TCG未経験の36歳無職、TCG能力《因果祭典》で異能バトル世界を駆け抜ける 作:パラレル・ゲーマー
夕食を簡単に済ませ、和真は自室のテーブルの前に座っていた。
時計の針は夜の九時を回ろうとしている。
テーブルの上には、昼間にカードショップで瀬川に勧められて買った初心者用の構築済みデッキと、簡素なルールブック。そして、スマートフォンとメモ帳が並べられている。
「……それにしても」
和真は、ルールブックのページをパラパラと捲りながら独り言をこぼした。
「俺、自分のデッキのカード、全部は見てないんだよな」
昼間、瀬川からデッキの組み方やカードの役割について色々と教わった。
考えてみれば、自分がどんなカードを持っているのかも分からないままでは、戦略など立てようがない。
和真は視界の端に浮かぶUIへ意識を向けた。
その瞬間、視界の中央に時間経過の処理を示すポップアップが現れた。
『Elapsed Time Processing』
『Hourly Cycle ×4』
『MANA 2/2 → 2/2』
『STORED DRAW 2/7 → 6/7』
「……結構貯まってるな」
夕方、自宅で《天輪の補給》を引いてから数時間。
使わずにいたドロー権は、六回分まで蓄積していたらしい。
『DECK 22』
『HAND 7/7』
『MANA 2/2』
『STORED DRAW 6/7』
『DISCARD 1』
現在、山札の残りは22枚。
しかし、和真が知りたいのは「残りの枚数」ではなく、「最初に用意されていた三十枚の全容」だ。
「残り枚数じゃなくて、最初の三十枚のリストみたいなの、見られないのか?」
和真がそう念じた瞬間、視界のUIがスッと横にスライドし、新しい項目がポップアップした。
『DECK LIST』
「……あるじゃん」
今朝の和真なら、この項目を見つけても意味が分からずスルーしていただろう。だが、今の和真にはこれが何を意味するか明確に理解できる。
和真は迷わず『DECK LIST』の項目を展開した。
『CURRENT DECK』
『30 CARDS』
通常表示とは別の、半透明のリスト画面が視界の中央に広がる。
ここでの数字は『30/30』という上限表記ではなく、純粋に「現在登録されているデッキの総枚数が30枚である」ことを示していた。
リストには、カードの名称、コスト、種別がずらりと並んでいる。
和真はリストを上から順に目で追っていき――ある共通点に気がついた。
「これ……本当に全部二枚ずつ入ってるのか」
《天輪騎士-初陣のレオ》 ×2
《天輪騎士-疾駆のミラ》 ×2
上から下まで、見事に全てのカードが二枚ずつ登録されていた。
昼間、瀬川が「同じカードを複数入れることで、自分のやりたい戦術の安定性を高める」と説明していたのを思い出す。
(今の俺の初期デッキは、全種類二枚積みの構成ってことか。最大何枚まで同じカードを入れられるのかはまだ分からないが……必要なカードを引きやすいようには組まれてるわけだ)
和真はメモ帳を引き寄せ、ボールペンを握った。
「よし。一枚ずつ確認するか」
三十六歳の男が、真剣な顔で虚空を見つめながらメモを取り始めるという、端から見れば完全に怪しい状況だが、今の和真はそんなことを気にしている余裕はなかった。
まずはコスト0のカードからだ。
《天輪の標章》×2
『対象へ目印を付与。』
「これだけか?」
和真は首を傾げた。ダメージを与えるわけでも、回復するわけでもない。ただ目印をつけるだけ。
だが、昼間に教わった『カード同士のシナジー』という考え方を思い出す。
「単体じゃ何もしないけど……これって、俺が召喚した騎士たちに、敵の位置を教えたり、追跡させたりするためのサポートカードってことか?」
現実世界での用途を想像すると、途端にこの0マナカードが便利な道具に思えてくる。
《天輪の転進》×2
『自分が召喚した《天輪》一体を、視認可能な短距離へ再配置。』
「0マナで位置を変えられる……なるほど」
これも直接的な攻撃力はない。だが、例えば敵の攻撃が迫った瞬間にレオの立ち位置をずらして回避させたり、逆に敵の背後へ瞬間移動させて奇襲させたりできる。
和真の脳内で、初めて「カードとカードを組み合わせて使う」という具体的な戦術のイメージが結像した。
続いて、コスト1の帯域。ここがやたらと多い。
《天輪騎士-初陣のレオ》×2
これはすでに使った。基本となる近接型の少年騎士だ。
《天輪騎士-疾駆のミラ》×2
『軽装・高速型』というテキストがある。
「レオより足が速い代わりに、打たれ弱い偵察向けのタイプか?」
《天輪の光矢》×2
『単発遠距離攻撃。』
これは分かりやすい魔法攻撃だ。
《天輪の護壁》×2
『一度だけ攻撃を軽減/防御。』
《天輪の手当》×2
『対象一人の軽症を治療する。』
ここで和真のペンが止まった。
「……軽症を治療する」
テキストはたったの一行だ。
(……軽症って、どこまでだ?)
ゲームの中なら短い効果説明で済む話だ。
しかし、これは現実世界に干渉する能力である。
「これ、実際に使ってみないと分からないパターンのやつだろ……」
後で高梨に確認しよう、と和真はメモ帳の端に大きく丸をつけた。
コスト2の帯域。
《天輪騎士-城壁のガルド》×2
『大型盾を持つ防御役。』
初期手札に入っていたカードだ。レオが攻撃なら、こちらは壁役。
《天輪騎士-遠弓のセレス》×2
『遠距離射撃型。』
「なるほど。前衛のレオやガルドの後ろから、これで援護射撃するわけか」
《天輪の補給》×2
『Draw 2.』
夕方に引いたカード。瀬川から教わった『カードアドバンテージ』の概念のおかげで、このカードが「2マナ払って手札という選択肢を増やす」カードであることが今なら分かる。
コスト3から6。ここから先は、今の和真の最大マナ『2』では使えないカードだ。
コスト3
《天輪騎士-破陣のヴォルク》×2
『長槍を持つ突撃型。単一対象への突破力が高い。』
《天輪の拘束鎖》×2
『対象を光の鎖で拘束。対象の抵抗力が強いほど持続時間が減少する。』
「これもまだ使えないな」
コスト4
《天輪騎士-重鎧のバルガ》×2
『高攻撃・高防御。低機動。』
コスト5
《天輪竜騎-レグルス》×2
『翼竜型構造体に騎乗。飛行、偵察、突撃。』
「……翼竜? いやいや、現実の東京のど真ん中でこんなの出したら、目立つどころの騒ぎじゃないだろ」
コスト6
《天輪総騎-アルシオン》×2
『最高コストの重装騎士。存在中、他の《天輪騎士》の連携精度を上昇させる。』
「……あ」
和真は、アルシオンのテキストを読んで全てが繋がった感覚を覚えた。
レオ、ミラ、ガルド、セレス、ヴォルク、バルガ、レグルス。そして、彼らを統括するアルシオン。
「要するに……モンスターというか、騎士を召喚するカードがメインで、その騎士たちを補助したり強化したりするカードで構成されてるんだな」
さらに言えば、全てのカードに《天輪》という名称がついている。完全なテーマデッキだ。
和真はメモ帳に、自分なりの分類を書き出した。
【召喚(Summon)】:16枚
【補助・行動(Support / Action / Reaction)】:14枚
「半分以上が、騎士を呼び出すカードなんだな」
次に、昼間に瀬川が書いて見せてくれた『マナカーブ』の表を作ってみる。
コストごとの枚数分布だ。
0マナ:4枚
1マナ:10枚
2マナ:6枚
3マナ:4枚
4マナ:2枚
5マナ:2枚
6マナ:2枚
計30枚。電卓を叩いて確認するまでもない。
和真は自分の書いた表をまじまじと見つめた。
0コストから2コストまでの合計が、なんと20枚。デッキの三分の二を占めている。
「……低い方に、めちゃくちゃ寄ってるな」
昼間に瀬川から、低コストのカードが不足すれば序盤に何もできなくなると教わった。
まだTCGの専門用語を知らない和真だが、自分なりの論理で結論を導き出した。
「安いコストの騎士を早めにガンガン出して、補助カードで守ったり動かしたりしながら押し切るデッキ……ってことなのか?」
和真が最後のカードの確認を終え、自分なりの結論に達した直後だった。
視界の中央に、ファンファーレを思わせる派手なエフェクトと共に、新しい文字列がポップアップした。
『Tutorial Quest Complete』
『《Know Your Deck》:Current Deckに含まれるすべてのカードを確認する。』
『Reward:Mana Capacity +1』
「……また来た」
続けて、ステータス画面が更新される。
『MANA CAPACITY 2 → 3』
現在のマナは2/2だったので、表示は『MANA 2/3』に変わった。
最大値だけが3に増え、現在のマナは2のままだ。
「上限だけ増えるのか」
次の一時間処理でマナが全回復すれば、初めて3マナを実際に使えるようになるはずだ。
そして今まで使えなかったコスト3の《破陣のヴォルク》と《拘束鎖》も、ようやく射程に入る。
「とりあえず、報告しておくか」
和真はスマホを手に取り、メールアプリを開いた。
高梨からは「能力に大きな変化があれば連絡するように」と念を押されている。
宛先は八咫烏の専用アドレス。
文面を打ち込み始めると、自然と会社員時代のフォーマットになってしまう。
『件名:能力《因果祭典》の追加確認について
高梨様
お世話になっております。三浦です。
本日、自宅にて現在のデッキ内容を全て確認しました。
30枚のカード構成を一通り確認したところ、チュートリアルクエスト《Know Your Deck》が完了したという通知があり、Mana Capacityが2から3へ上昇しました。
カード構成についても、カード名・枚数・コスト・種別を一覧にまとめ、本メール下部に記載いたします。
三浦和真』
和真は、先ほどメモにまとめたカード名、枚数、コスト、種別の一覧をメールの末尾へそのまま追記し、送信ボタンを押した。
「……希望退職してまだ数日なのに、なんでまた業務報告メールみたいなの書いてるんだ、俺」
和真は苦笑してスマホをテーブルに置いた。
数分後。
スマホが震え、軽快な着信音を鳴らした。画面には『高梨紗季』の文字。
「早いな」
和真は通話ボタンを押した。
「はい、三浦です」
『三浦さん!』
電話越しの高梨の声は、普段の事務的なトーンとは打って変わって、明らかに弾んでいた。
『デッキ確認したんですね!』
「まあ、一応全部見ましたけど」
『メールの一覧も見ました! 0コストが4枚、1コストが10枚、2コストが6枚……』
「もう全部読んだんですか」
『もちろんです!』
電話の向こうで、高梨が一度息を吸う気配がした。
そして。
『アグロデッキみたいですね!!!』
高梨が叫んだ。
和真はスマホを少し耳から離した。
「……アグロ?」
また知らない専門用語だ。
『低コストのカードを大量に採用して、ゲームの早い段階からどんどん展開して押し切るタイプのデッキのことです!』
「ああ、安いカードをいっぱい使って攻めるってことですか」
『そうです! しかも召喚カードが十六枚。低コストの《天輪騎士》を次々と出して盤面を制圧し、標章や護壁、転進で支援する。マナが伸びたら、上のバルガやレグルス、アルシオンで蓋をする。……いや、上も意外と厚いですね。純粋なアグロというより、アグロ寄りのミッドレンジ……?』
「どっちなんです?」
『分類なんて環境次第です!』
「急に投げましたね」
和真のツッコミに、高梨は電話口でふふっと笑った。
『でも三浦さん、今朝より格段に会話が通じるようになってますね!』
「半日カードショップで勉強した成果ですよ」
高梨の興奮気味な解説を聞きながら、和真も自分のデッキの思想を理解した。
低コストの召喚体を大量展開し、サポートで守り、相手に圧力をかけ続ける。
「じゃあ、《アルシオン》みたいなデカい奴だけ出して戦わせるようなデッキじゃないんですね」
『むしろアルシオンは、それまでに並べた低コスト騎士をまとめる指揮官としての役割が大きいでしょうね。盤面が有利な状態で出せれば、一気に勝負を決められるかもしれません』
「なるほど」
一通りTCG談義で盛り上がったところで、高梨がふと声のトーンを落とした。
『ところで三浦さん』
「はい」
『この能力、今後お仕事に活用する気はありますか?』
和真は虚を突かれた。
「……仕事?」
『はい。能力者だからといって八咫烏へ就職する必要はありません。でも、能力者向けの仕事の斡旋や依頼は結構あるんですよ』
「例えば?」
『八咫烏への単発協力、新規能力開発のモニター、要人の護衛補助、特殊事象の調査補助、能力者向け教育施設の訓練や実習の補助、民間企業からの能力者指定求人……色々です。特殊技能手当や危険手当が付く案件も多いので、条件は普通の仕事より良いことが多いですよ』
和真は「へえ……」と相槌を打った。
退職金があるため当面の金には困っていないが、能力を金に変えられるという事実には素直に興味が湧いた。
『召喚、防御、治療、拘束……これだけ対応の幅が広い能力なら、需要はかなりあると思います』
「でも俺、今朝能力に覚醒したばっかりのド素人ですよ」
電話の向こうで、高梨が『…………あ』と小さく声を漏らした。
『ごめんなさい。完全に忘れてました。まだ能力の仕様を調べてる最中でしたね』
「そうですね。俺もついさっき、自分のデッキがアグロだかミッドレンジだかっていうのを知ったところです」
『その言葉、もう使えるんですね! 飲み込み早いです!』
「そこ褒めるところですかね」
仕事の話から「治療」という単語が出たことで、和真は先ほどの疑問を思い出した。
「あ、高梨さん。そういえば、一枚試してみたいカードがあるんですけど」
『どれですか?』
「《天輪の手当》です」
『ああ、治癒系の1コストですね』
「これ、テキストの説明が妙に曖昧なんですよ」
和真は左手にカードを実体化させ、テキストを読み上げた。
「『対象一人の軽症を治療する』。……これだけなんです」
高梨も急に真面目なトーンになった。
『軽症……なるほど。どこまでが対象になるか、ですね』
「そうなんです。擦り傷なら?」
『たぶん治るでしょうね』
「切り傷」
『深さによるでしょう』
「捻挫」
『分かりません』
「骨折」
『普通は軽症とは呼びませんね』
「火傷」
『程度次第ですね』
「風邪」
『それは怪我ですらありません』
「ですよね」
和真はため息をついた。
「だから、一回誰かに使って、効果の範囲を確認してみたいんですよ」
『…………』
電話の向こうで、高梨が少し考えるような沈黙があった。
そして突然、高梨がポンと手を打つような明るい声を出した。
『分かりました。じゃあ、明日にでも一緒に《鳥籠(とりかご)》へ行きましょうか』
和真の背筋が少しだけ寒くなった。
「……鳥籠?」
字面だけ聞くと、法を犯した能力者が収容される監獄か、人体実験施設のようにも聞こえる。
『能力者が集まっている、専用の施設があるんです。交流施設兼、訓練施設みたいなものですね。八咫烏の登録者も、民間協力者も、仕事帰りにふらっと寄る人もいます』
「東京にそんなところがあるんですか」
『ありますよ。一般人には認識できないように結界のようなものが張られているだけです』
またしても、和真の世界観が常識の外側へと押し広げられた。
『そこで実験台を見つけましょう!』
高梨が楽しそうに提案する。
和真は引いた。
「じ……実験台って」
『あ、言い方が悪かったですね』
「かなり悪いですよ。マッドサイエンティストですか」
『訓練場が併設されているので、擦り傷とか打撲とか、軽い怪我をしてる能力者くらい大体ゴロゴロしてるんです。もちろん本人の同意を取って、必要ならうちの医療担当にも立ち会ってもらいますから安心してください』
「最初からそう言ってくださいよ。ビビるじゃないですか」
『実験台って言った方が短いので』
「行政の人間が使っていい略し方じゃないでしょう」
日程の調整に入る。
「で、いつ行くんです?」
『三浦さんは、明日のご予定は?』
「暇です」
即答だった。
一拍置いて、高梨が言った。
『あ、無職でしたね』
「そういう確認の仕方、やめてもらえます?」
『便利ですね、無職』
「俺も最近、本気でそう思い始めました」
二人は電話越しに軽く笑い合った。
『では明日、午後一時で。こちらで待ち合わせの場所と座標をメールで送ります』
「分かりました。よろしくお願いします」
通話が終了した。
和真はスマホをテーブルに置き、深く息を吐いた。
和真は左手に《天輪の手当》のカードを実体化させ、じっと見つめた。
「……本当に怪我、治るんだよな、これ」
ゲームの中のテキスト一行が、現実世界でどれほどの重みを持つのか。明日、それが証明される。
時計の針が夜の十時を回った頃。
ルールブックを読み終えようとしていた和真の視界に、定期処理のポップアップが出た。
『Hourly Cycle ×1』
『MANA 2/3 → 3/3』
『STORED DRAW 6/7 → 7/7』
和真は視界の右上を確認した。
『MANA 3/3』
これで初めて、本当の意味での「3マナ」に到達した。
手札には、1コストの《天輪の護壁》、2コストの《天輪騎士-城壁のガルド》、3コストの《天輪の拘束鎖》がある。
《拘束鎖》を一枚使えば、それだけで3マナ。
《ガルド》と《護壁》なら、2マナと1マナで同じ3マナ。
同じ数字でも、使い方は全く違う。
「……確かに、2マナと3マナじゃ、できることの幅が全然違うな」
和真はスマホのカレンダーアプリを開き、明日の予定を入力した。
『13:00 高梨さん』
『鳥籠』
『《手当》検証』
入力を終えた予定表を、しばらく無言で見つめる。
会社を希望退職した時は、半年くらい何もせず、昼夜逆転して海外ドラマでも見てダラダラと遊ぶつもりだった。
ところがどうだ。
今朝は眼科と八咫烏。午後はカードショップで勉強。そして明日は、能力者の集まる施設へ行く。
「……無職になってからの方が、スケジュール詰まってないか、俺」
和真は苦笑しながら、視界の右上に輝く『MANA 3/3』の表示を最後にもう一度だけ確認し、部屋の明かりを消した。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!