僕男なんですけど、どうして魔法少女にさせられたんですかね? 作:一兵卒
僕は一週間ほど、彼女が転校してくる数日前から怪奇現象に頭を悩まされていた。
異様発達する犬歯。
深夜二時、毎晩首筋につけられる噛み跡。
そして、いつも視界の端を横切る白い、白い狗――。
しかしそれらの怪奇現象は、彼女が転校してから一挙に解決した。
僕が目撃した彼女の化物退治の相手は、記憶違いでなければ白い巨大な狼のようなものだった――
今思えば、あの巨大な狼こそが一連の怪奇現象の原因だったのだろうし、だとすれば大豆田紅咲もまた、僕の恩人という事に――「起きろッ!」
「ッ――あ痛ァ!?」
耳元で叫ばれて、はね起きる――と、頭に強く何かが衝突した。なんだろう、何と言うか、机とかそういうのとはまた別のぬくもりがあったような――。
ズキズキと痛む頭を押さえながら、涙が滲む目を開く。
「痛いなあ、もう……」
「いやあなたが悪いんでしょう――雲谷さん」
大豆田が珍しく、あきれ様な表情でいる。珍しいと言っても、二日程度の付き合いなのだけど。
さっきの台詞から察するに、どうやら僕は人の頭にぶつかったようである。申し訳ないと思うのだけれど、そうなるとどうして大豆田が怪訝な表情をしているのか謎が残るが。
「紹介するよ、この方が私の恩人――」
「雲谷桔梗だよ。よろしくね、青女子ちゃん」
雲谷と名乗る、赤髪の女性は人当たりの良い笑みを浮かべている。額を手で押さえてこそいるが。
……いや、美人だ。ため息が漏れるほどの美人だ。益々なんでこんな美人が正面衝突したのか訳が分からなくなる。
「いいか青女子、この人には二メートル以上距離を取るんだ。絶対だぞ」
「いやいや大豆田さん、やっぱり仮にも命の恩人にそんなことを言ったら失礼なんじゃないのかな」
「君は!雲谷さんの脅威を知らないからそんなことを――ひっ!?」
何に怯えているのか、大豆田はぎこちない動きで後ろを振り向く……なんだ、只雲谷さんがにこやかに立っているだけじゃないか。
「……とにかく警戒は続けてくれ。本当に、切に」
「?……はあ」
大豆田さんは心底グロッキーと言った感じだ……急にどうしたのだろうか?
「はてさて紅咲ちゃん、目の前の何も知らない青女子ちゃんに事情を説明してあげなさい……補足ぐらいならしてあげるからさ」
「まいったな、あんまり得意じゃないんだけど」
「四の五の言わず、ほら」
「……わかりましたよ」
ため息をついて、彼女は語り始めた。
僕が何を見たのかを。
僕がこれから、どうなるかを。
※※※
「一からおさらいしよう。
「魔法少女は知ってるよな?
「……そう、それだ。
「端的に言えば、私たちがそうなんだ。
「華美な衣装を身に纏い。
「不可思議な魔法を使って。
「おぞましい化物――『怪異』と戦う。
「君はその化物退治を目撃してしまったというわけだな。
「……知ってると言われてもな、一応状況を整理しようと思って。
「さて、結論から伝えよう青女子――青女子藍。
「君に、魔法少女になってほしいんだ!」
※※※
曰く。
曰く、通常の人間にはあの手の怪異や変身中の魔法少女は見る事が出来ないのだそう。じゃあなぜ僕が見る事が出来たのかと言えば、ひとえに才能があったせいだそうだ。
それに、怪異を退治する人間は慢性的に人手不足らしい。世知辛い話だ、まったく。
「……申し訳ないけど大豆田さん、才能があるとか嬉しいこと言っちゃあくれるが、僕はどうしても魔法少女になることは、どうあがいてもできないな」
「ふむ、それはどうしてだ。時間がない、なんて話であるのなら、私の様に放課後とか、開いてる時間にでも――」
「そういう問題じゃあ、ないんだよ」
やれやれまさか、わざわざ明言する時が来ようとは思わなかった。毎回毎回、会う人会う人に説明してきたけれど、ここ数年は制服登校ってことで、随分と楽だったんだけどな。
「いやほら、だって僕、男だからさ」
――と。そういったところで、大豆田さんがフリーズして、雲谷さんの笑みが最高潮にまで深まった。
あれ、そんなにおかしなことを言ったかな……まさか、まかさとは思うが、
「青女子……君、女の子じゃなかったのか?」
そんな馬鹿な話だった。
「いやいや大豆田さん、一人称とか、制服とかさ」
「ジェ、ジェンダーレス……」
現代社会の弊害がここで出た。
余談であるのだが、僕の性別を初見で当てられた人物はいない。そんなにわかりづらいものなのだろうか……。
雲谷さんは口元を抑えて、そして大豆田さんはジロジロと、僕のことを頭からつま先まで観察する……気分は当然よくない。
「あの……大豆田さん?」
「うん、青女子、やはり君は魔法少女になるべきだ。有無は言わさない。絶対になる運命だったのだ。才能に満ち溢れている。どうだ、やはり才能と言うのは人々のために生かすべきではないか?当然ただで働けとは言わない、当然給金も出るし、どうだ、アルバイトだとでも思って」
「大豆田さん???」
よく見ると雲谷さんは爆笑している、心の底から愉快と言った様子で床に転がって笑い転がっている。一体何なんだ、一体何がこの人の琴線に触れたんだ!?
「さあ青女子、今私の手元には『過去に来てみたはいいけどあんまり似合わなかったから今はたいして着ていない魔法少女服』がある」
「……ごめん僕これから用事が」
「シャラップ!君のような男の娘を私が逃すわけないだろうーッ!」
「ついに本性を現しやがったこの女!?」
――大豆田紅咲。
――絶世の美女にして、転校生にして、魔法少女にして、そして真性の変態である。