酒寄彩葉は音楽が好きだ。   作:冴月

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16話でようやく鬼いちゃん登場。

尚、原作まではまだまだかかる模様。


15

 AKIRA(アキラ)。私の兄、酒寄朝日の昔のユーザー名。

 

 

 私を母親(酒寄紅葉)との緩衝材だった人。反りが合わなくなって、折り合いが悪くなった私と母との間を仲裁してくれた人。

 

 元々、兄は外でサッカーをやることが好きなやんちゃ少年だった。イタズラ好きで、私も幾度となく軽い被害を受けていた。

 けど、お父さんの死後。兄は、サッカーを辞めて家に居るようになって。母親と衝突して小さくなった私を、"キョーダイ会議"という名目で、ゲームに誘ってくれたりして。そんな兄を、私はお父さんみたいに慕うようになって。そんな、頼れる存在だった。表には出せなかったけど、心の内では支えになっていた。

 

 けど、兄は。

 

 兄は、や(・)り(・)た(・)い(・)こ(・)と(・)が(・)で(・)き(・)た(・)と言って先に家を出ていった。

 

 母親からのお小言(躾)をのらりくらりとかわせるような人だったから。曖昧な回答で、誤魔化して和らげる人だったから、私みたいに折り合いが悪くなるようなことはなかったと思う。

 だから、私は兄の行動を追うことにした。や(・)り(・)た(・)い(・)こ(・)と(・)の中にある真意を知ろうとして。ただ、今の環境から抜け出しただけではないと、嫌な私の考えを否定する為に。

 

 幸い兄は、プロゲーマーとしての活動をしつつ、配信活動も積極的にやっていた。

 家にひとり残されて、逃げることができる場所と特に家で遊ぶこともなくなった私は、アバター越しではあったけど兄の姿を見ることができた。

 

 そこで、私は改めて思った。真剣な表情で、相手を打ち倒す姿。負けて、心の底から悔しそうな顔。ギリギリで勝って、花が咲くような笑顔を浮かべるお兄ちゃん。

 そんな、"今を生きている"。そんな表情を見て、私は思った。

 

──ああ、お兄ちゃんは。本当にやりたいことができたんやなって。

 

 数年前のあの日。いつものように母親に躾(・)をされた私は、自室でキーボードに縋っていた。

 自分の今の、暗くて深い、寒くて凍えそうな気分を払拭したくて、思うがままに弾いていた。

 既存のメロディ、フレーズを一切無視して、心から溢れる思いみたいなものを弾く。そうすることで、この鬱屈とした気分を少しでも払拭できる気がした。完全になくならなくても、ちょっとだけ消えてくれるならそれで良かった。

 

 そんな時だった。お兄ちゃんが、私の部屋のドアをノックした。

 

 どんよりとした空気は、部屋から出ていった。閉じられたドアを開けてくれたことで、そんな空気は薄れていく。

 

「彩葉。お兄ちゃん、色々考えたんやけどな」

 

──東京に行くことに決めたん。

 

 その後は、色々理由を言っていたと思う。プロゲーマーになりたいとか、自分はこうなりたいとか。今入ってるチームメイトが、ちょっと大変だとかも、言ってた気がする。

 

 だが、言われた私はそれ所ではない。あの時は、お兄ちゃんに置いてかれる、捨てられるだなんて思って、わんわん泣きついていた。

 行かないで、とか。一緒に行く、とか。今思えばめっちゃ恥ずかしいな。

 

 そんな私を見て。お兄ちゃんは、頭を撫でながら言った。優しく、温かく、私よりも大きな手で包み込みながら言った。

 

「お兄ちゃんな、どうしてもやりたいことができてん。でも、それには東京に行かなきゃいけないんよ。……東京に居ながら、ここ(実家)に居ることって、無理やろ?」

 

 諭すように、当時の私にもわかるように言葉を紡ぐ。その間も、私のことを優しく撫でてくれている。

 

「お兄ちゃんにもな、ようやくやけど。……譲(・)れ(・)な(・)い(・)も(・)ん(・)ができたんよ」

 

 ──だから、ごめん。お兄ちゃん、東京に行かなきゃいけん。

 

 撫でる手をやめて、私の両肩へ手を置く。

 涙ぐむ私を、お兄ちゃんよりも幾分も小さい私を。お兄ちゃんはその真っ直ぐな双眸で見つめてくる。

 

「でもそれは。彩葉のことを捨てたとか、大事じゃないってことやないから。やる事やって、やり詰めて。てっぺんまで登ったら、また助ける」

 

 真剣な表情に、私は魅入ってたんだと思う。人の輝きみたいなものを、覚悟を、見せられたんだと思う。

 

 

 私は、邪魔しちゃいけないなって、思った。

 心の底から大切なものがあるなら、それを守って、育てて。意味のあるものにしなければいけないなとも思った。

 

 

 

 

 だからこそ、お兄ちゃんは東京に行くべきだと思ったんだ。

 

 

 ──まぁ、彩葉のことやから。案外助ける必要無いかもしれへんけどな?

 

 そう言って、揶揄うように笑ったのを覚えている。

 涙を浮かべながらも。いつもの調子で言い放ったお兄ちゃんに、私は少しだけ笑うことができていた。

 

 

 

 

「……お兄ちゃん」

 

 思い出とともに、言葉が漏れ出した。

 

 そういえば、大分連絡を取っていなかった。私の我儘で、邪魔してはいけないなという気持ちがあったから、連絡を取ることはなかった。

 お兄ちゃんから、最初の方に何回か来たっきりだ。ここ数年は特に、連絡すらない。けど、元気にやっている。

 最後に見た配信では、何故か黒鬼の俺様キャラになっていたけど……いや。本当になんで?

 

 

 

 ──お兄ちゃん。私は、今の所、大丈夫。

 お母さんには、まだ言えないけど。譲れないものは、まだできていないけど。少なくとも、やりたいことはできたよ。

 

私もいつか、私には"譲れないものがある!"って。言いきれたらいいなぁ。

 

 

 

 そんな、届かない思いを持っておく。

 届かないけど、手紙のようにしたためて。いつか言えるようにポケットに閉まっておこう。

 

「ね、彩葉。大丈夫?」

 

「具合悪い?」

 

 コメントを見て、固まっていた私を心配してくれたようだった。

 芦花と真実は、不安そうな表情を浮かべて私のことを覗き込んでくる。

 

「ううん、大丈夫。ちょっと……そう。昔のこと思い出しちゃって」

 

 なんでもない。そう誤魔化して、私はタコライスを口に運んだ。




当時、鬼いちゃんに求めたのは兄としての庇護、緩衝材、同じ境遇を持つ友人のような存在。お母さんに求めたのは限りない愛情、だったけど……。それはヤチヨに成り代わったって感じです。

 この世界線では、鬼いちゃんはうまくやりましたね。まぁ、それが救いになるかは別だけど。




・酒寄朝日が、上京前に彩葉と話し合いをする

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