もしかしたら、修正入るかもです。
ツクヨミの空は、いつだって満点の星空だった。
有限だけど、無限でもあった。限界はあるけど、無尽蔵だった。キラキラした思い出を薄く引き伸ばしたような"楽しさ"ではなくて。沢山の愛おしい思い出で上書きしていくような、そんな雄大な星原だった。
ログインの時、ヤチヨと共に現れる星々と、鳥居、水鏡。星は水面に煌めき、まるで万華鏡のよう。個々によってその楽しみは多面生を持ち、飽きさせない魅力があり、どこかふわふわとした掴みどころなの無い幻想的な世界。それがツクヨミだった。
ツクヨミの入り口。入ってすぐに、紅く、朱塗りの反り橋が門の前にある。おおよそ数十メートルにも及ぶ大きな橋を、一歩一歩、この世界をしっかりと感じ取るかのように踏みしめていく。
ちょうど中央を超えたあたりから、平安時代の寝殿造が多く、高く立ち並んでいるのが見える。瓦葺の屋根が見上げる程積まれているが、鼻隠しの所に淡い色の提灯が吊るされていて、以外と暗くない。
そんな中でも、いちばんの大きさを誇るのは通称'ヤチヨ城"と言われる城だった。五重塔……いや。五重どころか十重くらいある様な、巨大な城。人々が一番見上げて、一番星に近いところで。一番祈りを捧げるような場所。そんな場所に、私の推しである"月見ヤチヨ"はおわしている……という噂だ。
そんなツクヨミの街道を、私は目的もなく歩いていた。宙を泳ぐ、深海魚のような幻想的生物と飛行船。白く、吸い込まれそうな満月。桜舞う街道、屋根と屋根を伝う吊り提灯。魅力的で、夢幻的なアバターの人々。私と同じ狐だったり、猫だったり、うさぎだったり。その全てが目を惹かれるような衣服を纏っている。
そんなクリエイターと、それを楽しむユーザーの数々。ふたつが織り成す爽やかな喧騒と、並ぶクリエイティブな商品の数々。人形だったり、アバターに付けられるアクセサリだったり、衣服だったり。人々の創造力が続く限り、全ての想像的行為が許されている。
この後、ログインしてくるはずの二人を待ちながら、散策する。何となく黄色の兎モチーフのぬいぐるみを手とってみたり、ヤチヨの影を感じてメンダコモチーフのアクセサリを弄んだりした。見るもの見るものが数日単位で移り変わるこの露店は、本当に面白いものがいっぱいだった。
ちなみに、ツクヨミNPCからの物の購入は基本的に無料である。貧乏苦学生の私には嬉しい仕様をしていた。
私は何となく、和服の猫耳NPCからラムネを買って、口にした。もちろん、味はしない。
ツクヨミには触覚と味覚、嗅覚は存在しない。ゲーム内にある見た目と、音を楽しむものだった。多分、そもそもの技術的問題とか、実際に食べていないのに満腹中枢を刺激するのはどうなんだとか。そんな理由があるのだと思う。味はしなくとも、青色で、炭酸弾けるラムネを見て思った。無数に上がっていく気泡を見るだけで、何となく落ち着いた気分になれた。
『ピンポンパンポーン! 突然だけど、サプラーイズ! ツクヨミ運営からのお知らせでーす♫』
突如として、響き渡る声があった。楽しげに、弾んでいる透き通った美しい声。言葉の後すぐにでもからから笑ってしまうようなアナウンスをしたのは、この仮想世界"ツクヨミ"の管理人、月見ヤチヨだ。
私を含め、周りにいた人たちが空を見上げた。ちょうど、星が散らばる空に、超巨大なスクリーンが映し出されていた。ツクヨミ全人口に届くように、何枚も展開しているようだ。
ヤチヨの声に続いて、相棒であるふわふわゴマフビロードウミウシのFUSHIが可愛らしい声で言う。
『町小路の端っこ、四方にある広場にストリートピアノを置いたよ! ピアノだけじゃなくて、ギターとかドラムとか、二胡とかバグパイプとかもあるよ! みんな演奏してみてね!』
『ヤッチョも見に行くかもよ~?』
スクリーンに町小路周辺の地図が現れる。FUSHIデザインのマーカーが町中央から四方に流れていき、東西南北の四方にある広場へと到着する。
最後に広場の画像がポップした。前まで何もないながら、草原と、星空を望める景色良い落ち着ける場所だったが、草原の中心が草刈りされてピアノが置かれている。まるで観客席になるかのように、切り株とか四角く切り取られた岩がポツポツと設置されていた。
『あと、来週水曜日はツクヨミメンテナンス日だからね! 終わるまでログインできないから皆お気をつけ♪』
───それじゃ、さらばーい♪
最後は、ヤチヨの声で締めくくった。相変わらず、いつだって楽しそうで、嬉しそうで、ゴキゲンで、歌ってしまいそうなくらい。底なしの明るさがヤチヨにはあった。きっと、スクリーンの裏ではケラケラ笑ってるんだろうなと、少し微笑ましくなる。
それはそうと、水曜日はメンテ日でログイン不可。ちゃんお覚えておこう。
心の中のスケジュール表にきちんとメモを取る。ツクヨミに入れない間、勉強でもしてるか……、と。代替案まで考えていると、周りからサプライズの感想が耳に入ってきだす。
「ヤチヨこういうの好きだからな~」
「ストリートピアノだって! 見に行ってみようよ!」
「誰か弾いてるかなぁ」
周りにいた人々が、揃ってストリートピアノのある広場へと向かう。楽しげで、何か起きてくれるだろうという期待感で、皆声が弾んでいる。
このままラムネを弄びながら、芦花と真実を待とうとしたけど、ちょっと気になる。フレンド欄にあるオンラインマークを確認してみるも、二人はまだオフラインのままだった。
……うん。まだ時間ありそうだし、ちょっと見に行ってみようかな。
別に自分が弾くつもりが無いわけじゃない。けど、けれど、沢山の人の前で弾くのはちょっとだけ抵抗があった。主に邪魔しているのは、私自身の羞恥心である。
なんだかんだ、大勢の前で音楽をしたのは、小さい頃のコンクール一回しかない。芦花、真実には最近披露したけど、大勢の前で奏でるには度胸がなかった。楽しみたいけど、楽しめなくなるのが嫌だった。
「……ちょっとだけ、見に行ってみるか」
それでも、私は音楽を嫌だとは言いたくない。私はラムネをインベントリに入れながら歩き出す。
興味本位と、人が少なくなったら弾いてみようかなという淡い期待。そんな思いを巡らせながら、私はピアノへと向かった。