酒寄彩葉は音楽が好きだ。   作:冴月

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4DXで再び脳を焼かれたので投稿。

続けたい気持ちはあるので、一応連載。


プロローグ

 私(酒寄彩葉)は、本当に音楽が好きだった。

 自由に楽しむ音楽が好きだった。

 

 誰にも邪魔されなくて、決まり切っていなくて、先が見えなくとも無限に未来(これから)が広がっていくような感覚。

 確定したノーマルエンドを、超ハッピーエンドに変えてしまうような。無色一辺倒に広がる世界に色彩を与えてくれるような。

 

 特別な言葉がなくてもいい。普遍的な言葉でもいい。言葉がなくたっていい。

 

 コードが、ルートが、ビートが、リズムが、テンポが。その全てが一つを生み出し、グルーブを作り、世界中に広がっていく。

 

 誰かに歌われることを待っているもの(音楽)。八千代超えてなお胸に刻まれる大切な唄。遥か彼方、ふくろう星雲にだって広がっちゃうような、ポップで素敵で、ロックでクレバーで。懐かしいような、新しいような。恰好悪いくらいに格好良いような。無敵で最強な至高の旋律。

 私にとって音楽とはそういうものだった。

 

 まだ家族に笑顔が溢れていた頃、お父さん(酒寄朝久)は言った。

 

 

『彩葉、音楽は自由に楽しむもんやで』

 

 

 その言葉は、私の根底にあるものだった。

 隣にいたお父さんも、少し離れて座っていたお母さんも、お兄ちゃんも。みんな、皆笑っていた。暖かい空間だったその頃に、私に刻まれていたものだった。

 

 

 

 

 けど、運命は残酷だ。

 人にはどうにもならないことだって平然と起きる。どんなに気を付けていたって、天災のように神の気まぐれは現れる。

 

 

 

 

 2020年のある日。お父さんがいなくなった。

 

 と(・)あ(・)る(・)曲(・)を一緒に作ってから、いくつも経っていなかった。

 

 

 作曲家であり、ピアニストでもあったお父さんのお葬式には、沢山の人が集まっていたと思う。

 けど、すすり泣き、嗚咽し、声を詰まらせ、歔欷の声のみがホールに響いている。

 

 感情のない人形のように、けれど穏やかな表情で眠るお父さんを、私は泣きながら見つめていた。

 大切な音楽、約束を果たす為の音楽、永遠を歌う音楽、私の始まりのきっかけ。抱えきれないほどに、沢山与えてくれたお父さん。今も脳裏に甦る、暖かく笑うお父さん。そんなお父さんが、今、狭い棺の中眠っている。もう起きることのない狭い部屋で、眠っている。

 

 

 見つめることに耐え切れなくなり、現実が直視できなくなり、なんとなくお母さんの横顔を見る。

 何故か顔色一つ変えない母。ロボットを思わせるような無表情を貫く母。

 何かが決定的に変わってしまったのを感じた。お葬式の最中に、あれだけ穏やかに笑っていた母が変わったのを感じてしまった。

 

 

 そこからは、致命的に何かがずれていった。

 

 『やるんやったら"勝ち"に行け言うてるやんな』

 

 『どうせ目指すなら一番やないとあかん』

 

 『無理は怠けモンの言い訳や。私は私が出来たことしか言うてへんよ』

 

 

 数々の言葉。厳格な、全てを正論で押しつぶしていくような指導に、私は圧し潰されそうになった。

 私ができたと思っても、それを上から。もっと上を目指せと厳しく叱るその姿勢。頼りたいときに、頼れない、やり場のない気持ち。もどかしさ。何もしなくても涙が出てくるような、そんな状況に追い込まれていく。

 

 ヤチヨのAIチャットに助けを求めることもあった。心の支えにはなったけど、直接的な解決にはならなかった。

 

 

 決定的だったのは、ピアノの発表会の時だ。

 

 この会に向けて一人で課題曲を練習し、迎えた本番。初めての経験。一人で千人の前に立った初めての舞台。母親から、まるで睨まれるように見つめられつつピアノを弾く。

 最初こそは必至だった。上手く弾かなきゃとひたすらに動かした。感情を入れ込む余裕もなかった。

 

 けど……少しだけ楽しんでしまった。

 

 

 課題曲終盤。盛り上がってくる部分で、ミスをしてしまった。音を半音外してしまった。感情を入れすぎてしまった。

 気分が上がり、アップテンポになってしまった。早くなったことで、ミスタッチが表出してしまったのだ。

 すぐさまアレンジを入れ誤魔化した。自分のできる限りをやり切った。

 けど、審査員の前には無意味だったようで。

 

 『銀賞は、酒寄彩葉さんです! 参加者史上最年少ですごい結果となりました!』

 

 

 私は銀賞だった。司会の人に言われ、拍手を浴びる。

 約千人から浴びる拍手。参加者史上最年少という言葉。そして、達成感。壇上で賞状を受け取り、お母さんの元へと駆け寄る。

 

 いつもは厳格な母親だったけれど、少しくらいは労いの言葉をかけてくれるのではないか……。賞状を見せつけるように掲げ、自然にこぼれた笑顔を隠すことなく向けたその瞬間。

 

 

 『何わろてはるの。はなから二番三番を狙うんやったら何の努力も要らへんよ』

 

 

 それだけ、だった。

 

 

 

 

 

 

 そこからは、より精神的に追い詰められるようになっていった。

 自分を母から庇ってくれていた兄も、や(・)り(・)た(・)い(・)こ(・)と(・)を(・)見(・)つ(・)け(・)た(・)と言って上京してしまったし、合わせるように母親からの躾も苛烈になっていった。

 

 自分の中の何かが、すり減っていくのを感じる。

 削れてはいけないものが、小さくなっていくのを感じる。世界から彩が、なくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けど、けれど。

 

 

 

 

 

 私(・)は(・)音(・)楽(・)を(・)や(・)め(・)ら(・)れ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)

 

 

 指導の中でも弾くことはやめられなかった。

 縋るようにキーボードを叩いた時もあった。

 

 泣きながら弾いたこともあった。

 

 

 弾いていれば辛いも忘れられたし、その時の感情をそのまま曲にしたこともあった。

 

 けど、音楽を奏でて関係性が改善するような、アニメみたいな世界ではない。

 母親との関係は苦痛になっていたし、けれど嫌いにはなり切れないし。やり切って、一番をとってもまだまだ甘ちゃんだと言われる始末。

 

 

 そんな中、小学生から中学生になり。そして母と喧嘩して対立。東京の高校へ家出する形で、上京をすることになった。

 

 父方の祖父母の協力も経て、東京の立川のボロアパートで一人住むことになる。

 

 資金の援助もほぼ受けず、バイトをして切り詰める生活。学費と生活費を捻りだし、一応の目標である”東大合格”を目指し、勉強に励む日々。

 辛いことも多い。それに加えて、母親からの言葉が私を雁字搦めにしていく。

 母に認められなければならない。このくらい一人でやっていかなければならない。そんな感情が奥底にある。

 

 

 バイトして、勉強して。少しの間遊んで、推し活をして。睡眠時間も削り、妥協することなくこなしていく日々。

 そんな日々においても、私は音(・)楽(・)を(・)や(・)め(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)。

 

 

 お父さんとの思い出を。教えてもらった大切なものを手放したくなかった。

 大好きなものを、手放したくなかった。いつまでもどこまでも、この繋がりを離したくなかった。

 

 

 辛いことも多い。母親に縛られていることも感じる。寝不足だし、超ムリ限界ギリだけれど。

 

 

 

 

 

 四畳半のアパートで、一人私は鍵盤を叩いている。

 

 

 

 




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