数日間で魔力を回復させた俺は、オルステッドと共にシャリーア郊外の事務所へと戻ってきた。
ルーデウスは、まだ帰還していないようだった。
最終的にどうなったのか、詳しいことは分からない。
だが、帰り道で耳にした噂話は、どうにも明るいものではなかった。
どうやら、覚悟を決めておいた方がよさそうだ。
ルーデウスが戻ってくるまでの間、俺は王竜王国に潜入して得た情報を、オルステッドに共有し、整理していた。
特にレオナルドの動きについては不可思議な所も多かった。
俺の動きを読み、それを超える罠を張っていたようだし……
今までのループとの違いを照らし合わせれば、ヒトガミが何を企んでいたのか、何を指示していたのかが見えてくるかもしれない。
残りの使徒についても、何か手掛かりが得られる可能性はある。
今は、王城の見取り図を広げ、どこで何を見聞きしたのかを一つずつ説明しているところだった。
「他国の人間……やはり、ビスタ王国の人間か?」
「ビスタの人間もいただろうし……もしかしたら、シーローンの人間もいたかもな。クーデターを王竜王国が支援していた、とかさ」
「どうだろうな……。このクーデターはパックスに向けたものだ。表向きはパックスを支援していた王竜王国が、パックスを殺すためのクーデターに協力できたかどうか……。兵が通ったのは、このルートか?」
「ん? 違うよ。こっち」
「こうか?」
「違うって……もう、ちょっと貸せ。俺が書いてやるから。お前の椅子、でかいんだから半分座らせろよ」
俺はオルステッドを無理やり椅子の端へと押しやると、その隣に腰を下ろし、王城の見取り図に筆を走らせた。
「だから、こう……」
「待て」
説明の途中で、オルステッドが俺の言葉を遮った。
なんだよ、今いいところなのに。
首を傾げていると、オルステッドはおもむろに机の端へ手を伸ばし、置いてあったヘルメットを手に取った。
そして、そのまま頭に被る。
……なんで?
このヘルメットは、俺たちが帰ってきたらクリフによってさらに改良されていた一品だ。
声が出せるようになり、呼吸もできるようになったらしい。
もっとも、相変わらず前は見えないはずなのだが。
そんなものを被って、どうやって話し合いを続けるつもりなんだろう。
そう思った矢先、事務所にノックの音が響いた。
この気配はルーデウスだ。
もう一人、誰かが一緒にいるらしい。
なるほど、いつの間にか帰還していたのか。
他人がいるから、ヘルメットを被ったのだろう。
「ルーデウスか」
オルステッドが返事をする。
その声を聞いたルーデウスは、勢いよく扉を開けると、腰を曲げて一礼した。
「失礼します! ルーデウス・グレイラット、ただいまシーローン王国より帰還いたしました! ……ふあぁ!? ……うぇえぇ!?」
オルステッドのヘルメットを見た途端、ルーデウスが奇妙な声を上げる。
そして、隣に座っている俺の姿を目にし、さらに奇妙な声を上げた。
失礼しちゃうな。
ルーデウスは、しばらく俺とオルステッドの顔を交互に見比べた後、恐る恐るといった様子で尋ねた。
「な、仲直りしたんですね……?」
「あ、うん。迷惑をかけたね」
俺は椅子から立ち上がり、軽く手を上げた。
ルーデウスには、少々……いや、かなりの心労をかけてしまっただろう。
上司と先輩が大喧嘩する職場なんて、どう考えても労働環境がよろしくない。
部下としては、たまったものではなかったはずだ。
「無事に帰ってきたようだな」
「……は、はい」
オルステッドが話を戻すように言うと、ルーデウスは居住まいを正した。
「報告します――」
どうやら、ルーデウスの方も随分と大変だったらしい。
北のカロン砦での戦争は、ひとまずうまくいったそうだ。
だが、その間に王都ラタキアでは、元将軍のジェイドが第十一王子を旗頭として決起。
パックスのもとへと向かったものの、結果的にパックスは自殺してしまったらしい。
「大変、申し訳ありませんでした。命令を完遂することができず、パックス王子を死なせてしまいました」
ルーデウスは深々と頭を下げた。
俺は隣に立つオルステッドへと目を向ける。
オルステッドは、どんよりとした雰囲気をまとっていた。
パックスが死んだことで、共和国が成立する未来は潰えてしまった。
計画が失敗したことを残念に思っているのだろう。
……ただ、それだけではない気もした。
ほんの一瞬、なにか
「王竜王国国王、レオナルド・キングドラゴンはヒトガミの使徒だった。恐らく、シーローン王国の将軍ジェイドも使徒だろう。ヒトガミはこの二人を操ることでパックスを追い詰め、自殺に追いやったのだ」
「……最後の一人は?」
「カオスの話では、レオナルド・キングドラゴンには、同じく神の声を聞く協力者がいたらしい。ジェイドがレオナルドと共謀していたとは考えにくい……。誰かは分からないが、別の使徒がいたのか。それとも、嘘だったのか……」
「そういえば、死神が言っていましたが、かつて魔王バーディガーディが使徒だった可能性もあるそうで」
「…………あの魔王が使徒なら、姿を見せないということはあるまい」
結局、誰が使徒かは分からないままだった。
一瞬、俺が変装していたメイドのお姉さん——ルクレティアの猿のような笑みが、頭を過った。
が、あれはルクレティアではなく誰かが変装していたのだろう、と今なら分かる。
俺は考えを打ち消した。
ちなみに、帰り道でルクレティアの家をちらりと確認してきたのだが、ルクレティアも、その弟レイン含む家族も、皆無事そうだった。
レオナルドの死によって王政が混乱している以上、もう彼女たちに何かが起こることもないだろう。
巻き込んでしまった俺が言うのもおかしな話かもしれないが……彼らが無事で、本当によかった。
「今からでも、ジェイドをやっつけてきましょうか……?」
「もう遅い」
オルステッドは、感情のこもらない声で答えた。
その声音に、ルーデウスの肩がびくりと跳ねる。
「その……申し訳ありませんでした」
ルーデウスは、ひどく申し訳なさそうな顔をしていた。
そんな顔をしなくたっていいのに。
悪いのはルーデウスじゃなく、俺だ。
そう思った俺は、彼を庇うように口を開いた。
「俺がヘマをして、レオナルドに出し抜かれたんだ。そのせいで身動きが取れなくなって、シーローンにも行けなかった。俺が悪いよ」
「出し抜かれた?」
「罠に嵌められてな……。危うく死にかけたんだ」
ルーデウスは驚きで目を大きくした。
あのカオスさんが…?と呟いてもいる。
どのカオスさんだよ、俺は弱いんだよ。
「……俺にも、事前に間違った予想をしていたなど、反省すべき点はある……」
オルステッドも、ぽつりとそう付け加えた。
「えっと……誰かでパックスの代わりはできないのでしょうか?」
「代用はできん」
「なんともなりませんか?」
「…………」
オルステッドは黙り込んだ。
仮面に隠されているせいで表情は分からない。
それでも、彼がどんな感情を抱いているのか、なんとなく察することができた。
落胆と諦め、失望と、————それから、わずかな、
……こいつ、まさか。
俺が口を開こうとした、その時だった。
「オルステッド様、よろしいですかな」
「ザノバ・シーローンか……」
もう一人の気配は、ザノバだったらしい。
シーローンの件で礼を言ったザノバは、一歩前に出ると、オルステッドに尋ねた。
「今の師匠のお話を聞くに、今回の一件は、オルステッド様と敵対勢力との戦いにパックスが巻き込まれた……ということでよろしいですかな?」
「間違いではない」
オルステッドは重々しく頷いた。
「しかし、オルステッド様は、我が弟を助けようとしてくださったように聞こえましたが。いかがですかな?」
「助けようとしたわけではない。奴の生み出す国、そして、そこから誕生する人物が必要だった」
「生み出す国? 誕生する人物……?」
「それが何かは、貴様に説明しても分からん」
……そういうところだぞ、お前。
ルーデウスもザノバも、黙り込んだオルステッドに不満そうな顔をしている。
まったく、こういうところが、俺みたいに勝手な勘違いをする人間を生むのだ。
報連相は大事だぞ、報連相は。
俺はオルステッドの腕を小突いた。
「説明しろよ。じゃないと、解決できるものもできないだろ」
「そうですよ、オルステッド様。できれば詳しく説明していただきたいです」
ルーデウスも俺の言葉に頷いた。
二人から詰め寄られたオルステッドは、長々とため息をついた。
ただ息を吐いただけなのだろうが、ルーデウスがびくりと身を震わせる。
大丈夫だよ。怒ってないから……多分。
「……パックス・シーローンは、王となった後に共和国を作り上げる」
ルーデウスは、こくりと頷いた。
共和国の成立を恐れたレオナルドは、ヒトガミに従い、パックスを排除しようと動いていたのだ。
「共和国となってしばらくして、奴隷商人だった男が台頭してくる。名を、ボルト・マケドニアス。パックスはその男を重用する。ボルト・マケドニアスは国の重鎮となり、シーローン共和国に根を張る」
「何をする人物なんですか?」
「ボルト・マケドニアス自身は何もしない。ただ、その子孫から、魔神ラプラスが生まれる」
そしてオルステッドは、重く肩を落とし、吐き出すように言った。
「パックスが死んだ以上、ラプラスがどこから生まれるかは分からなくなった」
ラプラスが生まれた時に殺せなければ、ヒトガミとの戦いの前にラプラスとの戦闘が発生してしまう。
そして、ラプラスとの戦いを経た後では魔力が足りず、ヒトガミに敗北してしまう。
そういうことなのだろう。
ルーデウスはいくつか代案を提示したが、オルステッドはそのすべてを退けた。
どれも過去のループで試したことがあるようだった。
「戦争を経由してでは、ヒトガミには届かん。今回のループは、失敗だ」
オルステッドは、すべてを諦めたように言った。
まるで、今回のループでは何をしても無駄だとでも言うように。
――むかつく。まだ何もしていないのに。
何よりも、さっきから時折顔を覗かせる、諦めてもいいとでも言いたげな態度が腹立たしかった。
ばしん。
俺はオルステッドの頭を、ヘルメット越しに、はたいた。
……かったいな、このヘルメット。
思いがけない一撃に虚を突かれたのか、オルステッドがこちらを見上げた。
「なっさけないな、お前!」
ルーデウスとザノバが、いきなりオルステッドに暴言を吐いた俺を、驚いた様子で見ている。
それでも構わず、俺はヘルメット越しでも目が合うように覗き込んで、続けた。
「列強二位ともあろうお方が、何もしないで諦めるのか? 今回はルーデウスと俺がいる。いつもと違うだろ? だから、その……」
うーんと、なんて言ったらいいのか。
勢いで喋り始めてしまったせいで、肝心なところがうまくまとまらない。
「そうですぞ。オルステッド様には、お仲間がいらっしゃいますでしょう」
そんな俺を見かねたのか、ザノバが助け船を出すように口を開いた。
「それに、師匠とカオス様だけで戦う必要はありません。戦争が起き、配下を従えてラプラスを仕留めねばならぬというのなら、こちらも今のうちから戦力を用意しておけばよいのです」
「……ほう?」
「軍隊を作る、とまではいかずともよいでしょう。ラプラスを倒せるだけの人材を今のうちから集め、仲間にしていくのです」
そうだ。それが言いたかったのだ。
ザノバったら、頭がとてもいい。
俺の脳みそは、自分の作りたいものを考える時にしか本領を発揮しないので、こういう時に頭の回る仲間がいるのは本当にありがたい。
「オルステッド殿は呪いのせいで、なかなか仲間を作れぬでしょうが、師匠もカオス様もおりますし……余も手伝いましょう」
そう言うと、ザノバは床に両手をつき、勢いよく五体投地した。
「どうか、余もオルステッド様の配下に加えてはいただけないでしょうか」
「…………」
「仇を討ちたいのです!」
そんなザノバの願いを聞いたオルステッドは迷うように俺に顔を向けた。
彼は、仲間を作ることに慣れていない。
きっと今までのループでも、なかなか仲間なんていなかっただろう。
もしかしたら裏切られた経験もあるかもしれない。
だから、後押しするようにしっかりと頷き――——オルステッドが前を見えていないことを思い出して
「……あっ、いいと思う」
と、慌てて付け加えた。
なんか締まらない。
ルーデウスも、俺の意見に続いた。
「ザノバが仲間に加われば、魔導鎧の開発も進みます。今回の件で課題も増えましたし、今の提案はいい案だと思います。俺としては、一人でも多くの仲間が……」
「分かった」
オルステッドは、力強く頷いた。
そして椅子から立ち上がると、床に伏せたザノバを見下ろし、言い放った。
「ならば、ルーデウスの下につき、指示を仰げ。仲間を作るというのなら、やってみせろ」
「……ハハッ!」
こうしてザノバは、オルステッドの配下となり、俺の同僚になった。
ルーデウスとザノバが事務所を去った後。
俺は椅子に座ったオルステッドの前に立ち、仁王立ちしていた。
「……なんだ?」
オルステッドはまだヘルメットを被ったままだ。
分からない訳ではないが、やはり表情が見えた方が何を考えているか読み取りやすい。
俺は無遠慮に、オルステッドのヘルメットを両手でスポッと取り去った。
「…………」
怪訝そうな、それでいて少し不満そうな目が俺に向けられる。
そういえば以前、勝手にヘルメットを取ったり、無理やり被せたりした時には怒られたんだっけ。
……まあ、いいか。
今はそんなことを気にしている場合ではない。
俺には、確かめておきたいことがあった。
「お前さ、今回の周回が失敗って思った時……ちょっとホッとしたよな?」
オルステッドは無表情のままだった。
だが、その目元がほんのわずかに動いたのを、俺は見逃さなかった。
「……していないが」
「嘘だね」
俺は鼻を鳴らした。
その無表情は、何も感じていないからではなく、感情を悟られないように取り繕っているだけだ。
俺には分かるぞ。
さて、今度は何を隠しているのやら。
俺がじっと睨みつけていると、オルステッドは観念したように視線を落とした。
「別に、ただ……今回が失敗なら、今回は秘宝を取り出さずに済むと思っただけだ」
予想外の答えに、俺は言葉を詰まらせた。
秘宝を取り出さずに済む。
つまり、俺たち五龍将を殺さずに済むことに安堵していた、というわけだ。
てっきり、もっと別の理由があるのだと思っていたので、虚を突かれた。
沈んだ様子のオルステッドを前に、なんとも言えない、むず痒い気持ちが込み上げてくる。
俺はそんな気持ちを誤魔化すように、言葉を絞り出した。
「……俺たちが協力関係になった最初の理由、忘れたか? 俺が無の世界へ行く魔導具を作るって約束しただろ」
オルステッドは、何かを思い出すように目線を落とした。
「あの時、俺は一つ嘘をついた」
「嘘?」
「何度も繰り返している俺が、秘宝を使う以外で無の世界に行く方法を試したことがないと思うか?」
ふむ。確かにそうだ。
最初に出会った時、オルステッドは、秘宝以外で無の世界へ行く方法は分からないと言っていた。
だが、それはループのことを隠すための嘘だったのだろう。
何度かのループで、俺たちを殺さずに済む方法を探したこともあったのだ。
そして、他に方法はないという結論にたどり着いてしまったのだろう。
だから、俺が何を言おうと、何をしようと、秘宝以外で無の世界へ行くことはできない。
オルステッドは、そう思っているのだ。
「…………腹立つ」
「……?」
思わず溢れた言葉に、オルステッドが怪訝そうに顔を上げた。
俺はそのまま、オルステッドの目の前に、指を突きつけた。
「狂龍王は今までにもいたかもしれない。でも、俺は今までいなかったんだろ? この俺がまだ根を上げてもいないのに、できるわけがないって決めつけるのは怒るぞ」
「…………だが」
「俺やルーデウス、ナナホシだって、今までのループにはいなかったんだろ。だったら、次のループにはいないかもしれない。これが俺にとっては最後の周回かもしれないんだ」
俺は何かを言いかけたオルステッドに、畳みかけるように続けた。
「……次は、お前と一緒にいてやれないかもしれない」
オルステッドが口を閉ざした。
俺は、そんな彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「俺が必ず、秘宝なしでヒトガミにたどり着く方法を見つける。そして、オルステッド。
真っ直ぐに見つめていたからこそ、彼の瞳が揺れたのが分かった。
オルステッドは何かをこらえるように顔を歪め、それから浅く息を吐いた。
「一緒にヒトガミを倒す、か……」
目を閉じ、何かを噛みしめるように黙り込む。
やがて、ゆっくりと顔を上げた彼は、俺の目を真っ直ぐに見つめ返した。
諦めの中に、ほんの少しの期待が混じった、そんな目だった。
「——頼む」
「ああ、必ず果たす。約束だぞ」
俺は力強く頷いた。
王竜王国編終わり