夢のような演奏会を終え、興味の目と称賛の波を掻い潜り。私は、広場から抜け出してツクヨミのミーティングスペースへと逃げてきていた。
ヤチヨと目の前で話して、ヤチヨと超近くで演奏して。最後には、ヤチヨとハイタッチもしてしまった。冷静になって考えると、推しの過剰供給にも程がある。スマコンに『規定値を超える数値が検出されました』なんて表記と共に、警告のアラートが出まくってたけど、本当に強制ログアウトとかしなくて良かった。
昔の甘味処のような雰囲気だった。
茶塗面で、天然木の木目を活かした和風の机を基本として、屋内側の席と屋外側の二つがあった。どちら畳柄端っこまで詰められていて、その上に朱色の敷物が一つの席ごとに置いてある場所だった。紅色の和傘も、机と机の間に置かれている。
私は、屋外側の一番端っこの席にを陣取ることにした。川沿いに群生している桜、その花弁が舞うとても趣ある席だ。
少し覗けば紅い橋が渡された清流と、遥か先まで立ち並ぶ桜の木々。両方の岸から吊るされた優しく光る提灯。空を舞う花びらと、水面を流れる花筏。そのどれをとっても美しく、雅で、非常に落ち着ける場所でもある。
菫色の座布団に座って、芦花と真実へ『いつものところで待ってるね』とメッセージを送っておく。いつものとことは、このミーティングスペースの事であり。私達はいつからか、自然とこのミーティングスペースに集まることが多くなっていた。
メッセージの既読はすぐに付いた。『はいよー』『オッケー』という二人の返事を確認した後に。私は、顔を隠すように、腕で覆いながら机に突っ伏した。
──ああ。本当に最高だったな……。
推しと一緒に。好きな人と一緒に演奏するというのは、こんなにも楽しいことだとは。蹲りながら、顔の火照りを感じる。
小さい頃、お父さんと一緒にキーボードを弾いた時よりも、もっと上の段階であるような。演奏と歌がピッタリあった時とか、難しい部分を上手く弾けたとか、そういった感じではなく。
心と心が繋がるような。何も言わなくても、言いたいことが解ってしまうような。見えなかった物が、見えるようになったような。そんな感覚。
弾いているけど、もっと弾きたい。歌っているけど、もっと歌いたい。情熱というボルテージがどんどん上がっていくような感じだった。
──あかん。これはほんまに、ほんまにあかん。
何もしなくてもニヤケてしまう。嬉しすぎて、ニヤケてしまう。私は突っ伏したままの状態で、ニマニマとした……傍から見れば変な顔にも見える笑みを浮かべていた。
「やっほー、彩葉」
「遅くなってごめんねぇ」
集まる青白い光と共に現れる、二つの姿があった。
一人はROKA。芦花のツクヨミでの姿だった。へそ出しの和風と、ミニスカート、スパッツ。その上から灰色のクロップドパーカーを羽織っている。髪はレッドピンクになり、大きな三つ編みが腰まで伸びている。頭には牡鹿のような立派な角が生えているアバターだ。
腰には、真っ白なオコジョが入ったホルスターがつけられている。ペットととして触れ合えるアクセサリみたいなもので、主人の周りを歩き回ったり、簡単な反応を示したり、ご飯を与えると食べたりする。今も、ホルスターから顔を出して、周りをキョロキョロと観察していた。
もうひとりはまみまみ。真実のツクヨミでの姿は、和服と黄色いミニスカート。その上から、茶色のポンチョを羽織っている。髪は現実と同じような亜麻色だけど、大きなお団子のようなポニーテールになっている。頭には小さいモモンガの耳。そして特徴的なのは、衣服に着く食べ物の装飾だった。おにぎり、メロンパンに目玉焼きの髪留めと、欲張りセットだ。因みに、おにぎりとメロンパンは食べれるらしい。味はしないけど。
私はそんな2人に顔を上げて、「全然大丈夫だよ」と声をかける。
……大丈夫か、私。無意識ににやけ顔とかになっていないよね。感情表現が現実よりも大袈裟なツクヨミだから、ちょっとだけ不安だった。
「ねぇねぇねぇ!」
「彩葉、やっちゃったねぇ」
ボイスチャットを全体から個別モードにした途端、二人はぐいと顔を寄せてくる。2人とも、なんだかニヤニヤしながらウィンドウを操作して、こちらに向けて飛ばしてきた。
渡されたのは、SNSのとある投稿ページだった。
動画ファイルの投稿で、再生時間は大体4分くらい。なんか見た事ある広場に、なんか見た事あるピアノ。小さいミニヤチヨと、見たことある狐のアバターがピアノを弾いてて……って。
「これ私じゃん!?」
ウィンドウに張り付く。どこからどう見ても、私だった。つい先程、夢のような演奏会をしていた私だった。
動揺して、画面をのめり込むようにして覗き込む。わなわなと震えて、ウィンドウをガッツリ掴んで、状況が分からない私に、二人は屈託のない笑顔を浮かべて言う。
「彩葉、やっぱり凄かった~!」
「おっきいピアノ弾いてる彩葉、かっこよかったよ」
『ねー!』
「あ、ありがとう……」
じゃなくて。
この二人、褒め殺しにでもしてくれるのだろうか。純粋な評価をしてくれた2人に私はちょっと絆されながらも、何とか本命に舵を切り戻す。
「これ! なんでこんなのが投稿されてるの!」
私があげたならともかく、知らない第三者からの投稿。しかも、再生回数とかコメントも結構着いてしまって、もう後には引けない感じだった。
……というか、誰だ
「凄いもの見た人がそれをSNSに投稿して、それがバズるっていうのはよくあるよね」
「そーそー。私達も、動画とかの切り抜きがプチバズしたーってのは結構あるし」
と、経験者二人は語っているが。動画投稿者でもなく、バズ経験者でもなんでもない私は気が気でないのである。
ちょっと前の、
演奏についてや、私のアバターについて。ヤチヨと演奏した私を、ライバーかヤチヨの関係者なのかと聞いてる人もいた。
……あれ、この"忠犬 オタ公"って名前の人。さっき1番前で拍手しまくってた人だよね。先程見たアバターと、アイコンがものすごく一致してる。
コメントも、『恐らくライバーではないかと! 通りすがりのものすごく楽器が上手な人だと思います!』だって。なんだ、通りすがりの楽器上手い人って。
「ねぇ、彩葉」
真実の言葉に、私は顔を上げる。
期待の入り交じったような、何かを企んでいるような。そんな表情で私に怪しい笑顔を向けてくる。
「私、思ったんだけどさ。彩葉音楽好きなんでしょ?」
何を今更。私にとって音楽とは、切っても離せないようなものだ。
お父さんとの繋がりを感じさせるものであるし、引き継いだ形見のようなものでもあるし。お母さんに言われても、離さなかった大切なものだし。今の所、唯一私にとって
「でも、どっかに発表したりとか。そんなことはしてなんでしょ?
「それは、まぁ……」
芦花に言われてそう返した。
時間があまり無い、というのは大いにあった。勉強して、学校行って、バイトして勉強して。合間合間に入る
「じゃあさ……」
芦花と真実が互いに見合って、頷き合う。
そして、言われた言葉に私は思わず言葉が漏れてしまった。
「彩葉、動画投稿してみない?」
「…………へ?」
※いつも誤字脱字等のご報告、ありがとうございます。