『帝国の女騎士アズキ』〜俺はR18ルートは絶対に嫌だ!〜 作:令和大学文学部小説科
闇の存在――魑魅魍魎が跋扈する、中世の国、帝国。
人と魔、その両者の間には、太古より守られてきた「互いに不干渉」という暗黙の掟があった。
人は人の世に生き、魔は魔の世に生きる。互いに干渉せぬ限り、両者は決して争わない。
それが、幾千年ものあいだ保たれてきた秩序だった。
しかし、人が外道へと堕ち始めたことで、その古き掟は次第に綻びを見せる。
人と魔が手を結び、禁忌の力を商いに利用する犯罪組織。
魔の力を兵器や商品へと変え、巨万の富を築く企業。
人魔の結託によって生まれた「外道」は、もはや裏社会だけに留まらなかった。
やがてそれは帝国の隅々へと根を張り、世は混沌へと凋落していった。
――だが。
正道を歩まんとする人々も、無力ではなかった。
時の帝国は、人の身でありながら「魔」に対抗し得る者たちを集め、一つの組織を築き上げた。
人魔外道の悪に抗い、人の世の秩序を守るために。
彼らは、魔を討つ力を持つ者。
剣を携え、魔と渡り合い、時には人ならざる存在すら打ち倒す者たち。
人々は、彼らをこう呼んだ。
――「帝国騎士」と。
☆ ☆
「――ゴブリンだ!」
悲鳴が森に響いた。
次の瞬間、茂みから小柄な影が飛び出してくる。
醜く歪んだ顔。
黄色く濁った眼。
手には錆びた短剣。
村人たちは腰を抜かした。
「ひっ……! 助け……!」
ゴブリンが跳びかかる。
――だが。
甲高い金属音が響いた。
ゴブリンの短剣が弾き飛ばされる。
その前に、一人の女騎士が立っていた。
銀色の鎧。
肩まで伸びた淡い金髪。
細身の身体には不釣り合いなほど大きな剣。
女騎士は、静かに剣先をゴブリンへ向けた。
ゴブリンが一歩、踏み込む。
女騎士は動かない。
ただ、ゴブリンを見つめている。
一瞬の静寂。
やがてゴブリンが牙を剥き、唸り声を上げた。
――次の瞬間。
銀閃が走った。
ズシャッ――。
ゴブリンの首が宙を舞う。
どさり、と小さな身体が地面に倒れた。
「……」
その場にいた村人たちは、息を呑んだ。
そして――
「さすが、アズキ様! 歴代最強とも名高い帝国騎士様だ!」
「素敵……! あれほどの美貌をお持ちなのに、剣の腕までおありになるなんて!」
「いったい、何をお考えになっているのかしら……」
口々に称賛の声が上がる。
誰もが、冷静沈着で恐れを知らぬ女騎士を見ていた。
――しかし。
(やっべぇ……)
女騎士は、死んだゴブリンを見下ろしながら思っていた。
(怖い怖い怖い怖い怖い)
先ほどまで微動だにしなかった手が、鎧の中で小刻みに震えている。
(ゴブリン怖すぎるだろ! なんであいつらあんな顔してんの!?)
平静を装いながら、必死に呼吸を整える。
(ていうか、なんで俺が最前線なんだよ! 帝国騎士ってもっとこう……後ろから指示するとか、安全な後方勤務じゃないの!?)
そして――
アズキには、もう一つ。
誰にも知られてはいけない恐怖があった。
(……絶対に嫌だ)
脳裏に浮かぶのは、画面で映し出された「ゴブリンに捕まった女」の末路。
(R18ルートだけは、絶対に嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
歴代最強。
帝国が誇る美貌の女騎士。
魔を恐れぬ英雄。
人々からそう称えられる彼女は――
実のところ、かなりの臆病者だった。