諸々捏造しかありません。
時は遡ること数百年前。
まだ甲龍歴すら存在しない時代。
ラプラスという魔神が現れ、人族と魔族による新たな戦争が始まろうとしていた。
そんな時勢の中、後に「魔神殺しの英雄」と呼ばれる者たちが、とある酒場に集っていた。
無論、今の彼らは英雄などではない。
ただの冒険者パーティとして、魔物討伐の成功を祝して酒を酌み交わしているだけだった。
「しかし……ラプラスという魔神が台頭しているという噂は、本当なのかな」
祝酒だというのに、心配そうに今後を憂いているのは、カールマン・ライバック。
「魔大陸の方から、活発化した魔物がこちらへ流れてきている。魔大陸で何かが起こっている、というのは間違いなさそうだな」
金髪と銀髪の交じり合った髪を持ち、思慮深そうな目元に鱗が浮かんでいる男の名はウルペン。
そして、そんな二人の真面目な声を吹き飛ばすかのように、銀髪金眼の青年が、盃を勢いよく机に叩きつけた。
「心配しすぎだ! そもそも我らは強いのだ! 龍族もいるのだぞ! ラプラスなんぞに負けるものか!!!」
酷く酔っ払っている龍族の若者――ペルギウスを見て、カールとウルペンは互いに顔を見合わせ、呆れたように首を振った。
後に甲龍王と呼ばれる偉大な男も、まだこの時は若く未熟な冒険者の一人だったのだ。
「ペルギウス。酒は飲んでも飲まれるなと何度も言っただろう?さあ、水をお飲み」
「カール!!俺はまだまだ飲めるぞ!!」
「はぁ…………」
ため息をついたウルペンは、これ以上ペルギウスが痴態を晒さないよう、酒場を出る準備を始めようとした。
だが、その時――
ガシャンッ!
「おいてめぇ!!」
酒場らしいと言えばらしい怒声が上がった。
大柄で、いかにも酔っ払っていそうな男が、小柄な人物に詰め寄っている。
小柄な方はフードを深く被っており、その顔は見えない。
「オイオイオイ、嬢ちゃん!! 俺の酒をどうしてくれてんだぁ!?」
どうやら、女性が酒場から出ようとした際に男とぶつかり、酒をこぼしてしまったらしい。
「~~~」
「はぁ!? 聞こえねぇよ! 嬢ちゃんがカラダで払ってくれるっつったかぁ!?」
女性は財布から、遠目から見ても分かるほどの大金を取り出し、差し出している。
それにもかかわらず、男はそれを無視して女性の腕を掴んだ。
流石の横暴にウルペンは眉をひそめ、カールは席を立とうとした。
しかし、一番早く動いたのは――ペルギウスだった。
「おい、貴様。醜い戯言を吐くのはやめろ」
いつの間にか女性との間に滑り込んでいたペルギウスが、男の腕を掴んでいた。
「いっ……!」
「第一、俺は見ていたが、貴様の方からぶつかっていただろう?」
ペルギウスは、母親譲りの鋭い瞳で男を睨みつける。
「ッ……!クソッ!」
気圧された男は、ペルギウスの腕を振り払い、酒場から出ていった。
「フン。口説きたいのならば、素直に口説けばいいだろうに……貴婦人、大丈――」
振り返って女性を見たペルギウスは、被り物の隙間から僅かに覗いたその容姿を見て、息を止めた。
「――――!!!」
女性はそのことに気づくと、慌てて酒場から飛び出していった。
その尋常ではない様子に、ウルペンとカールが駆け寄る。
「どうした? ペルギウス」
「…………だった」
「ん?」
「美しい…………龍族の女だった!」
「なに!?」
現在、龍族はとてつもなく数を減らしており、種として存続できる数を割っているとまで言われている。
しかも龍族は迫害されやすく、生き残った龍族は貧しい暮らしをしていることが多い。
そのため、同胞を見つければ保護してやるのが、ウルペンたちの常であった。
「彼女が逃げた理由は分からんが、もしかしたら迫害を恐れているのかもしれん! 追いかけるぞ、いいなウルペン!」
「ああ!」
そうして、龍族二人の男は夜の街を駆けていった。
ちなみに、ペルギウスが龍族の女に「美しい」という修飾語を付けていたことに気づいているのは、取り残されたカールマンただ一人だけであった。
少し走れば、すぐに例の女性を見つけることができた。
彼女のフードはいつの間にか外れており、月明かりに照らされた銀色の髪が輝いている。
「しかし……女にしては速いな……」
酒が入っているせいもあるのかもしれない。
なかなか二人は女性に追いつくことができなかった。
敵ではないと声をかけても、無視される始末だ。
「仕方あるまい。ペルギウス、挟み撃ちをするぞ」
「!分かった!」
ウルペンの合図で二手に分かれる。
女性の足も負けてはいない。
だが、二人はこの辺りの地理に精通している。
対して、女性はあまり土地勘がないようだった。
やがて、あっという間に袋小路へと誘い込むことに成功する。
ペルギウスは彼女を追い詰め、行き止まりの道へと追い込んだ。
「素晴らしい足であったな」
息を切らしながら、その深い金色の瞳を不安げに揺らす女性。
そんな彼女を見て、ペルギウスはフッと笑った。
「安心してほしい。我はペルギウス。貴様と同じ龍族だ」
ペルギウスは近づき、そのまま彼女の意外にも骨ばった手を取った。
女性はビクッと肩を震わせる。
「辛い目に遭ったのだろう。だが、もう安心だ。我がご令嬢を守ると誓おう。何なら共に——」
「令嬢……?」
思っていたよりも図太い声が、女性の口から漏れる。
疑問に思うよりも先に――女性の方が先に動いた。
「——俺は男だっ!!!」
そして男だからこそ分かるであろう急所へ、的確に蹴りが叩き込まれた。
「――――ッ!」
ペルギウスの意識は、一瞬で吹き飛んだ。
「クソが…………」
唾を吐き捨て、さあ逃げようと方向転換した、その時――
肩に、確かな重みがかかった。
いつの間にか、背後にウルペンが立っていたのだ。
「ウッ!?」
「久しいな。こんなところで会えるとは思わなかったぞ……狂龍王カオス」
---
最悪だ最悪だ最悪だ。
最近はジジイどもからの追っ手も来ないからと油断していたら、これだ!
ちょっと久しぶりに酒を飲みたいと思って、跡がつかないような酒場に入っていただけなのに。
まさか、そんなところで同族に出会うとは思いもしなかった。
「龍族もいるのだぞ! ラプラスなんぞに負けるものか!!!」
そんな雄叫びを聞いて、何気なく見てみれば――龍族らしき男が二人。
しかも、そのうち一人には見覚えがある。
龍神ウルペンだ。
昔、まだ幼かった頃に一度だけ出会ったことがある。
向こうが俺を覚えていたら非常に厄介だ。
集落を抜け出したことも、龍神なら伝わっているだろう。
なんなら、ここへは俺を探しに来たのかもしれない。
そう考えて、そっと店を出ようとした。
――のだが。
クソったれな酒飲みに絡まれて、本末転倒。
結局、捕まってしまった。
しかも、この
まぁ、女顔なのは否定できないが……。
顔面蒼白のペルギウスは、ウルペンに抱えられ、一旦宿屋へ行くこととなった。
もちろん、俺も連行されている。
あぁ……さらば、俺の自由……。
「勘違いしているようなので言っておくが、俺は元の里にお前を連れて行こうとは考えていないぞ」
「えっ」
驚いてウルペンを見ると、ウルペンは優しげな笑顔を浮かべていた。
「役目というのは、重く苦しいものだろう。まして、望んだわけでもないのなら、なおさらだ」
「でも……俺が役目を放棄したら、ヒトガミを倒せないんじゃ……」
「それならば、お前の分まで俺がやればいいだけの話だ。秘宝の件はどうしようもないかもしれないが……俺は案外、秘宝がなくてもたどり着ける道があるのではないか、とも思っている」
「秘宝がなくても……?」
「ああ。人間の研鑽というものはいずれ、神たる力すらも超えられる。俺は、そんな気がしてならないんだ」
素直に嬉しかった。
この世界に来て、俺の自由を認めてくれた人は肉親以外、誰一人としていなかったから。
もしかしたら、この人のもとで働くのも悪くないかもしれない。
――そう思ってしまう程度には。
「貴様、よくも我を蹴ったな……! 我らのパーティに入れ! 盛大に歓迎してやろう…………!」
まぁそんな考えは、目覚めたペルギウスの怒声によって、あっさり消滅したんだけどな。
―――
その後、カオスはウルペンたちと別れ、シャリーアに拠点を構えることになる。
そして一人きりで、数百年のスローライフを送る――かと思いきや。
かなりの頻度で来客が現れた。
それも中性的だったカオスの顔が、もう女だとは勘違いされないほど精悍なものに変わるくらい長い年月の間で。
来客は、やれ我のパーティに入れ、と言ったり。
十一精霊の改善についてアドバイスを求めてきたり。
こんな魔道具を作ってほしい、とせびってきたり。
まぁ普通に飲みに行こう、と誘ってきたり……。
そんな来客をウザいと思いつつも、確かな温かいものを感じていたカオスは、彼を迎え入れるのだった。
なにせ「友達と遊ぶ」というのも、彼の前世からの願いだったので。
では、確かに親友であった彼らが疎遠になった原因とは何なのか。
それは、ラプラス戦役の際、ペルギウスがカオスに参戦してほしいと頼んだことがきっかけ――——ではない。
ちなみにラプラス戦役の際、カオスは「俺のモットーはラブ&ピースなんで、嫌だね!」と参戦を拒否。
それに対し、ペルギウスも「想定内だ」といった反応をしたそうな。
二人が大喧嘩をするのは、ラプラス戦役から、もう少し後の話である。
きっかけは一本の剣にあった。
ある日、ペルギウスはカオスのもとへ、非常に珍しい魔物の骨を持って現れた。
「これを剣にしてほしい」と頼まれたカオスは了承し、見事に素晴らしい魔剣を作り上げた。
しかし、その魔剣はこの世界では少々変わった形をしていた。
そのため、ペルギウスは完成品に文句を垂れた。
それにムッとしたカオスは、「文句を言うならやらない」と
剣の真髄を見たペルギウスはどうしても使ってみたくなったが、素直に謝ることが出来ない。
そこでなんと、カオスを騙して(彼曰く許可を取ったそうだが)剣を持ち出し、遊び始めてしまった。
だが、慣れない剣の反動によって手が滑り――
空中要塞からリングス海中央へ、ポチャン。
それを知ったカオスが激怒し……という、まぁなんともくだらなく、そして情けない喧嘩の顛末だったのである。
遠い未来。
闘神鎧を着たバーディガーディが、「鎧の近くに落ちてたぞ!」と言いながら振り回している剣を見て
ルーデウスが「あれライト◯ーバーじゃね……?」となるのは、また別の話である。
ちなみに、例の性別勘違い事件については、カオスもペルギウスも素で忘れており、現在では初代北神カールマンの手記にひっそりとその出来事が記されているだけ。
その手記を、未来のオルステッドかルーデウスが発見し、カオスとペルギウスが声にならない悲鳴を上げることになる……かもしれない。