ユーフィリア大陸・シュトラール地方。
その東部に広がる未開地に突如次元の裂け目が生まれる。
未開故に原始的な生存競争が当たり前なこの場所には獰猛な生物が数えきれないほど生息している。
けれどそんな彼らすらそこには近付かず、むしろ我先にと逃げるように離れていった。
次元の狭間が観測された時間は数十秒にすら満たない。
そこからさらに数分経つ頃には、あたり一帯から生物の気配は消えていた。
おおよそ生物の頂点とも言える竜の因子を持つ亜竜すらそこに近づくことを拒んだ。
そうして静寂に包まれた未開地の一角、気づけばそこに人影があった。
意識がないのか地面に倒れ微動だにしないその男の姿は遠目から見てもわかるほどボロボロだった。
男にしてはやや長い部類の髪は美しい紺色をしており、年の頃は十代後半ほど。
「·········ん」
すると少年の瞼が動く。
目を開けるとそこには見渡す限り広大な自然が広がっている。
意識を失う前とは明らかに異なるその景色を前にしかし少年は然して動じることなく、おもむろに身体を起こしながら自分の手を見つめた。
「まさか生きてるとは」
そんな第一声と共に目を向けたのは翼の意匠が特徴的なアクセサリーだった。
少年にとって長年の相棒とも言えるそれの感触を認識したことで、彼はようやく自分の生存を認める。
「どうするか·········」
あの瞬間、自分は死ぬと思った。理想は道連れ、最低ラインはあの戦いの勝利を手繰り寄せる一撃で、あの場にいる全員の未来を繋ごうとした。
全部託して、あの時の彼女のように笑って最期を迎えたはずだった。
けれど現実は今こうしてどこかはわからないが、生きてここに立っている。
改めて周囲を見渡すがある方向には雄大な山々が、またある方向には深い森がどこまでも続いている。
「────!」
一応試しに空高く跳んで見るが、それでも地平線の先まで自然は広がっており、人里の気配すらない。
(日本ではないのは確定してるとしてもどこだここは?)
「────それと、ここに転がってるのはまあ、そういうことか·········」
そう言い目を向けるのは間違いなく日本どころか地球のどこを探しても見つからないであろう生物
干からび、しわだらけの黒ずんだミイラ状のそれを一瞥するも、少年は眉を動かすこともなく一人納得した様子で再び考え込む。
「·········これを見るに安易に死のうとするのはやめた方がいいだろうな」
別に死ぬことに躊躇いはなかった。けれど今の状況から安易に死ぬことは自分だけの問題にならない可能性があると判断を下す。
(問題はここに人がいるのかということと、どうすれば上手く死ねるか)
幸い、
それならば、諸々含めて調べるところから始めるべき。
「まずは周辺の情報収集か」
◇ ◇ ◇
「············だだっ広いなここは」
少年こと、星守彼方はそうぼやいた。
既にここに来てから一週間が経っていた。
その間にも彼方は周辺を探索したが、わかったのはこの場所が人がいないのが納得できるほど過酷な環境がどこまでも続くところだということだ。
何せ一日目は火山地帯、二日目は氷雪地帯、三日目は荒野、四日目は森林地帯にその次は断崖絶壁とそれ以降もバリエーションに事欠かない大自然の姿を何度も目にし、当然だがそこには人里どころか人の痕跡すらなかった。
そして何よりここには自然よりも直接的な脅威が跋扈している。
「キシャァァ!」
頭上から翼を持った怪鳥のような生物が急降下してくる。
「邪魔」
しかしそれを彼方は無造作に腕を振り上げ迎撃する。
「·········ャ、ァァ·········」
全長で三メートルにも及ぶ肉体。それに降下の勢いも加わっていたにも関わらず、その一撃で大きく吹き飛ばされそのまま絶命する。
「キシャァァ!!!」
けれどそれで終わりではなかった。襲ってきたのは群れで狩りをする習性なのかその一体だけでなく、複数の個体が無造作に腕を上げたままの彼方に迫る。
「────」
────挟み撃ち。
振り向き様に後ろの個体に蹴りを入れ、足裏に脛椎が砕ける感触が伝わるより速くその足を身体に引き寄せ、そのまま腰の捻りもプラスして前方の個体の顔面を膝蹴りで潰す。
────地を這うように迫る個体。
けれど既に自身を挟んでいた二体はいなく、単独で飛び込んできた相手の対処など容易。その頭を地面に叩きつける。
────再び頭上から。
鷲掴みにしていた頭から手を離しながら僅かに横にズレ、丁度目の前にきたそれを裏拳で沈める。
────翼竜。
この世界では亜竜に分類される存在をしかし彼方は歯牙にもかけず鎧袖一触する。
が────
「······っ、魔力っ、を······! ほとんど、使用しないで·········一週間······といったところか······!」
額に脂汗を滲ませながら歯を食いしばっていた。顔からは血の気が引き、必死に結ぼうとする口の端から涎が垂れていく。
「·········丁度いい────」
そこにはまだかろうじて生きている翼竜が一体。
そんな翼竜の首に彼方は顔を寄せるとそのままかぶり付く。
「~~~~ッッッ!!!」
暴れる翼竜。瀕死の状態であることを忘れてもがくも、その抵抗は長く続かずその姿は干からびていく。
「·········死に体じゃこの程度か」
口元を拭いながらそんな感想を漏らす彼方。
「だから·········」
────次はお前らだ。
そこには恐竜のような見た目をした亜竜────走竜。
────十数分後。
干からび萎んだ生物が積み上げられるのだった。
◇ ◇ ◇
それからさらに一ヶ月ほど経った。
(おおよその自分の状態は把握できたが·········)
正直今後の見通しがまったくなかった。
ただ一つわかるのはそう遠くない未来に自身の破滅が訪れること。
けれどそれをただ漠然と待つのも何か違う気がした。
「────お前ならどうする、遥?」
ふと今は亡き姉に問いかける。
答えなど当然帰ってはこない。
しかし思ってしまった。最期にあんな風に笑っていた彼女ならどうするかと。
すると風が吹き、背中を押しながら頬を撫でていく。
「·········面倒だな」
見上げる先には最大で標高五千メートルはありそうな山々────ネフィリム山脈。
この先に待つのは果たして何か。
────礎の騎士、星守彼方。
黄昏の住人だった彼がその果てで何を見るか。