隣に住む高嶺の花な同級生が気づいたら子持ちライバーになってた 作:Tmouris_
「ねえ、ヤチヨ」
「なんだいなんだい?」
いつもの和室で二人で向かいながら座って、他愛もない雑談をする中で、俺は意を決して口を開いた。
「今度の九月一日の花火祭り一緒に見ない?」
ヤチヨは口をぽかーんと開けて、呆然としている。
でも、すぐさまにやにやし始めた。
「なになに月夜~やっちょのこと口説いてるの?」
「そうだよ」
そう返事をすると鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてヤチヨは固まる。
「誘いは嬉しいけど無理だよ。やっちょはツクヨミから出る事ができないから」
ヤチヨは視線を落として、床をなぞるように指を撫でる。
「だったら、ツクヨミで見ればいいじゃん?結構でかいお祭りっぽいし、ライブ配信くらいしてるでしょ」
別にわざわざ現場に見に行く必要はない。俺はただ、ヤチヨと一緒に花火が見たかっただけだから。
「ふふ。月夜は相変わらず面白いこと言うね。花火ならツクヨミでしょっちゅう上がってるのに」
「それとはさなんかこう、違うじゃん?こういうイベントをヤチヨと楽しみたいわけですよ」
せっかく一緒にいられるようになったんだから、ちょっとくらいこういうのを楽しんでもいいと思う。
「ありがとう。嬉しい」
ヤチヨの笑顔は美しく、どこか儚げで……なぜか今にも消えてしまいそうに感じた。
「まぁ、彼氏としてこのくらいは――」
「こら、彼氏面しない。まだ月夜からの返事は私受け取ってないんだから」
そういえばそうだった。答えは全てが終わったあとで……そういう約束だった。
でも、お互い好きって分かってるなら実質付き合ってるも同然なのでは?
というか、ヤチヨと付き合ってるとかばれたらファンに刺されたりしないんだろうか。
「ま、せっかくのイベントだしね。やっちょも気合入れちゃうよ!」
―――
花火大会当日、ヤチヨの部屋には特大のスクリーンが映し出されていて、いつもの和室とは違って、河川敷が反映されていた。
「ふっふっふ、これで少しは雰囲気出るでしょ」
当のヤチヨはというと髪を下ろしていて、浴衣を着ている。
「可愛い……」
「えへへ、ありがとう。月夜も浴衣似合ってるよ」
お互いきょどきょどしながら、気まずい空気が漂う。
「ほら、座ろ!」
ヤチヨが座ったすぐ隣に腰を下ろして、スクリーンに映る花火を見上げる。
「たーまやー!」
「スクリーン越しでも迫力あるな」
さすがツクヨミというべきか、それともヤチヨが気合入れて準備を進めてくれていたのかは分からないけど。
「かぐやは今日、彩葉さんに思い出したことを全部話してるんだよね」
「……そう、だね。コラボライブの日に、かぐやは月人に接触して記憶を取り戻した。今頃、私たちみたいに花火を見上げながら、全てを打ち明けてるころかな」
ヤチヨは震える手を少しずつ俺のほうに寄せてくる。
俺は手を重ねて、指を絡める。
「怖い?」
「そりゃ、怖いよ。月夜がいて嬉しいし、歴史もほとんど変わりなく進んでる。でも、もし何かあって歴史が変わったら……私は消えちゃうかもしれないから」
衝撃的な告白だった。
てっきり、俺はこれから8000年もの長い時を生きるかぐやを送り出すのが怖いのかと思ってた。
「そんな……ヤチヨが消えるなんて」
俺が視線を落とすと、ヤチヨはにっこりと笑って俺の手を掴む力を強めた。
「大丈夫。言ったでしょ?歴史はほとんど変わりなく進んでるって。このまま行けば万事解決!私が消えることはないから」
きっと、ヤチヨの言ってることに嘘はないんだと思う。だけど、ヤチヨは全部話してない。何か隠してる。
「かぐやを助けられないのと関係、あるよね」
「月夜には敵わないなぁ。たしかにそれもあるかも」
ヤチヨは絡めた手を離して立ち上がった。
「かぐやが月に帰らなければ、8000年前に地球に訪れることもなくなる……つまりねヤチヨは生まれないんだよ。この意味分かるよね」
SF小説とかでよく見るタイムパラドックスってやつか。月に帰らなきゃヤチヨは生まれない。じゃあ、かぐやが月に帰らなかったら今目の前にいるヤチヨは何なんだって話になる。
「なんとなくだけどね。じゃあ、かぐやを月から取り返す方法って」
そこまで言うと、ヤチヨに人差し指で唇を抑えられた。
「それも、全部終わってから」
―――
「かぐやちゃんが本当に月のプリンセスとは!分かる!」
彩葉さんの説明になぜか勝手にツッコミを入れて納得してる帝はさておき、今日はついにかぐやの卒業ライブの作戦会議だ。
「ヤチヨ、かぐやを守ることってできないのかな」
「調べてみたけど、どこからアクセスしてるのかも分からなかったんだよね~ごみん」
……そうだ、俺とヤチヨはライブ当日に何もできない、しちゃいけないんだ。
「まっ相手が現実に手出しできないならツクヨミで追い払えばいいでしょ?」
「そうは限らないんじゃないかな」
俺は帝の発言にすかさずつけ入る。
「かぐやだって月人だけど現実に干渉してる。だったら、相手だってそうじゃないとは限らない。だから、当日は俺が現実のほうで彩葉さんとかぐやをそばで守るよ」
胸が締め付けられるように苦しい。でも、演じ切るんだ。俺はあくまでかぐやを月人から守りたいだけなんだって。
ヤチヨがそうしているように。
「月夜……そうだね。そうしてくれると助かるかも」
彩葉さんも納得してくれたようで、ヤチヨも安心したように少しだけ口元が緩んでいた。
「やっちょも当日は不審なアクセスがないかできる限り警戒するから、そっちの方で手一杯になっちゃうと思う」
これでいい。これでいいんだ。
「うん。わかった。ヤチヨもありがとう」
嬉しそうに笑う彩葉さんの笑顔が今の俺には逆につらい。
「よし、そうと決まればノイあれ用意するぞ」
「え~めんど」
そう言いながら、ブラックオニキスのメンバーはログアウトしていった。
「それと、ヤチヨにお願いがあるんだけど」
「なんだい?」
「かぐやの卒業ライブのプロデュースをしてほしいの」
ここまで話に聞いていた通りだとやっぱり怖くも感じる。
俺たちは運命の上を歩かされているんじゃないかって。
「もっちろん。お任せあれ~」
「それじゃあ、当日はみんなよろしくお願いします」
―――
「なあヤチヨ。俺たちって決まった未来にしかいけないのかな」
「……突然だね」
いつもの和室で、俺はツクヨミの空を見上げながらヤチヨに問いを投げかけた。
「そんなことはないと思うよ。月夜が卒業ライブでチートツールを使って彩葉たちと一緒に戦うって選択もあった。そしたら、かぐやは月に帰らなかったかもしれない」
「でも」とヤチヨは続ける。
「月夜は選んだ。自分自身の意思で。それってさ決まった運命に向かって歩いてるんじゃなくって、自分で自分の未来を決めたってことにならないかな」
そうか、俺は決められた道筋を歩いていただけじゃないんだ。ちゃんと自分で選んで決めてきたんだ。
「そしてなにより、私はかぐやの卒業ライブ以降の未来を知らない。彩葉がどんな選択をしていたのか。その後にどうなったのか」
ヤチヨは遠いどこかを見て何か思い出すように俺と一緒に空を見上げた。
きっとそれは、俺のいなかった過去の記憶なんだろう。
8000年も恋焦がれた彩葉さんとの思い出。俺はそれを否定することなんてできないし、するつもりもない。
ヤチヨにとっては取り返すことのできない大切な思い出だから。
「それは、俺もヤチヨも同じじゃん?知らない未来で俺たちがどんな選択をするのか。その時になってみないと分からないよ」
「そうだね」
そう笑うヤチヨの表情はなぜか寂しそうで、何かを見据えたような感じがした。
――そして、かぐやは月に帰った。
ここまで読んでくれてありがとうありがとうございます
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話も最終版になって参りましたが、最後までお付き合いしてくれると嬉しいです。