戦争が続く山路諸領。荷の金具を打つ工房。
セナは、打ち終えた環を、もう一度台へ載せた。
丸さが足りない。片側へ当てれば、反対側が少し上がる。炉へ戻そうとすると、戸口の荷受けが、あといくつだ、と聞いた。
「これを直せば、十揃う」
セナは答えた。荷受けは手の中の環を見て、入るならいい、と言った。
「入ったあとに、そこばかり当たる」
彼女は出っ張った所を示し、炉へ戻した。
秋から冷えが強くなり、桶の水へ手を入れると、指の節が先に痛んだ。工房の男たちは峠の修理へ出ている。親方は納め先との話で外へ行き、今日の炉の前にはセナがいた。
頼まれたのは荷締めの環だった。樽を固定する縄を掛ける物で、古い物は口が開いていた。日が落ちる前に車を出したい、と荷受けは言った。工房主の妻は、親方が戻るまで待てないかと聞いたが、荷受けは荷台に樽を積んだまま来ていた。
セナは赤くなった鋼を取り、返した。次の一打を高く上げすぎない。手元の角が丸くなり、当てた時の音が変わった。
炉へ立つようになった春には、何が変わったのかも分からなかった。
親方の長男は徴発され、二男も荷の護りへ出た。セナは炭を足す場所から、槌を持つ場所へ呼ばれた。最初に作った留め金は太さが揃わず、三つを台へ並べると、親方は真ん中だけ押し返した。
「ここは使わせられん」
セナは一からやり直した。先の二つを横へ寄せ、新しい鋼を取り直した。
夏に、初めて自分の打った品へ工房印が入った。
親方は仕上がりを並べ、工房の印を当てた。短い音が続いた。セナは、自分の物を取られたように一度思い、それから、納める品として置かれたのだと分かった。
「この型は、お前も受けろ」
親方が言った。セナは返事をして、もう一つ手元へ引いた。
女性鍛冶組合の寄り合いにも、その頃から出るようになった。
規約の紙は薄く、工房主が認めた女が戦時の不足を補う、と読み上げられた。工房印はそれぞれの工房に属し、組合独自の印はない。
「私が作った物も、親方が押す?」
セナが聞くと、台帳係は、誰が作ったかは品数の所へつける、と答えた。
家の慣行へ戻すという一行を聞いた時、セナは、自分がどこへ戻るのかを訊ねた。台帳係は、今決める話ではない、と紙の端を撫でた。
隣の女は、今、賃が出ることを先に確かめたい、と言った。セナも頷いた。仕事の多い日には、指が裂けても翌日の品がある。名をつけず家の手伝いにされるのとでは、違った。
名簿の自分の横には、打ち手、とあった。家へ持って帰った写しを、夜に二度開いた。翌朝、折り目を直して工房へ持って来た。
秋になって、工房へ戻る男が増えた。
一人は荷の護りで脚を傷め、まだ長く立てなかった。戸口の台へ腰を下ろすと、親方がセナへ、炭を足してやれ、と言った。男はその間に口金を取った。
セナが炭桶を戻す頃には、自分の箸が違う手にあった。男の脚を見て、渡せと言えず、脇へ立った。彼が座ったまま打った金具は、セナの品より少し厚い。
親方は二つを比べ、厚い方を直すよう男へ返した。男はセナを呼び、ここをどう落とす、と聞いた。セナは持ち手を受け取り、炉へ入れた。
打っている間、男は膝を伸ばしていた。
直した物を返すと、親方は男の列へ入れた。セナは自分の列に空きがあるのを見て、その品も自分が打ち直した、と台帳係へ言った。
「戻った者の仕事と、細かく分けるのかい」
台帳係は聞いた。セナは、直した分だけ、と答えた。女は小さい印をつけたが、名を書く場所はもう狭かった。
あの日、セナは古い写しを見て帰った。自分の名前の横へ指を置くと、炉の煤が紙へ移った。打ち手の二字を黒くしてしまい、布で拭こうとしてやめた。
今日、環の最後の一つを直す時にも、その紙は工房の箱に入っていた。
セナは炉から品を出した。台へ当て、持ち替え、少しだけ打った。早くしろ、と荷受けが言いかけ、音を聞いて黙った。セナは箸を開く前に、裏側も見た。
工房主の妻が、冷えた九つを数え直した。セナは最後の一つを脇へ置き、古い環と並べた。
「使う縄は、どこ」
荷受けが戸の外から持って来た。セナは冷えた環へ通させ、手前へ引くよう頼んだ。古い物には曲がった所があり、新しい物には引っかかりがない。
荷受けは二つを持って、自分の荷台の方を見た。
「これでいい。束にしてくれ」
工房主の妻は、印がまだだ、と言った。
荷受けは親方が戻る方の道へ顔を向けた。誰も来ない。セナも戸口を見た。待つあいだに環の熱が抜け、手で一つずつ数えられるようになった。
「もう、出せる」
セナが言うと、妻は工房印の鉄を取った。
「私が品を見た、と書く。誰が打ったかも」
「印を押すのは?」
妻はセナを見た。
「親方が戻るのを待つと、今日の車には載らないね」
どちらも、印の鉄を置こうとはしなかった。妻が台の端へ寄せた。セナは手を拭き、その鉄を持った。
親方が押した夏の音を思い出した。今、同じ所へ当てればよい。けれど夏には、印のあとに自分の名前を答える必要はなかった。
「私が押した、と残して」
セナは言った。妻は台帳を開き、十個の横へ打ち手の名と、印を押した名を入れた。
セナは台へ環を置いた。鉄を当て、短く押した。小槌で印を入れると、最初の音が工房の壁へ戻った。離して位置を見た。次も同じ所へ当てた。
途中で手を止めると、荷受けも話を止めた。環の根元へ、違う傷がある。一つを返して見直す。打ち直した時の跡だった。割れではなかったが、その品だけ端へ分けた。
「これは先に確かめて」
セナは荷受けへ示し、印を入れた。
妻が最後の数を読んだ。セナは十個を束にする前に、印の側を上へ揃えた。妻が紙へ品数を写し、受け取った者の印を貰った。
荷受けは束を持ち、先ほど見せた縄も肩へ戻した。セナは外へついて行った。
荷台には灰油樽だけでなく、橋へ運ぶ板も積まれていた。日が落ちれば途中の積み替えができず、今日も樽を積んだ車が残る。荷受けは新しい環を取りつけ、縄を通した。
セナが分けておいた一つも使われた。彼女は止めて、そこの荷を少し引くよう頼んだ。環は歪まず、縄だけが張った。
荷受けは、こうか、と聞いた。セナはもう一度向きを見て、いい、と答えた。
車が動いた。門の石へ片輪が上がり、荷の重みが片側へ移った。セナは縄と環を見た。樽はずれず、板もその下から抜けなかった。
「明日、使った具合を伝えて」
セナが言うと、荷受けは道へ向いたまま、戻る者に言わせる、と返した。
工房へ入ると、妻が銭を台帳の脇へ置いていた。炭と材料の欄を指で追い、今日の打ち仕事の分をセナの名の下へ書いた。
「親方には、私からも話す」
妻が言った。セナは、印を押したことは自分から言う、と答えた。
台の上にはもう品がなかった。親方の戻った時に見せるため、試しに使った古い環だけを残した。工房の鉄を元へ返すと、セナの手から、その重みが消えた。
手を開いた。箸の跡が残っていた。指を曲げて戻す。炉にはまだ火があり、次の品を赤くできるだけの熱が残っていた。
妻が戸を半分閉め、風を切った。セナは自分の名前が入った今日の行を見て、台帳の外へ道具を揃えた。夕方の炉には、二人ともまだ用があった。