ショートケーキは、私だけじゃなくてみんなで味わった。
楽しい思い出を皆に話して、
チーズケーキとは違う、ホイップの夢のような甘さに三人とも絶賛だった。是非ともまた頼もうと決めた所だった。
食後の珈琲やお茶を頂く頃には、もうかなり日が傾いていた。
窓から差すように赤く、紅い朱色の日が入る。窓の外にはほおずきのように染まる新緑。染まる店内と、少し前に流れ出した優しい店内BGMが相まって、とても雰囲気が良い。
「そういえば、彩葉の得意な事ってなんなの?」
紅茶を口につけながら、芦花が言った。
あれだけ癒しの空間を過ごしておきながらも、心の素が出るような顔ができるような二人だとしてもまだ出逢って1ヶ月くらい。知らないことの方が多い。
そういえば、二人の事ばかり聞いて自分のことはなんにも話とらんかったな、と彩葉は独りごちた。
「んー……。得意、って言えるかは分からないけど。ゲームとかは小さい頃よくやってたなぁ」
「へぇ、彩葉がゲームかぁ。てっきり、勉強ばっかりしてるもんだと思ってたよ」
青リンゴ香る紅茶を両手で包んで、ちびちびと飲む真実。「私達もよくゲームやってるんだぁ」と、続ける。
「最近だとほら。"ツクヨミ"の"KASSEN"とかめちゃくちゃ流行ってるじゃん。私達、配信でもプライベートでもよくやってるんだよね」
「ねね、彩葉も一緒にやろうよ。勉強とか忙しいかもだけど、一緒に息抜きしよー」
スマコンを何とか手に入れたはいいものの、実家ではあまり公にゲームをすることも出来なかった。ちょっとゲームしていると「甘ちゃんやね」と言われるし、頑張って勉強して、テストで100点を取っても「もっとやれるやろ?」と帰ってくる。褒める事なんて、ほぼ無い。そんな生活だったから、長時間拘束されやすいゲームとは、自然と離れていった。
ちょっとだけ、"お母さん語録"を思い出してしまう。珈琲のほろ苦さで中和するように、一口だけ啜った。
「……うん、良いよ。今日ちょうど金曜日だし、帰ったらやろっか」
小さい頃以来、まともにゲームするの本当には久しぶりだ。"本物のエリートは遊びすら全力を尽くす"という理念の元、全力で楽しもうと決めた彩葉だった。
まぁ、変わらず。資金の問題は解決していないけれど……。ちなみに夕飯は格安豆腐一斤確定だった。お金が無いのよ……。
「あとは、そうだね。……音楽、とかかな?」
自然と、自分の中で譲れないものが自然と零れて言った。
小さい頃から、親に指導されながらも、辞めることのなかった音楽。音を奏でること、自分の思いを音に載せること。弾きたい時に、奏でたい時に弾きまくる私の感情表現。既存の楽曲をなぞることもするし、時には曲を作る事もあると。基本はキーボードを家で弾いたりすることを、私は伝える。
「ちょっと聞いてみたいかも。彩葉の演奏」
芦花から期待の眼差しを浴びる。
……ううっ。最近、感情のままに弾きまくってたから、ちょっと恥ずかしい。自分の素が見られるかもしれないと思うと、すっごい恥ずかしい。自然の趣味を言うだなんて、慣れたことしてないから、迂闊なことを言ったのを今更後悔してきたぞ……。
私は、誤魔化すように、頼んだ珈琲を飲んだ。何も入れてない、真っ黒な珈琲は、少し覚めてしまっていた。
「えっ、いやぁ。そんな、ちょっと恥ずかしいな……」
「自分で作れるくらいなんだから、さぞかしお上手なんでしょ~?」
ほら! と真実が不意に後ろを指した。芦花と共に視線がそちらへ向いた。
そこにあったのは、小さなアップライト・ピアノだった。
木製で、温かみのある外観。このお店のアンティーク調に似合うインテリア性を持つピアノが、隅に静かに佇んでいる。
「弾きたい方は、店員までお知らせください……だって。彩葉、どうする?」
ピアノの下の方に、立て看板でそう書いてあった。
芦花と真実伺うようにこちらを見てくる。何かを期待するような、楽しみなような。ちょっと輝いている瞳も相まって、なんとも断り難い。
……ええい、こうなったら、思う存分やってやろう。例え拙かったとしても、ミスしまくっても、この2人なら大丈夫だ。やったれ、酒寄彩葉……!
店員に声をかけて、ピアノを弾く許可を貰う。しばらくの間弾いていた人は居なかったようで、最初こそ驚かれたものの、すぐに快諾してくれた。
小型だが、コンサートホールに置いてあるようなタイプのベンチ式の椅子に座る。カバーを上げて、調子を確かめるべくいくつか鍵盤を押してみた。
ぼーん♪ ぽーん♪ ぴーん♪
1番左の鍵盤を押す。儚くも、低く響く低音が拡がっていく。じんわりと、ゆっくりと。けれど確実に消滅へ向かっていく。
真ん中くらいの鍵盤を押す。低くもなく、高くもない、丁度いいくらいの音。
1番右端。硬い木を叩いたような音がした。一番早く、一番焦っているように、消えていく。一番響くけど、一番寂しい音、と私は常々感じている。
「……うん。これなら行けそう」
芦花と真実へ親指を立てて合図する。二人も立て返してくれて、スタートの合図は充分だった。
後は、何の曲を弾くか。と言うだけなのだが……。
「……そうだ」
───Remember。うん、これが良い。
大人気AIライバーであり、私の最推しでもある『月見ヤチヨ』のデビュー曲。仮想空間『ツクヨミ』の管理人。配信だけでなく、ライブも定期的にやってくれる、アーティスト。
私の事を、小さな頃から魅了してきた女性だ。いくら怒られようと、いくら指導されようと。耐えることができたのは、彼女のおかげと言っても過言では無い。眩しい日々、微笑む明日は必ず来ると。光が少ない、夕暮れが来たとしても、必ず明日は来ると。あなたの世界は、どこまでも続いていくんだよと言う言葉に、何度救われただろう。
明日を迎える為の歌。未来への歌。大切な歌。耳をすませばいつだって聞こえる、大切なメロディ。この演奏だって、私の東京に来た上京デビューみたいなものだ。芦花と真実、そして僅かばかりの不特定多数へ披露する初舞台。私は深呼吸して、始まりの一音に指を乗せた。
「……それじゃあ、いきます」
───大切なメロディは、流れてるよ。あなたのハートに。
私の内を、心に。確かに流れるメロディを、今解き放つ。
奇跡の4日連続。
多分、そろそろ間空くかもです。