1月20日(水曜日)
昼。
いつものように屋上の踊り場に向かう。
これも、すっかり習慣化したものだ。
「こんにちは」
「あーっ、美汐ちゃんいらっしゃい。待ってましたよーっ」
到着するや否や、佐祐理さんがお出迎え。
別に私はあなたのことを待ってはいない。
「真琴、大人しくしてましたか?」
(もう何もしてないわよぅ……)
佐祐理さんは無視して真琴に声をかける。
真琴はすっかりいじけていた。
「ん」
「はい、こんにちは」
食事中の舞さんは少しだけ視線をこっちに向けて、また食事を再開した。
いつも通りだ。
「それで、美汐ちゃんは舞踏会出てくれるんですか?」
「出ますよ。真琴がああですし、仕方ないでしょう」
「わーっ、よかったね舞、真琴ちゃん。美汐ちゃん出てくれるんだって」
二人は無反応。
いや、真琴はびくびく震えて知らん顔してた。
しかし、そんな二人の様子は気にかけず、佐祐理さんはぐいぐいと話を進めてくる。
「ところで、ドレスは着てみました? 合ってましたか?」
「ええ。合ってましたよ」
「良かったです。一応、何着か用意してたんですよ。何かあれば開場前になんでも言ってくださいね」
「はぁ……」
一着用意するだけでも大変そうなドレスを何着も持ってきてるらしい。
よほど交友関係が広いお嬢様なのだろう。
どうでもいいが。
「あれ?」
適当にあしらっていると、佐祐理さんが何かを見つけたのか、私の傍にやってきた。
「何ですか」
親しい仲でもないのに寄らないで欲しい。
「あ、いえ、どうしたんです? この制服」
「え?」
佐祐理さんはじーっと私の制服の右腕部分を見ていた。
そこには、補修された跡があった。
昨日まいさんに腕を切断された時に、切れてしまった部分だ。
幸い、切り口が綺麗だったのでお母さんにその日のうちに補修してもらっていた。
血は……まいさんの不思議なチカラのおかげか、ほとんど消えている。
そもそも赤い服なので目立ってもいなかったが。
「別にどうもしませんが」
「間違って切っちゃったんですか?」
「まあ、そんなところです」
ものすごく意外だった。
クラスの誰も気にしてなどいなかった。
遠目には目立たなかったし、単純に誰も私に関心がなかったのだろう。
「……そういえば、昨日袖から先が切れてた気がする」
食事を中断して舞さんが告げる。
いや、あなた何でその時に疑問に思わなかったんですか?
そうツッコミを入れようとして、夜中だったからちゃんと見えてはいなかったのだと気付いた。
だが、それは今問題ではない。
「ふぇ? 昨日っていつ?」
「……夜」
ああ、まずい。
ややこしいことに。
「舞、夜に美汐ちゃんと会ってたの?」
「真琴も」
「ふぇ!? 真琴ちゃんも!?」
佐祐理さんはびっくりしている。
まるで秘密の関係を知られたようで気まずい。
(ねえ、佐祐理に夜のこと言っていいの?)
「いいわけないでしょう。ちょっと黙っててください」
(だよね。うん、黙っとく)
真琴はお座りして、私達の話に関心がないかのようにあくびをしてみせた。
珍しく物分かりがいい。
昨日のしつけが効果あったようで何よりだ。
「ねえ、舞。夜って何のこと?」
「…………」
こちらは黙って食事再開。
だんまりを決め込むつもりらしい。
つまり、私に言い訳は任された。
もとい、ぶん投げられた。
「舞さんが夜に真琴に会いたがったんですよ」
「あ、そうなんだ」
「子狐一匹を街中に放つわけにもいかないから、私もついていたんです」
「ああ、なんだ。そういうことでしたか。びっくりしちゃった」
何にびっくりしたんだろうか。
よく分からないけど、誤魔化せたのでよしとしよう。
「あははーっ、今日は佐祐理も夜は一緒だね」
「……食べ放題」
そして、いつものようにどうでもいい会話になった。
(なんていうかさ……)
「はい?」
(舞って浅ましいよね……)
どの口で言ってるんだろうか、この狐は。
午後の授業も終わり、体育館に入った私は驚きの声を上げた。
「これが、あの体育館……?」
私は目を疑った。
元から制服にそういう趣はあったけど、ここまで完璧に手を施すなんて。
主催者の凝り性が伺える。
床には、一面カーペットが敷き詰められていた。
その上には真っ白なクロスを羽織ったテーブルが整然と並んでいる。
「参加者の方ですか?」
正装をした男性から声をかけられた。
「あ、はい」
「ドレスはお持ちですか?」
「はい。こちらに。どこで着替えればいいんでしょう?」
「それでしたら、舞台裏をどうぞ。女子はあちらですよ」
「ありがとうございます」
手慣れたもので、男性は右の舞台裏の扉に案内してくれた。
いや、ぱりっと決めてはいるが、私と同じ生徒なんだろう。
男性というのは変かもしれない。
(すっごいね。きれー)
「本当ですね。あと、一応小声で。必要以上に会話はしませんからね」
(あ、うん)
足元をててててと歩く真琴は、慌てて口に前足を当てた。
これでも気づかれないんだから、ステルスモードとは大したものだ。
でも……。
感慨深げに体育館を眺めてみる。
私の知らない世界。
そう、いつもそうだった。
真琴はいつだって私に新しい世界を見せてくれたのだ。
妖狐の世界、夜の学校、屋上の踊り場、そして舞踏会。
全部全部、私の知らないことばっかりだった。
いつも不平不満を漏らしてばっかりだが、それでも私は確かに楽しんでいる。
全部真琴のおかげだ。
「ふふっ。ありがとうございます」
(ん? 何?)
「いえ、私をここに連れてきてくれて」
(……?)
「いいんですよ。楽しみましょうね」
なんだか、許された気分だ。
いや、ずっと許されていたのだ。
あの子は、私が悲しむことなんて望んでいなかった。
悲しんだのは、全部私が勝手にやったことだ。
それが、あの子への償いになると信じていた。
「さあ、楽しみますよ!」
舞台裏の更衣室で、制服を勢いよく脱ぎ捨てる。
だが、そんな私を真琴は冷ややかな目で見ていた。
(なんていうか、美汐も浅ましかったんだね……)
黙って尻尾を踏んづけてやった。
食べ放題に一番テンション上がってたのは誰だ。
(何で尻尾ばっかり踏んづけるのよぅ!)
「失礼。なんか手ごろなのでつい」
(真琴の尻尾は踏むための物じゃないわよ!)
「あっ! しーっ!」
更衣室に他の人が入って来るのを感じて、真琴の口をふさぐ。
腕の中でもがく真琴は、不満そうな目をして私を睨んでいた。
「きゃーっ! 美汐ちゃんきれいですよ!」
「はぁ、そうですか。どうも」
会場に入場して上がっていた気分は、即佐祐理さんによってぶち壊された。
どう考えても佐祐理さんはドレス姿はサマになってるし、私なんかよりもはるかに美人だ。
というか、並んだら芸人としても成立しそうだ。
コンビ名『美女とブス』で。
つまり、褒められても嫌味にしか感じない。
「舞さんは……意外ですね」
「……?」
「いえ、似合ってます。すごく」
「……そう」
普段、食事中に食べ物を顔や服にこぼしてる人という先入観のせいだろうか。
キレイなドレスに身を包めば、まるで見違えて見えた。
というか、元は美人なのだ。
普段の無頓着な行動のせいで忘れがちだが、持って生まれたものの差は大きいと感じさせられた。
特に、あのたわわに育った胸を見せつけているのがけしからん。
「……どうしたの?」
「いえ、何も……」
視線に気づいたのか気付いてないのか、舞さんはいぶかしげにこちらを見つめる。
私はあわてて視線を外した。
ちなみに、私の胸は仕込んだセロハンテープで固定してある。
少し不安定だとお母さんに言ったら、これで止めればいいのよと渡してくれたのだ。
制服の補修といい、ドレスのセロハンといい、私は物知らずなんだなと思い知った瞬間だった。
もとい、お母さんの生活の知恵に感謝。
ちなみに、セロハンは常用すると肌荒れになるのでやめた方がいいらしい。
なんで常用する必要があると思ったんだろうか。
「…………」
胸を掴んでみる。
手は胸を捕まえることなく、するんと抜けた。
……悔しい。
「真琴は?」
舞さんがきょろきょろとあたりを見回す。
「そこのテーブルの下でハム食べてますよ」
「……どれ」
どれ?
言葉の意味を反芻してる間に、舞さんはずんずんと歩いていき、テーブルのクロスをがばっとめくった。
(わ!? わわっ!? 舞!?)
突然のことに真琴はびっくりしたのか、ハムを食べる口を止めてひっくり返った。
……が、一瞬の躊躇を置いて青いオーラが立ち上る。
ステルスモードになったのだろう。
「消えた」
消えたじゃないですよ。
隠してたものを暴いてどうする気ですか。
「ねえ、今……」
「見間違いか?」
「狐……?」
案の定、周りの参加客が不審げな目でテーブルの下を見つめている。
当の真琴は、全員の視線を浴びながらテーブルの奥で震えていた。
「あ、こんなところにハムが。誰でしょうね?」
私は机の下に転がってるハムを回収する。
「あははーっ。舞、ハムを落としてもクロスはめくっちゃだめだよ」
珍しく佐祐理さんも話を合わせてくれた。
というか、ここで空気読めなかったらさすがに絶縁する。
それはもう害悪でしかない。
「ほら、行こう。お騒がせしました」
「……?」
きょとんとした舞さんから、自然な流れでテーブルクロスを離させ輪の外へ連れ出す佐祐理さん。
私も拾ったハムを手に、ついて行った。
「もう、ダメだよ。真琴ちゃんは見られないように隠れてるんだよ」
「私もあそこで真琴と食べたい」
軽く頭痛がした。
なんでドレスまで着た人間が、舞踏会の会場でテーブルの下なんかに入ってハムを食べるのだ。
意味が分からない。
「ダメなの。真琴ちゃんは一人でこっそり食べてたいんだから、そっとしておいてあげて」
もの凄く意外だった。
このお嬢様は、真琴の状況を意外に把握していた。
というか、ものすごく意外だが、常識的な認識を持っていた。
「……そう」
対する舞さんは、分かってるのか分かってないのか……いや、これは分かってないな。
とにかく、真琴と一緒にテーブルの下に入れなくてしょんぼりしてた。
「踊ってきたらどうですか? 真琴は私が見てますので」
そう言って、私は拾ったハムを口に入れた。
なかなかおいしい。学食レベルと侮ったことをお詫びしておこう。
「ちょっ!? 美汐ちゃん、それ地面に落ちてた……」
「真琴が食べてたハムだから大丈夫ですよ。それにもったいないですし」
トイレの床ならさすがに躊躇するが、きれいな絨毯の上だ。さすがに大丈夫だろう。
ていうか、ゴミ箱を探してハムを持ち歩く方が嫌だった。
それにしても、佐祐理さんもあんな素で驚くことがあるんだ。
「あははーっ、もうびっくりしちゃった。じゃあ舞、踊ろっか」
「…………」
「ご飯を食べてからね」
「…………」
こくり。
そう頷いて、舞さんは佐祐理さんに連れてかれた。
なんだか今日は驚いてばかりだ。
自分のことといい、佐祐理さんのことといい。
これも舞踏会の魔力なんだろうか?
いや、思い出せ。
自分が何のためにこの舞踏会に参加しているのかを。
まだ何の兆候もないが、魔物は多分現れる。
警戒を怠るわけにはいかない。
「大丈夫でしたか?」
先ほどのテーブルのところに戻り、周りの視線がないことを確認しながら真琴に声をかける。
よくパニックを起こさず冷静に隠れる選択をしてくれたものだ。
感謝。
(びっくりしたわよ、もう。ていうか、ハムちょうだい)
「はいはい」
適当にテーブルの上に乗ってるハムを数種類掴んで、テーブルクロスの下に投げ入れた。
(ありがとー)
真琴は幸せそうだった。
別に自分でも取れただろうが、それだとハムが勝手に浮いてるように見えて騒ぎになっただろう。
真琴もそれを理解しているようで、テーブルの下で大人しくしてくれていたようだ。
前日までとはうって変わって物分かりが良くなっている。
やっぱり、ちゃんと叱ったり思い知らせたりしないとダメなのだ。
いや、別に動物虐待を正当化するつもりではないけれど。
「食事に夢中になるのもいいですけど、警戒は怠らないで下さいね」
(あー、魔物だっけ? 今のところは気配はしてないね)
「そうですか。っと、失礼。黙ります」
(えっ? あっ、人。うん、わかった)
私の方に近づいてくる人の気配を感じて、真琴との会話を打ち切る。
まったく誰だ。
「やあ、お嬢さん。お一人ですか?」
私の前にやってきたのは男性。
先ほど更衣室を案内してくれた男子生徒だった。
「ええ、まぁ」
どっか行ってくれ。
ここに居座られると真琴のことがバレるかもしれない。
「では、僕と踊っていただけませんか?」
「は……」
びっくり仰天。
まさか私に踊りのお誘いがくるなんて。
「あ、いえいえ。見たところ初めての参加のようですし、戸惑ってらっしゃるようでしたのでお声がけをさせていただいたんですよ」
ああ、うん。なるほど。
チュートリアルのお誘いというわけだ。
確かに、舞踏会初参加の者は、こうして声をかけないと緊張してしまうだろう。
上級生は、下級生や初参加っぽい人に積極的に声をかけるように言われてるに違いない。
「そうですか。お構いなく。見学に来ただけなので」
当たり障りがないようにやんわりと断っておく。
見学に来る人も何割かいるということだ。
これで角は立つまい。
というか、真琴の傍から離れたくない。
色んな意味で。
「ううむ。確かに職務上声をかけたのは事実なんですが、個人的にあなたと踊ってみたいのです。ダメですかね?」
「は……?」
思わず変な声が出てしまった。
私と踊りたい? は? 正気か?
「正気ですか?」
オブラートに包んで言おうとしたが、そのまま言葉に出てしまった。
「僕は正気ですよ」
だが、相手はまったく気にせず、それどころか私の言葉を正面から受け止めてきた。
絶句。
どうすればいいのだ。
「あの、どうして、私のような地味で可愛げもないちんちくりんを……」
言ってて自分が情けなくなった。
そこまで自分を卑下したいわけではない。
でも、それぐらい男子生徒の発言は理解できなかった。
「それがいいんですよ」
……唖然。
蓼食う虫もなんとやらとはいうが、目の前の男子生徒は相当趣味が悪いらしい。
というか『それがいい』ってなんだ。
それで『まあ喜んで』と答える女性がいるなら見てみたい。
頭がおかしいにもほどがある。
「ああ、少し誤解を招いたようですね。失礼」
少しどころじゃないし、誤解でもなんでもない。
普通に失礼だし、頭がおかしいにもほどがある。
……二度言ってしまった気もするが、頭がおかしいのは間違いない。絶対。
「どう見ても、ドレスも着慣れていないし、舞踏会に乗り気でもない、そんな子が一人でいる」
うん、悔しいほど当たってる。
なんだ、意外とちゃんと見てるんだ、この男性。
「不思議だと思うし、気になりませんかね?」
「まあ、そうかも」
説明されると納得の理由だった。
いや、あんまり納得したくないが。
と思ったら、男子生徒は深刻そうな顔をした。
「あの、まさか、イジメとかでここに……?」
「違います!」
いや、ある意味間違ってはいないのだが、男子生徒が想像してるようなイジメじゃない。
アホな連中に引っ張り回されただけの結果だ。
というか、その結果私までアホになってるんだから、そのことはもういい。
「それはよかった。では、踊っていただけませんか?」
「いや、ですから私は……」
(行っちゃいなよ。美汐)
「は?」
小さな声が聞こえたと思ったら、テーブルクロスから真琴がちらっと顔を見せていた。
「ん? 何か、今……」
狐の鳴き声が聞こえたのか、男子生徒はあたりをきょろきょろとしている。
「はぁ……」
まあ、確かに真琴の言うとおりだ。
ここで押し問答をしていても、無駄に注目を浴びるだけだろう。
ならさっさと踊って、呆れて、帰ってもらった方が手っ取り早い。
「分かりました。ですが、私は素人ですよ。足を踏んでも知りませんからね」
「覚悟の上ですよ。マドモアゼル」
何がマドモアゼルだ、馬鹿。
無駄に気取った言い回しに頭がくらくらする。
こんなのと人前で踊るのか。
もういっそ殺してくれ。
うんざりしながら腕を引かれて体育館の中央へ。
本当に踊りなんて何一つ知らない。
ソーラン節なら小学校の時に踊った記憶はあるが、あんなのじゃないだろう。
というか、ソーラン節すらほとんど思い出せない。
「力を抜いて。僕に任せてくれればいい」
「え? あ、はい」
浮いたような台詞を吐くから軽い男なのかと思っていたが、そうでもないらしい。
踊りを前にすると、男子生徒の目は真剣になった。
そして、音楽が始まる。
言われた通り、全身の力を抜いて相手に委ねる。
少しずるい気はするが、狐の眼の力も開放してコマ送りの世界に。
相手の動きがよく見える。
足を踏まないように、落ち着いて立ち回れば大きな失敗にはなるまい。
男子生徒の手が私の手を持ち上げる。
指先で少しひねるような動作をした。
これは、『回れ』だろうか?
そう解釈して、その場でくるっと回った。
男性は驚いたような顔を見せる。
次は腕を取って、二歩三歩と進む。
遅れないようについていく。
そんな調子で、主体性を捨て流れに身を任せて数分。
男子生徒の腕が腰に回される。
これはあれだろう。
ここに体を預けろということだろう。
えらく過激なダンスを求めるものだ。
いいでしょう。
ここまで踊ったんです。
ここで怖気づいては、興が覚めるというものでしょう。
私は恥ずかしさを捨てて、その手に腰から飛び込んだ。
その瞬間BGMが終わる。
ダンス終了の合図だ。
「驚いたな。本当に素人か?」
「え、ええ?」
「いや、間違いなく素人だった。それは分かる。でも、運動神経がいいわけでもない。いったい、何だったんだ?」
男子生徒は不思議そうにダンスの感想を述べる。
どうやら、少し上手にやりすぎてしまったようだ。
しかし、それがバレてるということは、男子生徒のダンスは相当レベルが高いのだろう。
私は悪戯っぽく微笑んで言ってやった。
「狐にでも化かされたんですよ」
「狐?」
「ありがとうございました。本当にエスコートが上手なんですね」
お世辞ではなく本当だ。
男子生徒の指示通りに動いていたら、本当に一曲踊り切れてしまった。
でも、さすがに疲れた。
数分のこととはいえ、私はずっとコマ送りで見ていたのだ。
だから、一時間ぐらい踊っていたように感じられた。
「いや、君が凄かったよ。最後は調子に乗って相当レベルが高い動きもしたんだが、きっちりついてきてくれたね」
……は?
ちょっと待て、それはつまり……。
「あの……最後の抱擁もどきは……」
「普通はできないはずなんだけどね。合わせてくれてびっくりしたよ」
どうやら、超上級者用のムーブだったらしい。
ていうか、よく考えたら当たり前だ。
学生のダンスで接吻一歩手前のフィニッシュなんてやるはずがない。
しかも素人相手に。
「私は怒るべきですか?」
「そう言われてもな。嫌なら断ってくれても良かったんだぞ」
それは、確かにそうだ。
嫌なら最後の動きは振り払えばよかったのだ。
それでも、ダンスは成立してると言えば成立してる。
「あなたが恥をかきますが」
「それぐらいは覚悟していたよ。だいたい、恥をかかしたいなら足を踏んでくれればいい。はるかに惨めだ」
そういうものか。
だが、何故か妙に納得した。
「まあ、その、ありがとうございました。疲れたのでここでやめようと思います」
「うん。慣れないのに無理をさせて悪かったね。こちらこそ楽しかったよ」
男子生徒は片手を上げて去っていった。
また一人ぼっちの女子生徒に声をかけに行ったのだろう。
浮いた人かと思ったら、すごく真面目な人だった。
ああいうのをできる男と言うんだろうか。
まあ、私が二度と踊ることもなければ、二度と関わることはあるまい。
男子生徒から解放されてテーブルに戻ると、舞さんがハムにがっついていた。
「……おかえり」
ちらりと視線を上げるも、気にせずまた食事再開。
まったく、この人は……。
ドレス姿でも呆れるぐらいいつも通りだった。
「満足ですか?」
「…………」
こくこく。
「真琴は?」
「…………」
テーブルクロスをめくろうとした舞さんを、今度は手を掴んで阻止。
「見せなくていいですから」
「……そう」
まためくる気だったな。
呆れていると、クロスの下から真琴が顔をちょこっと出した。
(おかえり。こっちは楽しんでるよー)
「それは結構です。変わったことは?」
(んー、ないかなあ)
それだけ言って、真琴はまた引っ込んだ。
まいさんのチカラが効いているのだろうか?
このまま何事もなく終わってくれるといいが……。
「佐祐理さんは?」
「踊った後つれてかれた」
誰に?
いや、まあ、同級生とかだろう。
ドレスを貸してくれるOGの知り合いが何人もいるんだ。
じゃあ、この場にも付き合いがある人はたくさんいるだろう。
ていうか、あの人と関わらないで済むならその方が気が楽だ。
「…………」
「…………」
優雅なBGMが流れる中、全く気にせずもくもくと食べ続ける舞さんと見つめ合う。
妙な沈黙が場を支配していた。
「……美汐は」
「はい?」
ずっと舞さんがハムを食べるのを眺めてるだけで終わるかと思ったら、突然舞さんが口を開いた。
「佐祐理のことをどう思ってるの?」
「え……」
どう、とは?
「先輩で、舞さんの親友だと思ってますよ」
それ以外に何があるだろう?
素直に思っていることを口にした。
「そう……」
再び舞さんは沈黙。
またもくもくとハムを食べ始めた。
何だったんだろうか、今の質問は。
「……あまりうまくいってない」
「え?」
「そう思った。それだけ……」
意外だ。
この人が他人のことに興味を持つなんて。
「……まあ、確かにあの人の距離感は苦手ですが」
というか、あの取り繕った感じがダメなのだ。
何を考えているのか分からない。
「それは、多分佐祐理も同じ……」
「は?」
「……美汐との距離感に困っている」
「そう言っていたんですか?」
「分からない。そんな気がしただけ……」
気がしただけかい。
いや、しかし、舞さんの言うことだ。
あながち大外れということはあるまい。
「美汐」
「はい」
いつのまにか舞さんはハムを置いて、じっと私を見つめている。
「信じてあげて。佐祐理は親友だから……」
「はぁ……」
信じろと言われても何を信じればいいのか。
この人に親友と言われるということは、それほどのことなんだろうとは思う。
でも、分からないものは分からない。
あの人はよく分からない。
「……私も」
「はい?」
「努力はしてる……」
努力って何の?
佐祐理さんを理解するための努力だろうか?
やっぱり舞さんにも理解できないんじゃないか。
そんな人をどうやって理解しろと……。
「……美汐のことを理解したいと……思ってる、つもり」
「は……はい!?」
噴き出しそうになった。
というか、ハム食べてなくてよかった。
食べてたら間違いなく噴き出してた。
「理解も何も、十分理解されてると思いますよ」
「……そう」
一体どういう意図でそんなことを言ったのだろうか?
謎すぎる。
別に私は何の下心もない。
ごくごく自然に知り合って、ごくごく自然に付き合い始めただけ……。
そこで、ふと舞さんとの出会いとこれまでを思い返してみる。
……自然な所なんてどこもなかった。
むしろ異常なことだらけ。
というか、まいさんのことを隠して付き合ってるし、秘密が多すぎる。
「そのうち分かりますよ。多分……」
「……?」
この戦いの果てに、舞さんと真に分かり合える日が来るんだろうか。
……佐祐理さんとも。
というか、どういう関係を築きたいのか言われてみれば謎な気がした。
私も分からないものを他人に理解しろとは無理難題である。
ミシッ……!
「……?」
なんだ?
(美汐!)
クロスの下から、真琴が血相を変えて顔を出す。
(来る! 魔物だよ!)
「やはり、来ましたか」
舞さんを見ると、緊張した面持ちであたりの気配を伺っている。
その右手は、いつもそばにある物を求めているかのように所在なさげに動いていた。
「舞さん。剣は駄目ですよ」
「……分かってる」
安心した。
さすがに人前で剣を振り回すのは、まずいことぐらい分かっているようだ。
「何だ、今の」
「地震かしら?」
舞踏会の客たちも違和感に気付いたらしく、周辺の様子を伺っている。
頼む。こっちに来ないでくれ。
だが、その願いもむなしく魔物はやってきた。
パ、パ、パ、パ、パリーン!
一気に体育館の窓ガラスが割れる。
「きゃあっ!」
「何だ!? どうなってる!?」
と、同時に一瞬落ちる照明。
すぐに再び点灯したが、異常事態が起きていると知らせるには十分すぎるほどだった。
「逃げろ!」
「どこに!?」
誰かが叫ぶと同時に。舞踏会場はパニックに陥る。
我先にと出口に駆け出す参加者たち。
だが、そんな参加者たちをさらなるパニックが襲う。
ドンッ!
という大きな音がしたと思ったら、何かが入り口に殺到する参加者たちの上を舞った。
あれは、人……?
そう、それはドレスを身に纏った人だった。
というか、佐祐理さんだった。
「……佐祐理!!」
地面に倒れた佐祐理さんを見て、舞さんが叫ぶ。
駆け寄ろうとした舞さんだったが、入り口に逃げようとしていた参加者たちがパニックを起こして体育館の中へと逆流してくる。
「くっ…!」
人の波に押されて佐祐理さんに近づくこともできない。
すると、舞さんは群衆を避けるように外回りに体育館の入り口に走った。
その意図に気付いた時、私は叫び声を上げた。
「駄目です! 舞さん!」
だが、舞さんは止まらない。
体育館を飛び出していった。
(美汐! 舞に構ってる場合じゃない! あれ止めないとまずいよ!)
私の前に飛び出して威嚇するように唸る真琴。
その視線の先に、パニックを起こした元凶の魔物『れい』が、ケタケタケタと無表情のまま哄笑する姿があった。
「観客が多くて大興奮ってところですか!」
魔物の考えてることは分からないが、そうとしか思えなかった。
(美汐、どうするの!?)
「やるしかないでしょ!」
真琴に答えると同時に、私は突っ込んだ。
そして、魔物『れい』に右拳で殴りかかった!
ケエッ!?
予想外だったのか、魔物『れい』は拳をもろに受けて吹っ飛んだ。
(ちょっ!? ええ……)
あまりに衝撃的な開幕の一撃だったためか、真琴は言葉を失っていた。
だが、私は止まらない。
倒れた魔物『れい』に追い打ちを入れようと、その体を踏みつける。
どんっ、と足が地面を踏み鳴らす。
かわされた。
キョエエエエ!
耳障りな異音を立てて魔物『れい』が火球を飛ばす。
私は寸でのところで避けた。
「きゃあ!」
外れた火球が二階の窓を直撃したか。
窓が粉砕される音が響いた。
(美汐! どーすんの!?)
「排除するしかありません!」
幸い、魔物『れい』の注意は私に向いている。
というか、最初の一発でうまく敵意を引けた。
早く排除できなければ、舞さんが戻ってくる。
それも剣を持って。
「帰りなさい! 早く!」
肉薄して殴りかかる。
魔物『れい』の腕に炎がともる。
「かわせる!」
その攻撃をかわして、さらなる一撃を見舞った。
意外なことに、先ほどの踊りでコツでも掴めたのか、ちっとも恐怖感を感じない。
魔物『れい』の傍の方が安全な気さえした。
キョエエエエ!
炎が8つ同時に起きる。
さすがにこれはかわせないか?
歯を食いしばって、直撃に耐えようとする。
だが、一瞬にして私に向かってきた炎は撃ち落とされた。
「ごめん! 待たせた!」
「まいさん!?」
まいさんだった。
「きゃあああっ!」
「うわあ!?」
後ろで騒ぎが起こる。
私がかわした炎が、また照明や窓ガラスを破壊したようだ。
「まいさん! 『れい』の炎を撃ち落としてください! 『れい』は、私がなんとかします」
「わかった!」
これ以上、参加者に被害を出すわけにはいかない。
まいさんもそれが分かっていたのだろう。
『れい』の攻撃阻止に即同意してくれた。
ケタケタケタ!
大観衆の中で暴れられて大満足らしい。
相変わらず『れい』は無表情だが、はしゃいでるのがはっきりと分かった。
『れい』の周りに多数の炎がともる。
凄まじい攻撃が、来る!
「そんなもの!」
冷静に見る。
私に直撃するのはせいぜい3つ。
この攻撃は派手だが、ただの目くらましだ。
ケェッ!?
最小限の動きでかわし、右拳を顔面に叩きこむ。
私を外れていった炎は、まいさんによって相殺された。
「きゃああ!」
「ひいっ!」
だが、衝撃は伝わっているようだ。
パニックは収まらない。
ケエエエエエエッ!!
顔面を何発も殴打されたことにイラついたのか、魔物『れい』が憤怒の叫びを上げる。
怒り狂ったように炎が乱れ飛ぶ。
叫んだところで私には無意味。
それどころか、今度の炎は回避するまでもなくすべて外れだった。
その炎もまいさんによって相殺される。
「美汐、どうにかならないの!?」
「したいんですけど、素手では……」
「あたしも直接攻撃するわけにはいかないの! 自分に返っちゃうから!」
そうだ。
魔物は『まい』さんと一心同体。
つまり、攻撃することは自分を攻撃することになる。
手詰まりか……?
(美汐! これ!)
「はい?」
テーブルの上に乗った真琴が何かを放り投げる。
何か、というかナイフだった。
そうか、ハムを切り分けるための小型の果物ナイフ! これなら!
ケタケタケタ!
再び大盤振る舞いの攻撃をしようとしている魔物『れい』。
だが、それより前に私は行動していた。
最速で接近し、魔物『れい』に肉薄する。
ケッ!?
魔物『れい』が驚きの声を上げる。
私は意に介さず、果物ナイフをその体にぐさりと突き刺した!
「こんなのでは死なないでしょうけど、とっととおうちに帰りなさい」
そう言って魔物『れい』を睨みつける。
ケタケタケタ。
魔物『れい』はいつものように擬態を切り捨て、満足げに消えていった。
カラン、とナイフだけが何ごともなかったかのように落っこちる。
「はぁ、何とかなりましたか」
「お疲れ。あたしは消えるね。また明日」
「ええ……!?」
体育館の出入り口に人影がさす。
それは、剣を持った舞さんだった。
顔は怒りで紅潮してる。
「あー……」
それを見て、まいさんは言葉を失っていた。
「最悪」
そして、一言吐き捨てて消えていった。
その意味するところに気付いて、私は即座に舞さんの元に走る。
「舞さん! 魔物はもういません! だから剣を……」
「……どいて」
止めようとした私を、舞さんは先ほどの魔物『れい』のような無表情で突き飛ばした。
そして、剣を構えて叫んだ。
「佐祐理ぃぃ!!」
そのまま突っ込んでいく。
あとは酷いものだった。
テーブルが両断され、グラスや皿が破片となり散らばった。
もう敵はいないというのに、それに気付かず舞さんは暴れ回った。
交錯する悲鳴。
魔物への正体不明の恐怖が冷めやらぬうちに、剣を携えた狂人の乱入だ。
参加者にとっては、悪夢以外の何物でもないだろう。
(ねえ、舞に教えないの?)
「もう聞いちゃいませんよ」
(そっか……)
私は冷めた目で見つめるしかなかった。
真琴は、転がってきたハムを名残惜しそうに食べていた。
まったく、なんという茶番だ。
やがて、大暴れして魔物がもういないことに気付いたのだろう。
舞さんは剣を下ろし、佐祐理さんの元に駆け寄った。
息を潜めていた参加者達がざわめき出す。
「問題だぞ、これは! ただで済むと思うなっ!!」
一際大きな声があがった。
結局、その日、体育館は閉鎖され、私は家に帰された。
というより、帰るしかなかった。
騒ぐとややこしいことになりそうだったし、真琴を連れてる以上騒ぎに関わるわけにはいかなかった。
幸い、佐祐理さんは意識ははっきりしていたようで、介抱していた人達と会話していたのが見えた。
ただ、それだけだ。
どんなことになるのか、考えただけで気が重くなる。
さあ、いよいよ舞踏会の開催です。
不本意ながらも参加させられた美汐ちゃんの運命やいかに!?
ついでに、不本意ながらも舞踏会イベント書かされた作者の精神も心配していただけると幸いです。
そしてえらく濃いモブの男子生徒でしたね。
二度と会うことがないといいですね。
また、ここにきて初めてのまいとの共闘にも注目。
原作ではありえない展開だったせいか、すごく頼もしく思えました。