1月8日(金曜日)
ケープのリボンの緩みを整える。
ついでに軽く体を見回し、裾に付いていた小さな埃を落とした。
まあ、こんなものだろう。
学生鞄を腰の正面に持ち、一礼する。
「行ってきます」
と。
お父さんとお母さんはいつものように温かい目で『行ってらっしゃい』と返してくれる。
いや、ひょっとしたら今日はいつも以上だったかもしれない。
何故なら……。
「真琴、家ではお母さんの言うことを聞いておとなしくしているんですよ」
(うん。でも真琴も行っちゃ駄目なの?)
「駄目です」
この間出会った子狐……真琴がやってきたからだろう。
「美汐、何て言ってるのかしら?」
胸元で両脇を抱えられて、だらんと後ろ足を伸ばす形で垂れている真琴を困惑顔で見つめるお母さん。
ヒクヒク動いている真琴の鼻から察するに、『きゅーん、きゅーん』と鳴いているのだろう。
「学校に一緒に行きたいそうです」
「そうなの? ダメよ、真琴ちゃん。学校は動物を持ち込むところじゃないんだから」
(あぅー……)
恨めしげな目で真琴が私を見上げている。
動物はモノじゃない、とお母さんにひとこと言っておくべきだろうか?
いや、真琴はそう言って欲しくてそんな目で私を見ているのではないだろうが。
「がっかりしないでおとなしくしていて下さい。今日はお昼には帰ってきますから」
(ほんとっ?)
お母さんの腕から身を乗り出すように首を伸ばす真琴。
後ろ足の間から垂れた尻尾もリズミカルに動いている。
そんなに嬉しそうにされると、こっちとしては帰ってから何をすればいいのか、かえって悩むところだ。
「ええ、今日は始業式ですから」
(うん、分かった。じゃあおとなしくしてるね)
明日は土曜日で、明後日は日曜日。
学校が本格的に始まるのは明々後日の月曜日からだ。
今日を入れて3日はまだのんびりと真琴と遊んでやれるだろう。
……違った。遊びたいのは私もだった。
外見が動物だからって、私が何かを施してやるような言い方をするのは傲慢というものだろう。
……明々後日?
ふとそこで、単に問題が先延ばしになっただけであることに気付く。
今日と明日は真琴におとなしくするよう言いきかせる口実はある。
明後日は……日曜日なのでそもそも問題なしだ。
しかし、明々後日の月曜日からは?
(美汐~、終わったら早く帰ってきてね)
訂正。
どうやら外見が動物云々は関係なかったようだ。
外見も中身も真琴は子供だ。
この三日は抜けている常識観念と忍耐力の訓練に費やそう。
それが今後も真琴と暮らしていくための……
新しい家族との生活のために必要なことだろうから。
「わかりました。終わり次第すぐに帰ってきます」
溜息まじりにそう言いつつも、悪い気はしない。
私のそんな様子を見て、お父さんとお母さんが驚いたように顔を見合わせる。
どうやら、少し頬が緩んでいたようだ。
ずっと人との関係を断ってきた、そんな冷め切った心の私が、この二日間でそんな表情をするまでになっていたとは自分でも驚きだ。
真琴の持つ雰囲気があの子にそっくりだからだろうか?
あの日、突然中断してしまった夢の続きがそのまま帰ってきた気がして……。
「それにしてもやっぱり不思議だな。美汐にしか真琴の声は聞こえないというのは」
「もう、あなたったら美汐の言うことが信じられないの?」
腕組みをしながら私と真琴を交互に見つめるお父さん。
そんなお父さんを、お母さんがたしなめた。
「いや、そういうわけじゃないんだ。私もあのことは本当だったと信じているし、美汐の、その……」
お父さんは私と目を合わせて、申し訳なさそうに目を逸らした。
何のことかはすぐに合点がいく。
あの子のことを夢物語にしようとしても、私のあれを見ればそれが現実だったことをいやがおうにも突きつけられる。
「…私は、お父さんとお母さんがいつでも私を信じてくれていることが嬉しいですから」
俯いて一言小さく告げる。
嘘偽りない気持ちだ。
もし、お父さんとお母さんがあの子のことをなかったことにしていたら……。
そうやって私の気持ちを気遣ってくれてなかったら……。
いったい私はどんな人生を送っていたのだろう?
二人に過剰なくらいの愛情を注いでもらっていながらもこの体たらくだ。
どうにもならない感情というのはあるとはいえ、二人には申し訳ないと思う。
だから、せめて優等生であることに努めてきた。
ただでさえ、私の存在は両親に気苦労をかけているのだ。
このうえ、学業での気苦労までかけるわけにはいかない。
「その、なんだ。私はただ、私も真琴と話が出来たらなと言いたかっただけなのだが」
場を重くしたかったわけではないんだが、といった様子で頭を掻くお父さん。
その様子に、私もお母さんも誤解をしていたことに気付く。
お父さんの言いたかったことは、深い意味を含んだことでなく、ごく普通の感想だったのだ。
「大丈夫です。真琴は二人の言葉をちゃんと分かってますから」
(あうっ)
私の説明に合わせて、真琴が前足を上げる。
「というわけですから、二人の言葉が分からないというイタズラの言い訳は通用しませんからね、真琴」
(えっ? あっ……うう、ずるいよ美汐)
「ずるいのはどっちですか。そもそも、お母さんの言いつけを聞いておとなしくしててくれれば問題はありません」
真琴は……いわゆる落ち着きのない性格だった。
とにかく興味が湧いたものには手を出してみないと気がすまない。
まさか来た日早々から洗濯機に落ちるとは思いもしなかった。
ご丁寧に稼動中の蓋を開けてである。
知能が人間並にあるとこういう時は問題だ。
そこらの犬や猫のイタズラとはレベルの違う行動を見せてくれる。
「では、今度こそ行ってきます」
両親と真琴の行ってらっしゃいを背に、私は久しぶりの通学路を歩き始めた。
ぎゅっ、ぎゅっと足に伝わってくる雪の感触をいつもより強く感じる。
この気持ちは何だろう?
たのしい?
楽しい、と感じているのだろうか? あの私が?
これから始まる日々に胸を躍らせている?
にわかには信じられなかった。
そんなに簡単に人が変われるものなどと。
だが、認めざるを得ないだろう。
冷静に自分を分析すればするほど、私の心が小躍りしているのがよく分かる。
もし、祈りが届くなら……
この夢は覚まさないで欲しいものだ。
(あなた……誰なの?)
「……はい?」
二の句が告げられなかった。
なにせ、いきなり狐が話し掛けてきたのだから。
動物と人間が話をするなんて、物語の中だけの話だと思っていた。
いや、目の前の子狐があの子の仲間だとしても、だ。
言葉が話せるなら人間の姿になる必要などあるまい。
(えっ!?)
子狐はびっくりしたように私の顔をきょとんと見つめる。
そして、体を後ろに引きながら、私の顔を覗き込むように見上げた。
(……あたしの言葉、わかるの?)
「…あなたこそ、本当に話し掛けているんですか?」
お互いに間抜けな顔をしてじーっと見つめあったあと、私達はこくこくと頷きあった。
どうやら私達はちゃんと会話しているらしい。
(でも、どうして?)
「あなた達の不思議な力……というわけではないようですね」
私がそう言うと、子狐は首をかしげる。
(あなたは…あたし達のこと、知ってるの?)
「え、ええ。少なからず知っています」
一瞬、何のことか分からず面食らったが、すぐに『妖狐のことを知っているのか?』という意味だと分かった。
そうでなければ、この子狐の行動を止めたりしないだろう。
(えっと……)
子狐は困ったように、私を上から下まで見つめ、そしてくんくんと匂いをかぐ。
何か変な匂いでもついているのだろうか?
そう思って、袖を鼻にやって嗅いでみる。
……いい匂いだ。
お母さんはちゃんと洗濯をしてくれている。
しかし、野生の子狐にとってこの匂いは妙なものなのだろうか?
そう思って子狐の方を見てみると、目が合った。
数秒無言で見つめ合ったかと思うと、子狐が思い出したように目をそらす。
まるで子供が照れ隠しでもするかのように。
ひょっとしてこれは……。
ふと思いついたことを口にしてみた。
「…みしお」
(……え?)
「私は美汐。天野美汐です」
しばらくびっくりしたように地面から私を見上げていた子狐だったが、やがて耳をピクっと動かし、
(あたしはまこと、沢渡真琴だよ。よろしくねっ)
元気よく私の自己紹介に応じてくれた。
友好的な挨拶まで付いて返ってきたので、思わずたじろぐ私。
何故こんなにもあの子に似ているのだろう?
あの、馬鹿みたいに元気で前向きだったあの子に。
と、いけない、いけない。
子狐…真琴が私の態度を不審に見つめている。
私もちゃんと挨拶を返さないと。
「ええ、こちらこそ」
(うんっ)
しかし……
おそらくこの子、真琴が人になって会いに行こうとした相手なのだろうが……
なぜ狐に名字付きの名前を与えたのだろうか?
それとも、真琴が自分で考えたのだろうか?
何の躊躇いもなく名乗られた名前の不自然さに、首をかしげずにはいられない私だった。
「ところで……」
自己紹介も済んだところで、改めて真琴を見つめる。
すでにあたりは暗くなっているため、うっすら金に光る二つの瞳がこちらに向けられていた。
「……綺麗、ですね」
(……え?)
「いえ、なんでもありません」
思わず見とれてもらした言葉に、真琴が首をかしげる。
やはりその目は狐にあってこそふさわしいものだと思う。
「真琴は、誰かに会いにいくつもりだったのですか?」
私がそう言うと、真琴は『うー』と言わんばかりに歯を食いしばって地面に顔を伏せる。
(そーなのよ。あたしを構うだけ構ってポイした馬鹿が向こうの街にいるはずだから、仕返ししてやろうと思って)
「はい?」
何かの聞き間違いだろうか?
おとぎ話の住人とはほど遠い、それこそ歓楽街で騒いでそうな若者のような答えが返ってきたような……。
(それに人間になったら肉まんが食べられるし……)
涎を垂らしながら目がどこか遠くを眺めてしまっている真琴。
聞き間違いどころか、本気だったらしい。
真琴のたった二言であの子たちへの印象が大きく崩れていくのを感じた。
「あなたは、そんな下らない理由で命と記憶を犠牲にしようとしたんですか!?」
(下らないって何よ。じゅーよーな問題よ!)
ひょっとしてこれはあれなんだろうか?
狐の頭じゃこの程度しか考えられないという……。
真琴にとっては命より目の前の快楽の方が優先事項…らしい。
想像していた美談が頭の中で崩れていくのに激しい頭痛を覚えた。
妖狐達がどんな思いで人に化けるかなんて、物語を書いた『人間』が勝手に想像したことだ。
リンゴはアブシシン酸云々考えずに赤くなるし、引力云々など考えずに落ちるだろう。
それと同じように、妖狐たちも人間の考えなど考えずに人に化け、街へ降りてくる。
それは、まあ分かる。
幻想と現実には得てして食い違いがある物だ。
だからといって、こんな真相はあんまりではないだろうか。
一体私はこの数年、何に心を痛めてきたというのだろう?
(あ、そうだ。よく考えたら美汐は人間なんだよね)
「それがどうかしたんですか?」
まあ、少なくとも今は人間だ。
外見的に。
しかし、真琴の訊きたいことはそういう深い意味ではないだろう。
私がぱっと見て人間であることを確認している。
その続きは……正直聞きたくなかった。
(じゃあ、美汐についていけばわざわざ命なんか無駄にしなくても肉まんが食べられるかな?)
オフィスビルの四面全てのガラスが、強力な衝撃波で一瞬にして砕け散る様はさぞ壮観なものだろう。
目の前でバラバラと降り注ぐ大量のガラスの欠片を見て私は笑うわけだ。
気の狂ったように『アハハハハ』と。
そんな馬鹿げたことがあるものかと目の前の光景を信じられずに。
つまり、今の私はまあそういう気分だった。
『アハハハハ』
いや、それはもういい。
脳内でステップダンスまで始めた私を、慌てて現実の私が止める。
ほっといたらこの場で本当に踊りだしたかもしれなかった。
「もし……私が嫌だと言ったらどうするのです?」
これ以上余計なことを訊くのが更なる自爆行為であるのを分かった上でわざわざ訊く自分を馬鹿らしく思う。
存外私はおとぎ話をいつまでも信じていたいような夢見がちな少女だったようだ、びっくり。
駄目だ……頭が湧いてる。
(うーん、命はもったいないけどやっぱりさっきの続き……かな?)
スコーン!
うん、いい音だ。
脳内のお花畑で踊り狂っていた私を、天から落っこちてきたジュースの空き缶が直撃する。
頭にヒヨコを三匹回してひっくり返る私。
……いつから私はお笑いキャラクターになったのだろう。
とにかく、私が肉まんを食べさせてやることを拒否すれば、当初の予定通り人になって街に降りていくつもりらしい。
駄目だ、それだけは駄目だ。
当人は別に命に執着してないようだが……。
人としてそんな下らないことで命を捨てさせるわけにはいかない。
というか、目の前でそんなことをされたら見殺しにしたようで寝覚が悪くなる。
『分かりました、ついてきてください』
そう言おうとした瞬間だった。
真琴はちょっと顔を横に向けて、人間で言うと照れくさそうに、ぽつっと一言。
(でも……美汐と会えたことを忘れちゃうのは寂しいかな)
反則だった。
これがあの子たちの性なのか?
命に関する価値観の違いはあったかもしれない。
でも、何かを想うということに関しては人間並み、ひょっとしたらそれ以上だ。
子供みたいな、何気ない一言のはずなのに……。私はもう真琴との出会いのことを忘れられなくなってしまうのだ。
そうやって、妖狐たちは人の心に入っていくのだろう。
それが人にどんなものを残すかなど考えもせず、ただ本能的に。
いとおしさと小憎らしさが入り混じった不思議な感情が湧き起こる。
「ずるいです」
(…あぅ?)
思わず口からこぼれた言葉に真琴が首をかしげる。
やっぱりずるい。
本当に何も含むところがないのだから。
しばらく、真琴の視線も気にせず目を閉じて空を仰ぎ見る。
冬真っ盛りの丘の風は冷たかった。
目を開き、草原にお行儀よくお座りしている真琴に視線を降ろす。
「行きましょうか、真琴」
そして私は歩き出す。
一瞬きょとんとした目で私が去っていくのを見つめていた真琴だったが、すぐに意味を理解したのだろう。
(うんっ)
背中越しに元気のよい返事が聞こえてきた。
思わぬ形でのあの子の仲間との出会い。
一体これからどんなことになるのだろうか?
だが、いかなる結末が待っていようと、見届けてみよう。
願わくば、出会いがあの時とは違ったように、結末も違うものであって欲しい。
いや……ひょっとしたら。
長いお付き合いになるかもしれませんね、真琴。
校長の長いとも短いとも言えない始業式の挨拶が終わり、気がついたら教室に帰ってきていた。
ありがたい『お言葉』だったのかは、真琴との出会いを回想していた私にはわからない
経験上つまらないと思っているから、放心したように別のことを考えていたのだろう。
これはひょっとして半分眠りながらでも通勤できると豪語するお父さんからの遺伝?
そう考えて少し溜息をつく。
もう少し役に立つ遺伝子を分けてください、などとおかしなことを考えた自分の頭に。
教壇では担任が何かを喋っている。
新学期に対する心構えとか、まあお決まりのことだ。
行事日程の説明などがあったりする分、校長の『お言葉』ほど価値がないとは言えないが。
とりあえず、今のところ大したことは言ってないので、ぼーっと聞き流していても問題はないだろう。
そう思い、再び回想にふける。
まあ、結局のところ退屈なんだろう、私は。
……あのあと、私は真琴を家に連れて帰った。
帰りが遅いのを心配していたお母さんが出迎えてくれたのがだ、そこで驚くべき事実が判明する。
いや、狐が人に化けたり、狐が喋ったりと常人の感覚では全部驚くべきことなのだろうが。
ともかく、真琴と話が通じるのは私だけというのがそこで判明したのだった。
ほどなくして帰ってきたお父さんも真琴の言葉は分からないという。
こうなると普通は私が狐を飼いたいがために嘘をついていると咎められるものだろう。
しかし、我が家はそうではなかった。
両親は私が『普通』ではないのをよく知っているし、何より私は親に嘘をつくような子とは思われていなかった。
私自身も二人に嘘や隠し事をする気はない。
それに……二人もあの子の最期に立ち会っていた。
きっと二人も以前と違う形での出会いが、以前とは違う結末をもたらしてくれることを願っているのだろう。
真琴を家に置いてやることはすんなり認められた。
すぐ隣の窓の外をぼんやり眺めてみる。
あたり一面雪だらけ。
この時期に窓際の席なんていいことなんかない。
隙間風が入って寒いだけだった。
そんなことを思っていると、起立の号令がかかり、今学期最初のホームルームは終了した。
家に帰り、自室に戻った私を待っていたのは、いきなり飛びついてくる金色の毛玉、もとい真琴……ではなかった。
(……すー)
毛玉には間違いないが、それはベッドの上で気持ちよさそうに眠っている。
起こさないように、そっと歩き、机に鞄を置いた。
特にすることもないし、このまま静かに部屋を出て居間で新聞なりテレビなりでも見ていよう。
そう思って、ふたたび音を立てないように静かにドアに向かって歩く。
が、その途中、片目を薄く開いた真琴と目が合った。
(あー……美汐おかえりー)
どことなくだるそうな様子の真琴。
昨日と同じだ。
「まだ、だるいのですか?」
(うん……昨日よりはましだけど)
真琴が私と話を出来るわけ、それは決して私の『力』によるものというわけではなかったらしい。
どうやら私に途中で中断された術がわずかに効力を発揮したおかげでもあったようだ。
「本当に大丈夫なんですか?」
あの時止めたばっかりに、真琴が本懐を遂げられなかったばかりか結局命まで削ってしまったとなると申し訳がない。
そんなことの為に真琴を止めたのではないのだから。
だが、そんな気が気でない私を見て真琴はにへらーと笑むように薄目でベッドに顔を伸ばして口を開く。
(だいじょーぶ。今日明日くらいまでだと思う。記憶もしっかり残ってるし)
昨日もそう言っていたが、どうやらあのくらいでは術を使ったうちにも入らないらしい。
妖狐たちにとって人化の術を使うということは、それこそ限界を超えて燃え尽きるようなもので、今は筋肉痛程度でしかないのだそうだ。
(それに、あたしはやこーせいだから)
そうだった……。
狐は夜行性。
昼前のこの時間帯は普通でもだるい時間のはずだ。
「真琴……この家で暮らすのでしたら昼型に変えてください」
(あぅー、そんなこといきなり言われても)
昨日、正確には今日の午前0時以降、いきなり元気になった真琴の相手をして疲れた記憶が蘇る。
あれでよく今朝は普通どおり起きれたものだ。
思い出すと私も唐突にだるくなってきた。
というか、部屋に暖房が効いていてなんとも心地よい気分だ。
「まあ、今すぐとは言いませんが」
私はベッドの上に座り、そのまま横になる。
ベッドの横の部分に寝ているので、当然足がはみ出る。
裾の短い我が校の制服だと、私はさぞはしたない格好をしていることだろう。
その姿を想像して少し愉快になった。
人の目を気にしないでいい、自室というのはいいものだ。
「……ん」
お腹の上に何かの感触。
首だけ上げて見てみると真琴だった。
いつの間にか私のお腹の上にのぼったようだ。
(えへへー)
だるいと言っていたのはどうしたのやら、私のお腹の上で得意げな真琴。
どうやら本当に大丈夫のようだ。
(……ダメ?)
真琴は恥ずかしそうにそう言ってお腹の上でお座りする。
サイズが子狐なので大して重くはない。
抱き枕と思えば大したことはないだろう。
「構いませんよ。ですが……」
(なに?)
「胸に前足を置くのはやめてもらえると嬉しいです」
お座りした真琴の前足部分が、ちょうどふくらみの下部に乗っかっていた。
その、なんというかそこは困る。
真琴の体重がほどよい圧迫感となってこそばゆい。
(これでいい?)
こんどは下腹部を背にして丸まる真琴。
そこも微妙に困るのだが……まあよしとしよう。
真琴が乗っかっていてくれたらお腹を冷やすことはあるまい。
「ええ、構いませんよ。真琴がそこでいいなら」
私がそう言うと、真琴は満足げに目を閉じて大きく息を吐いた。
いかにも安息の地を得た、という感じである。
(おやすみー、みしお)
「はい、お休みなさい」
お腹に真琴の確かなぬくもりを感じながら私も満足げに目を閉じる。
目覚ましはセットしていないが、このまま夜まで二人でお昼寝というのも悪くない。
明日からはこういうわけには行かないのだから。
そして、明日以降もこんな日が続くとは限らないから。
この物語をはじめたきっかけは『Kanon Trilogy』での後悔でした。
何のことかというと、真琴を原作準拠なのに完全に排除したこと。
出しても話としては成立したのですが、あゆシナリオそのままで出すと、ただ消えるためだけにちょこっと出るということになり、あまりいい印象がありません。
また、下手をすると何かの伏線と勘違いされて徒に混乱を招くという危惧もありました。
その結果、真琴と祐一は会わなかったという原作改変をしたわけですが、そこでこのもう一つの可能性が生まれたのです。
すなわち、真琴が祐一に会いに行かなかったらどうなっていたのか……という。