■AM3:00
職人の朝は早い。
まだ朝とも呼べない時間から、魔物と戦う一人の男がいた。
その男の名は——カオス。
巷では狂龍王とも呼ばれているらしい。
名が一人歩きしているだけで、本人に名乗っているつもりはないようだが。
男はこんな時間から、なぜ戦っているのだろうか。
「オルステッドの呪いのせいですね。この世界のあらゆる生物から嫌悪や恐怖を向けられる呪いがあるんです。そのせいで周囲の生き物が刺激されてしまって。酷い時は、夜通し襲われることもあります」
どうやら彼の日常は、戦いの連続らしい。
今回は、この男の一日に密着していこう。
■AM4:00
カオスはようやく、襲いかかってくる魔物を追い払い終えたようだ。
しかし、再び眠りにつくのかと思いきや、彼は魔物の解体を始めた。
どうやら、食料として利用するつもりらしい。
「なかなか街まで降りて食事をするわけにもいかないですからね。こうやって
そう言うと、カオスは慣れた手つきで魔物を解体し、火で炙って食べ始めた。
果たして、その味はいかほどなのだろうか。
「不味いに決まっているじゃないですか。オルステッドが、何でもない顔で食べているのが甚だ疑問です」
それでも、生きるためには食わねばならない。
男はそう語った。
■AM5:00
旅支度を整えた彼らは、野営地の痕跡を消して出発した。
先を行くオルステッド。その後ろを、カオスがついていく。
一体、彼らはどこへ向かうのだろうか。
「今回は王竜王国の方に向かっています。ここからだとかなり遠いですが、転移魔法陣もあるので、数カ月もあれば辿り着けるでしょう」
決して短い旅路とは言えないだろう。
そんな時間をかけて、王竜王国へは何をしに行くのか。
「え? えーっと……なんか、オルステッドの未来で役に立つ人がいるらしくて。このままだと事故で死んじゃうから、助けに行くって感じですね」
どうやらオルステッドは、龍神の秘術によって
そして、その運命をオルステッドに都合のいい方向へと変えていく。
それが自分の仕事なのだと、カオスは語った。
■AM8:00
空が明るくなってきた。
これで旅もしやすくなるだろう——と思ったが、どうやらそう単純な話でもないらしい。
「日の高い時間帯は、人も魔物も多くなりますからね。逃げてくれる分にはいいんですが、逆に襲いかかってこられると困ります」
噂をすれば影、ということだろうか。
話しているそばから、魔物の群れが襲いかかってきた。
カオスは、不思議な色合いをした剣を抜く。
「この剣は、自分で作った魔剣です。使用者の魔力を吸い取ることで、使っている間だけ剣の腕を上げてくれるんですよ。おかげで、今まで剣を極めてこなかった俺でもそれなりに戦えるので、重宝しています」
素晴らしい剣だ。
見た目も美しく、どこかの
ところで、この剣には名前があるのだろうか。
「えっ、名前? ま、まぁ、あるっちゃありますけど……『
カオスに文句を言われた当の本人はというと——少し離れた場所から、カオスの戦いを横目で眺めていた。
カオスが捌ききれなかった魔物がオルステッドに襲いかかる。
しかし、オルステッドは恐ろしく速い手刀で、襲い来る魔物を次々と両断していった。
そこまで強いというのに、彼はカオスを手伝おうとはしない。
「あー……あれは『お前なら問題ないだろ』って顔ですね。オルステッドは魔力の回復が遅いので、基本的に戦闘は俺に任せてくるんです。まぁ、オルステッドならこんな魔物を倒すのに魔力なんて使わないと思うんですが……俺を鍛える機会だとも思っているんでしょうね」
ふと、カオスは最初に出会った頃のことを思い出した。
あまりの弱さに、「本当に五龍将の一人か?」とドン引きされたのだ。
世間一般の基準で言えば、決して弱くはなかったはずなのだが、列強二位の目には、そうは映らなかったらしい。
「このままでは使えない」と言われたカオスは、オルステッドにボコボコにされたり、魔物の群れの中に放置されたりしながら、鍛錬を重ねているようだ。
最近は龍聖闘気を習得するために、厳しめな修行も重ねている。
「龍族だから大丈夫だろ、っていう気概を感じますね。部下を舐め腐りすぎではないでしょうか」
カオスは不満げに愚痴をこぼした。
■AM10:00
魔物を追い払いながら、オルステッドと共に歩き続けるカオス。
仏頂面のオルステッドに対し、カオスはあれこれと話しかけているようだった。
しかし、オルステッドが返事をすることはほとんどない。
「オルステッドはコミュ障なんでね。俺も最初は、うるさいかなと思って喋るのをやめてみたんですよ。そしたら『……どうした?』って言われて。まぁ、別に嫌ではなかったってことなんでしょうね」
それ以来、旅の道中はカオスが一方的に喋り続けることが多いらしい。
「上司のご機嫌を取るのも部下の仕事ですから」
そう言って、カオスは話を締めくくった。
■PM13:00
世間一般では、昼食をとる時間である。
しかし、彼らに昼休憩という概念はなかった。
「そもそも、朝昼晩っていう感覚があんまりないですね。俺たちは龍族ですし、多少食べなくても寝なくても生きてはいけますから。ただ、心の疲労っていうのは溜まっている気がしますがね」
カオスは、少し疲れた様子で語った。
■PM16:00
何気なく歩いていたその時、オルステッドが目にも留まらぬ速さでカオスに駆け寄り、その首根っこを引っ張った。
「グエッ」
突然のことに目を白黒させるカオス。
手に持っていたスクロールが、指先からこぼれ落ちた。
そして、スクロールがもともとカオスのいた場所に落ちる——よりも早く、何者かの刃によって輪切りにされた。
「ほう……気づきやがったか」
「……ガル・ファリオンか」
突如として現れた男。
その正体は——未来、七大列強六位となる男、ガル・ファリオンだった。
勿論、まだ剣神ではないガルを、カオスは知らない。
バクバクしている心臓を押さえながらも、こいつ誰だろうと首を傾げているようだ。
これまでの戦闘では静観していたオルステッドが、今回は自ら前に出てきた。
オルステッドとって重要人物なのだろう。
「み、見てもらった通り、俺なんて役立たずですよ。そもそも、俺は戦いが好きじゃないんです。どうやら珍しくオルステッドがやる気のようなので、サポートに回りますね」
そう言いながら、カオスは新たなスクロールを取り出した。
複雑な魔法陣に魔力を込める。
すると、立派な鎧が召喚された。
「これも俺が作った魔道具、『
準備を終えたカオスは、いよいよ戦線に復帰するのかと思いきや——しなかった。
オルステッドを手伝わないのだろうか。
「あ、あの戦いの間に入れ、と……?」
カオスが指さした先では、並みの人類の域を超えた戦いが繰り広げられていた。
特にオルステッドの動きは、何をしているのかカメラですら捉えきれないほどの速度である。
しかし、戦うつもりがないのなら、なぜわざわざ究極鎧を召喚したのだろうか。
「え? 流れ弾を食らいたくないだけだけど」
……なるほど。
ガルと龍神の戦いは、誰が見ても龍神が圧倒していた。
オルステッドは、まるで相手の攻撃をすべて知っているかのように、ガル・ファリオンの剣を的確に捌いていく。
このまま、すぐに決着がつくだろう。
そう思った、その時だった。
ガルの目が、カオスへと向いた。
「おっとぉ、まずいですね——」
カオスは咄嗟に腕を顔の前で構えた。
鋭い金属音が響く。
気づけば、ガル・ファリオンの刃は、カオスの腕にぶつかって止まっていた。
「俺の光の太刀を防ぐとは……とんでもない防御力だな、その鎧」
「……お褒めにあずかりどーも」
カオスはそのまま、剣神を蹴り飛ばそうとした。
だが、ガルはそれを読んでいたかのように、軽々と蹴りをかわす。
姿勢を崩したカオスの前から、ガルの姿が消えた。
——否。カオスの死角へと移動したのだ。
『——光の太刀』
ガルは、鎧に覆われていないカオスの顔へと剣を振り抜いた。
魔剣を抜いていないカオスには、ガルの速さを目で追うことができない。
ヒュン——
血が舞った。
しかし、カオスの顔が真っ二つになることはなかった。
地面に落ちたのは、オルステッドの腕だった。
オルステッドが二人の間に割って入り、カオスを庇ったのだ。
「ッ……!」
カオスは目を見開いた。
一方のガル・ファリオンは、まるで好機とばかりにニヤリと笑った。
「こんなお付きの人間がいたとは聞いていなかったが……いい
そう言い放ち、ガルは光の速さで追撃を放った。
しかし——。
「剣神流奥義、『光返し』」
ガルの剣が、宙を舞った。
無論、ガルも光の太刀に対する返し技には警戒していた。
残った片腕が、攻撃を繰り出せない位置にある。
それを見て、問題はないと判断したはずだった。
だが、あり得ないことが起きた。
失われたはずの腕によって、光返しが放たれたのだ。
カオスの手が、オルステッドに触れているのを見て、ガルは察した。
「欠損を直すほどの治癒魔術を無詠唱とは……ただのお荷物ではなかったか、化物め」
ガルは冷や汗を流し、悔しげに吐き捨てた。
そして剣を回収すると、目にも留まらぬ速さでその場から逃げ去っていく。
オルステッドは、追いかけようとはしなかった。
「……いいのか?」
「ああ。
その「まだ」という言葉に引っかかりを覚えつつも、彼らは戦闘を乗り越えたのだった。
■PM21:00
日が落ち、彼らは野営を始めた。
カオスは火の番をしているようだ。
その表情には、どこか気まずそうな色が浮かんでいた。
「いやぁ、仕事で失敗しちゃいましたからね。なんとなく謝るタイミングを逃してしまって……」
なるほど。
確かに、オルステッドは眉間にしわを寄せ、怖い顔をしている。
怒っているのだろうか。
「あっ、それはいつも通りですね」
…通常運転だったらしい。
カオスはしばらく迷うように口を開いたり閉じたりしていたが、やがて覚悟を決めたように声を出した。
「あのさ……さっきの剣神流の男が襲ってきたの時なんだけど」
オルステッドは無言でカオスに目を向けた。
しかし、カオスはその視線に気づかないまま、火を見つめて話を続けた。
「その……悪かった。腕を切られるような相手じゃ無かっただろ。俺が魔剣を抜かずに油断してた。ごめん。」
「……構わない。以後、気をつけろ」
オルステッドは相変わらず、感情の読み取りにくい平坦な声で答えた。
だが、その表情は、怒っているようには見えない。
きっと、許してもらえたのだろう。
カオスはほっとしたようにオルステッドを見た。
「そっか……助けてくれて、ありがとな」
そう言われたオルステッドは、まるで褒められることに慣れていない子供のような顔をした。
————いや、いつも通り怖い顔だ。
カメラの故障かもしれない。
■PM23:00
「そろそろ寝ろよ。俺が見張りをしてるから。まだ進めたい研究もあるし」
「……ああ」
夜も更けた頃、カオスはオルステッドにそう声をかけた。
オルステッドはその言葉に従い、目を閉じる。
カオスは彼から視線を外し、目の前に広げた書類へと目を落とした。
一体、何をしているのだろうか。
「今は研究を進めています。ほら、俺は無の世界に行く方法を見つけないと、オルステッドに殺されちゃいますからね」
なるほど。
日中は旅に連れ回されているため、夜の時間を使って研究を進めているようだ。
様々な方面から、無の世界へ行く方法を検証しているらしい。
しばらく研究を続けていたカオスだったが、ふと何かが気になったようにオルステッドへ目を向けた。
オルステッドは片膝を立て、もう片方の脚を横に折り畳んだ姿勢で座っていた。
立てた膝に片腕を預け、微動だにせず眠っている。
……とても、睡眠中の姿勢とは思えない。
「………………なぁ」
「なんだ?」
オルステッドは、寝起きとは思えないほどぱっちりと目を開けた。
いや、恐らく寝てすらいなかったのだろう。
「寝てないだろ」
「……何度も言っているが、俺は」
「『寝ながらでも周囲を警戒する術を身につけている』、だっけ?」
それはそれですごい技術だ。
だが、カオスは不満そうだった。
「それは寝たって言わないだろうが……」
ふぅ、とため息をついたカオスは、目の前に散らばっていた書類を抱えた。
そして立ち上がると、オルステッドの背後にどかっと腰を下ろす。
「何のつもりだ」
「俺が背もたれになってやるってんだよ。今日のお礼だ」
カオスはオルステッドと背中合わせになり、再び書類を広げた。
オルステッドは文句がありそうな目でカオスを見ていたが、どく気のない様子に、やがて諦めたように目を閉じた。
相変わらず、睡眠中も周囲を警戒するつもりらしい。
張り詰めた気配は消えなかった。
————しかし、背中合わせになった互いの体が温まる頃。
穏やかな寝息が聞こえてきた。
カオスは、ふっと頬を緩めた。
最後に、彼に問いかけた。
なぜ、この龍神のもとで働き続けるのか。
「脅されてるから、っていうのは……まぁ、間違いじゃないですよ。実際、このままだといずれ殺されるわけだし」
カオスは苦笑した。
「でも、あんだけこき使われてる割には、嫌いになりきれないんですよね。今日みたいに助けてくれることもあるし、意外とこっちのことを気にかけてくれる時もある。まぁ、普段が普段なんで、分かりにくいですけど」
そう言って、カオスは少しだけ言葉を切った。
「……見た目も態度も怖いし、何考えてるか分かんないし。けど、別に何も感じてないわけじゃないんだよな。意外に人間らしいところもある」
「脅し脅されの関係でも、なんかそれだけじゃないような気はしてるかな。……オルステッドがどう思っているかは分かんないけど」
カオスは、後ろの龍神を起こさぬように、小さく笑った。
——彼らの旅路は、まだまだ続く。
※無職転生の世界にカメラはありません。カメラマンもいませんしカメラに向かって話してもいません。カオスの妄想です。
次回から原作に突入します