チチチチ、チュン、チュン。
「……ん」
鳥の声に目を開けて首を上げる。
「……いたっ」
首や背中が痛い。
どうやら椅子に座ったまま眠っていたらしい。
確か昨日は感想文を仕上げてから、真琴と一緒に少女を監視し続けていたはずだが。
そう思って顔を上げると……。
ベッドから体を半分体を起こした少女と目が合った。
頼りの真琴はどうしているかというと……。
少女の膝の上で、気持ちよさそうに眠っていた。
その真琴の体を、少女の手がやさしくなでてやっている。
私が命を預けた相手は、どうしようもなく役立たずだった。
しばらく無言で少女と見つめ合う。
昨日、襲いかかってきた相手だけに私は警戒せずにはいられないのだが、当の少女からは敵意というものを全く感じない。
というか、何を考えてるのかよく分からない、まさに無表情そのものであった。
時折ちらちらなでている真琴に目をやっているところを見ると、嬉しそうにも見えるが……。
どう反応すればいいものか困って、少女の顔を見つめ続けるしかなかった。
「……おはよう」
意外にも先に声をかけてきたのは少女の方だった。
そっけない朝の挨拶。
だが、それは敵意がないことを示すには十分の言葉だった。
「おはようございます」
普通の挨拶をしてもらった以上、返さない理由はない。
素直に私も挨拶をする。
「ここはどこ?」
やはりそっけない、礼儀とは無縁の言葉。
表情も無表情のままで、おおよそ友好的などという言葉とはほど遠い。
それが人に物を訊ねる態度か?
普段ならそう思うところだが、何故かこの少女にはそれが自然な気がした。
「私の家です。昨日の夜、私があなたを気絶させてしまったので」
「……そう」
やはり無表情。
そこには酷い目にあわされた、というような怒りは欠片もない。
ただ事実を事実のまま確認しただけだ。
「昨日のは……間違いだった」
私から目をそらし、膝の上の真琴をなでながら呟く少女。
それが昨日の謝罪と気付くまで数秒かかった。
『ごめんなさい』も『すみません』もないのに謝罪と言っていいのかは疑問だが。
「間違い、ですか?」
こく、と少女が小さく頷く。
「魔物なら、あそこから出られないはずだから」
「魔物……?」
また『魔物』か。
一体それは何なのだろう?
やはり、あの異界には何かがいたのだろうか?
「……夜の学校には来ない方がいい」
だが、それが少女の答え。
その通りだろう。
理由もなくあんなところに近づく必要などあるまい。
少女はそのことについてそれ以上語る素振りも見せなかったし、私もそれ以上聞く気にならなかった。
「帰りますか? 道なら案内しますが」
別に追い払いたいわけではないが、少女をここに置いておく理由がない。
私がそう判断したわけではない。
事実としてそう認識されるのだ。
少女との会話は、何か不思議なくらいに無機質といった印象を受けた。
なのに、嫌悪感はない。
むしろ胸に湧く気持ちはその逆だった。
「……もう少しこのまま」
いったん顔を上げて私をちらりと横目で見た後、再び視線を膝の上の真琴に移す少女。
「いま動いたらこの子が目を覚ます」
少女の無表情は変わらない。
まとった雰囲気も、表情も、そのどれもが冷たい印象を与える。
それでも、私はこの少女を『優しい』と感じた。
「そうですね。では、もう少しこのままで」
……こく。
少女が頷いたので、私も頷く。
そのまま何も話すことなく、真琴が目覚めるまでの間を二人で過ごした。
そして、真琴が目を覚ますと少女は相変わらずのそっけなさで静かに家を出て行った。
玄関でお父さんとお母さんに小さく頭を下げ、『道は分かる』とだけ告げて。
そう言えば、『狐の眼』に関しては一度も言葉をかわさなかったが、誰もそのことに触れようとはしなかった。
それ以前に少女の名前にも。
それほどまでに少女がいる空間は不思議だったのかもしれない。
少女が去った後、いつもの日曜日の朝がようやく目を覚ました。
1月10日(日曜日)
遅めの朝食を済ませて、部屋に戻る。
そして、まず少女を送り出したときに乱れたままのベッドを整えた。
「……ふう」
勉強机に腰を下ろし、一息つく私。
昨日から色々あって疲れたが、これで今日は晴れて自由の身だ。
背もたれに体を預けて大きく伸びをする。
……ん?
何か変だ。
解放感でいっぱいのはずなのに、爽快感がない。
むしろ何となく、まとわりつくような不快感がする。
不思議に思って身の回りを見回してみる。
それで気付いた。
ああ、そうだ……。
昨日の朝から、ずっと着替えてないんだった。
もちろんお風呂にも入っていない。
昨日色々あって、汗のしみこんだ下着と制服は気持ちのいいものではなかった。
意識すれば尚更である。
袖を鼻に寄せて嗅いでみると、かすかに匂った。
朝、と言ってももうすぐ昼だが、こんな時間にお風呂に入ることはまずない。
が、このままいつもの入浴時間まで過ごすのはさすがに我慢ならないだろう。
そう思って、私はお母さんの許可を取ってお風呂を入れることにした。
私一人が入るためだけに湯を張るのだから許可は必要だろう、と思って。
蛇口をひねっておいて、とりあえず替えの服を用意しに部屋に戻る。
するとベッドの上で欠伸をしている真琴と目が合った。
……そういえば、家に連れて帰ってから真琴をお風呂に入れた覚えがない。
というかよく考えたら、ついこないだまで野山で生活していたのだ。
体に雑菌とかついているのではないか?
いや、でも真琴は妖狐だ。
普通の狐とはそのあたりも違うのかもしれない。
それに、今思えば、あの子がまだ狐の姿をしていた時、私はろくに手洗いをしない子供だった気がする。
あの子を触ったり、あの子になめられた手で平然と食事をしていた。
よくあれで病気にならなかったものだと自分の無謀さに寒気がするが、多分妖狐は想像以上に清潔なものなのだろう。
霊獣であるわけだから。
そう考えつつ、真琴を抱き上げてみた。
(……ん、何?)
前足の、人間でいう両脇の部分を持って持ち上げる。
分かりやすく言うと後ろ足がぶらんとなっている宙ぶらりんの状態。
真琴はこの抱かれ方が好きらしく、よくお母さんにもその格好で抱かれている。
とりあえず顔を近づけて匂いをかいでみた。
匂いは確かにあった、あったのだが……。
「何で生乾きの洗濯物みたいな匂いがするんですか?」
(えっ? なまがわき?)
そう、真琴の毛皮から匂ってきたのは生乾きの悪臭とも香りとも言えない、そんな変な匂いだった。
と、それで思い出す。
来て早々真琴が稼動中の洗濯機を覗き込んで落っこちたことを。
それの匂いが数日後の今日まで残っているということは、妖狐の体は洋服などのような無機物と変わらないということだろう。
つまり、代謝活動を行っていない。
言い換えるなら、生命活動をしていない。
しているにしても、本当に極々微々たるものなのだろう。
ずいぶんデタラメな生き物だが、もういい加減『そういう種だから』という気がしてきた。
人間の感覚で考えることが間違っている。
真琴はある意味幽霊みたいなものなのだ。
まあ、いずれにせよこの匂いはいただけない。
お風呂で体を洗って石鹸の匂いをつけてやろう。
「真琴、お風呂は知ってますか?」
一応、水に浸かるのが嫌いかもしれないので訊ねてみる。
(お風呂? 知ってるよ。真琴、あれ温かくて好き)
「入ったことがあるのですか?」
(うん、前に拾われた時にユウイチが入れてくれたの)
「そうですか」
ユウイチとは、かつて真琴を拾った人物の名前らしい。
名前から察するに男の子なのだろうが、それ以上のことは分からない。
真琴曰く、彼が何度も口にしていた名前が『沢渡真琴』で、それを自分の名前にしたということだった。
おまけにご丁寧にその人物の名前を紙に書いて真琴に見せたらしい。
おかげで『沢渡真琴』なる狐には不釣合いなフルネームが真琴の頭に刷り込まれたようだ。
肝心の『ユウイチ』なる人物に関しては『雄一』なのか『祐一』なのか『裕一』なのかすら分からないというのに。
しかし、狐に肉まんを食べさせるわ、お風呂をご一緒するわ、色々語りかけるわ……。
おそらく、相当に変な人物なのだろう。
まあ、子供時代となると私も人のことを言えないかもしれないが。
子供とはそういうものだ。
とりあえず、真琴がお風呂に入った経験があるというのは大きな収穫だ。
もとい、いちいち説明する手間が省けて何よりだ。
「ついでに一つ訊きますが、真琴とお風呂に入った後、そのユウイチさんに何かなかったですか?」
(……何か?)
宙ぶらりんのまま首をかしげる真琴。
いけない、言い方が遠まわしすぎたようだ。
「例えば病気になったとか」
(ううん? ユウイチは馬鹿みたいに元気だったけど?)
「……馬鹿みたいに」
誰もそんなことまで訊いてないのだが。
心の中で馬鹿呼ばわりされたユウイチさんに合掌。
それはともかく……一緒にお風呂に入っても害がないくらいに真琴は清潔ということがわかった。
真琴もお風呂が好きなようだし、迷う必要はないだろう。
「一緒にお風呂に入りませんか?」
(うん、入るー)
真琴は嬉しそうに右前足を上げてそう答えた。
少しくらい遠慮は無いんだろうか?
まあ、そういう性格なのだろうが。
真琴を連れてお風呂場に向かおうとして立ち止まる。
そう言えば、真琴は男の子なんだろうか? 女の子なのだろうか?
言葉使いからすれば女の子なのだが……。
狐とはいえ、男の子となると一緒にお風呂に入るのは少し抵抗がある。
本物の狐ならともかく、思考は人間のような狐だし。
(どうしたの?)
高い位置に抱きかかえられて、きょとんとする真琴。
私の視線は真琴の両後足の付け根。
人間でいう股の部分だった。
ふむ……ぱっと見て何も無い。
ということはやはり女の子なのだろうか?
いや、厚い体毛の中に隠れているという可能性も……。
……ごそごそ。
……ごそごそ。
片手で真琴を持ち上げたまま、右手でそこをまさぐってみる。
(あぅー、くすぐったいよ美汐~)
身をよじりながら抗議する真琴。
真琴の大切なところは何の突起もなく平坦だった。
つまり、私と同じ女の子ということになる。
……狐に大切なところとかそういう感覚があるのかはよく分からないが。
「そろそろお湯も入ったでしょうし行きましょうか」
とりあえず、いつまでも持ち上げていたら疲れるだけなので真琴を下ろした。
(うん)
私が何をしたかったのかよくわからなかったのだろう。
真琴は首をかしげながら私の後を追ってきた。
洗面器に入れて真琴の体を念入りに洗う。
ついでに自分の体も。
「かゆいところはないですか?」
(んー、そこが気持ちいい)
どうやら首の後ろや、背中など自分で触りにくいところが気持ちいいらしい。
手でなでるようにそのあたりを手でこすってやる。
すると真琴は目を細めながら……。
(うにゃー)
と猫のような奇妙な声で鳴いた。
狐は犬の仲間じゃなかっただろうか?
いや、私以外にはこれも『きゅ~ん』とかあたりに聞こえるんだろう。
全身泡だらけになった真琴を見てふと思う。
「真琴……あなたをスポンジ代わりにしていいですか?」
真琴の体毛は短くないし、触感も悪くない。
それが泡だらけで目の前にいるのを見てるとそのまま持ち上げて、自分の体をこすってみたくもなる。
(いいけど?)
嫌がるかと思ったら真琴は素直にOKした。
だが……。
「冗談ですから本気にしないで下さい」
片手で真琴を持ち上げてスポンジのように扱うのはかなり辛い。
両手だとバランスが取れているせいかさほどそうは感じないが、真琴は外見に反してそれなりに重かった。
それが命の重さという物なのかもしれない。
「流しますよ」
(うんっ)
シャワーを上に構えると、真琴は耳をパタンと伏せて目を閉じた。
随分慣れたものだ。
過去に拾われた家で体を洗ってもらった経験は一度や二度じゃないのだろう。
シャワーを浴びせると真っ白になった泡の塊から、小さな子狐の姿が現れる。
気のせいだとは思うが、毛色が洗う前より良くなった気がした。
続いて、座ったまま私も自分の泡を落とす。
その様子を真琴がじーっと眺めていた。
というか、さっきまで泡で隠れていたとある一点をじーっと見つめている。
「どこを見てるんですか」
見られている場所が場所なので顔をしかめながら訊く。
おまけにお座りした真琴の視点だとやや真上にそこを見上げる体勢だ。
なんだか人間に見られているよりも恥ずかしい。
(んー、美汐って女の子なんだね)
「見れば分かるでしょう。というかどこ見て言ってるんですか」
恥ずかしいから早く目を逸らして欲しい。
(どこって、ここ)
訊くんじゃなかった……。
馬鹿正直に『そこ』を右前足でぺしぺし叩いて教えてくれる真琴に泣きたくなる。
数十分ほど前に自分が真琴の『そこ』をさんざん触っておいてなんだが。
(ユウイチやおじいちゃんには立派なのが生えてたけど、あんまり女の子って面白くないかも)
何がどう立派に生えていたのかは訊きたくない。
しょっちゅうお父さんがお風呂上りにぶらぶらさせてるあれに違いない。
思い出すと頭痛がした。
「真琴だって女の子でしょう」
私がそう言うと、真琴はころんと転がってお腹を見せる。
そして両前足をお腹の上に乗せながら言った。
(そうなんだけどほら、あたしは毛でよく見えないし)
なるほど……って納得してどうする。
羞恥心というものはないのだろうか?
いや、そんなものがあったら狐なんてやっていられないのかもしれない。
ずっと裸で歩き回っているのだから。
「まあ、減る物でもないですし見たければ好きにしてください」
下心があるわけでもない。
子供のような好奇の目と分かれば特に気にもならなくなった。
むしろ微笑ましいものかもしれない。
昔は私もお父さんとお風呂に入った時は同じようなことをしていたものだ。
というか、大人になればあれが生えてくると夢見ていたという痛い思い出もある。
それが今はそう感じているということは、私も『女の子』になったということだろう。
それは人間として私の心が成長したからだろうか?
それともあの頃の『天野美汐』でなくなってしまったからなのだろうか?
多分両方なのだろう。
気付いたら私は流れるままに『女の子』になっていたのだ。
あの頃の『天野美汐』が心の中で私に『つまんない子』とあかんべーをする。
まったくだ。
私はなんともつまらなく『女の子』になってしまったのだろう。
(どうでもいいんだけど、お風呂入らないの?)
人が投げ槍な返事をして考え込んでいると、真琴の興味は既に別のことに移っていた。
私と湯気を立てる浴槽を交互に眺めている。
その姿に思わず溜息をついた。
「はいはい、寒いですし入りましょうか」
(うんっ)
まったく、どうしてこの子はこうなのだろう。
呆れながらも何故か心は暖かかった。
(ふー、あったかいー)
私がお湯に首まで沈めていそばで、ぷかーっと大の字になって真琴が器用に浮いている。
アメンボみたいに。
何となく面白そうなので悪戯をしてみたくなった。
くいっ、と尻尾をつかんで軽く湯の中に引き込んでみる。
(わ、わわっ!?)
首だけ上に出した状態で必死に浮き上がろうと足をバタバタさせる真琴。
しかし、尻尾を私につかまれているのでそれ以上体は浮かびようがない。
かなり滑稽な姿だった。
(美汐、はーなーしーてー)
「はいはい、ごめんなさい」
ひとしきり楽しんだあと、真琴を解放してやる。
すると、再び大の字になって子狐がぷかーっと湯面に浮かぶ。
怒るかと思ったら真琴はにへらーっと笑って……。
(えへへ、もう一回)
アンコールを要求してきた。
真琴も真琴で楽しかったらしい。
私は頷くと、今度は勢いよく尻尾をつかんで湯に引き込んでやった。
もちろん頭は湯の上に出るように気をつけて。
(あははー)
真琴は足を動かしながら、直立姿勢で浮くのを楽しんでいた。
何度かそれを繰り返して遊んだ時だった。
突然真琴が眉を寄せ、真剣な顔をする。
といっても、狐の表情なので表現が正しいのかは疑問だが。
「どうしました?」
様子が変なので恐る恐る声をかける。
すると真琴は直立姿勢で浮いたままの体勢で一言。
(あぅー、うんち)
と言った。
「は、はい!?」
うんち、ウンチ……。
ああ、『糞』のことか。
って、落ち着いてる場合じゃない。
(ここでしてもいい? ユウイチには怒られたけど)
「うちでも駄目です! というか我慢できないんですか!?」
真琴に躊躇がまったく感じられないのが余計に私を焦らせる。
そもそも、私も入っている浴槽でやられたらたまったものではない。
(もう出そうー)
緊迫感ゼロの返事。
我慢する気はまったくないようだ。
したいところで好きなようにやっていた狐だし無理もないが。
「ああもう、もう少しだけ我慢してください!」
言うが早いか真琴を抱き上げて浴槽を飛び出す。
そしてそのまま体も拭かず素っ裸で、お風呂の近くにあるトイレに駆け込んだ。
あとで廊下を拭かないといけないと思うと憂鬱だったが、非常事態だし止むを得ない。
「使い方は分かりますか?」
洋式の便器を前にして真琴に訊ねる。
(あ、うん。大丈夫)
返事を確認するまでもなく便座の上に真琴を置いた。
被害を最小限にとどめるために。
まあ、使い方は知っているようなのでよかった。
ユウイチさんとやらに感謝……。
「って、何をしてるんですか!?」
しようと思った矢先、いきなり便器の中に後ろ足を突っ込んだ真琴に叫ぶ。
(何って……トイレ)
平然とそう答えると、便座に前足をかけ便器から上半身を出した体勢で用を足し始める真琴。
便器の中の後ろ足は器用に水を避けた場所に置かれていた。
……違う、トイレはそうやって使うものじゃない。
確かに絶対外に漏れない完璧な用の足し方だが、何か根本的に間違っている。
しかし、真琴の体は便座に座るには小さすぎるから仕方がないのかもしれない。
とりあえず、浴槽でするという最悪の事態は避けられたから、今のところは気にしないことにしよう。
(ごめんね、冬だったからトイレのこと忘れてた)
「冬だったから?」
(うん、ほら、冬って何も食べる物ないじゃない)
ああ、なるほど。
食べても食べなくてもいい妖狐にとって、食べる物が外にない冬は何も口にしない季節なのだ。
となると当然出るものもないわけで……。
「数ヶ月ぶりのトイレだったわけですね」
(うん、秋は果物とか時々食べてたんだけど)
うちにきてここ数日色んなものを食べたために、消化機能が再稼動したのだろう。
まったく、霊獣とは都合のいい生き物だ。
しかし、今後真琴のトイレに関しては少し考えておかないとまずい。
しばらくはトイレのドアを開けっ放しにしておくことで何とかなるだろうが、この用の足し方が問題だ。
後ろ足を置いてる位置が汚い。
お母さんがしっかり掃除しているとはいえ、やはり抵抗がある。
和式トイレならなんとかなりそうだが……。
まさか真琴のためだけにトイレを付け替えてくれなんてとても頼めたものじゃない。
いずれにしても、あとでお父さん、お母さんに相談した方がよさそうだ。
トイレから出て、真琴ともにお風呂に戻ろうとしたところ、お父さんと出くわした。
普段着のお父さんに対して、私は一糸まとわぬあられもない姿。
慌てて胸と下を隠そうとしたが、ふとあることを思いついて逆に堂々とそのままお父さんの横を歩いてみせる。
「な、何で裸で廊下を歩いてるんだ」
案の定うろたえるお父さんに私は平然とこう返してやった。
「お風呂上りといえばこうじゃないですか、お父さん?」
呆然とするお父さんを尻目に、のっしのっしと大股でお風呂に戻っていく。
恥ずかしくもあったが、いつもの仕返しを出来てなんともいい気分である。
その日からお風呂上りにお父さんがタオルを腰に巻くようになったのを見ると相当ショックだったようで、それが尚おかしかった。
ちなみに真琴のトイレの件は、便器の上蓋の中央を小さく切り抜くことでこのあとすぐに解決する。
つまり、上蓋を下ろすと真琴用の簡易和式トイレになるという仕組みだ。
それを提案してやってくれたのは他ならぬお父さん。
色々あるが、何だかんだで私はお父さんのことが嫌いではないと思う。
お昼ご飯を終えて、私と真琴は部屋でぼーっとしていた。
二人揃って何度もあくびをする。
二人とも昨日からそんなに寝ていないのと、お風呂とトイレのことで疲れていたのかもしれない。
目を閉じるだけでウトウトとしてくる。
ああ、なんて気持ちいい疲労感なんだろう。
再びあくびをして目をこする真琴と目があった。
二人でしばらく見つめ合ったあと、一緒に頷く。
二人とも気持ちは一緒だった。
「お休みなさい、真琴」
(おやすみー、美汐)
ベッドに潜る私と、その枕元で丸くなる真琴。
まだまだ空は明るかったが……。
こんな休日も悪くないと思う。
今日はもう一日中寝ていよう。
午後ののんびりとした日差しの中、私と真琴はふわーっと眠りに落ちていった。
地の文が少なくなっていきます。
内向的だった美汐が変わっていく演出としてそうしました。
というか、終盤まで最初のような文章を書いていたらいつまで経っても終わりません。
そして、今がきっと一番平和な時……。