続けたい気持ちはあるので、一応連載。
自由に楽しむ音楽が好きだった。
誰にも邪魔されなくて、決まり切っていなくて、先が見えなくとも無限に
確定したノーマルエンドを、超ハッピーエンドに変えてしまうような。無色一辺倒に広がる世界に色彩を与えてくれるような。
特別な言葉がなくてもいい。普遍的な言葉でもいい。言葉がなくたっていい。
コードが、ルートが、ビートが、リズムが、テンポが。その全てが一つを生み出し、グルーブを作り、世界中に広がっていく。
誰かに歌われることを待っている
私にとって音楽とはそういうものだった。
まだ家族に笑顔が溢れていた頃、
『彩葉、音楽は自由に楽しむもんやで』
その言葉は、私の根底にあるものだった。
隣にいたお父さんも、少し離れて座っていたお母さんも、お兄ちゃんも。みんな、皆笑っていた。暖かい空間だったその頃に、私に刻まれていたものだった。
けど、運命は残酷だ。
人にはどうにもならないことだって平然と起きる。どんなに気を付けていたって、天災のように神の気まぐれは現れる。
2020年のある日。お父さんがいなくなった。
作曲家であり、ピアニストでもあったお父さんのお葬式には、沢山の人が集まっていたと思う。
けど、すすり泣き、嗚咽し、声を詰まらせ、歔欷の声のみがホールに響いている。
感情のない人形のように、けれど穏やかな表情で眠るお父さんを、私は泣きながら見つめていた。
大切な音楽、約束を果たす為の音楽、永遠を歌う音楽、私の始まりのきっかけ。抱えきれないほどに、沢山与えてくれたお父さん。今も脳裏に甦る、暖かく笑うお父さん。そんなお父さんが、今、狭い棺の中眠っている。もう起きることのない狭い部屋で、眠っている。
見つめることに耐え切れなくなり、現実が直視できなくなり、なんとなくお母さんの横顔を見る。
何故か顔色一つ変えない母。ロボットを思わせるような無表情を貫く母。
何かが決定的に変わってしまったのを感じた。お葬式の最中に、あれだけ穏やかに笑っていた母が変わったのを感じてしまった。
そこからは、致命的に何かがずれていった。
『やるんやったら"勝ち"に行け言うてるやんな』
『どうせ目指すなら一番やないとあかん』
『無理は怠けモンの言い訳や。私は私が出来たことしか言うてへんよ』
数々の言葉。厳格な、全てを正論で押しつぶしていくような指導に、私は圧し潰されそうになった。
私ができたと思っても、それを上から。もっと上を目指せと厳しく叱るその姿勢。頼りたいときに、頼れない、やり場のない気持ち。もどかしさ。何もしなくても涙が出てくるような、そんな状況に追い込まれていく。
ヤチヨのAIチャットに助けを求めることもあった。心の支えにはなったけど、直接的な解決にはならなかった。
決定的だったのは、ピアノの発表会の時だ。
この会に向けて一人で課題曲を練習し、迎えた本番。初めての経験。一人で千人の前に立った初めての舞台。母親から、まるで睨まれるように見つめられつつピアノを弾く。
最初こそは必至だった。上手く弾かなきゃとひたすらに動かした。感情を入れ込む余裕もなかった。
けど……少しだけ楽しんでしまった。
課題曲終盤。盛り上がってくる部分で、ミスをしてしまった。音を半音外してしまった。感情を入れすぎてしまった。
気分が上がり、アップテンポになってしまった。早くなったことで、ミスタッチが表出してしまったのだ。
すぐさまアレンジを入れ誤魔化した。自分のできる限りをやり切った。
けど、審査員の前には無意味だったようで。
『銀賞は、酒寄彩葉さんです! 参加者史上最年少ですごい結果となりました!』
私は銀賞だった。司会の人に言われ、拍手を浴びる。
約千人から浴びる拍手。参加者史上最年少という言葉。そして、達成感。壇上で賞状を受け取り、お母さんの元へと駆け寄る。
いつもは厳格な母親だったけれど、少しくらいは労いの言葉をかけてくれるのではないか……。賞状を見せつけるように掲げ、自然にこぼれた笑顔を隠すことなく向けたその瞬間。
『何わろてはるの。はなから二番三番を狙うんやったら何の努力も要らへんよ』
それだけ、だった。
そこからは、より精神的に追い詰められるようになっていった。
自分を母から庇ってくれていた兄も、
自分の中の何かが、すり減っていくのを感じる。
削れてはいけないものが、小さくなっていくのを感じる。世界から彩が、なくなっていく。
けど、けれど。
指導の中でも弾くことはやめられなかった。
縋るようにキーボードを叩いた時もあった。
泣きながら弾いたこともあった。
弾いていれば辛いも忘れられたし、その時の感情をそのまま曲にしたこともあった。
けど、音楽を奏でて関係性が改善するような、アニメみたいな世界ではない。
母親との関係は苦痛になっていたし、けれど嫌いにはなり切れないし。やり切って、一番をとってもまだまだ甘ちゃんだと言われる始末。
そんな中、小学生から中学生になり。そして母と喧嘩して対立。東京の高校へ家出する形で、上京をすることになった。
父方の祖父母の協力も経て、東京の立川のボロアパートで一人住むことになる。
資金の援助もほぼ受けず、バイトをして切り詰める生活。学費と生活費を捻りだし、一応の目標である”東大合格”を目指し、勉強に励む日々。
辛いことも多い。それに加えて、母親からの言葉が私を雁字搦めにしていく。
母に認められなければならない。このくらい一人でやっていかなければならない。そんな感情が奥底にある。
バイトして、勉強して。少しの間遊んで、推し活をして。睡眠時間も削り、妥協することなくこなしていく日々。
そんな日々においても、私は
お父さんとの思い出を。教えてもらった大切なものを手放したくなかった。
大好きなものを、手放したくなかった。いつまでもどこまでも、この繋がりを離したくなかった。
辛いことも多い。母親に縛られていることも感じる。寝不足だし、超ムリ限界ギリだけれど。
四畳半のアパートで、一人私は鍵盤を叩いている。
タイトルは確定したら(仮)消します。