翌日から俺達は、空中要塞に向かうために移動を開始した。
もちろん、ゆっくりと、だ。
俺達だけなら数日程度で着くが、今はナナホシがいる身。
食事抜いて、睡眠抜いて……なんてブラック企業をするわけにはいかない。
今日からホワイトに生まれ変わりだ。
基本は移動しながら、ナナホシに言語を教える。
ナナホシは頭が良いのか、かなり順調に言語を吸収しているようだ。
「オルステッド、スープ、アゲル」
「ああ……」
言葉が話せるようになってきたナナホシは、俺やオルステッドに積極的に話しかけてくるようになった。
オルステッドは、龍族以外で己を恐れない存在に慣れていないらしく、おっかなびっくりしている。
正直、かなり面白い。
それから、ナナホシの着替えも用意してやった。
制服は目立つし、かなり汚れているからな。
オルステッドはお留守番させて街に降り、いくつか服を購入した。
これで異世界印のナナホシが完成だ。
あとは……と思い、俺がいつも使っている仮面の予備を手渡した。
なんか嫌そうにしていたが、
「珍しい顔立ちをしていると、誘拐されて売り飛ばされることもある」
と言うと、慌てて付け始めた。
素直でよい子である。
懸念していたのは、刺客や魔物への対応にナナホシが耐えられるかだった。
日本と違って、この世界では死が身近なところにある。
俺も最初は酷かったものだ。
当然ナナホシも、刺客や魔物の死体を目にした時は吐いていたし、怯えていたが……。
思っていたよりも早く慣れ、戦闘中は邪魔にならないように身を隠すようになった。
ナナホシに聞いたら
「死体が多すぎて逆に慣れた。狙われすぎ」
と、不満そうに言われた。
文句はオルステッドの呪いに言ってください。
久しぶりにゆっくりとした旅をし、俺達はようやく遺跡に到着した。
あとはアルマンフィにお願いして、ひとっ飛びだ。
「ペルギウス、サマ、コワイヒト?」
「うーん、オルステッドの顔面よりは怖くないよ」
不安そうに言うナナホシを安心させるため、冗談交じりに教えてあげた。
だから(俺の顔って怖いのか……)って落ち込んでいるだけなんだろうけど、ナナホシの後ろから俺を睨みつけるのはやめてほしい。
謁見の場にて。
相変わらずペルギウスは、偉そうな椅子に座っていた。
「なるほど。そいつが先の災害の跡地にいたという者か」
「あぁ。状況証拠と本人の自供から、あの災害で異世界から召喚されてきた可能性が高いだろう」
召喚魔術の権威でもあるペルギウスなら、あの災害についても何か分かるかと思ったが。
「あの災害については我も知らん。あの災害に巻き込まれた人間は各地方に飛ばされたという話だが……誰があれを起こしたのか、どうしてこの者が召喚されたのかは分からぬ」
ペルギウスでも分からないものは仕方ない、か。
ナナホシの様子を見る。
随分と言葉を聞き取れるようになったナナホシは、ペルギウスの言ったことも分かったらしい。
不安そうに唇を噛み締めている。
「……ペルギウス。この子が元の世界に帰れる召喚魔術……とかもないんだよな」
「少なくとも我は知らん」
ナナホシは――静香ちゃんは、きっとこの世界じゃ幸せになれないだろう。
俺みたいに死んだわけではないのだから。
多分、会いたい人だっている。
なんとかして帰してやりたいが…………。
ふとナナホシの横顔を見ると、先ほどの不安げな顔とは異なり、何か決意を固めたような顔をしている。
だが、口を開くには勇気も経験も知識も足りないだろう。
俺はそっと肩に手を置いた。
ナナホシが弾かれたようにこちらを見てくる。
俺は昔、静香ちゃんがしてくれたような笑顔になることを意識して、笑いかけた。
目を見開いたナナホシは、それから自信ありげに頷き、ペルギウスに向かい合った。
「ペルギウス、サマ。帰ル魔法、私ガ、開発シマス。ダカラ魔法ノコト、教エテ、クダサイ!!」
ペルギウスは驚いたように固まった。
それから突然、豪快に笑い出した。
「ハハハッ、なるほど! 自らの手で存在しない魔術を生み出そうと言うのか……。ナナホシ、貴様の心意気、気に入ったぞ!」
好感触なことが分かったのだろう。
ナナホシは嬉しそうにした。
「だが!!」
ペルギウスは、先ほどまで笑っていた顔を厳しくする。
「貴様はまだ、基本も何も知らぬ状態! 我が教えてやる段階にはいない、ということだ。魔術の基礎を学び、我に師事する段階になったら、喜んで助言してやろう」
「ハイ! アリガトウゴザイマス!」
ナナホシは強く頷いた。
良かった。
これなら大丈夫だろう。
「…………カオス」
俺が安心し、謁見の場から最後に出ようとした時、ペルギウスに呼び止められた。
「なんだ? ペルギウス」
「貴様、随分ナナホシに肩入れしているな?」
ドキリとする。
同郷の、しかも過去に自分を助けてくれた恩人だ。
バレないようにしているつもりだったがナナホシを贔屓しすぎてしまったかもしれない。
「……突然、異世界に投げ出された女の子だぞ? 可哀想じゃないか」
「どうにも、な。貴様は昔から軽薄な男だったから、今の姿を見ると痒くて仕方がない」
「ラプラス戦役で手伝わなかった時のこと、まだ根に持ってんのか? 悪かったって」
見透かすような鋭い目が、俺のことを突き刺してくる。
居心地が悪くなった俺は、ペルギウスから目を逸らした。
「もういいだろ。……また来るよ。魔道具の調子を見に」
俺はそのまま返事も聞かずに、謁見の間を後にした。
少し会わない間に、甲龍王としての振る舞いが随分としっかりしたようだ。
……昔、何も考えずに魔道具について話し合った日々を思い出し、少し寂しい気持ちになった。
しばらく空中要塞に滞在したのち、ナナホシは俺達について行き、旅をしたいと申し出てきた。
ガチで止めたほうがいいと思い、説得しようとしたが、ナナホシの目は決意で揺らがなかった。
どうやら、魔術を研究するための知識を身につけたいらしい。
それから、自分以外にも転移してきたかもしれない人がいるらしく、その人も探したいようだ。
ということで、2年ほど俺達は共に旅をした。
その間にナナホシの言葉はどんどん流暢になった。
そしてとうとう、アスラ王国に寄った際、日本の料理やら被服技術やらを伝授し、金を稼ぎ始めた。
利権を使って金が入ってくる仕組みを作り出し、龍神の名を使って流通ルートを確立。
一生遊んで暮らせる資産が、もうすぐ貯まるとかなんとか。
ナナホシ……恐ろしい子!
金が貯まったナナホシは、大学に入学することに決めた。
ので、俺はラノア魔法大学を推しに推しまくった。
昔あの辺りに住んでいたことがあると言ったら、ナナホシには驚かれた。
ナナホシは、俺がずっとオルステッドと旅をしていたと思っていたらしい。
まさかオルステッドにボコボコにされかけて、引きこもり生活から引きずり出されたとは思うまい。
ナナホシは俺の勧め通り、ラノア魔法大学に行くことにしてくれた。
赤竜の下顎を通って、ラノア魔法大学を目指す。
この長い旅路が、もうすぐ終わってしまうと思うと、どこか寂しい。
オルステッドも心なしか、しょんぼりした顔をしている。
そうナナホシに言ったら
「…………気のせいじゃない?」
と言われた。
もう一度オルステッドを見たら、普段と変わらない怖い顔をしていた。
……やっぱり気のせいだったかもしれない。
ようやく次回から主人公が出てきます