昏い空が広がっていた。
────一次限定拘束解除。
あまねく光が血のように染まり、赤紫の霞と共にこの場所を不気味に彩っていた。
────二次限定拘束解除。
建ち並ぶ建物はそこかしこが壊れ、まるで文明が崩壊した世界を思わせる。
────最終限定拘束、解除·········
そんな空間に黒い光が広がる。
淀んだ空とはまた異なるその色が収束していく。
まるで周囲の色を吸収していったかのように集まった漆黒のそれをゆっくりと振り上げる。
その後ろで叫ぶ誰かの声を背に、己の本懐を唱える。
────この身は屍の上に立つ屍なり。
◇ ◇ ◇
「······夢か」
眠りから覚めた青年が呟く。
そこには様々な感情が入り交じっていた。
愛しさ、切なさ、懐かしさ、後悔、そして諦観。
「もう五年か」
開けた窓の枠に身体を預けながら感慨にふけるその眼前には、中世を彷彿させる街並みが広がっていた。
交易都市アマンド。それが青年が今いる場所の名だ。
やがて窓から離れると身支度に入る。
といっても椅子で軽い仮眠を取る程度だったため、軽く乱れた服装を整えればそれで終了。
一応最後に鏡でおかしいところがないかを確認する。
そこに映るのはこの五年で少年から青年と呼べる顔立ちになった自身の姿。髪はもともと男性にしては長かったが、今は腰の辺りまで伸びており、見苦しくない程度には整えている。
「いくか」
準備が終わり、部屋を出る。
向かうのは雇い主の執務室。
途中、同僚にあたる者たちと挨拶を交わし合うが、なぜか全員から敬われるように接せられる。
別に必要ないと何度も伝えているが、その度に固辞されるため半ばそのことは諦めている。
そうしている内に部屋の前にたどり着いたため、ノックをし、返事を待って入室する。
「おはようございます彼方さん。ちゃんと
「おはよう立夏。その言葉はそっくりそのまま返そう」
一応は雇い主と雇われ人という関係だが、それとは裏腹に気安いやりとりを交わす二人。
雇い主たる少女は書類を手にしたままジト目で睥睨してくるが、残念ながらそれを向けられた本人はどこ吹く風とばかりに気にも止めず、さっさと自分の席について書類に目を通し始める始末。
それを見てため息をつく彼女に傍らから別の女性が紅茶を差し出す。
「────どうぞリーゼロッテ様」
「ありがとうアリア」
仄かに湯気を立てる紅茶に口を付け、一息入れる彼女の顔には既に疲労の色が薄ら見えていた。
彼方の言ったことはあながち間違えでなく、ここ最近の彼女はとある事情でずっと働き詰めといってもいい。
もっともそれは彼方もそこまで変わらず、この男はこの男で眠れましたではなく眠りましたかと言われるくらいには休むことを知らないが、彼に言わせればそもそも肉体スペックが違う自分と彼女を同列で語ることがまず違うとのこと。
閑話休題。
「────以上が現在わかっていることです」
そうして三人は現在の忙しさの原因である事柄について話し合った。
「勇者召喚ねぇ·········」
「聖典の予言ですね。正直私も半信半疑でしたがあれを見せられると流石に信じざる負えません」
彼女たちの語る内容はシュトラール地方で信仰される六賢神と呼ばれる神々が残したとされる予言。
曰く、六つの光の柱と共に六賢神の使徒である勇者が現れる、というものだ。
そしてつい先日それと同じ現象が観測されている。
「彼方さんはどう思いますか?」
「地球から何かがこの世界に召喚されたのは間違いないだろうな。あの瞬間、確かに地球との繋がりを強く感じた」
「そう、ですか·········」
地球という単語に
既に察しは付くだろうが、彼女は地球という星の知識を有している所謂転生者という存在である。
今世の名前はアリアが呼んでいたリーゼロッテ────リーゼロッテ=クレティアといい、ガルアーク王国の公爵令嬢でもある。
そして前世の名前は源立夏。
────それは彼方と幼馴染である少女の名前だった。
◇ ◇ ◇
彼方と
当時まだこの世界の言語をまともに喋れずにいた彼方だが、ある日一つの単語を耳にする。
────リッカ商会、と。
それはリーゼロッテが地球の知識をいかし始めた商会だった。
売られてる商品も地球の単語そのままであることから、彼方はそこへ足を向けた。
その時の彼方の心境を端的に表すなら「·········まさかな」ではあったが、不思議と行かないという選択肢は湧かなかった。
あるいは────
(······未練、なのかね······)
普段の自分らしいとは言えない選択をする己の心の内をそう推測する彼方。
彼方にとって立夏は一言で言うならば幼馴染である。
しかしそこにいくらか言葉を付け加えるなら『自分を人にしてくれた幼馴染』である。
始まりは彼方の姉、遥と共に訪れた飲食店。そこを経営するのが立夏の両親であったことが二人の出会いだった。
そこから紆余曲折ありつつもその関係は続き、きっかけであった遥の死後もその縁は切れなかった。
星守彼方の人間関係はそこまで広くない。その上関わりのある人間のほとんどが魔術────所謂神秘を知る者たちばかり。
そんな中で唯一、立夏はそれらとは無関係な人物だった。
あるいはそのお陰か、自分の周りにいない類の彼女に彼方は僅かばかりに興味を持った。
家の事情もあり周りのほとんどに興味を示さなかった当時の彼方にとって、その出会いはその後の人格形成に大きく影響を与えることとなる。
しかしそんな二人はある日離別する。
────片や神秘に身を浸し続けた果てに。
────片やありふれた事故により。
けれど、二人は再会した。
世界を、時空すらも越えて────
「·········彼方、さん·········?」
だからこそ彼方もその再会には目を見開き驚いた。
目の前にいるのは彼方の知る彼女ではなかった。
空を思わせる水色の髪には緩いウェーブがかかり、どこか親しみを与える一方、まだ十歳前後でありながら気品を感じさせるその佇まいは王族を彷彿とさせる。
けれど随所に垣間見える仕草が、澄んだ海を思わせるその眼が彼方のよく知るものだった。
そして何より────
(この魔力は·········)
地球にいた頃から魔力に関する感覚が人並み外れ、とある事情で今はより鋭敏になったその『眼』が目の前の少女を彼女と言っている。
「·········立夏?」
目を潤ませて何かを堪えるように手を口元に当てた彼女はその言葉を聞いた瞬間、とうとうその瞳から大粒の涙が溢れ出した。
そこにあるのは希望や歓喜、そして愛しさ。
(────嗚呼·········)
それを目にした彼方は思った。きっと自分はこのために生き残ったのだと。
────彼女を守ろう。
一人静かに彼方は誓いを立てる。
·········その身に吸精病を抱えながら。
後半に回想的な話入れましたが、大分時系列を跳ばしました。
基本的にはここから多少の過去の話を挟みつつも、原作四巻以降の話を描いていくつもりです。
それにしてもアリアさんがほぼ空気だった·········
ま、まあ、これからきっと出番があるはず······!
ちなみに作者の力量の関係で本編に描けるかわからないのでここに描きますが、主人公の存在によってアリアさんがリーゼロッテの前世の話を知るのが原作より早くなってます。