パチパチと、火の弾ける音が聞こえ、ゆっくりと意識が浮上した。
目を開けると、目の前には満天の星空が広がっている。
しばらくその空をぼんやりと見つめて——
それから、自分が何をしていたのかを思い出し、飛び起きた。
「っ、パックスは……! ぐっ、うぅ……!」
体を起こした途端、ひどい目眩と倦怠感に襲われ、思わず頭を押さえる。
「……まだ寝ていろ」
声のした方を見ると、焚き火の前に座り、薪をくべているオルステッドの姿があった。
寝ていろと言われても、そんな場合じゃなかったはずだ。
俺は腕をついて、気合で体のふらつきをこらえながら、どうにか上半身だけを起こした。
「俺は……」
「魔力切れだ。レオナルド・キングドラゴンの発言から推測するに、それなりの深手を負い、それを治癒したのだろう。その上、どちらも魔力を消費する究極鎧と賦刃を使ったのだから……」
「……当然といえば、当然か」
俺の魔力量は少ない方ではないとはいえ、ルーデウスやラプラスのように無尽蔵というわけでもない。
あれだけ魔力を消費することをしたのだから、魔力切れになっても不思議ではないだろう。
「パックスは……」
「分からん。今からシーローンに向かっても、間に合うかどうか……ルーデウスに任せるしかないだろう」
オルステッドは口にしなかったが、シーローンに向かわないのは、俺がこんな状態でまともに動けないことも理由の一つなのだろう。
レオナルドを侮り、まんまと騙され、出し抜かれてしまった。
レオナルドを利用して俺たちを足止めすることこそが、ヒトガミの狙った作戦だったのかもしれない。
そして俺は、その策に安々と嵌まってしまったわけだ。
本当に情けない限りである。
「ごめん……俺のせいだ」
「……お前の話を聞き、最終的に判断したのは俺だ。事前の予測も間違っていた。俺にも責がある」
事前の予測が間違っていた、か……
それはやはり、ループを繰り返す中で得た経験から、今回の展開を予測していたということなのだろうか。
「その……お前、タイムループしてたんだよな? いつもはどうだったんだ? っていうか、いつも俺はいたのか?」
「…………」
俺がそう尋ねると、オルステッドは渋い顔をして黙り込んだ。
なんだよ。まだループのことは教えてくれないのかよ。
俺は口を尖らせた。
「信じてる……って言ってくれたくせに、結局ループのことは教えてくれないんだな」
「む……聞いていたか」
オルステッドが顰めっ面をした。
聞いてちゃまずかったのかよ、と思ったが、よくよく見ると、これは複雑そうな顔だ。
少し気恥ずかしそうにも見える。
どうやら、あの時は本当に俺の気配に気づいていなかったらしい。
俺に、仲間だと思っている、なんてことを伝える気は無かったのかもしれないな。
秘宝のこともあるし。
劣勢のオルステッドを前に、調子に乗った俺は、もう少し畳み掛けてみることにした。
「へーへー、嘘だったのかよ。どうせ俺は信頼されてないから、ループのことも教えてくれないんだろーなー。悲しいなー」
我ながら、わざとらしい台詞だ。
ついでに、くすん、と泣き真似までしてやる。
そんな俺に俺の言葉に、オルステッドは苦虫を噛み潰したような顔をして、口を開いた。
「…………お前を信じていないから、ループのことを明かさなかったわけではない」
「へ?」
何言ってんだ、こいつ。
俺が裏切って、オルステッドにとって重要な情報をヒトガミに漏らす可能性があるから、秘密にしていたんじゃなかったのかよ。
「じゃあ、なんで?」
「……………………」
オルステッドは、また黙ってしまった。
けれど、今度の沈黙は拒絶ではなさそうだった。
どちらかといえば、何と言えばいいのか分からず、迷っているような感じだ。
俺はため息をついた。
「あのさ……別に俺、盗み聞きする前から、なんとなくお前がループしてるんじゃないかって気づいてたんだけど……」
「なに?」
オルステッドが勢いよく首をこちらに向けた。
うおっ。顔圧がすごい。
自分の顔面が呪い抜きでも怖いことを、自覚したほうがいいと思う。
「い、いや、お前って結構分かりやすいんだよ……。ルーデウスだって、お前に聞く前から、その可能性くらいは考えてたんじゃないか?」
分かりやすいと言われたオルステッドは、なんだか不満げだった。
自分の不用意な発言が多いことを、どうやら全く自覚していなかったらしい。
オルステッドはしばらく逡巡していたが、やがて観念したように、ゆっくりと口を開いた。
「俺は、甲龍暦330年から530年の間を何度もやり直している。その数は百を超えたあたりから数えていない。おそらく、何百回にもなるだろう。…………だからだ」
……何が?
分かるだろう、とでも言いたげな顔をされているが、さっぱり分からない。
言葉足らずにもほどがある。
「だから?」
俺がさらに問いかけると、オルステッドはむっとした後、渋々といった様子で言葉を続けた。
「……ヒトガミのもとへ至るための『五龍将の秘宝』が、お前たち五龍将の命と等しいことは知っているだろう」
「もちろん」
俺は頷いた。
だからこそ、五龍将の秘宝がなくても、無の世界へ行ける方法を研究しているのだ。
俺たちが死なずに済むように。
「この何百ものループの中で、俺はヒトガミを倒すために行動してきた。当然、秘宝の回収も含まれる。特に狂龍王の秘宝は、他のものと比べて最も回収が容易だった。だから最近の周回では、必ずと言っていいほど回収していた……」
そう言ったきり、オルステッドは口を閉じてしまった。
もう話すことはない、とでも言いたげな様子だ。
まだまだ言葉が足りないんだが。
仕方がない。
俺は与えられた少ないヒントをもとに、話を整理してみた。
伊達に何十年も一緒にいるわけじゃない。
オルステッドは、この途方もないループの中で、何度も俺の秘宝を回収していた。
つまり、最近のループでは、俺は必ず殺されていたというわけだ。
そしてオルステッドは、それを俺に知られたくなかった。
なぜだ?それは……
「つまり————何度もループしている中で、殺されてるって俺が知ったら、俺がお前の事を嫌いなるって思ったから、言いたくなかったってこと?」
「……………………」
オルステッドは、俺の言い方に不満があるようだった。
でも、否定はしなかった。
俺が裏切って大事な情報をヒトガミに漏らす可能性があるから、オルステッドはループのことを教えてくれなかったのだと思っていた。
けれど、オルステッドはただ、何度も殺されていると知ったら、俺が失望し、離れていくと思ったから、伝えられなかったのだ。
なんだそりゃ。
全身の力が抜け、俺はドサリと仰向けに倒れた。
「っ、はははっ」
「何がおかしい」
俺が笑い出すと、オルステッドは不機嫌そうな声を上げた。
俺は寝そべったまま体を横に向け、オルステッドと目を合わせて微笑んだ。
「これまでのループで殺されたとか……正直、どうでもいいよ。今までのループのことなんて知らないし。お前が俺のことを仲間って認めてくれた。それだけで充分だ」
オルステッドは、あっけに取られたように、珍しく間の抜けた顔をした。
それから俺の言葉を噛み締めるようにした後、少し辛そうな顔をしながらも、薄く口角を上げた。
「……そうか」
そんなオルステッドを見て少し満足した俺は、それから別の事を思い出し頬を膨らませた。
「っていうか、そんなことよりも、まともに話もしないで空中城塞から連れ出された事の方が、腹立つけどな。なんであんな連れ出し方したんだ?」
俺が尋ねると、オルステッドは少し気まずそうにしながらも答えた。
「ペルギウスに言われたからだ。どうせ放っておくと、いつまでも一人で悩んでいるだけなのだから、無理矢理にでも外へ連れ出してしまえば、すぐに忘れるだろう、と」
「アイツ……」
ペルギウスは、俺のことを単細胞とでも思っているのだろうか。
帰ったら覚えておけよ。
焚き火を見ながら、オルステッドは今までのループについて、ぽつりぽつりと語ってくれた。
最初は、自分がなぜ生まれ、どうして皆から嫌悪され、恐れられるのか分からなかったこと。
理不尽に、何度も殺されたこと。
ペルギウスに師事した周回もあったこと。
五龍将を犠牲にしなければ、ループは終わらないと知った時のこと。
何もかもが嫌になり、世界を滅ぼした時があったこと。
何もせず、ただそのループを終えた時もあったこと。
そして、数え切れないほどの経験を経て、無駄な絶望はもうしないと決めたこと。
二万年を超える、果てしない旅路。
その時間を、彼がどんな思いで生きてきたのか、俺には想像もできない。
それでも、話を聞いているうちに、オルステッドが抱えてきた想いは伝わってきた。
ふと、話を聞くうちに一つの疑問が浮かび、俺は口を開いた。
「今までの俺はさ……今の俺みたいに抵抗したけど、結局殺されちゃったって感じなのか?」
「いや……お前は、いつものループではまったく抵抗せず、俺に秘宝を渡していた。原因は分からないが……ルーデウスやナナホシと同じように、お前も今回のイレギュラーなのだろう」
それを聞いて、俺はずっと薄々感じていたことを確信した。
「多分なんだけど……お前が今まで殺していたのは、俺じゃないと思う。————俺の
「……なんだと?」
オルステッドが怪訝そうにこちらを見た。
俺は遠い昔話に目を伏せた。
「俺にはな、双子の兄弟がいたんだ。唯一の肉親で……本当に仲が良かった。それこそ、前世のことを明かすくらいには」
俺が生まれた時、すでに両親はいなかった。
龍族は卵から孵るまでに五十年ほどかかるらしく、その間に両親は色々あって死んでしまったのだと聞かされている。
前世では、病気のせいでずっと家族とぎくしゃくしていた。
友達とも、上手くいかなかった。
だからこそ、今世で得られた双子の兄弟は、たった一人の家族であり、友達であり、何よりも大切な存在だった。
それこそ、前世の名前を教え、誰もいないところではその名前で呼んでもらうくらいには。
今世では自由に生きたいという俺の願いも、受け入れてくれるような奴だった。
「だけど……ある日、俺たちは里のクソジジイどもに幻術をかけられて、殺し合わされた。どちらが『狂龍王』なのかを明らかにするため、とかいう……そんなくだらない理由でな。」
あの時のことは、思い出すだけで吐き気がする。
兄弟を殺した時の感触は、何百年経っていても、覚えていた。
「結局、生き残った俺が『狂龍王』になった。けど、兄弟を犠牲にして得たこの命も、いずれ来る龍神の御子様のためになると聞かされて……我慢できず、『狂龍王』の名を捨てて里を飛び出した」
……まあ、捨てたはずの『狂龍王』の名は、嫌でもついてきてしまったんだけども。
ウルペンなど、俺のことを昔から知っている奴がいたから、というのもあった。
しかし、一番の誤算はあの紋章だ。
生まれた時から、身につけている物のあちこちにあの紋様があった。
それが格好よかったから、自分の紋様ということにして、作った魔道具なんかのサインに使っていたのだ。
……まさか、あれが『狂龍王』の紋章だったとは。
そのせいもあって、もうあの紋章は使っていないというのに、今でもなんだかんだと『狂龍王』と呼ばれてしまっている。
なんとか払拭したいものである。
「ルーデウスの話を聞いた時から思っていたんだけど、元々の俺は、死産だったんじゃないかな。秘宝の影響なのか何なのかは分からないけど……死産になるはずだった体に、俺の魂が入り込んだ、みたいな」
「……………………なるほど」
オルステッドは納得したように頷いた。
「お前が前世では別世界の人間だったと知った時から、元々の魂はどこへ行ったのかと思っていたが……そういうことなら理解できる。まさか、カオスに兄弟がいたとはな……」
俺が生まれたのは、オルステッドのループが始まるよりも数百年も前のことだ。
しかも通常のループでは、俺は存在しない。
知らなくても無理はないだろう。
話を聞いたオルステッドは、しばらく黙っていたが、ふとその鋭い瞳を、わずかにそらした。
「悪かったな……今までずっと、お前の兄弟を殺して」
意外なことを言われ、思わず口をつぐんでしまった。
確かに俺は、龍神の御子様とやらが大嫌いだった。
そのせいで、唯一の家族が死んでしまったようなものだと思っていたからだ。
でも、それは違うと今なら分かる。
あれは老人共が勝手に暴走しただけだ。
生まれてもいないオルステッドに、非はない。
それどころか、オルステッドは俺達龍将の命を使うことに罪悪感もあるようだった。
龍神の御子様は、非道でも、人智の越えた何かでも、ない。
重い運命を背負わされてしまい、悲しく辛い思いをしている、ただの人間なのだ。
共に過ごした短くはない年月で、俺にはそれが分かってしまった。
だからもう、いいのだ。
俺はもうすっかり絆され、オルステッドの為になりたいと思ってしまったのだから。
仲間だと認めてくれた、彼の力になりたいと、決めたのだから。
が、それを素直に伝えるほど、俺は恥知らずではない。
俺は目眩をこらえながら勢いよく立ち上がり、オルステッドのもとへ大股で歩いていった。
そして、その硬い頬を思いっきりつねってやった。
「俺が良いっていうからいいんだよ! いつまでもしょぼくれてんな!」
オルステッドは目を見開いていたが、痛そうにはまったくしていなかった。
こういう時くらい、龍聖闘気を外せよ。
「……フッ、分かった」
いつもの調子の俺に毒気を抜かれたのか、オルステッドは目を閉じ、表情を和らげた。
頭の固い龍神様も、ようやく分かってくれたらしい。
俺はオルステッドの頬から手を離した。
元の位置に戻ろうとしたが、再びグラリと視界が揺れた。
無様にも、オルステッドの目の前で倒れそうになった、その時。
オルステッドに服の後ろ襟をつかまれた。
「グエッ」
だからなんで皆、俺の首根っこをつかむんだ。
顔面から地面に激突するのは防げても、普通に首が締まった。
もっといい支え方があっただろうに。
オルステッドはそのまま、俺をそっと地面にうつ伏せに下ろされた。
丁寧なのか丁寧じゃないのか、よく分からん。
「まだ魔力が回復していない。寝ておけ」
「……はぁーい」
オルステッドの言葉に、俺はゴロンと仰向けになって大人しく目を閉じた。
体はだるいし、パックスのことも心配だし、懸念事項はまだまだ山積みだ。
それでも、俺の心は晴れやかだった。
オルステッドは、俺に心を寄せてくれていた。
前世では得られなかったような、心からの仲間が出来た。
それが、どうしようもなく嬉しくて、頬を自然に緩ませながら、俺は眠りについたのだった。