、所詮は烏合の衆に過ぎない。
この程度の兵で、俺を傷つけようったって、そうはいくまい。
「知っておる。お前を傷つけることが難しいことは。だが——」
レオナルドが言い終える前に、兵士の一人が女を連れてきた。
俺は目を見開いた。
その女性は——俺が眠らせ、変装するために利用した、あのメイドのお姉さんだった。
「……ッ」
思わず息が詰まった。
何故、彼女がここにいる?
「此奴の——ルクレティア・アインシュタッドの不注意によって、敵の王城への侵入を許したのだ。罰せられて当然であろう? まあ、おぬしが儂に屈するというのなら、この女は見逃してやってもよいが」
「お、お許しください!」
お姉さんは——ルクレティアは、ガタガタと震えていた。
兵士に腕を掴まれ、逃げることもできないまま、必死に頭を下げている。
目に涙を浮かべながら、それでも必死に懇願していた。
「わ、わ、私はどうなっても構いません! ですが、どうか家族だけは……!」
「それは此奴次第だな」
レオナルドは、下劣な目で俺を見てきた。
初めから、こうなる可能性は分かっていたはずだ。
俺が巻き込めば、この家族にまで被害が及ぶかもしれないと。
それなのに俺は、実際に命を脅かされている彼女——ルクレティアを目の前にして、動くことができなかった。
割り切っていたつもりだった。
変身するために彼女たちを観察していた数日間、嫌でも彼らの暮らしぶりが目に入った。
何気ない会話や日々のやり取りから、彼らがごく普通の幸せな生活を送っていることを知ってしまった。
彼女の名前がルクレティアであることも、その弟である茶髪の少年がレインという名前であることも、調べているうちにすぐに分かった。
だからこそ、彼らを個人として認識しないようにしていた。
名前を思い浮かべることすら避けていた。
そうすれば、いざというときに割り切れると思っていたからだ。
もしかすると、あの茶髪の少年が、前世での同級生にどことなく似ていたことも関係していたのかもしれない。
そいつの身内だから、という小さな悪感情が、どこかにあったことを、否定しきることは出来なかった。
だが、いざ目の前で、彼女たちの命が脅かされると、そんなものは何の役にも立たなかった。
俺の選択次第で、ルクレティアも、レインも、その他の家族も、本当に殺されるかもしれない。
そう考えると、どうしても体が動かなかった。
人質など無視して、レオナルドに襲いかかることだってできたはずだ。
それなのに、俺は何も出来ない。
中途半端な自分に、ほとほと嫌気が差した。
「………………分かった」
俺は魔剣を地面に捨てた。
「フン。その鎧も外せ」
俺はおとなしく究極鎧を脱いだ。
鎧を脱いでも、龍聖闘気を纏えば、この程度の兵士の攻撃など防げるだろう。
「闘気もだ。おぬしは特別な闘気を纏っている可能性があると聞いた」
「……」
そこまで知っていたか。
いや、ヒトガミから聞いたのなら、不思議な話でもない。
俺は渋々、闘気を解いた。
レオナルドは自分の剣を抜いた。
「前に来い」
俺は言われたとおり、前に歩いた。
多少の怪我を負ったところで、即死級の傷でなければ、一瞬で治癒魔術をかけられる。
剣の動きを見極め、即死にならない場所へ攻撃を逸らす。
賦刃がなくとも、それくらいなら俺にもできるはずだ。
そして、俺を殺したと思って油断した王を欺き、人質を解放してから、改めて王を殺せばいい。
そう考えていた、その時——。
背後から、ドス、と衝撃があった。
「ッ、ガッ、ハッ……!」
視線を落とす。
俺の胸から、俺自身の剣が飛び出していた。
背後から、心臓を一突きされたのだ。
誰に?
後ろにいる兵士たちにも警戒はしていた。
違う。一番警戒していなかった人物が動いたのだ。
俺は、かろうじて後ろを振り返った。
そこにいたのは、人質にされていたはずの、ルクレティアだった。
彼女が、捨てたはずの魔剣を使い、俺を刺していたのだ。
何日も見ていてどんな表情をするか知っていたはずなのに、そのお姉さんは、初めて見るような笑い方をしていた。
どことなく——
剣が引き抜かれ、俺はその場に倒れ込む。
治癒魔術をかけようとした。
俺は必死に魔力を使おうとした。
だが、心臓の傷に手を当てようと、動かそうとしたその腕は——すぐさま切り落とされてしまった。
「おぬしが儂を裏切ることなど、とうに分かっておった。あの暗殺計画も、すべておぬしを誘い出すための芝居よ」
レオナルドが醜く口を歪ませた。
どういうことなのか、頭の整理が追いつかない。
それでもこれだけは、分かった。
罠にはめられていたのは、俺たちの方だったのだと。
オルステッドに伝えなければならない。
早く、この傷を治さなければならない。
それなのに、体はまったく言うことを聞かなかった。
目の前の景色が滲み、レオナルドの声も、兵士たちの足音も、次第に遠ざかっていった。
そして、そのまま俺の意識は———暗転した。