協力関係という名の、実質オルステッドの配下になって数十年。
俺は完全なる社畜と化していた。
オルステッドはどうやら運命とやらを見ることができるらしく、それに従って人を助けたり、殺したりして、ヒトガミを殺すための道筋を作っていくらしい。
俺の主な仕事は、その補佐だ。
その仕事はまさにブラックである。
前には一週間不眠不休で走らされたこともある。
……まぁ、オルステッド自身も大変そうなので、あまり文句は言うまい。
どこか定住できる場所があれば、また違うのだろうが。
残念ながら、オルステッドの呪いの状態じゃ、それは望めないだろう。
オルステッドと一緒にいるとどうしても呪いのせいで、恨みを買うことも多いので、顔バレ防止のために仮面も付けている。
素顔で指名手配されるなんて、まっぴらごめんだからな。
さて、そんないつも通りになりつつある旅の中。
俺が一生懸命赤竜を撃退している横で、ふとオルステッドが空を見上げた。
赤竜ぐらい魔力使わないで倒せるだろ手伝え!と、言おうとして、やめた。
なんだか、オルステッドの様子がおかしい。
「どうした? オルステッド」
「魔力が集まっていく……? なんだ。どこで狂った?」
訝しげに顔をしかめるオルステッドに問いかける。
「魔力? なんか空の色がおかしいけど、アレか?」
「あぁ……。まあいい。行ってみればわかることだ」
どうやら、運命にない異変が起きたらしい。
オルステッドの言葉に同意し、西へと……フィットア領へと向かった。
「な、んだよ、これ………………」
俺の知っているフィットア領は、影も形もなくなっていたのだ。
街も、人も、木も消滅した。
ただ草原だけが広がっている。
オルステッドを見るが、彼も驚いているようだった。
「……魔力が集まっていた中心地はもっと先だ。原因があるかもしれん」
俺は頷き、歩みを進めた。
フィットア領には何度か訪れたことはある。
特別思い入れがあったわけではないが、あの美しい街や村がすべて消えてしまったのだと思うと悲しくなった。
しばらく歩いていると、座り込んでいるらしき人を発見した。
警戒しながら近づき――それから俺は、驚愕のあまり足を止めた。
よく目にしていた黒い髪。
懐かしさを感じる制服。
そして――
『な、何が起きたの……? ここは……?』
知っている言語。
「? 何語だ……? 知らない言語だな……」
『っひ! 誰!?』
困惑と恐怖を顔に貼り付けながら震える彼女は――
日本人、だ。
『あ――』
思わず日本語が口から飛び出そうになり、慌てて口を閉じる。
最後に話したのが数百年前でも、忘れていない自信はあったが、自分の正体を無闇に明かすことは得策ではないように思えた。
特にオルステッドは何も知らない。
ここは一度、知らないふりをしよう。
彼女には悪いが。
「あー、オルステッド。なんかこの子、服装とかも変じゃないか?」
「む、確かにそうだな……」
『えっ! なに!?』
オルステッドは女の子に顔を寄せる。
あんまり女子高生にそういうことしない方がいいと思うが……この世界にセクハラなんて概念はないので仕方がない。
「……!」
そうこうしている内に、周りから人が集まってくる気配を感じた。
そろそろフィットア領の異変を感じた周りの住人がやってくる頃合いだろう。
オルステッドも気づいたようだ。
俺は頷くと仮面を取って女の子に手を差し伸べた。
もちろん、オルステッド違い人の良さそうな笑顔を向けて、だ。
ボディランゲージは何よりの言葉となる。
少し安心したような顔をした女の子は、俺の手を取って立ち上がる。
それから俺は、できるだけ申し訳なさそうに見えるような顔で言った。
「ごめんな」
『え?』
そう言うと、俺はガバッと女子高生を抱き上げた。
あっちじゃ立派な犯罪だが、許してくれよ!
『え!? なに!?』
「しっかり掴まってろよ~」
掴まるどころか、暴れている素振りがあるが、龍族を舐めてもらっちゃ困る。
俺は女の子を抱えたまま、オルステッドと共に現場を走り去るのだった。
とりあえず、人は来ないだろうと言われた野営地で女の子を降ろす。
しかしながら、この子……どこかで見たことあるような……。
「ふぅ、一旦大丈夫か。どうする? この子」
「事情を問いただしたいが…………」
女の子に目をやる。
『え? なに? あなたたちは誰なの? っていうか何語? ここどこ!?』
大混乱中だ。
俺が日本語を話せば意思疎通は可能だが、俺が転生者であることはあまり明かしたくない。
非常に申し訳ないが、女の子にこちらの言葉を覚えてもらうとしよう。
「この様子じゃ仕方ないな。とりあえずこの子を保護して、言葉を教えて、それから事情聴取って所じゃないか」
「……あぁ。それで良い」
「あと、もしかしたらペルギウスなら何かこの現象知ってるかもしれないな。行ってみるか?」
「そうだな。そいつを連れて行くのがいいだろう」
今後の方針を決めた俺たちは、女の子と意思疎通を図ることにした。
まずは簡単でもっとも初歩的な挨拶……自己紹介だ。
「カオス。……で、オルステッド」
自分、それからオルステッドを指で示して名前を紹介。
それから女の子を指差して、頭を傾げた。
『かおす……おるすてっど……名前、ってこと? あ! じゃあ……七星、静香……です』
女の子……ナナホシシズカさんは、自らを指さして名乗り上げてくれた。
「ナナホシ。よろしく」
にっこりと老若男女を落とす笑み(自称)を浮かべながら、俺はナナホシに握手を求める。
するとナナホシも理解したのか、握手してくれた。
『カオス……さん。よろしくお願い、します』
俺と握手を終えたナナホシは、そのままオルステッドの方を向いて、手を差し出した。
握手を求められたオルステッドは、目を見開いた。
『オルステッド……さんもよろし――』
「お前、俺の呪いが効いてないのか!!??」
『ひっ!』
オルステッドはナナホシの握手を無視し、肩を掴んで詰め寄った。
女子高生にあるまじき近づき方だ。
明らかに犯罪だ。痴漢だ。
って、そうじゃなくて――。
「おい、待て! 待て! 気持ちはよく分かるが、怯えているから一旦手を離せ!」
「む、すまない……」
ナナホシはそのまま尻もちをついてしまう。
これじゃ、呪いとか関係なく恐怖するだろう。
俺は慌てて(ごめん、あいつ悪いやつじゃないから!)というのをジェスチャーで頑張って伝えた。
時間はかかったが、なんとか分かってくれたようで、ナナホシは落ち着きを取り戻していった。
良かった。
射殺されそうな視線を浴びながらも、オルステッドと肩組みしながら横揺れした甲斐があったぜ。
「しかし……呪いが効かないとは驚きだな。あの災害の影響か?」
「それについて思ってたんだけどさ。あの子の服装とか言葉からして……異世界的なところから来たんじゃないかって思うんだけど、どう思う?」
ナナホシが寝静まった夜。
俺とオルステッドで、今日起きた災害についての見解を話し合った。
「異世界、だと?」
「そ。あり得ない話ではないだろ? それこそ大昔は異世界……六面世界同士で行き来してたわけだし」
「じゃあナナホシは六面世界のどこからか来た……と?」
「それは……どうだろう。ナナホシにどんな世界から来たか聞かないとはっきりしたことは言えないけど、もう他の六面世界は滅んでいるんだろ? その可能性は低いと思うな」
「全く異なる世界から来た、ということか……」
オルステッドは口元に手を当て、考える。
ここまでヒントを与えれば、オルステッドの頭なら理解できるだろう。
「やはりペルギウスの意見が欲しいな」
「同感だな。空中要塞、行ってみるか」
その夜。
ナナホシと会ったせいか、酷く懐かしい前世の夢を見た。
小学生の時だ。
最近は体調が良かったので、学校に行きたいと駄々をこねて連れて行ってもらった。
でも俺の身体は本当に情けなくて、一時間も保たなかった。
痩せ我慢をしていたけれど、結局倒れそうになった時――
同じくらいの体格の子が支えてくれた。
重かっただろうに、全く文句も言わなかった。
『大丈夫?』
素敵な笑顔で話しかけてくれて。
だからお礼が言いたくて、名前を聞いたんだ。
そう、あの子の名前は……
『静香ちゃん………………』
名前と共に、一つポロリと涙が溢れた。
そして目がガン開きの鬼と目が合った。
違う、ギョッとした顔をしたオルステッドだ。
俺はいつの間にか上半身を起こしていたらしい。
「………………」
そんな、珍しい昆虫を見たような目でこちらを見ないで欲しい。
だがまぁ、驚くだろう。
火の番をしていたら、急に泣きながら起き上がった奴がいたのだから。
「ちょ、ちょっと夢見が悪かったんだよ。ほら、目が覚めちゃったから次は俺が火の番やるな」
気恥ずかしさを誤魔化すために、オルステッドを強制的に寝かせた。
火の番をしながら、先ほどの夢を思い起こす。
あれは懐かしい記憶だ。
(ナナホシ……って、静香ちゃんだったのか)
とはいえ、別に静香ちゃんと特別に仲が良いわけではない。
というか、よく話していたのは小学生のほんの一時期だけで……あとはほぼ話したことがなかったはずだ。
俺も学校生活のほとんどを入院して過ごしていたし。
ただ、なんと高校では再会し、同じクラスになっていた。
まぁ、そのクラスには数回しか登校してないんだけど……。
多分、忘れられているだろう。
どのみち、正体を明かすつもりがないなら関係ないことだ。
というか、前世の知り合いだということが分かって、ますます打ち明けにくくなった。
(墓場まで持っていく秘密ってところだな……)
俺は火を掻き回しながら、静かに決意した。
「静香だけに」という言葉を付け足すか小一時間悩みましたが、怒られそうなのでやめました。