『もう一つの物語』   作:ミサ菓子折(LRA)

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1月19日(火曜日)

 

 

     1月19日(火曜日)

 

 

 何故この人はこうなのだろう。

 いつものように、真琴の様子を見に屋上への階段広場に寄ったら……。

「あははーっ、これどうです美汐ちゃん?」

 ドレスを持った佐祐理さんがいた。

 ちなみに、今日は舞踏会の準備とやらで昼までで授業は終了だった。

 真琴のことを頼んで、私は家に帰るつもりだったのに……。

「素敵ですね」

 投げやりにそう返事する。

 どうでもいい。すごくどうでもいい。

 どうでもいいから帰らせてくれ。

「実は、美汐ちゃんの分も持ってきたんですよ」

 だからなんだ。

 私にどうしろというのだ、このお嬢は。

「持ってきたから何だって言うんですか?」

「舞踏会、出てみませんか?」

 いきなりドレス持ってきて、舞踏会に参加したいとも言ってない人に『出てみませんか?』ときた。

 このお嬢、頭が湧いてる。

「出ませんよ」

 頭痛がしてきた頭を押さえながら、努めて冷静にそう返答する。

 しかし、佐祐理さんは不思議そうな顔をしてこうのたまった。

「はぇ。でも、舞も真琴ちゃんも乗り気ですよ」

 ……知ってる。

(これで参加できるね)

「……食べ放題」

 さっきから視界の外でドレスを体に合わせてる舞さんに、涎をダラダラ垂らして喜色満面の真琴。

 説明されるでもなく、舞踏会に参加できるとなって喜んでいる図だ。

 ただし、踊るためじゃない。

 学食レベルの食べ放題を食べるため。

「真琴、あなたは参加できるわけないでしょう。狐ですよ」

(何で?)

「何でって、衛生的に」

(真琴きれいだよ? それに、姿も消せるもん)

 言うが早いか青いオーラを纏う真琴。

 おい、こんな人前でステルスモードを使うな。

「はぇー、真琴ちゃん消えちゃいました」

「多分この辺」

 あたりをきょろきょろと不思議そうに見回す佐祐理さんと、真琴のいたあたりを手探りする舞さん。

 その腕が体に触れた瞬間、真琴の青いオーラは消えた。

(舞、あったりー)

 ステルスモードを解除したんだろう。

 私には一部始終完全に丸見えだったが。

「……ね?」

「わー、舞凄いね。真琴ちゃんも凄い狐さんだね」

 頼むから舞さんはともかく、佐祐理さんに変な能力を見せないでくれ。

 既に今更な気もするが、その人はいまいち信用できない。

「だいたい、このドレスどうしたんですか?」

「佐祐理の知り合いに、ここの卒業生の方がいてドレスを持ってないか訊いてみたんですよ」

 なるほど。

 どうせ、その知り合いとやらも一人や二人ではないんだろう。

 でなければドレスを三着も、それもサイズまでぴったりそうなものを用意できるわけがない。

「というわけで、出ませんか?」

「出ません」

 何が『というわけ』だ。

 私が参加しないといけない理由はどこにもない。

「でも、それじゃ真琴ちゃんは出られないですね……」

 佐祐理さんはしょんぼりと肩を落とす。

 つまり、これはあれですか?

 舞さんが喜ぶから真琴を連れて行きたい、けど飼い主の私が了承しないとダメと?

(出ようよぉ。食べ放題……)

「キツネさん……残念」

 そんな目で見ないで下さい。

 第一、佐祐理さんは誤解をしている。

「別に真琴は私が飼ってるわけじゃないですよ。面倒を見てくれるのでしたら、どうぞ連れていってください」

「はぇっ!? そうだったんですか?」

 別に私は真琴を所有物にした気はない。

 ろくなことにならない未来しか見えないが、狐を連れ込んだことの責任を取れるなら勝手にしてくれという感じだ。

 それに真琴も姿を見せなければ大丈夫ということは分かってるようだし、問題は起こすまい。

(美汐! 美汐も真琴をポイするの!?)

 だが、そうは問屋が卸さないのがこの狐。

 何をどうしたか、捨てられると勘違いしたらしい。

 涙目で私を見てきた。

「捨てるとは言ってないじゃないですか。私はただ真琴の自主性をですね……」

(やだぁ! 置いてかないでぇ)

 聞いちゃくれない。

 真琴は泣き叫びながら私に縋りついてくる。

「…………」

「何ですか舞さん。その目は」

 非難の視線を投げかけてきた舞さんに抗議しておく。

 私は悪くない。

「というわけで、どうですか? 参加しません?」

「はぁ……考えさせてください」

 笑顔でドレスを広げてみせる佐祐理さんを見て頭痛。

 このアマ、こうなることが分かって仕掛けてきたんじゃなかろうか?

「あ、違うんですよ。真琴ちゃんが舞踏会のポスターを持ってきた時、『思い出づくりしたいな』って思って、ダメ元で知り合いを当たってみただけで……」

 私の睨むような視線に気づいたのか、佐祐理さんはそう取り繕う。

「はぁ、そうですか……」

 もうどうにでもなれ。

 私は呆れながらドレスを受け取る。

「一応訊いてきますが、踊る必要はないですよね?」

 これは重要なことだった。

 どうにでもなれとは言ったが、踊るとなれば話は別だ。

 人前で踊るなんて絶対嫌だし、そもそも私は踊り方なんて全く知らない。

「あ、それは大丈夫です。毎年何割かは、お喋りしたり、踊りを見るのが目的の方もいるそうなので」

「そうですか」

「佐祐理も経験はあんまりないですから、できれば踊りの方ご遠慮したいなーって」

「そうですね」

 親近感を持たせるためなのか『あんまりない』と言い訳をしてくる佐祐理さんにため息。

 普通の学生は『あんまりない』じゃなくて、経験そのものがないんですよ。

 同類扱いしないで下さい。

(ていうか、美汐。いやいや言ってばかりだけど、何が嫌なの?)

「そりゃ嫌に決まってるじゃないですか。こんな服を着て、人前で踊るなんて」

(んー……)

 人をイヤイヤ期の子供みたいに言わないで欲しい。

 だいたい、あなたのせいで参加を考えないといけなくなってるんですが。

 そう思っていると、真琴は閃いたとばかりにぱぁっと顔を明るくさせて言った。

(じゃあ、もう何もつけないで参加したらいいんじゃない?)

「私に何させたいんですか! このドエロ狐!」

(ぎゃん!)

 怒りに任せて真琴の尻尾を踏み抜く。

「……何て?」

 舞さんが不思議そうな顔をして私に聞いてくる。

 いつもなら『いじめるな』と言って来る舞さんだが、様子が違うことに気付いたらしい。

「恥ずかしいなら裸で参加したらどうだとか言ってきました」

「……裸踊り?」

「しませんよ!!」

 何で踊りの中でも、もっとも恥ずかしい踊りをしないといけないんだ。

 そんな踊りを披露した日には、その日が私の退学日……いや、人間失格日決定だ。

「あははーっ」

 困惑してるのか、純粋に愉快なのか、能天気な笑顔を浮かべてる佐祐理さん。

 このお嬢、色々と覚えてろ。

 誰のせいで、こんなことになったと思ってるんだ。

 

 

 

 

 結局あの後、家に帰ったらドレスを見たお母さんにも驚かれた。

 どこでもらってきたのかに始まり、舞踏会の参加にびっくりされ、その他もろもろ。

 帰ってきたお父さんにも驚かれ……もう思い出すのも嫌だ。

「美汐がそんなのに憧れていたなんて……」

「私じゃありません! 全部この子です!」

(あぅ?)

 最終的に二人の前に真琴を放り出して、私は部屋にこもった。

 居間では二人と一匹の問答が繰り広げられていたが、私の知ったことじゃない。

 通訳してくれと二人と一匹から頼まれた気がしたが、無視して宿題に向かい合う。

 まったくなんて厄日だ。

 

 

 

 

 

 

 夜の学校に向かっても、まだ真琴は不満タラタラだった。

(あぅぅぅ……話は通じないし、美汐は部屋から出てこないし最悪だったわよぅ)

「ちょっとは自分のしでかしたことの大きさを理解してください」

(真琴が何したっていうのよぅ)

「舞踏会に参加したいと駄々をこねました」

(そうだけどぉ、そうじゃない……)

 どっちなんですか。

 まあ、言いたいことは分かる。

 卵が先か、鶏が先かの理屈だ。

 しかし。根本原因は何かと言えば、間違いなくこのバカ狐が舞踏会ポスターを持ってきたことだ。

 だから真琴が悪い。間違いない。

(それで美汐は参加するの?)

「前向きに考えてはいます」

(ほんとっ!?)

 まあ、尻尾踏みつけたり、両親の質問攻めに小一時間放置したのだ。

 これで『参加しない』と言ったら、真琴に酷というものだろう。

「ただし、これ以上いらないことはしないで下さい。次、余計な事したら参加はなしです。いいですね?」

(言われなくたって、もうこりごりよぉ……)

 うつむきながらとぼとぼと歩くその姿は、反省しましたという態度をこれでもかと表現していた。

 少しくらい甘いことを言ってもいいだろうか?

「まあ、私も真琴と舞踏会に参加するのは、やぶさかではありませんが」

(やさぶか?)

「まんざらでもないという意味です」

(まんまんざらざら?)

「なんです? それ」

(さあ……? ていうか、分かりやすい言葉で言って!)

「……楽しみってことですよ、多分」

 言語学者でもないのに、言い換えの言葉なんてそんないくつも思いつくものか。

 行間が二三行近く抜け落ちた言い換えしか思いつかなかった自分に、少々うんざりする。

(あはは、楽しもうねっ)

「はいはい。あと言っておきますが、私は本当に踊りませんからね」

(真琴も踊らないよ? ていうか、何しに行くの?)

「それは、舞踏会ですから……いえ、もう何でもいいです」

 舞踏会の意味を説明しようとして、真琴には食べ放題の場所としか映ってなかったことを思い出す。

 うん、説明するだけ無意味だ。

「それにしても、舞さんはどこでしょう?」

 いつもの位置に来ても、舞さんの姿はない。

 まさか、舞踏会の準備で張り切ってしまって魔物退治はなしに……?

 ぴくっと真琴の耳が動く。

「どうしました?」

(えっと、多分戦ってる)

「どこで?」

(上の階)

「行きましょう」

 言うが早いか、駆けだす私達。

 しかし、そんな私達を止める声が響く。

 

「こっちへおいでよ」

 

 この声は……。

「まいさん?」

 階段を上ろうとしたところで、真琴を顔を見合わす・

 いや、『こっちへ来い』と言われても、舞さんが戦闘中のようですが……。

 さすが放置して行くわけにもいくまい。

 私が再び歩き出そうとすると……。

 

「そっちいくと戦っちゃうよ」

 

 いや、しかし、舞さんを放置するわけにもいかない。

 階段を登りだした体勢のまま固まる私。

 どうしろと言うんだろう。

 そう逡巡してると、しびれを切らしたのかまいさんの怒りの声が響いた。

 

「いいから、戦いを避けてこっち来いっての」

「あ、はい」

 

 有無を言わせない圧力に屈した私達は、舞さんのいる側に背を向けて旧校舎から四階へと上がった。

 

 

 

「はろー。昨日ぶりだねっ」

 四階のいつもの教室に入ると、まいさんが教卓に腰かけて手を振っていた。

(こんばんはっ)

「こんばんは、まいさん。本当にあっちの舞さん放っておいていいんですか?」

 あっちと言いながら廊下の外に目をやる。

「いいのいいの。ちょっと気になったから、『めい』をぶつけて様子を見たいの」

「気になるってのは?」

「昨日ちょこっと交戦したでしょ。やっぱり舞の左手利いてないみたいでさ……」

「ああ……」

「ちょっとごめんだけど、数日待って。『れい』もぶつけて勘を取り戻させようと思うから」

 どうやら、まいさん同様に舞さんの左手はもう使い物になっていないらしい。

 だが、不幸中の幸いというか魔物『えい』の担当部分は左手だった。

 つまり、機動力が落ちたわけでも、そこまでの不自由が生じているわけでもない。

 慣れれば何とかなるということだろう。

 しかし……。

「魔物、操れたんですか?」

「ううん……」

 私の質問にまいさんは悲しそうに首を振る。

「もう抑えが効かなくなってるだけ。おかげで、あたしも出ていられるけど、いいことじゃないよ」

「そうですか」

 まいさんは魔物の出現を抑えつけていると言っていた。

 だけど、チカラの暴走は近いのだろう。

 ついに出現を抑えることができなくなってきているようだ。

「ところで、昨日の最後、何か訊きたいことあったんじゃないの?」

「ああ、舞さんが言ってたんですけど、魔物が変わった気がするという話なんですが」

「あー……うん」

 心当たりでもあるのか、うさぎの耳が元気なさげに垂れる。

「どういうことです?」

「わかんない。でも、変わってるのは確か。『えい』があんな姿で現れるなんて、あたしもびっくりしてる」

(まいも知らなかったの?)

「あいつ、影が薄いやつでね。普段は『めい』や『れい』の真似をして出てきてたの」

「それが突然舞さんの模倣をしたってことですか」

「うん。しかも、実体化までして出現するなんて……」

「一体、何が起こってるんです?」

 私がそう聞くと、まいさんは肩をすくめてお手上げのポーズ。

「あたしも分かんない。ただ、魔物が変質してるってのは間違いないと思う」

「そうですか」

 魔物自身も分からないと言ってるのだ。

 じゃあ分かるわけがない。

「一応気を付けて。今回は舞にとっては有利な形だったけど、他の魔物はそうとは限らないから……」

「はい」

 確かに魔物『えい』は強かった。

 だけど、可視化して現れた時点で自分の優位性を捨てたとも言える。

 私達の介入がなければ勝負はつかなかったとはいえ、その意味では、今回は有利に作用したと言えるだろう。

「そういえば、明日なんですけど」

「ん?」

「多分こちらには来れません」

「なんか用事?」

「用事というか。舞踏会に参加することになってしまいまして」

 言いながら真琴を睨みつける。

(あぅーっ、もう勘弁してぇ)

 もう条件反射のように、耳をふさいで地面にうずくまる真琴。

 さすがにいじめすぎたか。

「そういうわけで、来れるとしても遅くなると思います」

 閉会は8時と聞いた。

 そこから参加者が全員帰ったとして、まいさんに会いにいけるとしたら9時ごろだろう。

 状況によっては、そのまま帰った方がいいはずだ。

「あの、まいさん?」

「…………」

 まいさんは、渋い顔をして沈黙していた。

 怒ってるのだろうか? いや、怒って当然だ。

 自分は舞踏会なんて楽しめない体なのに、当の私達はそんな浮かれたイベントに参加しようとしているなんて。

 ましてや、時間がないこの時期に時間を無駄にしようなんて正気では……。

「まずいかもしれない」

「え?」

「忘れてた。そういえば、この時期にそんなイベントあったよね……」

 まいさんはあごに手を当て、考え込むような仕草をする。

 そこで私も気付いた。

 なんで気付かなかったのだ。

「魔物……」

 そう。魔物だ。

 夜は魔物の時間じゃないか。

「出るんですか?」

「出る。毎年通り抑えつけるつもりだけど、抑えられるか分からない。というか、多分無理」

 魔物の出る時間帯に舞踏会は開かれる。

 やはり、今まではまいさんが出現を抑えていたようだ。

 でも、今年は、その抑えが効かない。

(ど、どうするの!? 魔物が出たらまずいんじゃないの!?)

「真琴、あなたのまずいって、食べ放題が邪魔されるからじゃないでしょうね?」

(そうだけどぉ……そうじゃない……)

 まあ、真琴なりに深刻さは理解してるようだ。

「あ、舞踏会に参加ってそういう目的なんだ……」

「ええ、まあ、そういうことです」

(そうじゃない……けど、そうだけどぉ……)

 どっちなんですか、真琴。

「このおバカ狐が舞踏会のポスター引っぺがしてきて、舞さんと佐祐理さんに見せたんですよ」

「あー……てことは、あの二人も参加するの?」

「むしろドレスの提供元は佐祐理さんですよ。まったく」

(もうそれ以上責めないでぇ! ていうか、もういっそ殺して!)

 真琴は泣いてしまった。

 どうやら、本当の本当に懲りているようだ。

 まいさんは呆れた表情をしながらも、舞踏会参加の理由を理解してくれた。

「美汐。あたしからも舞踏会への参加はお願いするよ」

「でも、私には何もできませんが……」

「参加者を逃すだけでいい。魔物の攻撃は見えるでしょ?」

「それぐらいはできるかもしれませんけど、信じてもらえるか分かりませんよ?」

「被害を最小限に食い止めてくれれば十分だよ。それ以上は望めないし、あたしも手伝うから……」

 だから、お願い。

 まいさんは、両手を合わせて懇願してきた。

 まったく、ずるい人だ。

 私が断れないのを知っていながら、わざとそんな態度でお願いしてくるなんて。

「わかりました。努力はします」

「ありがとう」

 笑顔でまいさんはお礼を言って来る。

 どうしてそんなことを言えるんですか。

 人を助ける義理なんてないのに。

 私なら、放り出して逃げるのに。

 と思っていると、まいさんは何かを思いついたように真顔になって言った。

「ていうかさー、舞を殺しちゃうって選択肢があるのを思いついたんだけど、どう?」

「本気で言ってるんですか?」

「半分ぐらい? なんであたしばかり貧乏くじひかされるのかと思うと、なんかこう……ね?」

「ね? じゃありませんよ。それに協力したら、私は殺人犯じゃないですか。一人でやってください」

「そっか。残念……」

 口を×の字にすぼめてしょんぼりするまいさん。

 今の、本当に半分本気で言ってたな。

(何で舞を殺すの?)

「考えないでいいです。人一人バラすとなったら大変なんですよ」

(ジンケンってやつ?)

「ええ、そうですね」

 なんで、この子狐は人権なんて難しい言葉を知ってるんだろう。

 意味分かってるのかどうかは知らないが、一応話が通じてるようでなんか嫌だ。

「念のために聞きますが、その舞さんを始末するという作戦、本当にうまくいくんですか?」

「あ、やる気になってくれた?」

 いや、何で自分殺しするって話でそんな嬉しそうな顔になるんですか。

 色々とおかしい。

「念のためです。町の人全員の命と舞さんの命、天秤にかけるとしたら前者を優先するしかありませんから」

「んー……んー……」

 私の質問にまいさんは腕を組んで悩みだす。

 そして数分後。

「やっぱダメかも。帰る場所がなくなった魔物たちが、最後に暴発する可能性を否定できない」

「やっぱりダメじゃないですか」

 悩んだ時間を返して欲しい。

 一応、私だって業を背負う覚悟で質問したんだ。

「ごめん。やっぱり魔物を全部片づけるのを優先で。あたしだけだったら舞を殺すのもありだけど」

「順序が逆というか、それじゃ本末転倒ですよ」

「だよね。ごめんなさい」

 ぺたんと耳を伏せて直角90度に頭を下げるまいさん。

 魔物を片付けるリスクを減らすために舞さんを殺すって話なのに、魔物を倒してから舞さんも殺すのでは意味がない。

 全くの無意味というか、ただの全滅エンド、おまけに私が業を背負う結果が追加されるだけじゃないか。

 そんなの無しだ無し。

 

 

「さてと、話しておきたいことはこのぐらいかな?」

「まあ、そうですね。この後どうします?」

 私がそう言うときょとんとするまいさん。

 何か変なことでも言っただろうか?

「遅くなってもよくないし、帰ったら?」

「いや、舞さんに何も言わず帰れと言うんですか」

「あー、あー……」

 舞さんを無視してこっへ来いと言ったのを忘れてたな、この人。

「魔物との戦いは、どうなってます? 勝てそうですか?」

「んー、善戦はしてるけど、仕留めるのは無理そうだね」

「そうですか」

 放っておけば舞さんが魔物を片付けてくれる。

 そんな希望的観測に期待したが、やはり無理なようだ。

 左手が使えなくなったことに苦戦してると言うことだろう。

「今からでも加勢に行きましょうか?」

「それもいいけど、いなかったわけをどう言い訳するつもり?」

「ああ……どうしましょう?」

「あたしに聞かれても」

 呼び出しておいて無責任な。

 と呆れていると、まいさんの耳が一本ぴこりと上がる。

「ああ、そうだ。あたしと戦ってたことにすればいいんじゃない」

 まいさんと?

 ……ああ、確かにそれはいい言い訳になる。

「そうしますか。ありがとうございます」

 礼をして教室から立ち去ろうとする。

 すると、突然真琴の声が響いた。

 

 

(美汐、後ろっ!!)

「えっ? きゃあ!」

 振り返った私の頬を、研ぎ澄まされた刃のような炎が掠める。

 それは、まいさんの腕から放たれたものだった。

「いい機会だから、私が鍛えてあげるよ」

 まいさんから普段のひょうきんな表情が消える。

 ひりつくような視線が私を射抜いた。

 その目は、まるで獲物を狩ろうとする魔物。

「な、なん……」

 なんで、と言おうとして声が出ない。

 魔物『まい』が発する殺気に、私は威圧されていた。

「美汐は甘すぎる。残りの時間で魔物を倒すなんて、今のままでは無理」

「だからって……」

(美汐!!)

「はうっ!」

 臀部の痛みに、思わずピンと伸びる背中。

 だが、そんな私の鼻先を先ほどの刃が通り抜けていた。

「欠点その1。美汐は考えすぎてる。思慮深いのはいいことだけど、戦いの場では悩んでる間に……死ぬよ」

 じゅくじゅくと痛むお尻で、真琴にまた噛まれたのだと気付いたのは後のこと。

 確かに、相手の行動に対する反応も、自分の体に起きていることへの自覚も、私は遅すぎる。

 むしろ、本能的に動けてる分、真琴の方が早い。

「何してるの? あたしは無防備だよ? 攻撃しないの?」

「ですから、何で!?」

 さっきまで語り合ってた相手に攻撃!?

 そんなこと、できるわけが……。

「訓練だって言ったでしょ。ほら、かかっておいでよ」

「くっ!」

 まいさんが来いと言ってるんだ。

 なら、いくしかない。

 鉈を構えて、切りかかる。

 深手を負わさないように、慎重に……。

「ばかだね」

「え?」

 と言うが早いか、右手から熱い何かがほとばしる。

 それは、私の血だった。

「あ、ああああっ!!」

 気付いた時には、私の右腕はもうそこにはなかった。

 瞬きの一瞬、狐の目の効果が及ばない瞬間を狙われた。

 ごろんと鉈を持ったままの腕が、地面に無造作に転がされる。

「欠点その2。手加減なんて考えないで。第一、美汐は試されてる側。試す側じゃない」

 そうだ。

 まいさんは私より圧倒的に強い。

 そんな人を相手にして、手加減なんて考えてしまった自分が愚かだった。

(あぅあぅあぅあぅ……)

「ああ、落ち着いて真琴。これぐらい治せるからさ」

 目の前に転がった私の右手を前に、ちびりそうな勢いで焦り散らかす真琴にまいさんが優しい声をかける。

 そこに、先ほどまで見せた厳しい目はもうなかった。

「ごめんね。今治すよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 暖かな光が私の右腕をつなぎ直す。

 ついでに、またくっきりとついたであろうお尻の歯形も癒された。

 治療が済むと、まいさんは私から離れて、しっかりと目を見つめる。

「美汐。怖がらないで自分の力を受け入れてあげて。美汐は、きっともっと強い」

「別に強くなりたくはありませんが……」

「分かってる。でも、今は強さが一番必要なの。舞の力になってあげて」

 一点の曇りもなく。

 そして、目を逸らすこともなく、まいさんの瞳が私を映す。

 そう、確かにまいさんの言うとおりだ。

 この場に残る以上、私に求められているのは強さしかない。

 それを求めようともしないで、こんなところで遊んでる時間はもうないのだ。

「分かりました」

 だから、私はまいさんの瞳を見つめ返してそう答えたのだった。

「うん。もういいよ、舞のところに行ってあげて。おやすみ」

「はい」

(あっ、おやすみー。まい)

 さっきまで腕を飛ばされるほど争っていたと言うのに、私達は校門で分かれる学生のように挨拶を交わして別れた。

 ……いや、争ってはいないな。

 何の抵抗もできずに私がやられただけだ。

 

 

 その後、2階で戦っていた舞さんと合流して魔物『めい』と戦ったが、深手を負うことも負わされることもなく痛み分けとなった。

 やはり、舞さんは左手が利かなくなっているようだった。

 私が……私が強くならないと……。

 

 

 




このクソお嬢~~~~!!
作者の心の絶叫。
舞踏会なんて書きたくないんだよ!
なんで参加すんの!?
美汐ちゃんだって嫌がってんだよ!?
そういうことするから嫌がられてるって分かってる!?
ほんとうにそんな気持ち。
いや、話の流れ的に参加しなきゃいけないのは分かってるんですが、本気でここからの苦労を考えると、マジで止めて欲しいってのが本音。
……はい、そんなわけで舞踏会イベントに入ります。
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