『もう一つの物語』   作:ミサ菓子折(LRA)

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1月6日(水曜日)

 

 

 消えゆく命。

 私はそれを眺めていた。

 どうすることもできずに。

 せめて何かをしてあげたかった。

 だから、胸に抱きしめ、頭を撫で続けてあげた。

 きょとんと私を見つめる目。

 ただそれが悲しくて仕方なかった。

 何時間そうしていただろう。

 ふと、目に冷たいものが触れる。

 あの子が私の目を震える指で拭ってくれていた。

 止まらない私の涙を。

 それが呪いの始まりと知ったのはいつからだっただろう。

 あの子は私に何かを伝えたかったのだろうか。

 その答えを探し続けている。

 見つけられないと諦めながら。

 

 

 

 

 

 

 

     1月6日(水曜日)

 

 

 嫌なものを見た。

 この一年見ずに済んだのに……。

 変わっていこうと思っていたのに……!

 どうしてあの子たちは私の邪魔をするのだろう?

 不愉快だ。

 いや……本当はわかっている。

 私が一度その気になって見れば、この周囲の人間にも残り香がついているのだろう。

 一体、何匹彼らは人間の世にいるというのだ?

 何故無意味と分からない?

 いや、無意味どころじゃない。

 害悪でしかないというのに。

 そう思うと不快感が高まる。

 思わず目を背けたその不快感の元凶に目を向ける。

 駅前のベンチに腰掛けているダッフルコートの少女を。

 薄く立ち昇る独特の臭いというかオーラのようなものが目に入る。

 その気になって確かめるまでもない。

 今までの経験からすると少し薄い気もするが、残り香とは比にならない強さだ。

 あの子たちの仲間に間違いない。

 一体、あなたはどこの誰に不幸をばら撒く気ですか?

 不快感も久しぶりだったせいか感情が酷く昂ぶっている気がする。

 しかし、できることならその少女をこの場で刺し殺したかった。

 どうせ数週間の命。

 その間に人に迷惑をかけるのならいっそ私が……。

 目を硬く閉じ、首を振って少女に背を向ける。

 こんな人通りでそんな行為に及べばどうなるか、それが分からないほど私は馬鹿ではない。

「命拾いしましたね」

 人さえ見ていなければ、刺し殺したところで問題はないだろう。

 全ては霧のように消え去るから。

 

 

 

 既に夕暮れが迫っていたが、家に向けていた足を方向転換する。

 行き先はあの場所だ。

 あの子たちを見かけたら、必ず向かうようにしているあの場所に。

 女の子が夜道一人歩きするのは危険と言われる。

 しかし、私には関係のないことだ。

 私はそれほど魅力のある女とは思えない。

 そもそも私は自分自身が嫌いだからだ。

 地味で陰鬱で……鏡を見るのも鬱陶しい。

 それに、体目的で襲われたところで怖くなどない。

 夜は私の領域だ。

 いっそそんな酔狂な連中がいるのなら、身を任せてやってもいいかもしれないとも思う。

 いや、やっぱりそれはやめておこう。

 私がどうでもよくてもお父さんとお母さんが悲しむ。

 私が普通の女の子として、普通の人間として生きてくれることを願っている二人をこれ以上悲しませたくない。

 学校に行っているのも、勉強もちゃんと平均以上にこなしているのはそのためなのだから。

 

 

 

 やがて、その場所に到達する。

 隣街が見える小高い丘に開けた草原に。

 『ものみの丘』と呼ばれるあの子たち、妖狐達の故郷だ。

 街であの子たちの仲間を見かけてしまったときは必ずここに来ることにしている。

 理由は……

 極めて馬鹿らしいことだ。

 煮えくり返るこの気持ちを大声で叫ぶため。

 この丘のどこかにいる狐達に呪詛のごとく恨み言を叫び続ける。

 一つは私の気を晴らすため。

 もう一つは、あの子たちを二度と人の世に憧れないようにさせるためだ。

 そんな私の気持ちも知らずあの子たちは街に何度も現れる。

 一体一年に何匹が街に降りているというのだろう?

 耳目に入る悲劇の数が少ないのは……

 きっと記憶を無くし、想い人に出会うことすら叶わず消えていった者がたくさんいるということに違いない。

 それが見えてしまう自分が恨めしかった。

「えっ!?」

 いざ恨み言を叫ぼうとした瞬間、近くで何かが光るのに気付いた。

 前方数十メートル先の草原が光っている。

 何事かと思わず私は駆け寄った。

 なんとそこには天を仰いで光り輝く子狐がいるではないか。

「何をしているのです!」

 狐の背後に駆け寄った私は大声をあげた。

 直感的に気付いたのだ。

 今まさにこの子狐が人化の術を使おうとしていたということに。

(あうっ!?)

 ビクンと尻尾と背中を直立させ、子狐が飛び跳ねる。

 と、同時に子狐の体から発せられる光も消えた。

 どうやら驚いたせいで術が中断されたらしい。

 よかった……間に合った。

 人にも妖狐にも、双方にとって為にならないことになる出会いを止められたのだ。

 しかし、私の安堵はすぐに壊されることになる。

 それもとんでもなく滅茶苦茶な方向へ。

 

(あなた……誰なの?)

「……はい?」

 

 多分私はとんでもなく間抜けな顔をしていたことだろう。

 それは向かい合っている子狐も同じことだが……。

 とにかく、これが奇妙な物語の始まりだった。

 




というわけで、20年ぶりに連載を再開した『もう一つの物語』です。
Kanon Trilogyが表の物語なら、こちらは裏に当たる物語ですね。
久弥ヒロインサイドと麻枝ヒロインサイドと言えば分かりやすいでしょうか?
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