赤竜の下顎。
ただ一本道が続く渓谷。
ふと、前から人の気配がした。
殺気が感じられないことから、ただの通行人だろう。
だが、この赤竜の下顎では避ける場所がない。
そのためどうしても鉢合わせになってしまう。
通行人がオルステッドの呪いで錯乱したり、襲ってきたりすると大変面倒くさいのだ。
何事もなく通り過ぎられますように。
そう願いながら、俺たちは向かって来た3人組の横を抜けた――
「うん……? お前、もしかしてスペルド族か?」
お前が話しかけるんかい
……オルステッドは、自分の呪いのことを分かっているんだか分かっていないんだか、時々こういう行動をする。
可哀想に、ハゲの男なんかブルブルと震えているじゃないか。
「ルーデウス、絶対に動くな。エリスもだ」
ほら、警戒されてしまっている。
だが、図太いオルステッドは気にせず喋り続けた。
「ん? その声、ルイジェルド・スペルディアか。髪がないから一瞬わからなかったぞ。なぜこんな所にいる?」
ルイジェルド……聞いたことがあるような、ないような名前だ。
——いや、思い出した。そういえばラプラスがどうとかの戦いの時に活躍した戦士の名だったはずだ。
あの頃の俺はほぼ引きこもっており、戦争の諸々をあまり知らない。
だが、たまに魔道具をたかりに来ていたペルギウスが、ルイジェルドがどうとか言っていたのを思い出した。
オルステッドは、知り合いのように、やけに馴れ馴れしくルイジェルドに話しかけていた。
だが、相手の方はそうでもなさそうだ。
「ん? そっちの赤毛はエリス・ボレアス・グレイラットか。もう一人は……誰だ? まあいいか。なるほど、読めたぞ、ルイジェルド・スペルディア。子供好きの貴様は、例の転移によって魔大陸に飛ばされたこの二人を、ここまで送り届けたということだな」
ペラペラと独り言のように話すオルステッドを見て、俺は前々から思っていた疑問を反芻した。
やはりコイツ――――タイムリープ、してないか?
本人に隠す気があるのかないのか知らないが、オルステッドにはこういった妙な発言が多い。
この長い旅の中で耳にした、独り言めいた発言の数々を総合して考えると、過去に戻って人生をやり直していると考えれば辻褄が合う。
多分、「運命」とかいう言葉を使って上手く誤魔化しているつもりなんだろうが、発言からは容易に推測出来てしまったのだ。
…まあ、端から見たら普通に変な人なので、一緒にいる身としては少し恥ずかしい。
仮面してて良かった。
ほら、赤毛の子なんてめちゃくちゃ怖がってるじゃないか。
「奇妙なところで会ったが……元気そうだな。ならいい」
「よろしいのですか?」
「?…………今の時点では仕方がない」
俺が急に敬語を使ったことにより、オルステッドが変な顔をした。
ごめんけど、俺、今お前と仲間って思われるの恥ずかしいんだ。
「待って下さい!」
去ろうとすると突然、ショタボが響き渡った。
すごいな、あの子。
オルステッドに声をかけたぞ。
「どうした。なんだ、お前は?」
「あ、どうも。ルーデウス・グレイラットです」
「聞いたことがないな」
少年――ルーデウス・グレイラットは、なんだか不思議な雰囲気を感じる。
どこかで会ったことがあるような、もっと話してみたくなるような……
うーん、思い出せそうで思い出せない。
「それより、そっちは名乗らないんですか?」
「ふむ……まあ、構わんか。俺はオルステッドだ」
タイムリープしている(仮)オルステッドが知らない、というのも少し気になる話だ。
まあ、オルステッドに聞いたところで教えてくれないだろうが。
「……うん?」
そこでオルステッドは何かに気づいたように首を傾げた。
そして、ゆっくりとルーデウスに歩み寄る。
「それ以上近づくな!」
「ああ、わかっている」
ルイジェルドに威嚇される姿は、完全に不審者だ。
やや距離を置いたオルステッドは、まじまじとルーデウスの顔を見た。
驚くべきことに、ルーデウスはその視線を正面から受け止めている。
「お前、目を逸らさないな」
「あなたの目つきは怖いので、今にも逸らしたいところです」
「ふむ。つまり、恐怖は覚えていないのか」
デフォルトでオルステッドの顔は怖いとは思うが、恐らくその様子からして、オルステッドの呪いが効いていないのだろう。
龍族の血が流れているようには見えないが、一体なぜ……
「お前、もしかして『ヒトガミ』という単語に聞き覚えがあるんじゃないのか?」
「あります。夢にヒトガミってのが出てき……」
ああ、悲しきかな。
もっと話してみたいと思ったが……彼は我々の敵のようだ。
---
ルーデウスの胸を貫こうとしたオルステッドを、ルイジェルドが止める。
どうやら手加減していることから、ルイジェルドは殺したくない存在のようだ。
名前を知っていた赤毛の女の子――エリスも、殺さないほうがいいだろう。
ならば、俺が狙うのはルーデウス・グレイラットのみ。
俺は魔剣を抜き、ルーデウスに迫った。
「ルーデウス!」
エリスが抜刀し、一閃を俺に向けて放った。
「……奥義『流《ながれ》』」
オルステッドに教わった、唯一俺が使える水神流の奥義。
俺は元々、戦うのが好きではなかったので、オルステッドの下についたときは苦労した。
主に、スパルタ修行のせいで。
俺はそんな地獄の思い出を振り返りながら、エリスの体を竜巻のように回転させ、吹っ飛ばした。
「がはっ……!」
「まだ荒いですが……良い剣筋ですね」
子供に剣を向けるのは、あまりいい気分にはなれない。
せめて、素質のある良い剣に敬意を示そう。
この間に、ルイジェルドの方は終わっているようだった。
彼はオルステッドに吹っ飛ばされ、気絶している。
残るはヒトガミの使徒――ルーデウスのみ。
俺の出番はなさそうだ。
子供を殺すのは、できればやりたくないし、ここはオルステッドに押し付けよう。
「ごはっ!」
ルーデウスの肺を潰したオルステッドは、この世で一番怖い顔で言い切った。
「死んでヒトガミに伝えるがいい。龍神オルステッドは、決してお前を生かしてはおかん、とな」
踵を返すオルステッド。
だが、ルーデウスの様子がおかしい。
なんとなく、この魔力の発動の仕方に見覚えがあるような気がした。
これは――――無詠唱魔術!
咄嗟にオルステッドとルーデウスの間に入り込む。
ルーデウスの放った岩砲弾は、岩砲弾とは思えぬ威力で俺の肩を抉った。
くそっ、鎧が無いから痛いな。
「今のは岩砲弾か……凄まじい威力だな。こんな魔術でコイツの体に傷をつけるとはな……」
俺は完全には習得できなかったとはいえ、一応、龍聖闘気を纏っている。
その闘気をここまで貫通する岩砲弾……。
はっきり言って異常だ。
「肺は潰したはずだが……無詠唱魔術か?それは人神から得た力か?他には、どんな力を得た?」
オルステッドの、初見の動きや技を観察しようとする癖が出ている。
ちくしょう。
俺のことぐらい、少しは心配しろよ。
「大丈夫?」
コソッと小声で俺を案じてくれたのは、ナナホシ。
やっぱり優しい。
「ああ、こんなもん痛くも痒くもないな」
全然、痛くも痛くもあるが、痩せ我慢をして治癒魔術をかけた。
あっという間に傷は塞がる。戦線復帰だ。
オルステッドはルーデウスの使った多重の無詠唱魔術に興味を引かれたらしく、真似をして前龍門を出していた。
余計な魔力を使って……。
ルーデウスの魔力を前龍門が吸い取り――窓枠がバキンと音を立てて割れた。
前龍門の枠を割るとは、凄まじい魔力量だ。
普通に俺よりも多いかもしれない。
戦線復帰と言ったが、俺が特にやれることはなさそうだ。
ルーデウスの方は、もう魔力を出し切ったらしく、力尽きている。
「まあいい、死ね」
「がふっ……」
超速で打ち出された貫手が、あっさりとルーデウスの体を貫通した。
「あっけないな。ヒトガミめ。闘気も纏えんものを手駒にしたのか。どういうつもりだ……」
オルステッドは俺に意見を求めるように見てきたが、俺は首を竦めた。
オルステッドに分からないものが、俺に分かるわけがない。
「うわあああああぁぁああ!」
エリスが悲痛な叫びを上げた。
こういう声を聞くのは初めてではないが、やはり堪えるものがある。
「大事な者だったのか? すまんな、エリス・ボレアス・グレイラット。だが、お前もいずれ、わかる日が来る。いくぞ、ナナホシ、カオス」
「え、ええ……」
「…………」
コイツ、せっかく自分の正体がバレないようにキャラを作ってたのに、あっさり名前言いやがったな。
内心キレつつも、どこか頭の中で「これで良いのか?」という疑念が離れなかった。
今までヒトガミの使徒を殺してきた時には感じなかった、心の引っかかりがある。
何か大切なものを見逃しているような…………
何か重要な分岐点を違えてしまったような……
気づいたら、口を開いていた。
「なあ」
「ねえ」
「「オルステッド」」
「一つ気になったのだけど……」
「こいつ、生かしておいた方がいいんじゃないか?」
オルステッドは驚いたようだ。
俺もナナホシも、ハッとしたように互いに顔を合わせた。
ほぼ同時に、同じことを思ったのだから、びっくりしたのだ。
「あのルーデウスっていう子、なんか違う感じしないか?」
「そうそう。貴方の呪いも効いてないみたいだし……」
「二人して言うとは……。まあ、確かにお前達の言うことも一理あるか。また脅威となったときに対処すればいい。」
俺たちの意見をそう結論づけたオルステッドは、ルーデウスに近づき、その体を治療した。
息を吹き返したルーデウスに、エリスが駆け寄る。
その二人の姿を見て、歪まされた運命が少し元に戻るような感じがし————なんだかホッとしたのだった。