時は少し戻ります
34歳、職歴なし、住所不定、無職だった俺は、ある日トラックに轢かれて死んでしまうも、ルーデウス・グレイラットとして異世界に転生した。
今度こそ本気を出して、後悔しない人生を送る。
そう誓った俺は今日———最近できた友達、シルフのもとへと遊びに向かっていた。
かつて、外に出ることすら怖がっていたルーデウスは、ロキシーのおかげでもういない。
いつものように家を出た俺は、意気揚々とシルフのもとへと向かうのだった。
しかし、その道中、ふと目に留まるものがあった。
(珍しいな……)
黒髪黒目の、俺と同い年くらいの少年。
なんとなく前世を思い出させるような男の子が、ふらふらと森の近くを歩いていたのだ。
この世界に来てからというものの、日本人を思わせるような純粋な黒髪は見たことがなかった。
どこか懐かしさを覚え、俺はその黒髪から目を離せなくなる。
だからこそ、見てしまった。
黒髪の少年が――森の中へと入っていくところを。
「確か、森は魔力溜まりができやすいから、危ないんだったよな……」
このあたりは、そもそも魔物が出にくいうえ、定期的に魔物狩りも行われているため、比較的安全な地域だ。
だが、森の奥地となれば話は別だ。
魔力溜まりができやすい環境では魔物の発生率も高くなるらしく、俺も森に入るときは、比較的浅い場所までにとどめていた。
しかし、少年が入っていった場所には、はっきりとした道がない。
もし迷い込めば、あっという間に森の奥地まで入り込んでしまうかもしれない。
「……いや、案外、森に詳しいのかもしれないしな」
そう考えた俺は、そのまま森を通り過ぎようとした。
だが、あんな黒髪の少年は、このあたりで見たことがない。
もしかしたら、よそから来たのかもしれない。
何より、あのふらふらとした足取りが、どうにも気にかかった。
「……クソッ! 今世こそ後悔しないように、本気で生きるって決めただろ!」
俺は気合を入れるため、両手で自分の頬をパチンと叩いた。
明日の朝、魔物に襲われた少年の無惨な遺体が見つかったりしたら、俺はきっと後悔する。
それだけは、絶対に嫌だった。
俺は黒髪の少年が向かった方へ、駆け足で追いかけた。
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「おいっ、待てよ!」
俺はようやく追いついた少年の服をつかんだ。
見た目に反して足が速かったらしく、追いかけているうちに、かなり森の奥まで来てしまっていた。
少年は、黒い瞳をまん丸にしてこちらを振り返った。
「えっ、なに?」
「なに、じゃないだろ。こんな森の中に、君みたいな子供が一人で入ったら危ないじゃないか」
俺の言葉を聞くと、少年はしまった、という顔をした。
それから困ったように頬をかき、こう言った。
「そういう坊やも子供だろ? こんな森の奥まで来ちゃって……」
お前のせいだよ。
やれやれ、とでも言いたげに首を振るマセガキに腹が立ったが、俺はぐっと怒りをこらえた。
結構イケメンなのも、苛立ちポイントだ。
「ほら、村まではこっちだから。行こうよ」
俺はマセガキの手をつかみ、村の方へ引っ張ろうとした。
しかし、マセガキは何故か抵抗する。
「いや、俺は……いいよ。この森にも詳しいんだ。だから――」
バキッ。
少年の言葉を遮るように、何かが折れる音がした。
俺とマセガキは、恐る恐る音のした方へ目を向けた。
そこには、巨大な魔物がいた。
「ガァアアアア!」
魔物が咆哮を上げる。
その姿を前に、俺は凍りついた。
命を危険にさらされるなんて、初めてのことだった。
体に染みついていたはずの魔術も剣術も、頭の中からすっかり抜け落ちてしまった。
魔物の牙が迫る――。
俺は思わず目を閉じた。
(もう駄目だっ……!)
――ヒュン。
いつまでたっても、痛みは襲ってこなかった。
恐る恐る目を開けると、巨大な魔物が真っ二つに斬り裂かれていた。
「えっ……」
驚きのあまり、俺は何度も目を瞬かせた。
少年は、剣らしきものをすでに腰に収めているところだった。
「悪かったな、巻き込んで」
少年は振り返り、困ったように笑いかけてきた。
俺は声も出せず、魚のように口をパクパクさせるばかりだった。
――しかし、倒したはずの魔物が再び動き出した。
死に際の悪あがき、というやつだろう。
俺は反射的に火魔術を放つ。
今度はなぜか、体が動かすことが出来たのだ。
放った火魔術は、少年の横を通り過ぎ、魔物へと当たる。
魔物は悲鳴を上げ、そのまま今度こそ動かなくなった。
「……! 驚いた。ありがとな。まだ子供なのに、無詠唱魔術が使えるなんてすごいな」
そう言って、マセガキは俺の頭を撫でようとしてきた。
俺はすかさず、その手を避ける。
子供に頭を撫でられるなんて、まっぴらごめんだ。
「……そういう君もすごいね。父さまくらい強いかも」
「ハハッ、そうか。ありがとな」
気づけば、俺はその場に尻餅をついていた。
差し出された少年の手を借りて、どうにか立ち上がる。
「それじゃ、お前は帰らないとな」
「僕だけじゃなくて、君もね」
どうやら、このマセガキはまだ懲りていないらしい。
俺がそう返すと、少年は困ったように笑った。
「いやいや、子供は早く帰らないといけないぜ」
「だから、それは君も――」
少年の黒い瞳が、一瞬、金色に光ったような気がした。
思わず、俺は言葉を止める。
「じゃないと、連れ去られちまうぞ」
まるで、子供を怖がらせるための、ありふれた脅し文句のような口調だった。
「わるーい龍神様に、な」
---
「ルディ!」
ハッとして、俺は目を開けた。
目の前では、シルフが心配そうに俺をのぞき込んでいた。
「いつもの場所に来ないと思ったら、こんなところで寝て……風邪引いちゃうよ」
慌てて飛び起き、周囲を見渡す。
どうやら俺は、木の下で眠っていたらしい。
「シルフ、黒い髪をした、俺たちと同じくらいの年の子供を見なかったか?」
「……? 来たときは、ルディしかいなかったよ」
夢だったのだろうか。
そう思ってしまうほど、あの黒髪の少年がいた痕跡は、どこにも残っていなかった。
「ルディ! 昨日の続きを教えてよ!」
どうやらシルフは、待ちくたびれていたらしい。
申し訳なく思った俺は、ひとまず考えを打ち切り、シルフに魔術を教えることにした。
あの不思議なマセガキのことを、心の片隅で気にかけながら。
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ブエナ村。
森の奥、そのさらに奥。
恐ろしい顔をした男が、そこに立っていた。
誰もが近づくことを恐れるようなその男に、黒髪の少年は臆することなく歩み寄る。
「遅かったな。魔物の活性化の様子を見に行くだけだと言うのに」
「いやー、ちょっとした
黒髪の少年は、身につけていた魔道具の電源を切った。
すると、黒かった髪は銀色へと変わり、少年の背丈もまた、大人のそれへと変化していった。
「面白い子だったんだよな〜。また会えるといいな」
そう言って、金色に変わった深い瞳を細める。
彼らの邂逅は——もう間もなく。
魔道具と仮面は、どちらも素顔を隠す為の物ですが、使い分けている意図があるようです。