『もう一つの物語』   作:ミサ菓子折(LRA)

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1月21日(木曜日)

 

 

     1月21日(木曜日)

 

 

 こつこつこつ。

 階段を登る。

 いつもの時間、私の足は屋上前の踊り場に向かっていた。

(あ、美汐……)

「美汐ちゃん……」

 不安げに顔を上げる先客たち。

 舞さんの姿は、ない。

 何が起きたかは想像がついた。

「お弁当、持ってきてます?」

「ふえっ?」

 お弁当を広げて真琴の側に座る。

「あ、はい」

「食べましょう」

「はい……」

 佐祐理さんは力なくうなずくと、お弁当を広げた。

 いつものサイズだ。

 とても食べきれないだろう。

「体は大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃありません。家を出ようとして止められました」

「じゃあ、何で来たんです?」

「舞が心配で」

「そうですか」

「ごめんなさい。嘘です。美汐ちゃんが心配で……」

「別に心配されるほど落ちぶれてはいませんよ」

 冷たく突き放す。

 どっちが本音か知らないが、嘘をつくなら、その言葉はどれも真実味を失う。

 なんでそんなことが分からないのか。

「あははーっ。佐祐理はダメダメですね。こんな時なのに美汐ちゃんに心配させちゃうなんて」

「心配なんてしてませんから気にしないでいいですよ」

 なんで自分はこうなんだろうか。

 この人にだけは当たりが強くなる。

 普段なら角が立つような発言はしないように心がけているはずなのに。

「舞さんはどうなりました?」

 ため息をついて話題を変える。

 こんなところで佐祐理さんとやり合っても意味がない。

 肝心な話をしよう。

「退学処分だそうです……」

「そうですか」

「…………」

 佐祐理さんがぎりっと歯をかみしめて、スカートの裾を握るのが見えた。

「不快なら不快と言えばいいじゃないですか」

「え?」

「なんとも思ってない私が気に食わないんでしょう? ならそう言えばいい」

 そんなところで本性を隠して取り繕うとするから。

 だから、私はあなたが好きになれないんだ。

「ふ、ふぐぅっ……うぐ……」

 佐祐理さんの態度に呆れていると、佐祐理さんは息を詰まらせた。

(ちょっと、美汐……)

「なんですか。真琴は黙ってなさい」

(…………)

 私のあんまりな態度に真琴が口を挟もうとしたが、私は一瞥して黙らせた。

 怒ればいい。

 一度本気で怒って見せろ。

 本音を隠されたままでは気分が悪いんだ。

 だが、私の期待とは逆に、佐祐理さんは泣き出した。

「美汐ちゃんは自己犠牲が過ぎますよ。舞以上に……」

「は?」

 なんでそうなる。

 自己犠牲? そんなものあるものか。

 私は常に自分本位だ。他人のことを気にする余裕なんてない。

 自己犠牲なんて言葉がふさわしい人がいるとすれば、まいさんぐらいなものだろう。

「話になりませんね。食事する気も無くなりました。帰ります」

「あっ」

 席を立つ。

 真琴にお弁当を分けるのと舞さんの話を聞くために来ただけだ。

 お嬢の妄言に付き合うためじゃない。

「あの、お弁当は!?」

「後で取りに来ます。真琴、食べてていいですよ」

 いったい、私は何にイライラしているのだろうか。

(みしおー……)

 真琴の不安げな声が聞こえたが、私は無視して教室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 夜、校舎に向かう。

 いつもの新校舎の廊下。

 そこに彼女はいた。

「退学になったんじゃないですか?」

「……私は魔物を狩るものだから」

 まあ、そうだろうなと思っていたけど、やっぱり舞さんはいた。

 制服を着て。

(あーっ、舞! 大丈夫なの!?)

「……何て?」

 興奮して舞さんの周りを右に左にと伺いまくる真琴。

 退学が何かは分かってないだろうが、昼にいなかったから何かあったことは想像ついたのだろう。

「大丈夫なのかと聞いてますよ」

 溜息をついて通訳。

「……そう」

 舞さんはそう呟いて真琴を抱き上げた。

「大丈夫。……大丈夫じゃないけど」

(あぅーっ、どっちよ)

 舞さんの中でも、やらかしたという気持ちはあったのだろう。

 大丈夫じゃない、にはその意図が読み取れた。

「退学になったのに、何で制服を着てるんですか」

「学校だし……規則だから……」

「これからもずっとですか?」

「……たぶん」

 ありえない質問だとは分かっていた。

 ずっとは……ない。

 早ければ今月末にも終わる。

 破滅か、再生か、それは分からないけれど。

「今日はもう帰ります」

「……わかった」

 真琴を受け取り、その場を後にした。

 

 

 

 

 旧校舎に移動し、4階に上る。

(あれ? 帰るんじゃないの?)

「舞さんの無事を確認したかっただけです。もっと心配な人がいるでしょう」

(あー……うん)

 昨日の去り際の様子は真琴も見ていたはずだ。

 『最悪』の一言で撤収。

 どう見ても頭に来ているのは明白だった。

 

 

 いつもの教室に入ると、まいさんはいた。

「いらっしゃい」

 腕を腰に当てて教室の真ん中で仁王立ち。

 不機嫌そのものだった。

「こんばんは。ご機嫌斜めですね」

「機嫌がよくなる要素あると思う!?」

 だんっ、と地面を片足で踏みつける。

 まあ、分かりやすくご立腹といったところだろう。

(あぅ……まい、怖い)

「あー、ごめんごめん。真琴に怒ってるわけじゃないから。ていうか怒る理由ないでしょ」

 怯える真琴にまいさんは優しく話しかけた。

 まあ、そうだろう。

「舞さんですよね?」

 私がそう言うと、まいさんは盛大な溜息。

「あそこまでバカとは思わなかったわ。生徒たちの前で剣振り回したら、どうなるかぐらい分かるでしょ!」

「いえ、それは分かってたようですが」

「自制が出来なきゃ同じだっつーの」

 それはそうだ。

 というか、怒りのあまりキャラまで変わってますよ、まいさん。

「退学だそうですよ」

「でも、気にもせず夜の学校には来てるんでしょ? バカみたい」

「一応後悔はしてたようですが……」

「だったら最初からやるな」

「……すみません」

 なんで私が謝ってるんだろう。

 というか、何で私が言い訳を……?

 自分でやってて意味が分からなかった。

「あー、もう、あんなバカ、死んでいいよ。高校中退で愛想笑いもできない、人生詰んでるでしょ。あんなの」

「いや、それは私も似たようなものなんですが……」

「あ……? 美汐も舞踏会で剣振り回すの? 退学するの?」

「いえ、しませんけど」

 何故私は魔物に世の道理を説かれているんだろう。

「ていうか、今回ばかりはあたしもマジだよ、もうあいつ殺そう」

「やめてください。なんかもう、普通に怖いです」

「いや、真面目な話。魔物倒すのは継続してもらうし、数を減らさなきゃいけないのは確かだけど」

「どこに真面目な要素があるんです? 今の話……」

 自分をぶっ殺そうと、とんでもない提案をしてくるまいさんに頭が痛くなってくる。

 やけくそになってないか、この人。

「あー、いや、だからね? あと二体ぐらい倒せたら、もう舞をコロコロして暴発させちゃってもいいんじゃないかなって」

「いいわけないでしょう! 最初に言ったこと忘れてません!?」

「もちろん覚えてるよ。だからさ、残り二体まで減らしてあたしが自殺。で、残り一体に舞を始末してもらうの」

「もう既に前提からして怖い……」

 かわいい見た目をしたウサギさんが、自殺だの始末だの……これ何のホラーです?

 横を見ると、真琴も尻尾を丸めて震えている。

 私達二人が怯えているのに気づいたのか、まいさんはこほんと咳ばらいを一つしてトーンを落とした。

「正直な話、一体だけなら暴発しても学校が吹っ飛ぶぐらいで済むんじゃないかって思うんだよね」

「……まあ、それなら町が消し飛ぶのに比べればマシでしょうけど」

 学校が消し飛んだら大騒ぎには違いないが、消し飛ぶのが夜の学校なら犠牲者も出ないだろう。

 その意味では理にかなっている。

「最初の予定通り、全部倒してまいさんを最後に倒すのでは駄目なんですか?」

 目の前の人を『倒す』発言もどうかと思うが、この際それはどうでもいいだろう。

 というか、まいさんただ単に頭に来ていて自分を殺そうとしてないか?

 そんな邪推が浮かんだが、それを察してかまいさんは首を振った。

「今のままじゃ無理。最後の一体、破壊の『かい』は、やばいから」

「『かい』?」

「あたしが出現を抑え続けてる。前に出た時は、舞を半殺しにした」

「なっ……!?」

 あの舞さんを半殺し?

 どんな化け物だ、それは!

「その前というのは、いつです?」

「舞が高校1年の時。舞は、3カ月戻ってこれなかった……」

「じゃあ、それ以来、まいさんが抑え続けてるというのですか?」

「そう。あたしが目一杯押さえつけて、チカラを最小限に抑えたとしても勝てるかどうか……」

 とんでもなく危険な魔物だ。

 たぶん、現状でも舞さんと拮抗してる魔物『めい』や『れい』とはケタが違うのだろう。

「そんなのと美汐と真琴を戦わせるわけにはいかないし、あんなバカの為に命を張る必要なんてないと思った」

「……まいさん」

 何だろう。

 言ってることは真面目だし、私達のことを思ってのことだというのは分かるのだが。

 全部舞さんのバカさ加減に呆れて、ブチ切れてるだけの発言にしか思えない……。

 はぁっ、と息を吐きだす。

「もう止めましょう。変なことを考えるのは」

「でもさぁ」

「一応最終案として受け取っておきます。その『かい』に勝てないと思ったら、まいさんの首をはねて逃げる。それでいいですね?」

「あー……うん。お手数かけます」

「やめてください。そんなこと言われる筋合いはありません」

 友達として。

 私達のために命を差し出そうとしてくれてるのに、謝罪なんてどうかしてる。

「はぁ……自分のこととはいえ、嫌になるわ」

 まいさんは耳を垂らしてがっくりと来ていた。

「ていうか、それを言うなら、今回の件一番悪いのは佐祐理さんですよ」

「ほへ? そうなの?」

「あの人が舞踏会に参加しようなんて言い出すから……」

「ん? ちょっと待って。真琴が悪いんじゃなかったの?」

「あ……」

 佐祐理さんが舞踏会の参加を言い出したのは確かだ。

 でも、その前。

 舞踏会のきっかけは誰だったか?

(あぅあぅあぅ、もう時効でしょ。ていうか、もう勘弁してぇ~)

 視線が集中するのに気づいて、真琴は机の陰に隠れて丸まる。

 と思ったら、何を思ったのかすくっと立ち上がった。

(ていうか! 真琴に責任なんかないでしょ!)

「は?」

 何言ってるんだ、この狐。

 自分がやったこと忘れたのか?

(だって、真琴には『じんけん』ないもーん)

 誇らしげに『人権』がないことを宣言する人をはじめて見た。

 いや、狐か。どっちみち初見には変わりないが。

「人権と責任は別問題でしょう。だいたい、あなたに責任がないなら誰が……」

(美汐!)

 真琴はびしっと私を指をさす。

 私に責任……?

「あー、飼い主に責任があるってことかな」

「そんなわけないでしょ! だいたい、私はあなたを飼ったつもりはありません! 家族でしょうが!」

「美汐はそう思ってるかもしれないけど、制度とか建前上はってこと」

 ああ……、うん。

 法的にはそうなのかもしれない。

(ね?)

 得意げに、にこにこしながら尻尾を振る真琴。

「そんなわけないでしょうが! 生意気な!」

(あいたたたたた! やめて、美汐! 頭割れちゃう!)

 真琴を捕まえてウメボシをくれてやる。

 なにが『人権』だ、バカ。

「というか、その理屈で言うと、私も悪い……?」

「まいさんが悪いわけないじゃないですか」

「いや、舞踏会への参加をお願いしたし……」

 それはまあそうだが。

「というか、舞がああなったのも、元はと言えばあたし自身のことだし……」

「それを言い出すと、私も舞踏会の参加なんか絶対拒否すればよかったわけで……」

 二人と一匹、お互いの顔を見合わせる。

 しばしの沈黙があった。

 結論。

 舞さんだけの責任じゃなかった。

 ようは全員が悪かった。

「なんだよー。あたしがバカってことじゃんかよー」

「私もきっちり悪かった……」

(もう許してぇ)

 気付いた瞬間、それぞれがダメージを受けてうなだれたポーズで地面に四つん這い。

 がっくり、というやつだ。

「というか、考えれば考えるほどあたしやらかしまくってるじゃん……」

「別にそんなことは。舞さんの責任まで被る必要なありませんし、今は別人でしょう?」

 フォローを入れるが、まいさんは首を振って指ちょんちょんのポーズ。

「魔物を抑えつけて参加者をびっくりさせる程度で逃がせばよかったし、剣を隠しておけばよかったし……」

 ああ、うん。

 私達を参加させる必要もなければ、舞さんが剣を持って乱入するるのも止められたと言えばそうだろう。

「ごめんなさい。あたしの判断ミスでした」

 耳をぺたんと下ろして、まいさんは私達にふかぶかと謝罪した。

 それを見て溜息。

「全部結果論ですよ。今さら後悔しても意味ありません」

「うん、そうだね……」

 しょんぼりするまいさんは、いつもより小さく見えた。

 普通なら慰めの言葉を重ねるべきだろう。

 だが、その姿を見て、私は笑えてきた。

「なんで笑うの?」

 ジト目で睨まれる。

「いえ、まいさんでもやらかすことあるんだなと思いまして」

 それも盛大なやらかしだ。

 はっきり言って段取りが悪すぎた。

「あたしを何だと思ってるの。神様じゃないよ、あたしは」

「ええ、ごめんなさい。ちょっと達観してるだけの、普通の女の子でしたよね」

「別に達観なんてしてないよ。そうでもしなきゃやってられないってだけ。勘違いしないでよね」

 境遇を考えればその通りなのだろう。

 私はまいさんに対して大分誤解をしていたと思う。

 そして、依存しすぎていた。

「すみません。今後は自分の考えをちゃんと言おうと思います」

「お願いね。頼りにしてるよ」

 結局のところ、私が悪かったのだ。

 文句を言いながら、事態に流されていた。

 どちらかと言えば、楽しんでさえいた。

 参加しない、馬鹿なことは言うな、そう言ってれば済んだ話なのに。

 そうしなかったツケを他者に取らせようなんて、なんて傲慢で無責任なことだろう。

 

 

「ところで、舞さんが来る気配はないですけど、またまいさんが魔物をぶつけてくれてるんですか?」

 勘のいい舞さんのことだ。

 夜の校舎で、これだけ話したり騒いだりしていたら気付くだろう。

 今さらながらに気になった。

「……あ゛」

 まいさんが何かを思い出したかのように口に手を当てる。

 おい、なんだその表情は。

「何ですか? 今度は何をしでかしたんです?」

 既に事件認定する私。

 まいさんは目を泳がせながら、しどろもどろに口を割った。

「あー、えーっと、その、頭に来てたから、あんなヤツ死んでもいいやって気持ちで『めい』と『れい』を同時に……」

「ぶつけたというわけですか」

「ハイ、ソウデス」

 口を×の字にして、指ちょんちょん。

 私は無言でまいさんに近づいた。

「あの、美汐? なに……」

 何を? と言おうしたまいさんの両耳を掴んで思いっきり引っ張る。。

「ぎゃあああああ! 痛い! 痛い! やめて、それ自前! 超痛い!」

「バカですか! あなたは! とっとと引っ込めなさい!」

「無理! 無理です! すぐには引っ込められないっていうか、もうそこまでチカラの自由が効かない!」

 どうやら私達の知らないところで、町が吹っ飛ぶかもしれない爆弾にスイッチを入れていたらしい。

 やっぱり、この人も舞さんだ。

 退学上等で剣を振り回した舞さんと通じるものがある。

「ああ、もう! 行きますよ、真琴! 加勢しないと!」

「ぎゃあっ!!」

 まいさんの耳を掴んだまま振り回し、折檻とばかりに地面に叩きつける。

 まいさんの断末魔の声が響いた。

 無視して私は教室の入り口に走る。

(凄いことするね……美汐)

 そんな様子を真琴は若干引いた目で見ていた。

 

 

 結局、この日は『めい』と『れい』を舞さんと一緒になって追っ払い、事なきを得た。

 舞さんには『用事を思い出したので戻ってきた』と適当な言い訳で誤魔化しておいた。

 まったく、何考えてるんだ、あの魔物は。

 本当に街を助ける気があるのか、まったく!

 

 

 




人を怒れば(呪えば)穴二つ、なお話。
全員きっちりダメージを受けたのでした。
というかブチギレまいちゃん怖すぎ。
原作で孤独だったとき、どんな心境だったのかと考えると怖いですね。
果たしてどうなるやら……。
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