北岸の小都市。前話の家宅聞取りが手配された日から。
港の預り所へ着くと、セイロの同僚は入口で足を止めた。荷車が戸口を塞いでいた。
男が車輪の下へ木片を押し込み、傾いた荷を支えている。車を引いてきた少年へ、先に紐を解くな、と言った。肩から外した道具袋には、小さな滑車と鉤が入っていた。男は鉤を荷の下へ差し、少年の足が離れたのを見てから持ち上げた。
預り所の女が、あれがヴァクだ、と教えた。
「ベシュの使いもしていた。前に話した、金を持ってきた者の一人」
セイロは車の脇で待った。ヴァクは荷を下ろし終えると、少年に受取を確かめさせた。自分は賃の小銭を布へ包み、袋の内側へ結びつける。外側の紐は何度も繕ってあった。
「使いのことで聞きたい」
名を告げると、ヴァクは同僚の持つ紙へ目をやった。
「いま連れていかれたら、次の荷が他へ回る」
「まずここで聞く。今日はどこを回る」
ヴァクは二つの倉を挙げた。セイロはその日の帰着先も確かめ、預り所の女に最近の控えを出してもらった。ルデ家の家計簿と一致した三回のうち、ヴァクが運んだ分を、女は指で示した。
「この後にも持たされたか」
「一度。入れた」
「受取の控えは」
「なくした。あの人にもそう言った」
女は次の束を開いたが、その一件が見つからなかった。ヴァクは別の係へ渡したかもしれないと言い、荷の方を見た。
セイロは、今の答えを書いて読み上げた。ヴァクは頷いた。後ろで少年が滑車を袋へ戻そうとすると、彼は自分でやる、と手を伸ばした。
「借り物ですか」
「俺のだ。買い戻した」
セイロは道具へ触れなかった。ヴァクは袋を閉じ、次の倉へ向かった。
家宅へ回る道で、同僚が言った。
「金がなくなっているなら、あの男か」
セイロは預り所で取った紙を見た。
「まだ、ここへ入れたという答えしかない」
女は他の係にも確かめると言っていた。セイロは、欠けた一行を、そのまま盗んだ一行にすることはできなかった。
***
ベシュの家では、家の出費を扱うトマが二人を迎えた。寝具や私物を法務庫へ渡した女だという。机の上が空いているのを見て、薄箱はもう運んだ、と言った。
「今日は、その箱ではなく、人の出入りを聞きます」
トマは鍵を机へ置いた。
「あの晩、ヴァクを通した。帰る所は見ていない」
セイロは顔を上げ、最初に来た者へその名を伝えたか聞いた。
「いいえ。使いが来ていた、とだけ。すぐに老人の体を診てもらった」
同僚が持っていた初めの連絡票には、使いを通した者あり、の短い記入だけがあった。家の者の話は別に取る、と添えてある。検視記録と所持品の写しを受け取った時、セイロはこの票を受け取っていなかった。同僚も、今回の手配を受けて初めて探し出した。
トマは、あの時は早く人を呼びたかった、と言った。翌日の私物の受渡しにも、家に出入りした者を一人ずつ尋ねる人は来なかった。セイロは名を記し、彼女に確かめてもらった。
ヴァクは夜、荷の仕事から戻った姿で来た。ベシュへ用があると言い、通い慣れた奥の部屋へ入った。トマはそのあと、裏の井戸へ水を汲みに出た。戻った時には、炊事を手伝う女がベシュの肩を抱えていた。
その女は今も台所にいた。セイロはトマを廊下へ残し、先に女だけの話を聞いた。女は濡れた手を前掛けで拭いた。
「あの人が倒れる前に、戸を開けたんです」
「最初から部屋にいたのですか」
「いいえ。椀を持って行こうとしていた。大きい声になって、止まった」
誰の声か。ベシュの声は分かった。もう一人の顔は、その時は見えなかった。女が押した戸は途中までしか開かず、男の背中と、椅子に座ったベシュが見えたという。
「右の手に刃があって。胸へ入った。引いたあと、あの人が横へ落ちた」
女は、自分の胸へ手を当てようとして、途中でやめた。
セイロはまだヴァクの名を言わず、後で立った場所を見せてほしい、と頼んだ。男がどこへ出たかも聞いた。
「私の前を通った。避けて、椀を落とした。顔は、ほんの横だけです。知っている人ではなかった」
女はベシュを抱き、呼びかけた。返事はなかった。トマが戻り、人を呼びに走った。呼ばれた者が来た時には、息も確かめられなかった。
「刃を見たことを、最初の人には?」
「診に来た人には、刃が胸へ入ったと。ここへ入ったところは知らないとも。その後、私の話を最初から聞く人は来ていません」
女は前掛けを握った。セイロは、誰か分からないという答えも残す、と伝えた。彼女は、知っていたことにはしないで、と念を押した。
その日、二人を同じ部屋へ座らせて話を揃えることはしなかった。位置の確認は明日、家の出金は今日聞く。トマは、金のことなら、と棚の帳面を出した。
三回の入金の後に、ヴァクへ持たせた分が一行あった。届け先は港の預り所、受取側の名はルデ家。ヴァク自身が金を受けた短い控えも、帳面へ挟んである。
「渡したのは私です。老人が数えて、私に包ませた」
ルデ家を訪ねる前だった。その帰り、ベシュはトマへ、先の分が入ったか確かめてこい、と命じた。訪問中に何を聞いたか、トマは知らなかった。
彼女は預り所へ行った。女が他の係の分も調べ、その一件は受けていないと答えた。トマが伝えると、ベシュはヴァクを呼んだ。その場にも彼女はいた。
「ヴァクは預けたと言った。老人は、なら控えを持ってこい、できなければ金を戻せ、と」
帳面の次の行には、保留、と書かれていた。
「これはあなたが?」
「はい。次を用意しようとしたら、先の金がどうなったか分かるまで出すな、と言われた」
それから3か月ほど、ルデ家へ渡す金を出していなかった。トマは毎回、出さなくていいかと聞いた。ベシュは同じ答えをしたという。
「向こうがもう要らないと言った、とは?」
「聞いていません」
セイロは保留の行を書き写した。家の元帳を閉じるトマの手の向こうに、空いた椅子が見えた。ベシュは家の人が生きているのを見て帰り、金を止めた。その間の暮らしは、ルデ家で今日も続いていた。
***
翌朝、セイロは預り所へ戻った。女は二人の係とともに、帳面と返送の控えを並べていた。破れや抜けのある頁はなかった。その日の受入を別の紙へ取った分も、移し終えてある。
ヴァクへ渡した日と額を示すと、誰も受けていないと答えた。返した金にも、宛先違いで取り置いた物にも、その一件はなかった。トマが3か月ほど前に確かめに来たことは、女が覚えていた。
「あの時も同じ分を探した。ヴァクには会ったら控えを持ってきてと言った。来なかった」
前の日、女は道具の買戻し先も教えていた。ヴァクが以前、仕事のない間の食い代を借りるため、滑車と鉤を預けた相手だった。
市場の小屋で、その男は帳を開く前に、滑車を売ったのではない、と言った。
「あいつの手に合うよう、軸に布を巻いてあった。使うなら取りに来いと言っていた」
ヴァクはトマから金を受けた日に来て、借りを返した。出金の額と同じだった。男はヴァクの名を書いた受取を見せたが、セイロは金の包みを覚えているかと聞いた。
「包みは見ていない。腰の布から出して、ここで数えた」
同じ額だけでは、金の出所は決まらない。セイロは、他にも払った物があるか、後から追加を受けたかを聞いた。男は帳面の前後を見せた。その日を境に、道具はヴァクの手へ戻っていた。
小屋を出ると、同僚は屋根の下で待っていた。ヴァクが指定した倉へ行き、前の日の賃を受けたことと、今日の荷はまだ積んでいないことを確かめてきた。
「呼ぶなら、今日の仕事が始まる前だ」
セイロは頷いた。前の日には、荷の途中で答えを聞いた。今は出金の控えと、入れていないという預り所の答え、別の支払いが揃った。本人を法務庫へ呼んだ。その理由も使いへ持たせた。
ヴァクは道具袋を持って来た。机の端へ置く時、滑車が木に当たった。セイロは出金の控えを先に見せた。彼は自分の記入だと認め、預り所へ入れたという答えを繰り返した。
「係はその日の分を確かめた。戻す物にもない」
「なくしたんだろう、向こうが」
セイロは買戻し先の受取を出した。
ヴァクは道具袋の口を押さえた。しばらくして、自分の金で返した、と言った。
「その金は、どこから」
前の荷の賃だ、と彼は答えた。セイロは日と荷主を聞いた。ヴァクは、前の週のものも入っていると言い直したが、額を挙げられなかった。買戻しより前にどれだけ持っていたかも同じだった。
「まだ確かめられる。挙げた荷主には聞く」
セイロが書き始めると、ヴァクは筆の先を見た。
「その金じゃ、足りなかった」
声が小さくなった。
「持たされた分を使った。道具さえ戻れば、仕事を取れると思った」
セイロは金を入れなかったのかと聞き直した。ヴァクは頷いた。全部を借りの返済へ使い、預り所へは行っていなかった。
その後に道具を使って得た賃はあった。最初の月には荷を二人で運び、賃を分けた。残すつもりの分を寝場所の払いへ出した。次の月は大きな荷を受けたが、荷主からまだ払われていない。三度目にベシュへ呼ばれる前、滑車の綱を替えるため、また包みをほどいた。ほかの荷でも得た端の小銭を包んでは、別の日に使った。袋の中の布には、今も少ししか残っていなかった。
「老人には、来月まで待ってくれと」
「入れていないことも話したのか」
ヴァクは首を振った。預り所の控えが見つからない、と言い続けたのだという。ベシュへ行くたび、次の仕事で返せば、もう聞かれないと思った。
セイロは彼の挙げた荷の記録を取りに同僚を出した。金の答えを読み返し、ヴァクに直す所を聞いた。彼は、最後の賃は半分ではなく三人で分けた、と訂正した。
流用を認めた一行の下へ、その経過を足した。セイロはそこで、殺害の紙を開かなかった。外で同僚が戻るのを待ち、確認された荷の賃だけ印をつけた。
ヴァクは袋を引き寄せようとした。
「午後の荷には、行けるのか」
セイロは、殺害された夜の出入りについても聞く必要がある、と伝えた。ヴァクの指が袋から離れた。
***
午後、セイロはもう一度家宅へ行った。ヴァクは法務庫に残り、同僚がそばにいた。まずトマに廊下からの通し方を示してもらった。顔を確かめ、老人の部屋へ通す。トマが裏へ出た後、訪問者があったかどうかは、彼女には分からない。
次に炊事の女へ、戸を開けた所に立ってもらった。女は椀を持たず、両手を下ろしたまま戸を押した。開きかけの戸から見える机と椅子を指した。
机の向こうに老人の椅子があった。男は机の端を回り、老人の前に立っていた。戸は男の右後ろになる。そこからなら、背に隠れた左手は見えにくいが、右手は見えた。
「刃は、どこから出た」
「そこは見ていません。開けた時には、もう手にあった」
「何度、動いた」
「入れて、抜いた。一度です」
刃の長さを尋ねると、女は分からないと答えた。柄は男の拳にほとんど隠れていた。老人の左胸へ、男の右手が進んだのは見えた。老人は手を上げきらず、椅子からずれた。女が部屋へ入ろうとすると、男が戸の方へ来た。
「押された?」
「ぶつかりそうで、私がよけた。だから、抱きとめるのが遅れた」
女は床の染みを見た。トマは廊下にいて、話へ入らなかった。
セイロは、戸を開ける直前の言葉も聞いた。ベシュの声で、明日は私が行く、という文を覚えていた。預り所、と続いた。男が、待ってくれ、と言った。声が大きくなったので、女は戸を押した。
「老人も立っていましたか」
「座っていました。立とうとしたかまでは、分かりません」
椅子の脚、机の端、戸の開く幅を、同僚が前に取った現場の写しへ照らした。遺体があったのは、女が示す椅子の脇だった。落ちた椀の片を片付けた記入も、連絡票の裏に残っていた。
法務庫へ戻ると、セイロは検視をした者に話を聞いた。傷は左胸に一つ。手や腕に、刃を受けた傷は見つかっていない。女の言う一度の刺突と矛盾しなかった。ただし、傷から刺した者の名は分からず、刃の幅が近い物は他にもあると言われた。
セイロは女の紙に、顔の同定には使えない、と記し、トマの紙へ重ねた。別々の話のまま、同じ部屋の途中と入口を示していた。
机の向こうで待っていたヴァクへ、あの晩はベシュの家に行ったか、と聞いた。
「行った。金の話だ」
いつ出たか。ベシュをどういう姿で最後に見たか。
ヴァクは、まだ椅子にいた、と答えた。
セイロは戸からの写しを置いた。
「椀を持った人が戸を押した。その人は、刃が胸へ入る所を見た。あなたが出たあと、ベシュは椅子の脇へ倒れている」
ヴァクは紙を見なかった。
「顔は見えていないだろう」
「あなたの名は、入れたトマが確かめている。今は、あなたが部屋で何をしたかを聞いています」
沈黙の間、戸の外で人が机を運ぶ音がした。ヴァクはその音が止まるまで待ち、短い刀を持っていた、と言った。荷の紐を切るため、腰へ入れていた物だった。
「その刀を、どう使った」
「右で持って、胸を刺した。左の胸だ」
セイロは今の答えを記してから、どこで出したか聞いた。
彼は写しを近くへ寄せた。初めに指した所は、戸のすぐ内側だった。セイロは女の立った所を示し、ここから見えた男は机を回った所にいる、と伝えた。
「そこまで歩いた。帰ろうとする前に」
ヴァクは机の角へ指を滑らせた。
「明日、自分で預り所へ行くと言った。朝に迎えを頼むから、もう控えを待たないと」
「俺にも来いと言った。預けた係を、その場で指せと」
ベシュは、その晩に金か控えを出せと求めた。ヴァクはどちらも持っていなかった。女が聞いた、待ってくれ、はその時の声だった。
「預けていない、と言おうとした?」
ヴァクは首を振った。
「もう少しあれば戻せる、と言った。あの人は、戻す前に、どこへやったか分かる、と」
翌朝、預り所へ行けば、トマだけを介していた話では済まなくなる。ヴァクは腰の刀を握った。ベシュは椅子に座ったまま、彼の方を見ていた。
「刀を見せて、やめさせようと?」
セイロは聞いた。ヴァクは目を伏せた。
「見せて、待つ間は取らなかった」
刀を抜いた手を、そのまま前へ出した。座るベシュの左胸を、右手で刺した。刃を引くとベシュが傾き、戸口に女がいた。彼は刀を持ったまま女の横を抜けて外へ出た。走った。刀は港の水へ投げたという。
セイロは投げた場所を別に書いた。刀はまだ見つかっていない。その答えだけで凶器を確認したことにはしなかった。
「明日の照会を、止めようとしたんですか」
ヴァクは頷いた。
「あの人が来なければ、返すまで」
そこで言葉を切った。セイロは続きを待った。ヴァクは自分の指を机の下へ隠した。
「何も、なくならなかった」
セイロは金を入れなかった日から、刀を抜いた所まで答えを読み返した。ヴァクは最後に、自分が刺した、と答えた。
***
夕方、上役は二つの記録を受け取った。金の流用を記した方を先に読み、殺害の方は女の直接観測から開いた。
「ルデの家への聞取りは、もう要らないか」
「この殺害を、家の恨みに結びつける根拠はありません。返答には行きます」
セイロは答えた。ヴァクの今日の荷をどうするかは、同僚が荷主へ連絡した。帰って仕事をする予定は通らなかった。道具袋はヴァクの手の届く所から移され、持ってきた物として記録された。
セイロは殺害を扱う者へ供述と証言を渡した。今後の処遇を自分の返答に書き込まず、確かめた犯行の範囲を示した。
ルデ家では、孫娘が布を細く裂いていた。セイロを見ると手を止め、今日は何を聞くのか、と言った。
「今日は、返答を持ってきました」
ベシュの使いヴァクが刺したこと、家で見た者の話と本人の答えを照合したことを伝えた。ルデは膝の上の手を動かさなかった。
「金のことで殺したのか」
セイロは、最近の一件を流用していたことと、その発覚を止めようとした犯行を話した。ルデ家へ渡った三回はそのまま残り、次の一件が預り所へ入っていなかった。
ベシュは未入金を知った後、先の分が確かまるまで次の金を出させなかった。その指示を受けた者と、帳面の中断を確かめた、と続けた。
「祖父が、要らないと言ったんじゃありませんね」
孫娘が聞いた。セイロは、そのような停止の合意は確認していない、と答えた。
「こっちは、金が止まった理由も知らずに、待ったんです」
孫娘は裂いた布を置いた。薬の買い方を変え、先に受け取っていた縫い賃を薬代へ回した。その注文に使うはずの布は、近所から借りた。返す分の縫い物が、まだ残っていた。
「向こうの金を調べている間に、こっちの借りが増えた」
セイロは聞き終えてから、未交付分の紙を出した。金は預り所に残っていない。ヴァクが道具を取り戻す支払いへ使った。殺害を確かめたからといって、その分が今日家へ来るわけではなかった。
「誰に求めればいい」
セイロは、まず預り所へ、今回持たされた一件が家へ渡っていないことを申し立てられると説明した。家宅の出金控えと未入金の照合を示す写しを添える。そこから返還をどう扱うか、ベシュの家の金と使いの支払いを誰が戻すかは、回答を求める必要がある。取り戻せる額も、続きの送金も約束できなかった。
孫娘は出金の額を見た。
「これを全部、うちが受けたことにはしないでください」
「未交付と書いてあります」
「分かっています。私が持っていく時にも、そう言います」
彼女は家計簿を棚から下ろし、最後の受取を確かめた。申立てにはその行だけ写す。冊子は家に置く、と言った。
ルデはベシュが来た日の記入へ指を置いた。来た。顔を見せた。謝らず。
「ここは、直らんな」
セイロは頷いた。
孫娘は家計簿を閉じ、殺害の返答を棚へ置いた。未交付分の写しは、明日持っていく布の包みと分けて、戸口の箱へ入れた。
「預り所は、朝から開きますね」
セイロは開く時刻を伝えた。彼女はその後に布を渡し、帰ったら残りを縫うと祖父へ話した。
家を出る時、ルデが孫娘を呼び止めた。裂いた布を一本、自分の手元へ寄せていた。
「これで、借りた分を返せるか」
「まだ足りません」
彼女は答え、もう一本を切るために刃を置き直した。