スーパーロボット、異世界転移してモンスターをブチのめす 改稿版 作:NNNNkynskylove
「街の被害は!?」
中央部にある司令塔の扉を押し開けて、レムリアは叫ぶように言った。
内部に詰めかけていた騎士たち――王都から派遣された精鋭、聖律騎士団だ――そのひとりが答えてくる。
「魔炎竜、ナグルファルの攻撃で、街の西側の外壁が破壊されました! 幸い、民家の少ない区画ではありましたが……」
「人が少なければいいってものじゃないだろ! すぐに救助の手配を。それから、城壁には魔導師部隊を向かわせて、ナグルファルを迎撃してくれ!」
巨竜に対抗できるような兵器はこの姫都市には限られている。
歩兵や騎士の剣では当然どうにもならない。
まだしも通用するのは、おそらく、大規模な魔法攻撃だけだ。
そもそも、前線からは離れたこのエクセルシオールの街には、今まで魔王軍からの本格的な侵攻はなかった。
だから、通常の魔物への備えはあっても、城をも攻め落とす怪物にはまともな対抗策などない。
それが急に、最大の脅威として知られる超大型の魔物、三獣士の内の一体が襲来した理由は。
「侵略ゲートが開いたんだろうね……前兆もないのに、厄介な」
歯噛みする。
魔王軍の厄介なところは、その圧倒的な武力と軍力の他、世界中に無尽蔵の魔物を送り込める巨大な"門"を持っていることだ。
けれど、通常の侵略ゲートなら、大型の魔物でも通るのは難しいはずなのだ。
ましてナグルファルは三獣士、魔王軍の三匹の幹部にして、人の手には負えない災害のような存在だ。
歴史上でも、三獣士ほどの巨体を誇る魔物が転移した門の記録は数えるほどしかない。
それがなぜ、今このタイミングで――
(いいや。考えるのは後だ)
考えても分からないなら無意味だ。
それよりも今は。
「街の守りが最優先だ――私も打って出る! グランタイズが使えなくたって、私は街一番の魔法の使い手なんだ。たとえ敵わないとしても、せめて魔王軍に一矢報いて」
「なりませんレムリア様!」
遮ったのは、遅れて司令塔に駆け込んできたマンフレートだった。
きびすを返しかけていたレムリアの腕を掴んで、強引に引き止めながら続ける。
「あなたは勇者の力を身に宿した、この世界唯一の希望なのです! 魔王軍の侵略ゲートを封じられるのは神剣グランタイズのみ――そのあなたが自ら戦いに赴いて、いったいどうなさるのですか!」
「勇者なんかである以上に、私はこの街の領主なんだよ! 街の主が街を見捨てて逃げられるもんか!」
「いいえ……! 領主以前に、御身は勇者なのです。どうかご理解ください。ゲートを放置することになれば、被害はこの姫都市のみならず、王国全土にまで広がってしまう!」
「…………!」
紛うことなき正論だ。
正鵠を射すぎているだけに、その言葉はレムリアの胸を痛めた。
レムリアが加勢したとしても、ナグルファルを退けられる保証はない。
それどころか無駄死にする危険のほうが遥かに大きいだろう。
それよりは、今は逃げ延びて、ナグルファルが撤退した後、魔王軍のゲートをグランタイズで封印するほうが合理的だ。
そうすれば、少なくとも、魔王軍の再侵攻までの猶予は引き伸ばせる。
――姫都市を、エクセルシオールを、自分の街を見捨てさえすれば。
レムリアは強くかぶりを振った。
「嫌だ……! 私は、この街を守りたい!」
「レムリア様!」
「どうして私なんだ! グランタイズの本当の力を引き出せるなら、本当の勇気と希望の体現者なら、三獣士にだって対抗できるって歴史が証明してる! ――だけど私はそうじゃない! 魔物の接近を感知するのが精々の、ただの臆病者の私のどこが勇者なんだ!」
「っ、堪えてください……! たとえ今はお辛くとも、涙をこぼしても、世界の未来のためです! グランタイズが次世代に継承されるまでは、どんなに疎んでいても、あなたがその責を負わなければならないのです……」
だから自分の街を見捨てて、逃げろというのか。
そんな人間のなにが勇者なのか。
いったい、この役立たずのデクの剣は、なにを好きこのんで
「!? ぐう……!」
しかし、さらなる異変が起きたのはそんな時だった。
突然の胸の痛みに、レムリアは苦痛の声を上げる。
抱えていたグランタイズの刀身が発光する。
まるで警戒を促すように、赤い輝きが司令塔に広がった。
その感触で、レムリアはさらなる状況の悪化を悟った。
それからいくらか遅れて、司令塔に伝令の騎士が飛び入ってくる。
「大変です、騎士団長! ナグルファルが崩した城壁の隙間から、大量の魔物がこの街に押し寄せています!」
「なんだとっ!?」
振り返って叫ぶマンフレート。
その報告を聞いて、レムリアは頭の中が白熱するのを確かに感じた。
「くそ……! 魔王軍め、よくも私の街を! マンフレート、騎士団の白兵戦部隊を率いて魔物の迎撃に出るんだ!」
「しかし、それではレムリア様が」
「早く行くんだ! さもなければ剣を捨てろ! 誉れなき者からの忠誠を預かった覚えはないよ。これ以上は、言わせるな!」
「ぐっ……御意。剣友たちの名に懸けて、この街を守り通すと誓います」
表情に苦渋を浮かべながら、マンフレートがうなずいてきびすを返した。
その後ろ姿に、彼の直属の部下たちが外で合流して随行していく。
そして、レムリアは。
レムリアは――
(……私のワガママで、ハイペリオン王国全土を危険に晒せない)
たとえエクセルシオールの街を失おうと。
より多くを救うためには、後に続く世のことを思えば、今、自分が為すべきことは決まっている。
けれど。
「だけれども……」
どうしていいか分からない。
なにが正しいかは分からない。
ただ、間違った選択肢が浮き彫りになっている――この姫都市を守って命を捨てることは、間違いなく愚行なのだ。
けれど、街を見捨てることが正しいとは、どうしても思えない。
思えるはずがなかった。
抱えた剣を見下ろして、毒づいた。
「こんな肝心の時にも、だんまりか。とことんまで役立たずめ……」
力なく自嘲する。
……いつまでも迷ってはいられない。
決断しなければならない。
街を襲う激震、おそらく、ナグルファルからの攻撃に脅かされながら――
「分かってるさ、マンフレート君。私は結局、間違えることができない程度には小賢しいんだ。軽蔑するよ、我ながら」
「レムリア様……行きましょう」
いつの間にか、何人かの騎士がレムリアの前に並んでいた。
彼らの役目は分かっている。
マンフレートの命を受けた、レムリアをこの街から脱出させるための護衛。
そのひとりが告げた。
「急ぎましょう。もはや一刻の猶予もない」
「分かってる」
うなずいて、レムリアは騎士たちの先導に従った。
この人数相手に、抵抗しても敵うまい。
抵抗すれば時間を無駄にする。
それだけは避けなければならなかった。
「……許してくれ、なんて言わないからな。呪って、いつまでも忘れさせないでくれ」
そのつぶやきは、誰に聞かれることもなかったが。
自分が治めてきた街への、どうしようもない別れの言葉だった。
――が。
みたびの異変が起きたのは、その瞬間だった。
「おっ、わっ」
街が大きく震える。
先ほどまでの揺れとは異なる、なにかが大きく地を蹴った反動のような。
震動は続く。
激しく大気を叩く音と、大地を揺るがす激震の音。
それが何度となく連続し、しかし、その衝撃は少しずつ街から離れていく。
「…………!? ほ、報告します、レムリア様! 街の外に、鉄の巨人が現れて――ナグルファルと交戦を開始しました!」
「なんだって?」
耳を疑う。
だが、騎士の声は明白で、聞き違えることはない。
「三獣士、アクパーラが操るゴーレムとは特徴が一致しない、とのことで――その、状況が不明瞭ですが、ナグルファルの思念も乱れて混線していて。しかし……い、いえ、ですが、でも! 鉄のゴーレム、ナグルファルを圧倒しています!」
「なっ……」
信じられない事態に、レムリアは大きく動揺した。
なにが起きているのか分からない。
分からないなりに――
なにか、胸の奥から込み上げる衝動に、レムリアは司令塔を飛び出していた。
見上げる。
崩れた城壁の向こう、開けた大地に、黒い巨人の影が立っている。
見たこともない、聞いたこともない、その圧倒的な威容。
三獣士、ナグルファルにも決して見劣りしない、力強い立ち姿は。
見覚えがあったわけではない――
けれど、どこか確信にも似た直感のもとで、レムリアはつぶやいていた。
「海斗……?」
――
「喰らえやトカゲ野郎ォ、鋼の右!」
操縦桿を介して握った鋼の拳。
間合いに踏み込むと同時に放ったエックスの右ストレートが、巨竜ナグルファルの顔面へ突き刺さった。
唸るアクチュエータ、鋼鉄が雄々しく躍動し、ギガプラズマエンジンが生み出す80万馬力が剛腕を通して炸裂する。
巨人と巨竜、巨躯と巨体のぶつかり合う衝撃が、豪風を巻き起こして草木を、大地を、大気を震わせて走り抜けた。
【ぐがァァ!?】
爆発するような凄まじい破壊力が、分厚い鱗を貫いてドラゴンの巨体を仰け反らせる。
思念の声が紛れもない苦悶を伝え、ダメージの手応えをより確かなものにする。
続けざまに海斗は逆側、左腕部に直結するレバーを握って押し込んだ。
黒竜が下がった分だけ、さらにエックスが一歩踏み込んで、追撃の左フックを打ち放つ。
「まだまだぁっ! 閃光の左!」
豪腕が、頭を上げてがら空きになったドラゴンの胴体部を殴り抜いた。
超硬質の鱗をぶち割り、分厚い皮膚と筋肉の層を抉る拳。
再び濁った悲鳴を上げて、ナグルファルの巨体がぐらりと傾く。
未知の巨大生物といえど、攻撃は通じる、打ち倒せる。
速戦即決――ここが勝機だ。
エックスの両手を重ねて掲げ、海斗はそれを力強く振り下ろした。
「ぶっ潰れろ! こいつがトドメの――
【グゲぇっ……!】
そのもの、ハンマーのように真っ直ぐ打ち下ろした両拳の一撃が、ついにナグルファルを地面に叩き伏せた。
四つの足ががくりと地につき、もたげていた首が遅れて落ちる。
ズズ……ゥン、と、大きく地鳴りの音を立てて、黒竜が地に倒れ込む。
コックピット内でビシッと指を立てて、海斗は
「どうだオラァ! 見たかコラァ! 所詮は冷血トカゲだな、エックスの敵じゃねえ!」
【クソが……! 調子に乗るな、ニンゲン風情がよぉ!】
「うおっ!?」
地面に倒れたまま振り回されたナグルファルの尻尾が、危うくエックスの胴体部をかすめる。
どうにか巨体の身を引いて回避するが、体勢が崩れた。
ナグルファルはその隙を逃さなかった。
四つの足で地から跳ね起き、跳び上がる勢いのままエックスに襲い掛かる。
「ぐっ……!」
巨竜の爪が機体の両脇の装甲を削り落とし、大口を開けて食らいついた鋭い牙が、深々と首に突き刺さった。
途端にコックピット中に走る
コンソールにエラーメッセージ、『
モニターのいくつかがバヅンと嫌な音を立ててブラックアウトし、あるいは機器が火を吹き、小さな爆発とともに破片を散らした。
胴部に半ば埋もれる形で保護されているが、エックスの操縦座席は頭部そのものだ。
すなわち、首はそのまま操縦系統などの集中する急所であり、人間でいえば気道や血管を直接攻撃されているようなものである。
操縦席の脇の"Q"の文字が刻まれたボックスが明滅し、そこからクオの声が叫んだ。
『危険です、海斗! 調子に乗りすぎですよ、エックスはDr.ゼロとの戦いで手負いなんですから、丁寧に乗りこなしてください!』
「簡単に言ってくれるぜ……! 手負いだから
【シャーハッハッハ! なんだか知らねえが、大口叩いてた割には大したことねえなあ、ニンゲン!】
ナグルファルの邪念の声が脳裏に響く。
顔をしかめるが、脳裏に直接響く高笑いは、どうせ耳を塞いでも聞こえてくるのだろう。
バキバキと音を立てて、堅固な
操縦席に警告と警報音の嵐が吹き荒れる。
目に痛い赤い光の中で、海斗は。
「調子――こいてん――じゃあ――」
エックスの両腕を持ち上げ、黒竜の頭部に生えた二本角をがしりと握り込んだ。
さらに、のしかかられていた体勢を後ろに倒れ込ませる。
「ねえっての、三下野郎のボケナストカゲが!」
互いの身体の間に右足を差し込み、その勢いのまま、ドラゴンの巨体を巴投げにして投げ飛ばす!
【うがぁぁ!】
変則的な形での捨て身技だが、ここではエックスの火事場の馬鹿力が勝った。
というか、無理を押し通したせいで、手足の駆動系がいくらか火花を散らしてイカれたわけだが。
地面に叩きつけられ、苦鳴を上げるナグルファル。
その姿と邪声を尻目に、海斗は素早く機体を立ち上がらせ、武装桿を掴んだ。
「クオ、エクスブラスターだ! あの耳障りなトカゲ野郎、中身までウェルダンの黒焼きにしてやる!」
『駄目です海斗。
「おまっ、このポンコツ――そんな大事なこと今このタイミングで言うかあ!?」
『仕方ないでしょう。Dr.ゼロとの決戦からこっち、補給なしの連戦ですから』
「分ーかってんよ、そんなことは! くそ、こうなりゃあ――」
ガツンッ、と自身と機体の両拳を打ち合わせて、海斗は叫んだ。
「ブラスターにエネルギー回しとけ、きっちり3分だからな! それまではステゴロ勝負と行こうじゃねえか! 四つ足で這い回るだけの爬虫類とは、年季が――」
『街まで飛んできましたけどね、このドラゴン』
「
【シャ、ハハハ……! 上ッ等じゃねえか、ニンゲン野郎が! もともとは勇者をぶち殺せってのがゲヘナ様の命令だが、予定変更だ、まずはてめえから血祭りに上げてやるよ!】
身を起こした黒竜が、ズンと尻尾を地面に叩きつけ、地響きを起こしながら邪声を響かせる。
改めて巨体と対峙して、海斗は機体と自身の手先をクイクイと連動して動かして、手招きのジェスチャーをしてみせた。
「そういうことはやり切ってから言いやがれ、ダセェんだよ! 吐いた唾は呑めねえぞ、バーカバーカ!」
『――いえ、海斗! あちらを見てください!』
「ああん?」
声を上げたクオが、望遠カメラを起動してモニターの脇に拡大表示させる。
その映像を目に映して、海斗は息を呑んだ。
「街に魔物が……!」
崩れた城壁の中、エクセルシオールの街が炎と血に巻かれている。
泣き叫ぶ子どもの姿、逃げ惑う人々の姿、そして、それに襲い掛かるあの大トカゲの魔物たち。
横合いから騎士らしき男が割り込んで剣を振るうが、剣は鱗に弾かれて、そのまま魔物の牙が鎧に食い込む。
血飛沫と、苦悶の表情を浮かべる騎士の顔が、カメラに映り込み――
「くっそ……!」
今から駆けつけたところで間に合うわけがないが、それでも激しい焦燥感に駆られる。
さらにカメラを移すと、街へ大挙して押し寄せる魔物の群れの姿も見えた。
咄嗟にそちらにエックスの頭部を向け、海斗は武装桿の先端スイッチを押し込んだ。
「クイックシューター!」
ツインアイから一対の稲妻のようなビームがほとばしり、トカゲの魔物たちを焼き払う。
あの手持ち武器の光線銃と同じ機構、遥かに高出力のビームだ、魔物の一団は影も残さず消滅する。
草原を抉った光線の跡を、しかし後に続く魔物たちが踏み越え、街へ次々に侵入していく。
「くっそ、キリがないぞ!」
『あの様子では街が危険です! 海斗、一刻も早く決着を!』
「分かってる! けど、
【余所見してる場合かよォ、クソニンゲンっ!】
「っ、ぐお!」
走り寄ってきた巨竜のぶちかましをまともに受けて、エックスが吹き飛ばされた。
ズン……っ、と地面に背中から倒れ込んだところに追撃が来る。
ナグルファルが吐き出した炎、いくつもの火炎弾が機体とその周囲に着弾し、機体が爆発の渦に呑まれた。
「ぐあああ!」
『海斗、機体損傷率が50%を超えました! このまま防戦一方では危険です――』
【そらそらどうした、吐いた唾は呑めねえんだろうが、これでオシマイかくたばれ死ねェ! このオレ様に土をつけた報いってやつだ! 薄汚いニンゲン風情がよぉ、このまま骨も残さず焼き尽くしてやるァ!】
煽りながら火炎弾を連発され、機体がコックピットごと激しく揺るがされ、立ち上がることさえおぼつかない。
なんとか態勢を立て直して、反撃の隙を――そう焦る胸中とは裏腹に、劣勢を覆す手段が見つからない。
「せめて、街の安全を確保しないと……!」
焦りが口をついて出る。
そんな時だった。
〈――なるほど、そういうことか。やっぱりそこにいるのは海斗なんだね? 街のことなら心配いらない、魔物の迎撃にはマンフレートたちが向かっている〉
「!? な、なんだっ?」
突如、脳裏に響いた声に、海斗は困惑した。
当たり前だが一人乗りのコックピットには他に誰も、自分とクオ以外には誰もいない。
声の聞こえ方はナグルファルの邪声とよく似ているが、それとは明らかに別人の声だ。
いや、というより聞き覚えのある声である。
耳で聞くのとは聞こえ方が違うが、話の内容からもおそらく間違いない。
「その声……レムリアか!? なんで、どうやって俺に話しかけて」
〈念話っていう魔法があってね、視認できる対象となら思念の声で対話できるんだ。驚いたっていうんならこっちこそだよ。なんだいなんだいその巨大なゴーレムは、君がそんな興味深いものを持っているなんて教えてくれなかったじゃないか! ズルいぞ!〉
「ズルいってお前、だって、言うタイミングなかったし……い、いや、そんなことは今はいい。街は任せていいんだな!?」
〈もちろんだ。剣友たちを信じてくれ、並の魔物なんかに後れは取らない。むしろ、君がナグルファルを抑えてくれるなら、こっちは街の守りだけに集中できる〉
「……ありがてえ!」
【この……! オレ様とのケンカの最中だろうが、なにをゴチャゴチャと!】
怒りをあらわにナグルファルが放った巨大な火炎弾を、刹那で軌道を見切って、機体を横に転がしてかわす。
その勢いのまま立ち上がり、海斗は握り換えた武装桿のスイッチを力強く押し込んだ。
「クロスカッター、パンチっ!」
音声入力とともに両腕部を撃ち出す。
強壮推進剤の白煙を巻きながら、十字の四枚刃を展開した拳が時速3000km、マッハ2.4に達する超速度で空を切り裂き、上体を起こしていたナグルファルの胴体部を強烈に打ち据えた。
【グガぁああっ!?】
火炎弾の猛攻から一転、カウンターを喰らった形で、ナグルファルの巨体が大きくよろめいて後退する。
そのまま、ズシンと重い地響きを上げて巨体が大地にひっくり返った。
両腕が逆噴射で戻ってくると同時に、海斗はエックスをそちらへ駆け寄らせた。
接続した腕でナグルファルの身体の一部、長く伸びる尻尾を掴んだ。
両腕で握り込み、そして。
「でえええいっ!」
ぐんっ、と勢いをつけて持ち上げ、そのまま一本背負い投げの要領で間近の地面へ叩きつけた。
濁った苦悶の声を聞きながら、鋭く問いかける。
「クオ! エクスブラスターのチャージは!?」
『充填率40%。あと100秒ください』
「すっとろいなあ、おい! 結構しんどいんだぜ、このトカゲの相手は!」
『年季の違いでどうにかしてくださいよ』
【舐めてんじゃねえ、クソがぁぁっ!】
「うおっ!?」
地面に叩き伏せたナグルファルが、翼を大きく羽ばたかせた。
巻き起こった豪風に機体の制御が崩れ、掴んでいた尻尾を取り逃がす。
ナグルファルはそのまま宙へ舞い飛び、トンボを切るようにして旋回した。
空中から勢いをつけ、エックスへ急襲を仕掛けてくる。
「ぐっ!」
威力に耐えきれず倒れ込む機体、
傷ついた装甲がガリガリと削り落とされて、無数の警報アラートが鳴り響いた。
ナグルファルは攻撃の手を緩めなかった。
続けざまに両前脚の爪を振るい、エックスの正面装甲へ何度も切りつける。
装甲の厚い正面部だというのに、魔竜の邪爪は容易くそれを貫いた。
ズタ袋の有様にされ、機関部の一部が露出、その警告を告げるダメージメッセージが無数に表示され、あと、クオが口早になにか叫んでいるが忙しなさすぎて聞き取っている暇がない――
【オラオラ、どうした、もうオネンネかニンゲン野郎ォー! その程度でこのナグルファル様に歯向かおうなんざ、そもそも身の程知らずだったん、ごあッ!?】
最後の濁った邪声は、下から殴り返された悲鳴だった。
アッパーカット気味に放ったエックスの右拳が、大口を開いて笑っていたナグルファルの下顎をしたたかに狙い打ったのである。
硬質の牙が砕け、バラバラと地面に散らばり落ちる。
「喧嘩の最中によく回る口だな、トカゲ野郎! 蛮堂博士のありがたい教えその1だぜ、パンチを打つ時は口を閉じろ、ってな!」
【てッ、てめえよくも……!】
だらだらと口から黒い血をこぼしながら、怒りの形相を浮かべるナグルファル。
軽く機体にステップなど踏ませながら、海斗は挑発した。
「いーい面構えになったな、トカゲ! 三下らしい男前だぜ、最初よりよほどお似合いってもんだ。おらどうした、喧嘩の続きしようぜ、まさかビビったわけでもねえだろうがよ!」
【ク、クク……! どこまでも上等かましてくれるじゃねえか、ニンゲン野郎……! クソ面白いぜ、だったら最後の勝負と行くかァ!?】
そう言って、口の中に激しい炎を渦巻かせ始めるナグルファル。
先ほどまでの一撃とは込められたエネルギーが違う。
あまりの高温に空気が帯電し、閃光が弾けるほど、その熱量は目に見えて段違いのもので。
海斗は表情を引き締めながら、それでも余裕を浮かべて、
「芸のない野郎だ、この期に及んで火を吐くだけかよ。少々気合を込めたところで、それじゃ俺たちを倒すには物足りない――」
『いいえ、まずいです海斗! 背後を見てください!』
「クオ? ……ちぃっ!」
機体の肩越しに振り返ると、そこにはエクセルシオールの街があった。
距離があるとはいえ、ナグルファルのあの炎の熱量なら容易く街まで届き、その全域を壊滅させてしまうだろう。
ナグルファルが邪念の声で嘲笑した。
【シャーハハハハ! どうやらツキはオレ様に向いてるようだな、守るもんを背負った馬鹿野郎はやりやすくて助かるぜェ! 見捨てて逃げるってことができねえんだからなァ、ニンゲンってやつはよ!】
「この……! 街を焼いたら、てめえの手下の魔物も全滅だろうが! それもお構いなしかよ!」
【てめえを殺せるなら安いもんだ! ここまでオレ様をコケにしたケジメ、キッチリ受けてもらうゼェェ……!】
言いながら、さらに炎の熱量を高め、口の中で圧縮していくナグルファル。
位置取りを
もはや覚悟を決めるしかない、と、機体を身構えさせた時だった。
〈海斗! 海斗、逃げるんだ! いかにその鉄のゴーレムの耐久力でも、ナグルファルの全力の炎には耐えきれない! 私たちのことはいい――その代わり、必ずナグルファルを……!〉
「レムリア……」
念話の声を飛ばしてくるレムリア。
それに対して、海斗は笑って答えた。
弱々しくではなく、あくまで、
「馬鹿言うなよ。あんなトカゲごときを相手に、エックスが逃げる? 負ける? そんな情けない有様じゃ、元の世界の仲間たちにも笑われちまうぜ!」
〈なっ……海斗、こんな時に変な強がりはよすんだ! そんな意地を張ってなんになる!〉
「あいにくと、
『どうにか75%まで』
「……フルチャージは間に合わねえな。ええい、ままよ!」
頭を振って切り替えて、決断する。
クオに命じた。
「ギガプラズマエンジンをオーバードライブさせろ! 焼き付いても構わねえ、全力全開でぶっ放すぞ!」
『正気ですか? 最悪、機体が反動で自壊しますよ』
「知らん! 全部まるっとうまくやれ! やってみせろよ、なあ
『――――』
しばしの沈黙。
いや、返答はなかった。
ただ無言で、クオは実行に移した。
エックスの両足のすねから、数本のスパイク状の突起が生え出し、深々と草原の大地に突き刺さる。
『アンカーボルトセット。ギガプラズマ、オーバーロード――ブラスター準備』
その声を聞いて、海斗はどっかりとシートに背をもたせかけた。
引き絞った武装桿のレバーを握り締めて、待つ。
【シャハハハハ……! なにをする気か知らねえが、
ナグルファルが巨体の膨張と呼吸の動きを止め、強く溜めを作った。
その口腔内に渦巻く獄炎は、もはや核の熱にも匹敵するだろう。
超高熱の余波だけで、近くの大地が乾いて干上がり、木々が炎上していくほどに。
対するこちらのコックピットは、クオの淡々とした声が響いていた。
『仮想誘導砲門展開――射出角、水平正面。エネルギーチャージ完了。現在出力、仕様限界想定の150%』
ドラゴンが首を仰け反らせる。
傲然と首をうねらせ、天を睨む。
頭を振り下ろすと同時、その大口を開けて、轟哮とともに業火の息吹を解き放つ!
【くたばれェェェーーー!!】
巨大な咆声と閃熱が弾け、赤く大気を焼き焦がす。
凶猛な大顎の奥から渦巻く爆炎の吐息が放たれ、エックスと、その背後の街へと押し寄せる。
『臨界係数値突破――全力全開、オーダー通りです。
「
叫び、音声入力で武装を起動しながら、両腕のレバーを交差させるように前へ滑らせた。
極大と呼んで差し支えない熱と衝撃、真紅の輝きが胸部放熱板から膨れ上がる。
機体そのものが反動で押されて倒れかねないほどの、ただ凄まじいばかりの威力が撃ち放たれた。
天地焼き焦がす凄絶な
刹那、互いに絡み合った光熱と圧力が、世界を震わせ揺るがしてから――
【な……っん、だとォ!?】
――十字に収束して切り裂く熱線の輝きが、ドラゴンのブレスを消し飛ばして、突き抜けた。
グオッ、と空気が膨れ上がって、次いで爆発して弾け飛ぶ。
幾度目かになる激震が、その中でも最大の衝撃波が、大地を強く激しく揺さぶって鳴動させた。
【バカなっ、ウギャアァァァー!】
否、その身体を悲鳴ごと呑み込んで、巨大すぎる火柱を吹き上げた。
巨体が飴のように溶け、崩れ、そして灰燼の炎に呑まれて消し飛ばされる。
極炎が爆発へと姿を変えて、吹き荒れる熱風の嵐が草原を駆け抜けた。
それが吹き抜け、通り過ぎれば――
後には、十字架状に抉れた
『対象の反応、完全に消滅――』
クオの電子の音声が、静かにコックピットに響いた。
『――勝ちましたかね?』
「見れば分かるだろ。楽勝だったぜ」
言うほどには余裕なく、海斗は額の汗を拭って再びシートに背を投げ出した。
〈これが君の力なのか――なんて、凄まじい……〉
呆気に取られたレムリアの声が、少し遅れて脳裏に届いた。
夕焼けが、街外れにたたずむエックスを照らしていた。
海斗はその足元に降り立って、エクセルシオールの街と向き合っている。
被害こそあれ、なんとか守り通せた……逆に言えば、被害をゼロにはできなかったが。
戦いとはそういうものだ。
元の世界で戦い抜いた記憶が胸に疼く。
しかし、総大将であったナグルファルが倒されたことで、残った魔物たちは一斉に怯え出して逃げ出したらしい。
騎士たちが掃討戦を行い、街は完全に平穏を取り戻している。
静かな夕日の射す街を、早くも復興作業の威勢のいい声が満たしていた。
その光と声を背負いながら、海斗は頭に手をやった。
「あーあ。元の世界で平和を掴んだと思ったら、新天地でまた戦いの宿命とは。お前といるとつくづく退屈しないな、エックス」
ナグルファルとの戦いですっかりボロボロの有様の愛機に、呼びかける。
鋼鉄の雄姿はもちろん応えることなく、無言で自らの守り抜いた街を見渡している。
心なしか、その瞳が満足そうに輝いて見えるのは、単なる贔屓目だろうか。
そんな感慨に耽っていると。
「海斗ーっ!」
聞こえてきた、覚えのある声に振り向く。
青いドレス姿のレムリアが、息を切らしながらこちらへ駆けつけてくるところだった。
片手を上げて海斗が応えると、レムリアはさらに駆け足の速度を上げた。
その姿がどんどん近づいてくる……減速なしに。
いや、いやいやいや、ちょっと待て?
その勢いはお前、まさかとは思うけど、立ち止まるつもりがないんじゃ――!
「海斗! うわあーん、ありがとう海斗海斗海斗ー!」
「どああああっ!?」
みぞおちに、思いきり体当たりをぶち込まれて、海斗は路面に押し倒された。
煉瓦の地面で頭を打って、腹の痛みと合わせて悶絶する。
そんなこちらの様子など知ったことではない様子で、上に乗ったレムリアがまくし立てた。
「まさか本当に三獣士を倒してしまうなんて、信じられない、まったく信じられないやつだよ君は! やつらを打倒した記録は、この剣友歴400年の歴史でもわずか数例しかないのに! 初陣でそれを成し遂げるとか、ちょっとどうかしてるよ、空気を読みたまえよ海斗ー!」
「うがああー! 空気を読むのはお前だ、レムリア! その功労者を圧殺する気かお前は、重くはないけど乳が当たってんだよ、乳が!」
「胸くらい君にもあるだろう。なにを恥ずかしがってるんだい、あははは!」
ちょっとどうかと思うほど浮かれまくっている。
まあ……長年の大敵を打ち倒した直後だというなら、その喜びようも無理はないが。
無理はないが、ちょっとは自重とかしろよ、この第二王女。
文句を言うに言えずにいると、また別の声が響いてきた。
「姫様! ああもう、またその者に恥じらいもなく抱きついたりして――あなたはご自分の立場を弁えてください。ここには街の者もいるのに、どういうおつもりですか!」
「まあまあマンフレート君、今日くらいはいいじゃあないか? こんな歴史的な日に堅苦しいのはどうかと思うよ、ここは無礼講で行こうじゃないか!」
「なりません! ですからレムリア様、あなたは王家の血というものを――」
「あーもう! そういうの、俺の頭越しじゃなくて直接やってくれねえかなあ!?」
うがーっ、と強引に身体を起こしてレムリアを放り出し、海斗は叫んだ。
と、マンフレートが今度はこちらに食ってかかる。
「姫様になにをする! そのような無礼な行い、いかに貴公といえど見過ごせんぞ!」
「不可抗力だろ、どうしろってんだ! 前からそうだけど、なんかお前って俺にだけ当たりがキツくないか!? 恩に着せるつもりはないけど、二回もレムリアを助けた恩人だぞ、俺!」
「その方法の是非を問うているのだ!」
「この世界の流儀なんか知るかよ、よそ者だぞこっちは!」
「なんだと貴公ー!」
「この野郎ー!」
「あっははははは!」
弾ける笑い声に、マンフレートとふたりで視線を転じると、レムリアが地面に座り込んだまま大笑していた。
夕焼けの空に向けて、その空まで突き抜けるように。
「まったく……本当に。本当に、ありかとう海斗、マンフレート。ふたりのおかげで私の街を守れた。なんてお礼を言っていいか分からない」
「あ……いえ。騎士として当然の役目を果たしたまでです」
「俺もだ。勝手に喧嘩を買っただけで、礼を言われるようなことじゃない」
「それでもだよ。ありがとう」
繰り返しそう言って、レムリアは立ち上がった。
ぱんぱん、と裾をはたいて、喜びの声に満ちた街を見回す。
それから声を張り上げた。
「みんなー! 復興作業もいいけど、今夜は勝利を祝した宴を開くからねー! 屋敷にある酒蔵は大開放! たらふくのご馳走も用意させるし、立場を忘れてみんなで騒ごう! もちろん勝利の立役者、あの鋼鉄のゴーレムを操った勇敢な戦士、鉄海斗の歓迎会も兼ねてだよ!」
「うおおおー! やったー!」
あちこちから上がる大歓声に、海斗も、そしてマンフレートも毒気を抜かれてしまった。
いや、まったく……レムリアには敵わないと、お互いに無言で視線を行き交わして。
「そういうわけで、海斗。ちょっと遅れちゃったけど、ほら」
「あん?」
と、振り向いてこちらへ差し出されたレムリアの右手。
開かれた手のひらを見つめて、海斗はその意図を察した。
「……ああ! これからよろしくな、レムリア!」
こうして結んだふたりの"握手"が、今日という勝利の日と、明日へ向けての約束を誓い合った。