『もう一つの物語』   作:ミサ菓子折(LRA)

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1月22日(金曜日)

 

 

     1月22日(金曜日)

 

 

 なんで私はここに向かっているのだろうか。

 もう舞さんは学校からいなくなった。

 なら、わざわざここに向かう必要はないだろう。

 真琴とは別の場所で待ち合せればいい。

 そう思いつつ、屋上前の踊り場にたどり着いた。

「あ……美汐ちゃん」

 佐祐理さんが不安げに顔を上げる。

 この顔も今日で見納めだ。

(あー、美汐。先に食べてるよ)

 真琴は見事に餌付けされていた。

 どうやって引きはがそう。

 いや、いっそ丸投げしてしまうか。

 真琴がここに来たいのなら、私が止める理由もない。

 好きにしろ、というやつだ。

「来てくれないかと思いました」

「まあ、確かにもう用はないですね」

 だから、これでさよならします。

 そう言おうとした時だった。

 佐祐理さんは、決意のこもった瞳で私に紙を差し出した。

「何です? これ」

「昨日、私なりに必死に考えてきたんです。どうでしょうか?」

 佐祐理さんは震えていた。

 まるで何かに怯えるように。

(何これ?)

 食事の口を止めて、真琴が紙を見上げる。

 読むしかないらしい。

 溜息をつきながら、私は紙を受け取った。

「……川澄舞の退学取消しの陳情と署名について?」

 そう書いてあった。

(ちんじょうって?)

「お願いという意味です」

(ふーん……)

 しかし、陳情か。

 退学を取り消せるなら、取り消せるに越したことはないだろう。

 進学の推薦が決まっていたのも取り消しになっているだろうし、舞さんの将来が心配だ。

 まいさんの精神状況的にも、舞さんが退学のままというのは好ましくない。

「いい考えですね。何か当てはあるのですか?」

「はぇ? 賛成してくれるん……ですか?」

「何で反対すると思ったんですか」

「あははーっ、何をバカ言ってるんですかって言われちゃうかなって……」

 ああ、そういうことか。

 怯えていたのは私に対してだったのか。

「それで、当てはあるんです?」

「いえ……」

「まさか、私に手伝えと?」

「あ、いえ。そこまでは思ってないです」

 私に手伝えということではないらしい。

 当たり前だ。

 社交性ゼロの私に署名運動の先頭に立てなんて言われても、絶対無理だ。

「これは佐祐理が始めた戦いです。美汐ちゃんに頼ろうなんて思ってません」

「じゃあ、何故私に見せたんです?」

「美汐ちゃんも舞のお友達ですから。余計なことするなって言われると思って……」

 少し前までの私なら、間違いなくそう言っていただろう。

 

「信じてあげて。佐祐理は親友だから……」

 

 舞さんに言われた言葉のせいだろうか。

 不思議と全否定する気にはならなかった。

「協力はしませんけど、署名ぐらいならしますよ」

 そう言って、私は手を差し出した。

 だが、佐祐理さんはきょとんと私の手を見つめている。

「えっと……」

「なんです? 署名の紙、持ってないんですか?」

「あ、はい。ありがとうございます!」

 佐祐理さんは喜んで、署名用の紙とペンを差し出した。

 

一つ、川澄舞の退学処分は不当である。

二つ、彼女が舞踏会で暴れたのは、正体不明の危機にパニックを起こしたからである。

三つ、一方的に学生の身分を奪うのはいかがなものか。

 

 内容を確認すると、そんな感じだった。

 意外とまともだ。これならサインをしても問題ないだろう。

 私は『天野美汐』と書いて佐祐理さんに紙を返却した。

「あ、あははーっ、美汐ちゃんがサインの第1号です。この作戦、絶対成功しますよーっ!」

「まあ、頑張ってください」

 職員会議で決まったものを、たかが一生徒がひっくり返せるのだろうか。

 私には想像もつかないが、まあ何もしないよりはいいだろう。

 放っておいて何か変わるとも思えない。

(んじゃ、真琴も協力する)

「は?」

 にゅっ、と前足を上げて真琴が宣言する。

「協力って、あなたサインでもするんですか? 肉球は無効ですよ?」

(そんなの分かってるわよぅ)

「じゃあ、何を?」

(それは見てのお楽しみ?)

 不安だ。

 ろくでもないことを考えてる気がする。

「あの、真琴ちゃんはなんて言ってるんです?」

「真琴も協力すると言ってます」

「はぇっ!?」

 佐祐理さんが驚く。

 そりゃそうだろう。

 どうやって協力すると言うのか。

(ま、真琴に任せなさい。佐祐理はどーんと構えていればいいから)

「あの、今度は何て……」

「万事任せろ、だそうです」

 いったい、その自信はどこから来るのか。

 謎すぎる。

 そして不安だ。

(ま、そーゆーわけだから、真琴は佐祐理についていくね)

「別に構いませんが、私は通訳についていきませんよ?」

(へーきへーき。身振り手振りでじゅーぶんよぅ)

 もう果てしなく不安なんですが。

 とはいえ、現状よりさらに悪くなることもないだろう。

「あ、消えちゃいました」

 青いオーラが立ち上り、真琴はステルスモードを起動する。

「いや、消えてどうするんです?」

(必要な時は姿見せるってば。とにかく近くにいるって佐祐理に伝えて)

 本当に何をしでかすつもりだ。

「佐祐理さんの傍にいますよ。まあ、何をする気か知りませんけど、お任せします」

「あ、はい。ありがとうございます」

「くだらない事したらこうしてやってください。こう」

 最後に尻尾を踏みつける動作を教えておく。

(こら美汐! 何教えてるの!)

「あははーっ、そんなことしませんよ。安心してください、真琴ちゃん」

 不安な気持ちは募るが、とりあえず食事を済ませて別れることにした。

 

 

 さすがに授業間の短い休み時間では、佐祐理さんの様子を見に行くわけにもいかなかった。

 いったい、真琴は何をしているのだろう。

 校内で大騒ぎは起きてないので、前の野犬騒ぎのようなことにはなっていないのだろうが……。

 というか、私は何故真面目に授業なんか受けてるんだろうか。

 このままいけばあと一週間ほどで、この街が吹っ飛ぶかもしれないというのに。

 自分が終末に授業を受けるタイプの人間だったことに驚く。

 案外、私は演じているだけではなく、素で真面目な人間なのかもしれない。

 

 

 とりあえず、授業が終わったので佐祐理さんを探す。

 というか、家に帰っていいか真琴に訊き忘れた。

 最低限それだけでも確認しないと。

 もう帰っているなら、それはそれで安心だ。

 ……多分ないだろうな、とは容易に想像できて思わず溜息。

 とはいえ、大騒ぎも起きてない。

 意外に真琴はうまくやれている……のか?

 そう思って探していると、昇降口の外で真琴を見かけた。

 生徒数名に囲まれている。

 一体……何を?

 ていうかステルスモード解除してるじゃないですか!

 飛び出していくわけにもいかないので、遠目に見守るしかない。

 

「うわぁ、かわいいよぉ」

「ダメですよ、部長。野生生物なんか触っちゃ」

「あーうー、でも、ほんとに野生なのかな? 物凄く馴れてるよ?」

「というか、何です? 何かの紙叩いてません?」

「川澄舞の退学撤回について……?」

 

 真琴を囲んでいる学生たちの会話が聞こえる。

 ていうか、この部長と後輩、前の野犬騒ぎの時の二人じゃないのか?

 なんか見覚えがあった。

 

「なんだろう、これ?」

「さあ? 退学処分になった人いたんですかね?」

「あれ? どうしたの、キツネさん?」

「これを見ろってことですかね?」

 

 たたたっ、と紙を咥えて走り出し、今度は壁に張り付けられた紙を指さす真琴。

 いや、前足だから足さすか?

 

「あ、署名」

「これに書けってことですかね?」

「やっぱり、これ誰かのキツネさんなんじゃあ……」

「えらく利口な狐ですね……」

「あっ、キツネさん!」

「……行っちゃいましたね」

 

 やがて、署名の紙に気付かせたら満足したのか、真琴はたたたっと走り出してどこかに消えた。

 いや、今の流れを見ていると別のターゲットを探しに行ったんだろう。

 なんというか、うまいやり方だ。

 自分の可愛さや希少性を、よく理解しているというか何というか。

 私と暮らすうちに色々と学んだんだろうか。

 普段なら『姿を見せるな』と怒っているところだが、ギリギリセーフの線を通っている。

 

「署名は3年の倉田佐祐理か、教室前設置のポストまでお願いします、だって」

「一応部員の分も持っていきますか」

「うーん、わたし達の知らない間に退学させられた子がいたんじゃ心配だもんね」

「ていうか、これ3年ですよ!? 卒業間際に退学って、人でも殺したんですか!?」

「いくら何でもそれは。でも、舞踏会が原因なんだよね。ちょっと他の人にも聞いてみよっか」

「そうですね」

 

 あとに残された部長と後輩は、そんな会話をしながら学校内に消えていった。

 多分、あれは落ちたな。

 陸上部だっただろうか?

 その部員分の署名は確保されたと言っていだろう。

「……まるで本当の狐じゃないですか」

 本物も何も本物だし、しかもさらに格上の霊獣なのだが、ずる賢いというイメージで。

 何を言ってるのか分からないが、私にも分からない。

「変な狐だなあ」

「えっ?」

 不意に後ろから声をかけられ、びくっとして振り返る。

 数学の石橋先生だった。

「あ、どうも」

 とりあえずお辞儀をする。

 私と真琴の関係は知られてない、と思う。

「ところで天野。私のことがタイプだとか聞いたが、あれ本当か」

 ……なんでそれを知っている。

 ていうか誰だ、本人に教えたのは。

「そんなわけないでしょう。ふざけた質問をされたから、適当に答えただけです」

「はっはっは、そうかそうか。よかった。これでも先生、妻子持ちでな。本気だったらどうしようかと思ったぞ」

「ところで、何です?」

「お前、確か倉田や川澄と知らない仲じゃなかっただろう?」

「ええ、まあ」

「ちょっと職員室まで来てくれ。そんなに時間は取らせない」

「……? 分かりました」

 まさか、私も退学に?

 いや、それならちょっとお茶でも、なノリで誘わないはずだ。

 というか、署名の紙を一枚取って……何だ? 説教?

 でも、署名運動の責任者として私の名前は書かれてないはず……?

 不思議に思いながらも、教師に逆らえるわけもなく、私は黙って石橋先生について行った。

 

 

「ここで待っててくれ。15分もあれば十分だ」

 職員室の前でそう言われる

「私は入らないでいいんです?」

「なんだ、入りたいのか?」

「いえ、できれば遠慮したいです」

 用があるならともかく、用もないのに入りたいものではない。

 学生にとって職員室とはそういうものだ。

「時間を取らせてすまんな。すぐに済ませるから」

「は、はぁ……」

 それだけ言って石橋先生は職員室に消えていった。

 いったい、私は何をされるんだろう。

 

 

 10分ほど待っていると、石橋先生は職員室から出てきた。

「これ、頼むわ。倉田に渡してくれ」

 そう言って石橋先生が渡してきたのは、先ほどの署名だった。

 それも数枚分。

 中には石橋先生をはじめ、教師数人分の署名があった。

 しかも、全員分但し書きが付けられている。

 

『やりすぎ』

『女子生徒一人にできる破壊行為ではない』

『責任を川澄一人に押し付けるのはやめろ』

『剣で暴れたとあるが凶器はどこに行った。事実なら銃刀法違反だろう』

 

 等々。署名の理由がしっかりと書かれていた。

「あの、これは……?」

「あ、コピーした紙はまずかったか? 原本じゃなきゃダメとか?」

「いえ、それは大丈夫と思いますけど」

「そうか。じゃあ、頼んだぞ」

 ぶっきらぼうに職員室に戻っていこうとする石橋先生を呼び止める。

「待ってください! 何で先生達がこれを?」

「あー……」

 石橋先生は頭をかいて振り返る。

 ちょっと困ったような表情を見せた。

「私も含めて職員も何人か納得してないんだよ。昨日、朝学校に来たら職員会議だ退学だってな」

「そんなことがあったんですか」

「だいたい、詳しく聞いてみれば今回の件もまたマヨナカ案件だろ?」

「マヨナカ案件?」

 聞いたことのない単語だ。

 私が不思議そうな顔をしていると、石橋先生は溜息をついて説明してくれた。

「ずっと昔からなんだ。この学校では夜中に不審な出来事が起きてる。それを職員の間ではマヨナカ案件って言ってたんだよ」

「不思議な事件というと?」

「今回の舞踏会だけじゃない。ガラスや備品が破壊されたり、校内に侵入した不審者が大怪我をしたり、そんなのが相次いていたんだ」

「初耳です」

「基本夜中の学校には入るな、で済むからな。鍵をかけると破壊されるから、夜中の学校内は施錠すらしていなかった」

 なるほど。

 異界と感じた学校。

 それは意図的に作り出されたものだったのだ。

 学校側は異常を把握していた。

 だが、蓋をして知らんふりをしていたということだ。

 施錠をしていなかったことも理解できた。

 万一不運な侵入者がいても、無事では済まないことを知っていたのだろう。

 というか、不審者が入って来たらまいさんがとっちめていたんだろうが。

「ずっと調査しろって我々含めて何人かは言ってたんだが、経営陣や生徒会は聞こうもしなくてな」

「まあ、面倒くさいですしね」

「はっきり言う。お前、そっち側の人間か?」

 石橋先生は乾いた笑いを見せた。

「ご冗談を。気持ちは、わかるってだけですよ」

「まあ、学校側は川澄に全責任を擦り付けてマヨナカ案件を終わりにしたいわけだよ」

 事情を知ってる身としては、あながち完全な間違いとも言えないが。

 舞さんのせいといえば、それはそうだ。

 しかし、対処は完全に間違っている。

 舞さんを追い出したところで異変は止まらないし、問題の先送りでしかない。

 というか、もう問題は暴発寸前まで来ているのだが、それは私達しか知らないことなので黙っておく。

「さすがに我々も頭に来ていてな。川澄にも色々怪しいところはあるが、退学にするほどじゃないだろう」

「はい」

「まあ、そういうわけだ。倉田によろしくな」

 石橋先生はそう言って、今度こそ職員室に戻っていった。

 

 

 校内を探し歩くも佐祐理さんは見つからない。

 逆に真琴は何度も見かけた。

 クラブ活動の生徒を中心に、居残ってる生徒の前に姿を現しては愛想を振りまいていた。

 生徒たちは不審に思いながらも、誘導されて署名の紙を手にしていく。

 これは、ひょっとしなくても相当な数の署名が集まっているのでは?

 そう思った時、思いついた。

 三年の教室前ポスト、そこに佐祐理さんはいるのでは? と。

 署名の発起人が署名を人任せにして帰っているなんてことないだろう。

 それは最初から諦めてるようなものだ。

 となると、署名を受け取る場所で協力してくれた人に挨拶しているはず。

 そう思って四階に向かうと、果たして佐祐理さんはいた。

 廊下に設置されたポストの前で、署名に来てくれた生徒に挨拶をしている。

 

 

「佐祐理さん」

 人がはけた瞬間を見計らって声をかける。

「あ、美汐ちゃん。聞いてください。真琴ちゃん凄いんですよ」

「知ってます。下で見かけたので」

「あ、そうでしたか」

「で、あなたはここで突っ立って署名を受け取るだけですか?」

 口にして後悔する。

 なんで私はこうなんだろう。

 佐祐理さんを前にすると毒吐きが止まらない。

「違います! ……けど、違わないですね」

 対する佐祐理さんは否定するかと思いきや、訂正して肯定した。

 まったく、この人は……。

 違うなら違うとはっきり怒ればいいのに。

 私は溜息をつきながら、教室を指さした。

「とりあえず、中入りましょう。ここで話してたら迷惑でしょうし」

「あ、はい。そうですね」

 3年の教室に入るのは躊躇われるが、今は放課後。

 人はいないだろうし、いたところで署名の責任者と一緒なら不自然ではないだろう。

 

 

 教室の中に招き入れられ、席を案内される。

「いいですよ、ここで。3年の教室なんて落ち着きませんし」

「あ。はい。ごめんなさい」

 私は席には座らず、教室の後ろに移動した。

 まず忘れないうちに石橋先生たちの署名を渡すことにする。

「これ、どうぞ」

「はぇ? なんです、これ?」

 きょとんとした様子で私から数枚の紙を受け取る佐祐理さん。

 しばらく確認した後、素っ頓狂な叫び声を上げた。

「ええっ!? 先生方の署名!? 美汐ちゃん、どうやったんですか!?」

「色仕掛けで落としました」

「ええーっ!!??」

 驚きすぎだ。

「冗談です。石橋先生とちょっとした縁があったので、預かってきたんですよ」

「あ、ああ。あははーっ、びっくりしちゃいました」

 いつも余裕を見せているお嬢が、心底驚いた姿を見れて大満足だ。

 あんな中年を『好きなタイプ』と言った甲斐があったというものだろう。

「教師の間でも、今回の舞さんの処分は不服と思っている人がいるようですね」

 事務的にそう報告したが、佐祐理さんはしょんぼりとした表情を見せる。

「佐祐理、てっきり学校側は舞の味方をしないと思ってました……」

「敵なのは確かですよ。一部によく思ってない人がいるってだけで」

「いえ、どこかで署名なんて無意味じゃないかって思ってたんです。なので、こんな……」

 佐祐理さんの目に涙が浮かんでいた。

「見てください。署名もこんなに集まったんですよ」

 そう言って紙の束を見せてくる佐祐理さん。

 それは署名の束だった。

 50通ぐらいはあるだろう。

「どいつもこいつも、あの狐に化かされただけでしょう」

「それでも、こんなに舞の味方になってくれる人がいるなんて……思いもしなかったですよ」

 あとは言葉にならなかった。

 佐祐理さんの目から大粒の涙がこぼれる。

 

「目を閉ざしていたのは……私の方だった……」

 

 佐祐理さん、と声をかけようとして言葉に詰まる。

 何か、とてつもない違和感に襲われたからだ。

 何だ? これは。

 私の前にいるのは倉田佐祐理ではないのか?

「あははーっ、ごめんなさい。佐祐理、涙もろくてダメですね」

「え、ええ。そうですね」

 と思ったら、目の前にいるのはいつもの倉田佐祐理だった。

 私はいったい何を見たんだろう?

「そういえば、真琴で思い出しましたけど、あれ大丈夫ですか?」

「はぇ? あれって何です?」

「野生動物を触ったらまずいでしょう。保健所に通報されたりとかは……」

「あ、それは大丈夫です。あの作戦を提案された時、絶対に触らせちゃダメだよって言っておきましたから」

 あの無駄に巧妙な真琴の動きは佐祐理さんの入れ知恵だったらしい。

 しかし……。

「よく真琴とそこまで意思疎通できましたね」

「はぇ? 簡単でしたよ?」

 そう言って、佐祐理さんは一枚の紙を取り出した。

 そこには、『あいうえお』が五十音順で書かれていた。

「…………」

「真琴ちゃん頭いいですよね。これで普通に会話できちゃいました」

 ……何でこれに気付かなかった。

 会話できるのさえ知っていれば、文字を指させば意志疎通ぐらいできるじゃないか。

 私も、私の両親も、舞さんも、馬鹿ばっかりか。

「そういえば、今更なんですけど、真琴ちゃん寄生虫とかは……」

「大丈夫だと思います。あれでも霊獣なので」

「はぇっ!? 凄い狐さんだとは思ってましたけど、霊獣さんだったんですか?」

 もう今さら隠すまでもないかと思い、佐祐理さんにはあっさりと真実を話す。

 というか、どう考えても無理だろう。あれで普通の狐だなんて。

「あの、霊獣というのは……」

「あははーっ、知ってますよ。神様みたいなものですよね?」

 ……神様?

 ……あれが?

 一応、そうか……?

「まあ……その、お礼したいのでしたら肉まんでもお供えしてやってください」

「肉まんですか? タマネギとかは?」

「大丈夫です。霊獣ですので」

 霊獣。

 便利な言葉だ。

 というか、この人が真琴の食べ物に気を使っていたことを初めて知った。

「そろそろ佐祐理戻りますね。この調子だと、もっと署名増えそうです」

「ええ。まあ、頑張ってください」

 通り一遍な励まししか思いつかない私だったが、まあ仕方ないだろう。

 これは佐祐理さんが始めた戦いだ。

 ……少しぐらい援護射撃してやってもいいだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 夜、学校。

 まずは4階に向かう。

(舞に会わないの?)

「先にまいさんに用があります。その後で」

(あ、うん。わかった)

 真琴はおとなしくついて来た。

 いつもの教室を開け放つ。

「まいさん、こんばんは」

「あ、こんばんは。どうしたの? いきなりこっちに来てたりして」

 まいさんはきょとんとした表情でこちらを見つめていた。

「お願いがあります。舞さんの剣、絶対に見つからないように管理してください」

「へ? それはいいけど、っていうかこの前の件があってからそうしてるけど……」

「舞さんの退学取消の署名をしてるんです。知ってます?」

「あ、うん。それはもちろん。頑張るよね」

 多分学校で起きていることは見ているだろうと想像したうえでの質問だったが、正解だったようだ。

 出現していない間のことを知っていた理由はそれだろう。

「その署名に『剣で暴れたとあるが凶器はどこに行った』って書いてる人がいたんですよ」

「あー、つまり、剣が見つからない方が都合がいいわけね」

「理解が早くて助かります」

「銃刀法だっけ? あれで舞が捕まってもまずいもんね。了解だよ」

 援護射撃、もとい証拠隠滅完了。

 剣が見つからなければ、棒状の物を持って暴れた程度にしか言えないはずだ。

 退学は重過ぎるという意見にも正当性が出てくるだろう。

 少し卑怯な気もするが、きっちり証拠を押さえて処分しなかった側の落ち度だ。

 利用させてもらおう。

「では、今日はこれで。さすがに連日いなかったら、舞さんに不信感を持たれます」

「うん。そうだね。そっちも了解だよ」

 それだけ言って、私は教室を出た。

(バイバイ、まい)

「うん。真琴もお疲れ様。かわいかったよー」

(ありがとー)

 それも見てたんかい。

 まあ、そりゃ見てるだろうな。

 あれだけ派手にやってれば。

 

 

 

 

 何事もなかったかのように1階へ。

 舞さんはいた。

 まったく、退学になってるのに連日学校に来てるなんて馬鹿な話だ。

 というか、それぐらい学校もマヨナカ案件にいい加減と言うことだろう。

 あくまで知らんふりをするつもりらしい。

「こんばんは」

「…………」

 こくり。

(こんばんは、舞!)

「……こんばんは」

 舞さんを見て、興奮したようにハッハッと息を漏らす真琴。

 それに対して挨拶を返す舞さん。

 いつの間にか、大分親しくなったものだ。

「佐祐理さんが舞さんの退学撤回の署名を集めてますよ」

「……え?」

 意外だったのか、舞さんは驚きの声を漏らした。

「何で驚くんです? 親友なんでしょう?」

「……佐祐理は、そんなことはしないから」

「でもしてました」

「…………」

 舞さんは気まずそうに顔をそらす。

「ちなみに、真琴も協力してます」

「……え?」

 今度ははっきりと驚愕の声を上げる。

「……どう、やって」

 どうやって、ときたか。

 説明は難しい。

「真琴、やって見せてあげてください」

(え? あ、うん、わかった)

 指名された真琴は、くねりくねりと悩まし気な腰つきで前に歩み出る。

 そして、ぺたんと横になってお腹を見せて一言。

(いやん、ばかん、うっふーん)

「……?」

 真面目に説明する気あるのか、このバカ狐。

 まあ、言いたいことは分かる。

 舞さんはさっぱりのようだが。

「……何て?」

「ようは色仕掛けで署名を集めたってことです」

「…………」

 舞さんは言葉を失っていた。

 そりゃ狐の色仕掛けなんて、想像もつかないだろう。

「二人とも……私のために……」

 と思ったら、感動で言葉を失っているようだった。

 そういえば、こういう人だった。

「美汐は……?」

「私は特に何もしてませんよ」

 一人分署名を増やして、代理で教員の署名を持って行ったが、何もしてないといっても間違いはないだろう。

 そもそも、署名に意味があるのかと思ってる派だ。

「…………」

「何です?」

「……美汐はいつも通りで安心した」

 どういう意味だ。

 冷血だと非難されるならまだしも、それで安心されるのはなんか癪だ。

「舞さんは私のことを何だと思って……」

「しっ!」

「え?」

「来る!」

 まったく、魔物というやつはおしゃべりの時間も与えてくれないらしい。

 キンッと張りつめた空気が広がる。

 真琴が前方を睨みつけて低く唸る。

「今日はあなたですか……」

 思わず溜息。

 いくら怪異とはいえ、何度も見ると慣れというかいい加減見飽きてくる。

 無邪気に微笑むその魔物は『めい』だった。

「キ、キ、キ」

 私の姿を見ると、魔物は顔を歪めて笑った。

 そして、服をめくって左腕を見せつけてくる。

「何です?」

(あー、ほら、あれじゃない。あいつ、美汐が腕斬ったやつでしょ)

「再生したってことですか……」

 普通なら驚くところだが、相手は魔物。

 再生能力ぐらいあっても驚くことではない。

 それに、そもそもその左腕はだらんと垂れていて、動く気配が見られなかった。

 魔物『えい』を倒した影響が出ているのだろう。

「キ、キキッ!」

 いまだ健在な右腕に炎がともり巨腕を形成する。

 魔物『めい』はその腕を一気に振り下ろしてきた。

「…………」

 ギンッ!

 当たる直前で、腕は舞さんによって弾かれる。

「油断しない」

「してませんよ。避けるまでもなかっただけです」

「……そう」

 私は溜息をつきながら鉈を構える。

 そして、いつものように魔物との交戦が始まった。

 

 

 

 




名雪、2回目のゲスト登場。
おそらくこれが見納めになるとは思いますが、名雪を見ると何故か涙が出てきますね。
佐祐理さんの違和感を感じた人はどれほどいるでしょうか?
そう、彼女はここで初めて『私』と言っているんです。
本当は使うとしたらエンディングで、とか思っていたのですが、ここでまさかの佐祐理さんから反抗を受けました。
ここは『私』です。と。
だから、ここの佐祐理さんは『私』なんです。
ある種、このシナリオは全員が呪いを背負って始まってるようなものなんですが、真っ先に呪いから解けるのが
佐祐理さんになるとは想像してませんでした。

あ……真琴?
……うん、君は君のまま変わればいいんじゃないかな。
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