尚、原作まではまだまだかかる模様。
私を
元々、兄は外でサッカーをやることが好きなやんちゃ少年だった。イタズラ好きで、私も幾度となく軽い被害を受けていた。
けど、お父さんの死後。兄は、サッカーを辞めて家に居るようになって。母親と衝突して小さくなった私を、"キョーダイ会議"という名目で、ゲームに誘ってくれたりして。そんな兄を、私はお父さんみたいに慕うようになって。そんな、頼れる存在だった。表には出せなかったけど、心の内では支えになっていた。
けど、兄は。
兄は、
母親からの
だから、私は兄の行動を追うことにした。
幸い兄は、プロゲーマーとしての活動をしつつ、配信活動も積極的にやっていた。
家にひとり残されて、逃げることができる場所と特に家で遊ぶこともなくなった私は、アバター越しではあったけど兄の姿を見ることができた。
そこで、私は改めて思った。真剣な表情で、相手を打ち倒す姿。負けて、心の底から悔しそうな顔。ギリギリで勝って、花が咲くような笑顔を浮かべるお兄ちゃん。
そんな、"今を生きている"。そんな表情を見て、私は思った。
──ああ、お兄ちゃんは。本当にやりたいことができたんやなって。
数年前のあの日。いつものように母親に
自分の今の、暗くて深い、寒くて凍えそうな気分を払拭したくて、思うがままに弾いていた。
既存のメロディ、フレーズを一切無視して、心から溢れる思いみたいなものを弾く。そうすることで、この鬱屈とした気分を少しでも払拭できる気がした。完全になくならなくても、ちょっとだけ消えてくれるならそれで良かった。
そんな時だった。お兄ちゃんが、私の部屋のドアをノックした。
どんよりとした空気は、部屋から出ていった。閉じられたドアを開けてくれたことで、そんな空気は薄れていく。
「彩葉。お兄ちゃん、色々考えたんやけどな」
──東京に行くことに決めたん。
その後は、色々理由を言っていたと思う。プロゲーマーになりたいとか、自分はこうなりたいとか。今入ってるチームメイトが、ちょっと大変だとかも、言ってた気がする。
だが、言われた私はそれ所ではない。あの時は、お兄ちゃんに置いてかれる、捨てられるだなんて思って、わんわん泣きついていた。
行かないで、とか。一緒に行く、とか。今思えばめっちゃ恥ずかしいな。
そんな私を見て。お兄ちゃんは、頭を撫でながら言った。優しく、温かく、私よりも大きな手で包み込みながら言った。
「お兄ちゃんな、どうしてもやりたいことができてん。でも、それには東京に行かなきゃいけないんよ。……東京に居ながら、
諭すように、当時の私にもわかるように言葉を紡ぐ。その間も、私のことを優しく撫でてくれている。
「お兄ちゃんにもな、ようやくやけど。……
──だから、ごめん。お兄ちゃん、東京に行かなきゃいけん。
撫でる手をやめて、私の両肩へ手を置く。
涙ぐむ私を、お兄ちゃんよりも幾分も小さい私を。お兄ちゃんはその真っ直ぐな双眸で見つめてくる。
「でもそれは。彩葉のことを捨てたとか、大事じゃないってことやないから。やる事やって、やり詰めて。てっぺんまで登ったら、また助ける」
真剣な表情に、私は魅入ってたんだと思う。人の輝きみたいなものを、覚悟を、見せられたんだと思う。
私は、邪魔しちゃいけないなって、思った。
心の底から大切なものがあるなら、それを守って、育てて。意味のあるものにしなければいけないなとも思った。
だからこそ、お兄ちゃんは東京に行くべきだと思ったんだ。
──まぁ、彩葉のことやから。案外助ける必要無いかもしれへんけどな?
そう言って、揶揄うように笑ったのを覚えている。
涙を浮かべながらも。いつもの調子で言い放ったお兄ちゃんに、私は少しだけ笑うことができていた。
「……お兄ちゃん」
思い出とともに、言葉が漏れ出した。
そういえば、大分連絡を取っていなかった。私の我儘で、邪魔してはいけないなという気持ちがあったから、連絡を取ることはなかった。
お兄ちゃんから、最初の方に何回か来たっきりだ。ここ数年は特に、連絡すらない。けど、元気にやっている。
最後に見た配信では、何故か黒鬼の俺様キャラになっていたけど……いや。本当になんで?
──お兄ちゃん。私は、今の所、大丈夫。
お母さんには、まだ言えないけど。譲れないものは、まだできていないけど。少なくとも、やりたいことはできたよ。
私もいつか、私には"譲れないものがある!"って。言いきれたらいいなぁ。
そんな、届かない思いを持っておく。
届かないけど、手紙のようにしたためて。いつか言えるようにポケットに閉まっておこう。
「ね、彩葉。大丈夫?」
「具合悪い?」
コメントを見て、固まっていた私を心配してくれたようだった。
芦花と真実は、不安そうな表情を浮かべて私のことを覗き込んでくる。
「ううん、大丈夫。ちょっと……そう。昔のこと思い出しちゃって」
なんでもない。そう誤魔化して、私はタコライスを口に運んだ。
当時、鬼いちゃんに求めたのは兄としての庇護、緩衝材、同じ境遇を持つ友人のような存在。お母さんに求めたのは限りない愛情、だったけど……。それはヤチヨに成り代わったって感じです。
この世界線では、鬼いちゃんはうまくやりましたね。まぁ、それが救いになるかは別だけど。
・酒寄朝日が、上京前に彩葉と話し合いをする