クシャ採掘帯と、かつて暮らした西岸の浜。
父は、荷を下ろしてきた日に、荷を積んで戻る話を持ち帰った。
港から工具を運んで来た船が、修繕に出す道具を西岸へ積むという。使い古した金具や、刃の折れた大きな鋸が荷下ろし場へ集められていた。船頭は、積むだけでなく、向こうで下ろすところまで手が欲しいと言ったらしい。
「浜も見てこられる」
父は鍋の横へ腰を下ろした。足を伸ばすと、弟がその上へ座った。クシャへ来た時には踵に穴が開きかけていた弟の靴は、もう別のものになっている。大きくて歩きにくいのを、紐で締めて履いていた。
ネマは翌日の箱仕事を考えていた。朝は母が弟を見て、昼にはネマが戻る。父が早く帰れる日は、ネマも少し長く仕事場にいられた。削る刃は借りたままだったが、賃を残して買った小さな刃も一本ある。家の鍋を借りる時のように、使い終えてすぐ返さなくてよかった。
「私も行きたい」
父はネマを見た。
「荷の便だぞ」
「分かってる。乗せてもらう分は働く」
父は頷きかけて、母を見た。母は弟の紐を結び直していた。
「二人で出たら、昼の鍋はどうするの」
ネマは、母がいつも戻る時刻を思い出した。弟を自分へ渡して、すぐ炊き場へ行く。帰りの船を待つ間、その役はできない。
「私が残るのは、もう決まってるのかい」
母が言った。父は、自分もまだ便を尋ねただけだと答えた。
弟が僕も乗ると言い出した。母は結んだ紐から手を離さず、荷の上へ四人分の寝床は作れない、と言った。
「帰るんじゃないの」
弟の声が細くなった。父は膝へ載せ直し、見てくるのだと答えた。
「前みたいに、みんなで暮らせるか。舟の仕事があるか」
ネマは前の家の戸口を思い出した。壁につけた弟の背丈の印。板場の濡れた床。海からの風。父は、行けばそこへ戻れると思っているようだった。ネマも見たかったが、前と同じかどうかは分からなかった。
翌朝、箱を直す男に、船に乗って浜へ行きたいと話した。男は、積んである板を指した。
「戻るのは、いつだ」
「向こうの荷が集まったら」
「じゃ、待つわけにはいかん。ここは別の者にやってもらう」
ネマは口を閉じた。自分の手を待ってもらえるとは、言われていなかった。
「戻っても、もう来ちゃいけないの」
「その時の仕事を見てからだな。板は捨てられんが、おまえを捨てる話はしてない」
男は切り残した板を作業台の端へ寄せた。ネマは、そこへ刃を置きそうになり、腰へ戻した。自分で買った方だった。
炊き場で、母は同じ宿の女に弟のことを頼んでいた。女も働くので、昼の間だけ見てほしいという頼みだった。
「帰りの船が延びても、毎日は見られないよ」
「その時は昼の鍋を減らしてもらう。先に話す」
母はネマに気づくと、あとで聞くから、と手元へ目を戻した。女は自分の子を連れて来る。弟も一緒にいられるが、食べる分は母が用意し、女の繕い物を母が手伝うことになった。
帰り道でネマは、船で稼いだ分から渡すと言った。母は、それだけではない、と答えた。
「行ったら、私が戻れる仕事があるかも見てきて。父さんの舟だけじゃ、四人は食べられなかったんだから」
「分かった」
「おまえのもだよ。行きたいと言ったんなら、見ておいで」
ネマは頷いた。母は浜へ戻りたくないのだと思っていた。何を聞いてくればよいか、道を歩きながら尋ねた。魚を干す場は動いているか、水は手に入るか、どこに住めるか。母の問いは父のものより多かった。
出る朝、母は父の袋とネマの袋を別に結んだ。干し魚を分け、一方にだけ針包みを入れた。自分の物だから返して、とネマへ念を押した。
弟は船を見るため一緒に来た。父の背ではなく、母と手をつないで歩いた。途中で靴が緩み、ネマがしゃがんで紐を締めた。
「帰りは、僕の船も持ってきて」
「持てる大きさのしかないよ」
弟はその大きさを両手で作った。父が笑い、船頭が荷を呼んだ。ネマは弟に触れていた手を離し、袋を肩へ掛けた。
金具の箱は、見た目よりずっと重かった。ネマが両手で持つと、父は反対側を持った。箱の下へ指を入れず、縁で手を受けるように言った。船へ置いたあと、父が縄を回す。
ネマは作業台へ戻る時とは違う疲れ方をした。ひとつ運ぶと、次が来た。最後の箱が済む頃には、自分の袋を積む場所も狭くなっていた。
船頭が母へ、戻りの荷が揃うまで待つと言った。母は父の方へ何か言いかけ、やめて、自分にも帰りの知らせを渡してほしいと頼んだ。父だけに言うのでは足りなかった。
船が離れると、弟は長く手を振った。母は一度上げ、弟の手が下がるまでそこにいた。
途中の夜は箱の間で寝た。父は袋を枕にし、船の揺れに合わせて身体をずらした。ネマが腰の刃を気にすると、それはしまっておけ、揺れる所で削るな、と言った。
荷を運ぶために来たはずだったが、ネマは岸ばかり見た。灰色の水に広い色が混じり、風が変わった。塩の匂いに気づくと、父より先に顔を上げた。
「分かったか」
父は聞いた。ネマが頷くと、荷縄に手を置いたまま笑った。
西岸の港は、ネマが覚えていたより夜が明るかった。岸の倉庫で灰油の灯が並び、寝ていると思った場所から荷役の声がした。父は古い桟橋の方を見たが、船頭に下ろす順を呼ばれた。
荷を下ろす時、父は綱を引く男を止めた。箱の角が船縁へ当たる所だった。綱を緩めさせ、波で船が戻るのを待つ。
ネマは父の顔を見た。クシャの坂で車を押している時より、次に何が起きるか知っている顔だった。
仕事が済むと、父と昔の家へ行った。
戸は開いていた。中には袋が積まれ、知らない男が縄を直していた。寝ていた所にまで荷がある。父が前に住んでいたと伝えると、男は壁の方を少し空けてくれた。
弟の背丈の印が残っていた。ネマは自分の腰と比べた。こんなに低かっただろうかと思った。男の小さな娘が、その横に立った。ネマが印を示すと、娘は踵を上げた。
「それじゃ高くなるよ」
言ってから、弟もそうしたことを思い出した。ネマは笑った。父は部屋の隅を見て、今はどこも荷の場所が要るのかと聞いた。男は頷き、ここもずっと借りられるか分からないと言った。
家が空いていないことより、寝る所に荷を寄せ、仕事を捜している男の様子が気になった。ネマはそこを出てから、ここへ戻るなら別の家だね、と言った。父は道の先を見たまま、そうだな、と答えた。
板場は動いていた。前より少ない女たちが、まとまって来た魚を捌いていた。ネマが立っていた所には、別の手があった。親方に話しかけると、腹を裂く手はいる、と言った。
「いつまで」
「船が来る間だよ」
母が干せる仕事はあるかとネマが尋ねると、親方は別の浜を指した。出す干物が増えた所もあるらしい。ネマはそこまで父と行った。水を運ぶ女に話を聞き、空いている寝場所はないことも聞いた。
母の問いは、聞き始めると次が要った。ネマは針包みの布へ小さな結び目を作り、答えを忘れないよう口に出した。父は途中から、干し場の女に自分でも尋ねた。
「港へ戻る仕事がある」
帰りの荷が揃った時、父が言った。空箱を積む話ではなかった。工具や布をクシャへ運び、戻す物があれば港へ運ぶ。今度も船頭が手を欲しがっている。
「坂を押すより、こっちがいい。浜の仕事も、その間に聞ける」
「じゃあ、帰って来ないの」
父はネマを見た。
「クシャにも戻る。まだ一度働いたところだ。続くかは、次をやってみないと分からん」
ネマは自分にも声がかかるかと思った。船頭は箱を置く場所を指している。荷下ろしはできた。だが、次の箱も、その次の旅もと思うと、今の仕事をまた誰かに渡してもらうことになる。
「私は戻ったら、箱の所へ行く」
父は頷いた。板場へ戻るとも、船を仕事にするとも、ネマは言わなかった。浜を見たかったのは本当だった。塩の匂いはまだ服に残っている。
クシャで母に会うと、最初に針包みを返した。母は結び目を見て、何をしたの、と聞いた。ネマは解きながら、干し場と水と寝場所の話をした。
話の途中で弟が割り込み、船はどうしたと聞いた。父は港で買った小さな舟の玩具を出した。母はすぐ父の手元を見たが、何も言わなかった。
父は手に入れた仕事の分を置いた。ネマも自分の取り分を出した。母はそこから女へ渡す分をよけ、昼の鍋を一度減らしたことを話した。船の帰りが延びたからだった。女は弟を見てくれたが、母の昼の賃は戻らない。
父が次の往復の話をすると、母は自分の昼の仕事から先に考えた。
「今度はネマも行くの」
「私は残る」
「この子をみんなに預けて済ませられるのは、毎日じゃないよ。私も、いつも早く帰れるわけじゃない」
ネマは、自分がいない間に母が何をしていたか聞いた。弟の服の繕いだけでなく、預けた女の分も直し、夜に針を置くのが遅くなっていた。
父が袋を引き寄せた。
「次は、向こうへ行く間だけの稼ぎも、別に残す。戻る日をこっちで決められないのが難しい」
母は頷いたが、船へ行けとはすぐに言わなかった。朝の鍋は続ける。昼は他の女と組む日を増やせるか聞く。ネマは箱仕事の男へ、昼に戻る日のことを話す。帰ると言えば四人で一緒だと思っていた話が、船へ行く者と宿にいる者の話に変わった。
翌朝、ネマが仕事場へ行くと、取っておいた板はもう使われていた。男は別の箱を指した。ひとつ見て、できそうなら言え、という。ネマはすぐに返事をせず、縁を確かめた。昼には戻ることを先に伝えた。
父が次の便へ出る日、ネマは弟と荷下ろし場まで行った。母は炊き場の交代を待つので来られない。袋へ、父が取り忘れた乾いた上着を入れていた。
弟は舟の玩具を父へ差し出した。今度は乗せて、と言った。父は船の荷を示し、今日は駄目だと答えた。弟は泣いた。ネマはすぐに抱き上げず、父がしゃがんで話すのを待った。
父の小刀が腰で揺れた。ネマはその鞘のひびを見て、戻ったら見せて、と言った。父は頷いて立った。
船が離れたあと、弟は自分で舟の玩具を抱えて歩いた。坂へ掛かると靴が緩んだので、ネマが止めた。結び直す間、弟はネマの肩に手を置いた。ネマは紐を締め、今日は自分で上がれるか聞いた。弟は涙の残った顔で頷き、先に坂を歩き始めた。