TCG未経験の36歳無職、TCG能力《因果祭典》で異能バトル世界を駆け抜ける 作:パラレル・ゲーマー
防音と衝撃吸収材で覆われた模擬戦場。八角形のケージ内に、模擬戦の準備開始を告げるブザーが低く鳴り響いた。
しかし、すぐさま格闘が始まるわけではない。
ケージの外に立つスタッフがマイク越しに指示を出す。
「まず、召喚型の能力者は召喚をお願いします」
安全地帯に立つ和真は、左手に実体化させたカードの束――『手札』に視線を落とした。
現在の手札は六枚。
《天輪の標章》 Cost:0
《天輪の護壁》 Cost:1
《天輪騎士-城壁のガルド》 Cost:2
《天輪の拘束鎖》 Cost:3
《天輪総騎-アルシオン》 Cost:6
《天輪の補給》 Cost:2
そして、視界の右上に浮かぶステータス。
『MANA 3/3』
『STORED DRAW 7/7』
(……一枚空いてるんだよな)
和真は気づいた。手札の上限は七枚だが、今は六枚。そしてドロー権は最大まで溜まっている。
開始前に手札を補充できるか、高梨に目配せして確認する。
「始める前に一枚引いてもいいですか?」
「能力上できるならどうぞ」高梨は冷静に頷いた。「実戦でも、常に万全の準備時間があるとは限りませんから。こういうリソース管理も含めて試しましょう」
和真は『STORED DRAW』を消費する意思を示した。
『STORED DRAW 7/7 → 6/7』
『DECK 22 → 21』
『HAND 6/7 → 7/7』
光の粒子が手のひらに集まり、新たな一枚が実体化する。
《天輪の転進》
Cost:0
自分が召喚した《天輪》一体を、視認可能な短距離へ再配置。
(……あ。これ、今の状況ならかなり使えそうだな)
昨日、デッキリストの確認でこのカードの効果を把握したばかりだった。和真の頭の中で、カードの性能が『文字』から『戦術の選択肢』へと書き換わった。
ケージの向こう側で、準備運動を終えた対戦相手が声をかけてきた。
久保田大地(くぼただいち)、二十八歳。
《鋼皮(こうひ)》という、全身の表層組織を鋼のように強化し、打撃や斬撃への耐性を大幅に高めるTier4能力を持つ男だ。鳥籠の常連で、格闘技経験もあるらしい。
「初戦? 大丈夫大丈夫。人間相手にはちゃんと手加減できるからさ」
大地の言葉は明るく、悪意は微塵も感じられない。純粋な戦闘好きのオーラが漂っている。
和真はため息をついた。
「人間相手にはって……召喚体には?」
「もちろん、完全に壊れない程度には加減するよ。俺もデータ取りの邪魔はしたくないし」
「帰りたい」
和真は手札から《天輪騎士-城壁のガルド》を引き抜いた。
「……頼むぞ。《天輪騎士-城壁のガルド》!」
『MANA 3/3 → 1/3』
和真の手からカードが消え、ケージの中央に眩い光の魔法陣が展開された。
光の柱の中から、鈍色の重装甲冑に身を包んだ大柄な騎士がせり上がってくる。
初日に召喚した少年騎士レオよりも一回り以上大きい。左腕には身の丈ほどの巨大なタワーシールド、右腕には取り回しの良さそうな短い剣を構えている。
「おお……!」
大地が目を輝かせた。「いいな、それ! すげえ強そうじゃん!」
明らかに喜んでいる。
「なんで俺よりお前がテンション上がってんだよ……」
和真はガルドに向かって、最初の指示を出した。
(どう指示すればいいんだ? 構えろとか、動けとか、細かく言った方がいいのか?)
迷いながらも、和真は最低限の目的だけを伝えることにした。
「ガルド。あの人と模擬戦だ。殺したり、大怪我させたりしない範囲で戦ってくれ。あとは……自分を守れ」
和真の言葉に、ガルドは無言で一度だけ深く頷いた。
そして、大地へ向けて巨大な盾を前面に押し出し、剣を盾の陰に隠すようにして構えた。その重心の落とし方、足の運びは、素人目に見ても隙がない。
和真は目を見張った。
「……え?」
もっと「右に行け」「左に立て」「盾をこう持て」と細かく指示しなければならないと思っていた。
しかし、ガルドは自らの判断で、最も適切と思われる戦闘態勢を取ったのだ。
「双方、準備はいいですね。始めてください」
スタッフの合図と共に、今度こそ模擬戦開始のブザーが鳴った。
大地が地を蹴り、一気に距離を詰める。
彼の能力そのものは身体能力強化ではないが、鍛え抜かれた肉体と《鋼皮》による高い防御力が、彼に躊躇いのない突進を許している。
「いくぞ!」
大地の重い右の蹴りが、ガルドのタワーシールドに直撃した。
ドォン! と、鉄球がぶつかったような鈍い音がケージ内に響く。
「うわっ!」
和真が思わず身をすくませたが、ガルドは数センチ後退しただけで、体勢そのものはほとんど崩れなかった。
直後、ガルドは盾で大地を押し返し、間髪入れずに右手の短剣で牽制の突きを放つ。
大地は舌打ちをしてバックステップで距離を取った。
和真は驚愕した。
「……普通に強くないか?」
「そりゃあ《騎士》ですからね」高梨が平然と答える。
大地が再び動き出す。今度は正面からではなく、右へ大きく回り込もうとする。
和真は焦って声を上げた。
「ガルド、右!」
しかし、和真が言い終わるよりも早く、ガルドはすでに大地の動きに合わせて盾の向きを変え、身体を右へとシフトさせていた。
大地がさらに左へフェイントをかける。
「左――」
ガルドはまたしても、和真の指示を待つことなく左へ対応している。
むしろ、和真の声に一瞬だけ意識を向けたせいで、ガルドの動きが僅かに遅れたように見えた。
和真は口を閉ざした。
「……俺、完全に邪魔してないか?」
「ちょっとしてるかもしれませんね」
「おい」
和真はガルドの動きを見つめた。
召喚体は、ラジコンやゲームのキャラクターではない。
高校の授業以来まともに格闘技などしていない和真が細かく口を挟むより、ガルド自身の判断に任せた方が明らかに正確だった。
「かなり高度な自律判断能力がありますね。戦闘に必要な技能も、ある程度備えた状態で顕現しているようです」
高梨もメモを取りながら感心している。
「じゃあ、俺は何をすればいいんです? ただ見てるだけですか?」
「少なくとも、三浦さんが剣術の指導をする必要はなさそうですね。召喚体の挙動は任せて、三浦さんは……」
高梨の言葉を待たず、和真は自分の手札に目を落とした。
現在、マナは『1/3』。
使用可能なカードは、
《天輪の標章》Cost:0
《天輪の護壁》Cost:1
《天輪の転進》Cost:0
の三枚だ。《拘束鎖》や《補給》はマナ不足で使えない。
(俺が剣の振り方を指示する必要がないなら……見るべきは、こっちか)
和真は手札の中の《天輪の標章》に目を向けた。
Cost:0。マナは消費しない。
(0マナなら、とりあえず使っておくか?)
そう考えかけたが、直前で思い止まった。
カードを使えば、手札から一枚消えて捨て札へ行く。0マナであっても、『手札を一枚消費する』ことには変わりない。
今の状況はどうだ。一対一。相手は目の前にいる。ガルドも大地を完全に視認できている。わざわざ『目印』をつける必要性はどこにもない。
(今これを使って、何か変わるか?……いや、変わらない)
和真は《標章》を使うのを見送った。
昨日、瀬川から教わった、手札を残すことも戦略になるという感覚が、少しずつ現実の戦闘にも繋がり始めていた。
ケージ内では、大地とガルドの攻防が続いていた。
何度かの打ち合いを経て、大地はガルドの特性を学習し始めていた。
「なるほどな! 頑丈だけど、やっぱ重いんだな!」
大地はガルドの正面で素早いフェイントを繰り返す。
右へ。左へ。再び右へ。
ガルドの防御自体は崩れないが、重装甲ゆえに素早い方向転換が追いつかず、徐々に横へ回り込まれていく。
(速さは向こうが上だ……)
和真は焦りを感じながらも、手札の《天輪の転進》に指をかけた。
Cost:0。『召喚体を視認可能な短距離へ再配置』。
これを使えば、ガルドの位置を瞬間的に修正できる。
だが、和真はまだ使わなかった。
今ここで使えば、大地に「位置を移動させるカード」があることを見せることになる。まだ致命的に不利な状況ではない。
使うなら、本当に必要になった瞬間だ。
数十秒の攻防の末、ついに大地が勝負を仕掛けた。
正面から大きく踏み込むと見せかけ、ガルドが盾を上げた瞬間、大地は身体を深く沈めて真横へ抜けた。
完璧なフェイント。ガルドの側面、さらにその背後へ完全に回り込む。
「おっ」
観客の能力者たちから声が漏れた。高梨も目を細める。
ガルドが重い甲冑を鳴らして振り向こうとするが、明らかに間に合わない。
大地はガルドの無防備な背中へ向けて、勝負を決める拳を振り上げた。
「取った!」
(今だ!)
和真は叫んだ。
「《天輪の転進》!」
カードが光の粒子となって消滅する。
瞬間、大地の目の前にいたはずのガルドの姿が、ノイズが走ったようにブレて消失した。
「は!?」
次の瞬間。
大地の進行方向、その数メートル先に、ガルドが再出現した。
しかも、ただ出現しただけではない。
ガルドはすでに、突っ込んでくる大地を迎え撃つ体勢で、巨大なタワーシールドを構えていた。
ドンッ!!
背後を取ったつもりで勢いよく踏み込んでいた大地は、突如目の前に現れた鋼鉄の壁へ自ら激突した。
その勢いをガルドの盾に受け止められ、大地は派手に後方へと弾き飛ばされた。
「おおーっ!」
ケージの外から歓声が上がる。
和真自身も、自分の能力の結果に驚いていた。
「……こういう使い方ができるのか」
「いいタイミングでしたね」高梨が称賛する。
和真が驚いたのは、自分が「振り向け」「盾を構えろ」などと一切指示していないことだ。
位置を移動させられたガルドは、瞬時に自身の置かれた状況を理解し、自律的に突進してくる相手へ盾を合わせた。
和真が変えたのは、ガルドの立つ場所だけ。
その先をどう戦うかは、ガルド自身が決めていた。
弾き飛ばされた大地は、すぐに床を蹴って立ち上がった。
《鋼皮》のおかげで、大したダメージはないようだ。むしろ、大地の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「面白え!」
「なんで喜んでるんだよ……」和真は呆れた。
「召喚系って、本人が後ろで突っ立ってるだけの奴も多いけど、あんた、外から直接盤面を弄れるんだな!」
大地の目が、ガルドだけでなく、安全地帯にいる和真へも向けられるようになった。
ここから、対戦相手の戦術が変わった。
大地はガルドを攻撃しつつも、常に「和真が何かカードを切ってくるのではないか」という警戒を解かなくなったのだ。直接攻撃はルールで禁止されているが、大きく踏み込むタイミングを慎重に見計らっているのが分かる。
(俺の手札まで警戒されるのか……)
和真は、自分がただの観客ではないことを改めて実感した。
大地の攻撃が激しさを増す。
強烈な右ストレートがガルドの盾を叩き、重い音が響く。盾が大きく揺れた。
和真は反射的に手札の《護壁》へ手を伸ばしかけた。
(護壁!)
しかし、ガルドは自力で踏みとどまり、盾の角度を微調整して衝撃を逃した。
和真は手を止めた。
(いや、まだだ。まだ自力で防げる)
続く蹴りも、ガルドは盾で受け流す。和真は動かない。
使えるからといって、すぐ使う必要はない。
本当に必要な瞬間まで、一枚しかない《護壁》は残しておく。
大地はガルドに連打を浴びせる。
そして、一際大きな動作で、右の拳を大きく振りかぶった。
和真は反射的に《護壁》へ指を伸ばしかけた。
だが、止める。
ガルドの体勢は崩れていない。
(……まだだ)
和真は待った。
すると、大地は拳を途中で減速させ、ガルドの盾を軽く叩くだけにとどめた。
「ちっ。釣れなかったか」
「……今の、俺に《護壁》を使わせようとしたのか?」
大地はニヤリと笑う。
「残り1マナなんだろ? そいつ吐かせりゃ、その後は楽になるからな」
「そういうことまで考えて戦うのかよ……」
和真は呆れながらも、手札の《護壁》を見た。
使わなかったことで、まだこの一枚が残っている。
さらに攻防が続く。
大地がついに、ガルドの盾の端を強烈な蹴りで弾き飛ばした。
これまで鉄壁だったガルドの姿勢が、初めて大きく崩れる。巨大な盾が外側へ弾かれ、胸部の装甲が無防備に晒された。
大地が深く踏み込む。
今までとは明らかに違う、本気に近い踏み込みだった。
これは入る。素人の和真にもはっきりと分かった。
「今だ、《天輪の護壁》!!」
和真が叫んだ。Cost:1。
『MANA 1/3 → 0/3』
ガルドの胸元に、一瞬だけ六角形の光の防壁が展開された。
大地の渾身の拳が、その防壁に激突する。
凄まじい轟音。
光の壁は一撃で粉砕されたが、大地の拳の威力もそこで殺されていた。ガルドは倒れない。
本気で踏み込んだ拳を突然止められ、大地の体勢が大きく前へ泳ぐ。
ガルドはその隙を逃さない。
がら空きになった大地の胴体へ向けて、弾かれていた巨大な盾を横から叩き込んだ。
「ぐはっ!」
大地の体勢が完全に崩れる。
ガルドは一歩踏み込み、そのまま巨大な盾を大地へ押しつけた。大地が床へ倒れ、ガルドは追撃することなく、その身体を盾で押さえ込む。
大地は抜け出そうと身体を捻ったが、重い盾とガルドの体重を押し返せない。
「そこまで!」
ケージの外から、スタッフの鋭い声と同時に終了のブザーが鳴り響いた。
数秒の静寂の後。
周囲で観戦していた能力者たちから、パラパラと、そして次第に大きな拍手と歓声が沸き起こった。
「……勝った?」
和真はポカンとしていた。本人が一番、状況を理解していない。
「見事な勝利ですね」高梨が微笑む。
ケージの中では、床に押さえ込まれたままの大地が、悔しそうに叫んでいた。
「くそーっ! 最後のあの壁がなけりゃ絶対に入ってたのに!」
負けたというのに、その表情はどこか清々しく、楽しそうだった。ガルドはスタッフの合図を確認すると大地を解放し、数歩下がって待機姿勢に戻った。
和真は視界のUIで状態を確認した。
『MANA 0/3』
『HAND 4/7』
『STORED DRAW 6/7』
残る手札は、《標章》《拘束鎖》《アルシオン》《補給》。
《ガルド》《転進》《護壁》は捨て札へ送られている。
和真はケージの中のガルドを見た。
「……ありがとう。助かった。もう戻っていいぞ」
和真の言葉に、ガルドは右手の短剣を胸に当てる騎士式の礼をとり、光の粒子となって消滅した。
「任意解除。追加のマナ消費なし。ここも前回と変化なしですね」
高梨が手元のタブレットに記録を追記する。
ケージから出てきた大地が、和真に駆け寄ってきた。悪意はなく、むしろ目を輝かせている。
「いやー、面白かった! 三浦さんだっけ?」
「はい」
「あんた、またここ来る?」
「え?」
「今度、違う召喚体も出してくれよ。あんなデカい盾持ちじゃなくて、もっと速いやつとか、攻撃特化のやつとかもデッキにあるんだろ?」
和真は戸惑った。
「まあ、ありますけど……」
「じゃあ次はそれな! 楽しみにしてるわ!」
大地は一方的に約束を取り付けて、満足そうに笑った。
「俺、ここに通うなんて一言も言ってないんですけど」
「来る来る。あの能力、絶対面白いって」
大地の声に触発されたのか、模擬戦を見ていた他の能力者たちも和真の周りに集まってきた。
「おい、召喚体って他に何種類いるんだよ?」
「空飛ぶやつとかいるの?」
「魔法使うやつは? 今度俺とも一戦やろうぜ!」
和真は囲まれ、困惑した。
「……なんか、急に人が増えてません?」
「人気者ですね、三浦さん」高梨が横で楽しそうに笑っている。
「全く望んでないんですが」
無職になって半年は部屋に引きこもる予定だった男が、気づけば能力者コミュニティのど真ん中に放り込まれていた。
帰りの電車の中。
和真は吊り革に掴まりながら、今日一日の出来事を反芻していた。
自分は戦えない。それは事実だ。大地と素手で殴り合えば、三秒で意識を刈り取られる自信がある。
でも、ガルドなら戦える。
そして、ガルドが背後を取られた瞬間に、《転進》で位置をずらす。
決定打をもらいそうになった瞬間に、《護壁》を差し込む。
思い返してみれば、自分がやったのはただそれだけだ。
「……そうか。戦うのはあいつらで、俺は必要な時にカードを切ればいいのか」
それだけで、ガルドは勝った。
その直後、和真のポケットでスマートフォンが震えた。
画面を見ると、鳥籠で半ば強引に連絡先を交換させられた大地からのメッセージだった。
『次いつ来る? 明日?』
「早いな!」
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