酒寄彩葉は音楽が好きだ。   作:冴月

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Introduction
①


 上京して1ヶ月経った。

 

 この四畳半の、私のホームに彩りを与えるべく、生活必需品を買う必要があった。

 家から持ってきたのは、少しばかりの衣類。推し活グッズと、ノートPC、スマホ、大切なキーボード。そして、寝るための布団だけ。

 なけなしの資金を元にリサイクルショップを回って、なんとか必要最低限の家具を揃え。今を優先して100均で揃えるか、長く使える耐久性を見て少し値の張るものを買うか。そこの吟味をしつつ日用品を購入する。

 

 端から足りないものを揃えていくと、1ヶ月の間で、あっという間に資金が尽きかけていた。学費を払う為にも、この先生きていく為にも。とにかくバイトを……。働かなければいけない。

 

 可能な限りシフトに入れて、尚且つお給料がいいものがいいだろう。深夜帯は年齢的に出来ない為、コンビニとか居酒屋はパス。できれば賄いとかがあると、非常に助かる。

 

「うーん……」

 

 学校の昼休み。節約弁当で早々に昼食を済ませ、スマホの求人票と睨み合う。AI診断によって弾き出された"あなたへのおすすめ!"は、どうにも微妙だった。目を止めることもなく、ただ下から上へ指を動かしていくだけだ。

 

 唸りながら、スクロールを続ける。確かに、いくらでも、求人は転がっているのだが……。

 

「パッとせえへんなぁ……」

 

 慣れた方言で、ボヤキが盛れる。結局、昼休みの間目一杯を使っても決まることはなく、授業開始のチャイムが鳴ることになる。

 

 

 

 

 

☆

 

 放課後。私は三人でカフェへと向かっていた。

 共に向かうのは、こっち(東京)で新しくできた友人である、綾紬芦花と、諌山真実だ。二人とも近くの席で、一人上京してきた私を心配し、何かと声をかけてくれた優しい二人だった。

 

 芦花は、高身長でスラッとしたモデルさんみたいな美人さんだ。明るいピンクブラウンの髪が流れるように伸び、キューティクルが剥がれているところなんてひとつもない。毛先だけカールしているのもポイントだった。

 スっと立った鼻先に、整った綺麗な顔立ち。キリッと立った碧色の瞳が、なんとも目を惹く。美容系インフルエンサーをやっているという事だが、納得のできる容姿だった。

 ちょっとギャルっぽいところもあるけど、上京してすぐの私を、初日から気遣ってくれる繊細な優しさは、共に過ごす学校生活の中でひしひしと感じている。こんな高嶺の花みたいな芦花と、友達になっていいんだろうか……って、まだ思ってしまう。

 

 真実は、ちょっと小柄で可愛らしい子だ。亜麻色の髪を背中まで伸ばし、癖っ毛の様だけど片側だけ三つ編みにしてチャームポイントに変えてしまってるのが可愛らしい。

 垂れ目の金茶色の瞳と、常に笑顔を浮かべている愛らしさが辺りに暖かな雰囲気を与えてくれる。見た目にそぐわずグルメ系インフルエンサーをしているからか食べることが好きで、毎度の昼食の量と彩り、豪華さはインパクトが強い。

 マイペースのようで、根はしっかり者。一人暮らし初心者の私に、おすすめのドラッグストアとか、スーパーとか、飲食店を度々教えてくれる。なんとも頼もしい友人で、なんでこんなに色々考えてくれるんだろう……って、感謝と度に不思議に思ってしまう。

 

 そんな私には相応しくないくらい素敵な。けれど、とても居心地の良い二人と共に並木道を歩く。

 今年は気圧配置の影響とかで、桜が咲くのが遅かった。新緑で溢れる並木道には、どこからか流れてきた桜の花びらが、ヒラヒラと舞踊っている。

 彩り溢れた遊歩道を、私はふたりに案内されながら歩く。

 しばらく歩いていくと、不意に真実が「あっ!」と声を上げた。

 

「ここだよ。私おすすめのとこ~」

 

「へぇー……。めちゃくちゃ雰囲気良い所だね!」

 

 少し先をいく真実に手をひらひらと招かれ、後ろを歩く芦花に優しく背中を押され、カフェの全貌が見えてくる。

 

 そこは、緑に溢れたカフェだった。

 大小数々の鉢植えに植えられた、緑が鮮やかだった。そよ風に揺れるハゴロモジャスミンからは、甘く、フローラルな香りが。足元に植えられた鈴蘭には、清らかでスッキリとした上品さがあった。ガーデンカフェ、もはこういった場所のことだろう。

 

 大きく開けた窓からは、店内の様子が伺える。アンティーク調の家具や、小物。センスのいい調度品が置かれたソファ席と、気軽にくつろげるカウンター席、テーブル席が所狭しと並べられていた。

 

 ───生まれてこの方、こんなオシャレな隠れ家カフェになんて、入ったことあらへん……!

 

 そんな感想がまず先に出てくるような所だった。

 

 そんな心中を気にすることも無く。相変わらず、芦花と真美に手を引かれつつ、カフェに入る。

 店内に入ると、まず先に芳ばしいコーヒーの匂いが鼻をくすぐった。コーヒーミルで荒く、挽いたような芳醇な香りは、間違いなくこのお店が当たりなことを予感させる。

 次に感じたのは、フルーツのような甘い香り。それと、チーズを焼いたような食欲を唆る匂い。ちょうど夕方近い事もあって、早めのディナーを取る人やアフタヌーンを楽しんでいる人が混ざり合う時間だった。

 

 慣れない経験からキョロキョロと辺りを見渡している内に、私達は、壁際にあるソファ席へと案内された。

 

 可愛らしいクッションが置かれたソファ席の、柔らかい感覚に少し落ち着きの無さを感じながら座る。

 まず先にお冷が出され、おしぼりが並べられる。皮のカバーで作られた小洒落たメニュー表が店員によってテーブルに置かれ、去っていく。落ち着いた雰囲気の中で、三人だけの空間が出来上がった。

 

 もらったメニューをパラパラと捲る。写真付きで、料理名と簡易的な説明が書かれたそれは、シンプルながらにわかりやすい。ただ……、その……。

 

 ───ちょ、ちょっと高い! 限界高校生には敷居が高過ぎる!

 

 端っこの方のサイドメニューに。価格が安めの小物に目がいってしまう私だった。というのもしょうがない。今の私にはお金がなかなかにピンチなのだから。

 

 

 

 けど、ここで頼まないのもなんだか違う。

 勉強も、生活も。遊びだって、音(・)楽(・)だ(・)っ(・)て(・)、手を抜かずにいくと決めたのだ。ここで日和っててどうする酒寄彩葉。

 

「うーん、どれも捨て難いね……」

 

「私のおすすめは、このコルテッツァチーズケーキだよ~。ご飯も美味しいけど、この香ばしいバスクチーズケーキが特に美味しいんだ~。フワフワで、トロトロで……ふふふ」

 

 なんともそそる食レポを披露する真実。10万人規模のグルメインフルエンサーの名は、伊達じゃない。

 よし、真実がそこまで言うなら乗ってみようかな……?

 

「えっと。それじゃあ私、プレーンのチーズケーキで」

 

「私はラムチェリーのチーズケーキ」

 

「私は……。皿盛りショートケーキとショコラチーズケーキで!」

 

 ───ふたつも食べるんかい! 

 

 そんなツッコミが自然と零れた。三人と顔を見あって、笑い合う。少し前では考えられない、幸せな。ゆっくりと流れる時間だった。

 なんて事ない話をして、笑う。この先の事を語り合う。まだ知らない趣味の話とか、まだ知らない趣味のこととかを話す。相手のことが知れる度に、もっと知りたくなるし、もっと好きになっていく。

 

 この感覚。余裕があるときにしか得られない、絆が深まるような感覚は、ほかの何にも例えられないものだった。

 

 

 ───こんな時間が、ずっと続けばいいんやけど。

 

 自身が置かれた状況を見るに、こんな時間が取れるとは思っていなかった。

 考えなきゃいけないこともあるし、勉強もしなくてはいけない。バイトも決めなきゃいけないし、お金のことだって考えなきゃいけない。

 

 

 

 

 けど、けれど今だけは。

 始まったばかりのこの現在(いま)だけは。

 

 

 ほんの少しだけ。もう少しだけ、このままでいたい私だった。

 




ちなみに、ストックはゼロなので二日連続投稿できたのは奇跡です。
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