それは、突然やってきた。
その日、俺はいつも通り、携帯電話や世界を渡る方法について研究していた。
珍しく、オルステッドもルーデウスも不在の一日だ。
なので俺は一人、何にも邪魔されずに研究に没頭していた。
——そのせいで、俺は事務所へと向かってくる、大勢の気配に気づかなかったのだった。
ドカッ、と事務所の扉が開く音がして、俺は顔を上げた。
随分と乱暴な開け方だ。
オルステッドやルーデウスは、こういうことをしない。
不審に思って気配を探ってみれば、どうやら大勢の人間が押し寄せてきているらしい。
すわ敵襲か! と思ったが、どうにも敵意は感じられない。
とりあえず魔剣だけを手に取り、受付へ顔を出してみた。
「えっ」
妙な黒い連中が、いっぱいいた。
度肝を抜かれて、固まる。
やけにガラの悪い、黒服の連中が玄関に押し寄せていたのだ。
さながら借金取りのヤクザである。
まさかオルステッドが借金でもして、俺を置いて夜逃げでもしたのだろうか。
そして、取り残された俺はヤクザに捕まり、どこかへ売り飛ばされてしまうのだ……。
「あっ! 名誉会長がいらっしゃいました!」
一人の獣族の男が、俺の匂いを嗅ぎ取ったのか、鼻をひくつかせながらこちらに気づいた。
俺がたじろいでいると、見覚えのある二人の獣族の女が前に出てきた。
リニアとプルセナだ。
リニアとは、空中城塞まで連れて行ってやった仲だ。
一方、プルセナは、ルーデウスたちが大森林から空中城塞を経由して帰ってきた際、何故か増えていた一人であったと記憶している。
二人共、顔を合わせたことはあったが、直接関わる機会はほとんどなかった。
そんな二人が突然事務所にやってくるなんて、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。
「久しぶり……どうしたんだ? 急に」
俺が尋ねると、リニアがビシッと俺を指差した。
「ボスから聞いたニャ。名誉会長がどういう役職なのか……」
「はぁ」
名誉会長。
それは、俺がアイシャたちを手伝った際、なんか流れで与えられた称号だ。
実を言うと、俺自身もどういう役職なのかよく分かっていない。
本来は、引退した人間とかが就くものじゃなかったっけ。
「いまいちボスと同じ会長だからよく分からなかったけど……名誉職ってのは、組織の決定権を持たないらしいニャ!」
「つまり、名誉会長には決定権がないの。だから、私たちに従う義務があるなの」
今度はプルセナにも指を差された。
なるほど。確かに、名誉なんたらとつく役職には、名前だけの肩書きというイメージがある。
今の俺も、傭兵団の運営には特に関わっていないし、間違いではないかもしれない。
……ただ、決定権がないから従う義務がある、という理屈はよく分からないが。
「文句があるなら、あちしらと戦い……」
「分かった。で、何をさせたいんだ?」
「ニャ!?」
なんだか戦う気満々だったようだが、話を聞いてからでも遅くはないだろう。
何をさせたいのか聞いて、気に入らなければ殴っておこう。
調子を崩されたリニアに代わり、プルセナが一歩前に出た。
「明日はアイシャ顧問の十五歳の誕生日祝いなの! だから、名誉会長も一緒に顧問の成人祝いを用意するの!」
ほう。
明日はアイシャの誕生日パーティーがあるのか。
それはおめでたい。
そういうことなら、別に構わない。
傭兵団を運営してくれているアイシャには感謝している。
あれは未来の俺達のためになるものだからな。
日頃のお礼も兼ねて、誕生日プレゼントを用意するくらいは、やぶさかではない。
プレゼントは、アイシャの役に立つような魔道具がいいかな。
「いいよ。俺もプレゼントを用意しておくよ。お祝いは明日のいつ頃から――」
「言質取ったニャ!」
リニアがそう言った瞬間、周りにいた黒服の男たちが俺を取り囲んだ。
「え?」
「それじゃあ――狩りに出発なの!」
プルセナの声を皮切りに、男たちは俺を担ぎ上げた。
「ちょ、狩りってなんのことだよ! 待てって、今、剣しか持ってな――」
俺の抵抗もむなしく、屈強な男たちと強引なリニア、プルセナによって、俺はそのまま成人祝いの準備へと連行されていったのだった。
剣以外何も持たない状態で連れてこられた場所は、地下労働場……ではなく、シャリーアから半日ほど歩いたところにある森だった。
「あちしらは、顧問に特大の獲物をプレゼントするのニャ!」
リニアが胸を張って言った。
どうやら、どんなプレゼントよりもインパクトがあって凄いものを追求した結果、特大の獲物を贈ることに決めたらしい。
「これって……俺もついてくる必要あったか?」
「あ、あなたも傭兵団の一員なんだから当たり前なの!」
森で獲物を狩ってくるくらいなら、俺がいなくたって可能だろう。
リニアもプルセナも弱くはないはずだし、他にもこれだけ人数がいるのだから。
「そうニャ! べ、別に
「そ、そうなの! こうやって巻き込めば、私たちのプレゼントが一番になるから、なんて思ってないなの!」
「…………」
俺が何故連れてこられたのか、大体分かった気がする。
というか、プレゼントに一番も二番もないと思うのだが……。
まあいいか。
ここまでついてきたんだし、協力してやろう。
俺にもアイシャを祝いたい気持ちはあるしな。
「ちゅうもーく!!!」
リニアとプルセナは傭兵団の皆を集め、整列させた。
「いいかニャ!? 今から散らばって、特大の獲物を探すんニャ!」
「見つけたら知らせろなの! もちろん、見つけたらボーナスも出るの!」
「準備はいいかニャ!? 顧問のために、必ず見つけるニャ!!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
地響きがするような雄叫びとともに、黒服の男たちが一斉に走り出した。
熱量が凄い。
俺もなんとなく胸が熱くなってきた。
アイシャのために、ものすっごい獲物を見つけてやるぞ!
うおおおお!
俺もつられて男たちと一緒に走り出そうとした。
「名誉会長は待ってなの」
が、プルセナとリニアに肩をつかまれ阻まれた。
「えっ、なに?」
「あちしらと一緒に大きい獲物を見つけるんニャ! 狂龍王の力があれば余裕なのニャー!」
「そして、ボーナスは私たちのものなの!」
リニアとプルセナは汚い高笑いをした。
……もしかしなくても、やっぱり俺って舐められてるよな?
ルーデウスから聞いたのか、狂龍王のことも知っているみたいだが、どうにも侮られているらしい。
甲龍王のペルギウスにはビビっていたくせに。
何が違うんだ、何が。
まぁでも、俺に魔道具がなければ弱いのは事実だ。
「当てにしてもらって悪いけど、魔剣以外は全部置いてきちゃったから、あんまりできることはないぞ」
「ニャに!?」
俺の力の大半は、究極鎧をはじめ、賦刃や透明マント、その他もろもろの魔道具に依存している。
魔剣しかないこの場では、せいぜい魔物の討伐くらいしか役に立てないだろう。
「えぇ……じゃあ、連れてきた意味ないなの。使えないの……」
「無理やり連れてきたのはそっちだろ……」
うっかり殴りたくなる衝動に駆られたが、ぐっとこらえた。
数百年も年下の子たちだと思えば、我慢できる。
出来る……そうだ、出来るよな。
リニアとプルセナは、そのまま俺を置いてスタスタと歩き出した。
なんだかここで別行動をするのも気が引けたので、俺は二人についていってみる。
ここは街から少し離れているため、魔物の出現率も高い。
あんまり騒がないでほしいのだが……
「ボーナスの取り分は、あちしの方が多いに決まってるニャ! 大森林で助けて、お前はあちしの下僕になったんだから当たり前ニャ!」
「関係ないの! この仕事で活躍した方が多いに決まってるなの!」
リニアとプルセナは、歩きながらずっと喧嘩をしていた。
そのせいで、うようよと魔物が寄ってくる。
しかも、二人は喧嘩に夢中だったので、魔物に気が付かない。
よって、彼女らに襲いかかる魔物は、俺が全部排除してやらなければならないかった。
弱い魔物ばかりだったため、大した問題にはならなかったが、ずっとこんな調子ではキリがない。
いい加減、喧嘩するのはやめてほしい。
「二人とも、いい加減にしなよ……」
「「名誉会長は黙って――」」
二人が揃って俺に怒鳴ろうとしたその時。
横から飛び出してきた巨大な何かが、リニアとプルセナに激突した。
「「グハッ……!」」
二人は吹き飛ばされ、宙を舞う。
俺はその美しい放物線を、見ていることしか出来なかった。
何故なら、その巨大な何かに驚いていたからだ。
その大きい生き物は、二人にぶつかったことで、首を振りながら足を止めた。
パッと見た印象は、
しかし、でかい。
とにかく巨大だ。
多分、大型トラックくらいの大きさはある。
猪に似た巨大な魔物が、トラックのごとく突っ込んできて、リニアたちをはね飛ばしたのだ。
俺は思わず、魔剣を抜いた。
だが、こちらに狙いを定めてきた猪を見て、すぐに察した。
あ、これは無理なやつだ。
俺は即座に魔剣をしまい、地面に転がっているリニアとプルセナを回収して走り出した。
しかし、二人を脇に抱えたまま、あの高速猪から逃げ切れるわけもなく。
「うおぉわあああ!」
俺は背中から猪に激突され、二人を抱えたまま、空の彼方へと吹き飛ばされて星になったのだった。
「龍聖闘気があって助かったな……」
現在、俺は吹き飛ばされて落下した地点で、リニアとプルセナの治療をしていた。
二人をかばいながら落ちたため、まともに受け身を取ることができなかった。
未熟とはいえ、龍聖闘気を張っていなければ大怪我をしていただろう。
「……にゃ」
「んぅ〜」
治療を終えると、二人はほぼ同時に目を覚ました。
二人は体を起こし、しばらく目を瞬かせた。
そして何かを思い出したようにハッとした後、仲良く顔を見合わせ、言った。
「あれニャ!」
「あれなの!」
「「あの魔物を成人祝いにするニャ(の)!」」
「正気か?」
思わず声に出てしまった。
どうやら二人は、あの猪の魔物をアイシャへのお祝いにすると決めたらしい。
あんなデカいものをもらって、アイシャも困るんじゃなかろうか。
「名誉会長! あの魔物はどこに行ったの!」
「知らないよ。俺も吹き飛ばされて逃げただけだし」
「チッ。使えないニャ」
リニアが舌打ちをした。
あのまま俺があの魔物と戦っていたら、魔物に轢かれてミンチになっていたのはお前らだぞ。
なんで逃げたと思ってんだか。
「ていうか、あの魔物と正面から戦う気か? また体当たりを食らって気絶するだけだぞ」
「次は負けないニャ!」
「なの!」
あまりにも考えなしすぎる。
どういうわけか分からないが、あの猪はほかの魔物と比べて格段に強い。所謂、突然変異というやつだろうか。
あの図体に似合わず、スピードがめちゃくちゃ速い。
しかも、ぶつかった感触からして、体も相当硬い。
究極鎧があれば、俺一人でも足止めくらいはできそうだが、生憎、置いてきてしまった。
スクロールもないので召喚も出来ない。
無策で挑んで、勝てる相手ではないだろう。
俺はキラキラと目を輝かせている二人を見ながら、溜息をついた。
そして、こう提案したのだった。
「……分かった。じゃあ、作戦を考えるぞ」
ルーデウスは、リニプルに「一般的に名誉職は決定権を持たないって言うけど……カオスさんは、肩書きこそ形式的でも、実際には立場も実力もあるし、オルステッド様からも信頼されている人だから、失礼のないようにな。」って言ってます。
そして勿論、二人は後半部分の話を聞いていません。