隣に住む高嶺の花な同級生が気づいたら子持ちライバーになってた 作:Tmouris_
「どぅるるるカニ!どぅるるるうさぎ!」
「はいはい、可愛い可愛い」
こんなほのぼのとするやりとりをする二人を見ていると、俺は心が痛む。
だって……このライブが終わったら、かぐやは全てを思い出して――卒業ライブで月に帰ってしまうんだから。
「月夜なんかテンション低くない?緊張してんの?」
「そりゃするだろ!俺がどんだけこの舞台を夢見てたか」
やちと一緒にライブをするのは俺の昔からの夢だった。それが、ついに今日叶うんだから。
ただ、どうしても、かぐやと彩葉さんのことを考えると気持ちの行き先に困る。
「あれ、月夜ってそこまでヤチヨとのコラボライブに興味ある感じじゃなかったのに」
「色々あるんだよ色々」
「それより、練習しすぎてお腹すいたー。終わったらパンケーキ食べよ」
そんな話を三人でしていると、ヤチヨが唐突に横から現れる。
「どぅうるるどっじょう!」
「うわぁ、ヤチヨびっくりさせんなよ」
「パンケーキいいな〜ヤチヨも食べたいなー」
前まで軽く聞いてたこの言葉も、ヤチヨの話を聞いてからはどうしても重く聞こえてしまう。
「一緒に食べる?」
「よよよ〜ヤチヨは電子の海の歌姫なので食べられないのです」
そうだ、ヤチヨにはこの世界しかない。どうにか、現実世界にもヤチヨの体を用意してあげられればいいのに。
「つっきっよ!今は余計なことを考えない。目の前のライブを楽しもう」
後ろから急に肩を掴まれるもんだから、びっくりして体が跳ねる。
「お、おう……そうだな」
そうだ、こんな大舞台でヤチヨと一緒にライブできるんだ、楽しまなきゃ損ってもんだ。
考えなくちゃいけないことはいっぱいあるけど、今くらいは、何も考えず楽しんでもいいだろ。
「ヤチヨと月夜ってそんな仲良かったっけ?」
かぐやの一言に俺とヤチヨはぎくりと体を跳ねさせる。
「あーこのライブのことで色々聞いたり話したりする機会があったから慣れたんじゃない?」
実際に、ライブプロデュースのことで、ヤチヨとのコンタクトが増えていたのは彩葉さんもかぐやも知ってることだし。
マジで大変だった……ヤチヨが大舞台でのライブに慣れてるからって、あれやろうこれやろうって意見を出すもんだから。
かぐやはともかく、俺も彩葉さんもそこまでライブパフォーマンスの経験があるわけじゃないから、そんな無茶ぶりをされても困る。
「ほらほら、話はこの辺にして。そろそろ本番の時間だよ」
そういうと、ポワァっとあたりの灯りがつき始めて、空気感がぐっと変わった。
「いざ、行こうか」
ヤチヨの言葉に胸がぎゅっと締め付けられるのが分かる。
呼吸も浅いし、ちょっと苦しさまで感じる。
大舞台でのライブってこんなにも緊張するもんなんだな。それなのに、ヤチヨはいつもニコニコしながらこなして……
舞台がエレベーターのように上に上がっていき、その間に呼吸をできるだけ整える。
楽しもう……この四人でできる――最初で最後のライブを。
「毎度ヒリヒリなんだよね~この雰囲気」
観客席は大量のサイリウムで囲まれて、多くの人が俺たちに注目している。
「ヤチヨ」
「なんだいなんだい?」
「ヤチヨのデビュー曲って、もう歌わないの?」
ヤチヨのデビュー曲……それは彩葉さんに向けての曲。
彩葉さんのために作った曲。
「あれはもう届いたから、お役目完了~」
形は違えど、ヤチヨは彩葉さんに会うことができた。自分の知ってる彩葉さんとは少し違っても、それでも8000年間会いたいと思った相手に出会えた曲。
「ほら、時間だよ!」
ヤチヨの掛け声と同時に俺たちの衣装が切り替わる。
「ヤオヨロー!みんな!生きるのどうですか~?いいことあった?それとも泣いちゃいそう?よしよし、全部大丈夫」
観客たちに言葉を届けて、そのまま話を続ける。
「どんな孤独な道のりでも、楽しかったな~楽しいな~って気持ちが足元を照らすよ」
全てを教えてもらった俺からすれば、その言葉は観客の皆や自分よりも、まるでかぐやに語りかけるような言葉に感じる。
「この瞬間を忘れられない思い出にしたいから、どうか一緒に踊ってくれる?」
一世一代の大ライブ。全力でヤチヨとかぐやのことを支え切ろう。
俺は彩葉さんにアイコンタクトを送ると、彩葉さんもこくりと力強い目で頷いてくれた。
そして、ついにライブが始まった。
ヤチヨの透き通るような綺麗な声が、かぐやの天真爛漫な元気な歌声が会場一帯に響き渡る。
ついでに、ライブ内容はというと結構はちゃめちゃなものであった。
俺と彩葉さんは真剣に演奏してるっていうのに、ヤチヨもかぐやも好き放題やるもんだから、そのパフォーマンスに合わせるのがどれだけ大変か。
ヤチヨは彩葉さんと俺とライブできたのが相当嬉しかったのか、上機嫌に彩葉さんとかぐやのことをからかっている。
「ねぇ、月夜!楽しいね!」
「あぁ!はちゃめちゃで楽しいよ全く!」
そんな中でも、俺と彩葉さんは定期的に視線を合わせて、リズムとテンポがズレないように、細心の注意を図る。
「続いては新曲!」
一曲目が終わって二曲目の新曲【Ex-Otogibanashi 】
この歌詞を見た時は部屋で一人だった。むしろ、一人で良かったとさえ思える。
8000年間歩んできた間の彩葉さんへの気持ちに嫉妬し、俺への今の気持ちに喜びを覚え……そして、これからの結末が描かれているような気がして切なすぎて涙を流した。
口頭で聞かせてもらった8000年間の出来事。それは面白おかしくて、色んな人との出会いのお話だった。
だけど、本当にそれで全てなんだろうか……8000年という俺には想像もできない途方もない時間をヤチヨは何を思って生きて来たのか。
出会いがあったのなら別れもあったはず、面白いことがあれば辛いこともあったはず、そんな現実を一人で受け止める勇気は俺にはなかった。
そして、気が付けばあっという間にライブが終わる。
「流石、電子の歌姫様。綺麗な歌声だったよ」
「そっちこそ、プロ顔負けの演奏じゃん」
俺たちは拳の先端を突き合わせて、微笑みあう。
「彩葉、好き」
「わ、私?」
「あ~もう彩葉と結婚しちゃおっかな」
この二人も随分と仲良くなって……って当たり前か、かぐやは彩葉さんが好きで、素直になれないだけで彩葉さんもかぐやのことが好きなんだから。
すると、空は陰り、月だけが照らされる。
――始まっちゃったんだ。もう避けられない運命が。
モニターには2030/9/12という日付がスクリーン一面に表示される。
あれが、かぐやの迎えが来る日……
そして、月人の一人がステージに上がって来て、かぐやに触れようとかけよる。
彩葉さんとかぐやは唐突な出来事に反応できていないし、ヤチヨはファンに手を振っていて後ろのことは見てない……いや、違うか。見たくないんだろうな。
思わず俺は双頭槍を取り出して、その月人を攻撃しようとするがギリギリのところで踏ん張って自分の感情を押し殺す。
そうだ……ここでこの月人を攻撃しちゃいけないんだ。
それが決められた運命だから。逆らってはいけない定めだから。
月人はかぐやの腕に触れて、彩葉さんがその月人を無事に撃破する。
かぐやは何かのショックを受けたようにその場にうなだれて意識が朦朧としている様子。
俺たち三人は月人の集団に囲まれて絶体絶命かのように思えたが、一人の月人がピンと弾き飛ばされる。
「おいたはダメだよ~」
ヤチヨが俺たちを助けてくれた。
助けてくれたっていうのは適切じゃないのかもしれない、その時を待っていたというべきか。
「ヤチヨ、今のって」
「う~んバグじゃなさそうだし、やんちゃっこのいたずらかにゃ?調べておくよ」
どんな気持ちで彩葉に嘘をついたんだろう。辛くないわけない。苦しいに決まってる。
だから、せめて俺だけはその辛い気持ちを一緒に背負ってやろうと、この時本当の意味で覚悟を決めたのかもしれない。
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