白き怪鳥   作:かぼちゃ頭

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白き怪鳥と黒き英雄

マフティーが生まれてから、その活動は少しずつ旧アルヴェイン領の外へ広がっていった。

最初から大きな軍勢があったわけではない。かつてアルヴェイン家に仕えていた兵士、帝国軍の動向を知らせる村人、徴発を免れた食料や薬を融通する商人、負傷者を治療する医者。そうした者たちが、それぞれの場所でできることを持ち寄りながら繋がっていった。

帝国を憎んでいるから戦うのではない。ユリウス・アルヴェインという一人の人間へ忠誠を誓うのでもない。

力を持つ者が、その力を理由に誰かの人生を踏みにじろうとするなら止める。同時に、自分たち自身が同じことをしていないか問い続ける。

マフティーという名前が与えられたことで、それまで各地に散らばっていた小さな抵抗は、一つのあり方を共有する繋がりへ変わっていった。

 

◇

 

「来たぞ」

 

森の中から街道を見下ろしながら、ガウマンが低く呟いた。

眼下を進んでいるのは帝国軍の輸送隊だった。前後を六騎の装甲機竜が固め、その中央には穀物や保存食を積んだ荷車が並び、最後尾では近隣の村から徴兵という名目で連れ出された若者たちが、両手を拘束されたまま歩かされている。

 

「護衛六騎。相変わらず、数じゃ負けてんな」

「今さらだろ」

 

ユリウスは紺色の《エクス・ワイバーン》を纏ったまま、帝国軍の配置へ視線を走らせた。

《ペーネロペー》ではない。

白い怪鳥は強すぎるし、何より目立ちすぎる。通常の装甲機竜で処理できる作戦にまで持ち出せば、帝国軍へ自分たちの存在を宣伝して回るようなものだった。

ユリウスが普段使う《エクス・ワイバーン》も、外見も性能も上位の汎用機竜の域を出ない。装甲は濃紺色に塗られ、重要部を除いて防御を削り、そのぶん加速、減速、旋回、姿勢制御へ振ってある。主武装も剣と《機竜息銃》という、ごくありふれた構成に過ぎない。

異常なのは機体ではなく、それを扱う人間だった。

 

「右の三騎が少し開いた」

「見えてる」

「左三騎は?」

「俺が取る。残りを頼む」

「了解」

 

それだけで話は終わった。

ユリウスが森を飛び出すと、帝国兵が反応して一騎が《機竜息銃》を構えた。しかし銃口が持ち上がりきる前に、ユリウスは既に射線から外れている。

一発目が放たれる頃には、二騎目が腰の《機竜爪刃》へ手を伸ばしたことまで認識していた。

加速して一気に距離を詰め、剣を振り抜く。《機竜爪刃》を掴もうとしていた腕部装甲が裂け、短剣が宙を舞う。間を置かず一騎目へ《機竜息銃》を撃ち込み、飛行機構を破壊した。

帝国機は制御を失い、そのまま街道脇へ墜落する。

操縦者が生きているかまでは分からなかった。

 

戦場なのだ。撃墜すれば死ぬ者もいるし、自分たちが生き残るために相手を殺さなければならない時もある。マフティーは不殺を掲げる組織ではない。

ただ、墜ちた相手へ追撃はしなかった。

まだ戦う者とだけ戦う。

それが、ユリウスの引いた線だった。

別方向では、ガウマンが三騎を自分へ引きつけている。

 

「ほら、こっちだ!」

 

わざと追いつけそうな速度まで落とし、帝国兵を誘う。一騎が前へ出た瞬間、木陰から《竜尾鋼線》が伸びて脚部へ絡みつき、後続の一騎がそれを避けようと進路を変えた。

そこでガウマンが反転した。

 

「はい、引っかかった」

 

《機竜息銃》が飛行機構を撃ち抜く。

ユリウスが相手の判断より先に動いて勝つなら、ガウマンは相手に間違った判断をさせて勝つ。まるで違う戦い方なのに、不思議なほど噛み合っていた。

ほどなく帝国軍の護衛は崩れ、数騎が損傷しながら逃走し、二騎が墜落した。残された兵士たちが武器を捨てたところで、マフティー側も攻撃を止めた。

拘束されていた若者たちが解放され、荷車に積まれた食料も元の村へ戻すことになった。

問題が起きたのは、その後だった。

 

「……こいつだ」

 

マフティーの一人が、地面へ膝をついた帝国兵へ《機竜爪刃》を向けた。

 

「こいつらが俺の村を焼いた」

 

帝国兵の顔が強張る。

 

「待て、俺は――」

「黙れ!」

「やめろ」

 

ユリウスの声に、男が振り返った。

 

「若……」

「そいつは武器を捨てた」

「だから何だ! こいつらが何人殺したと思ってる! 家を焼いて、食料を奪って、俺の弟だって――!」

「分かってる」

「分かってねえよ!」

 

ユリウスは怒鳴り返さず、男の手にある《機竜爪刃》と、その向こうで身を固くしている帝国兵を見た。

 

「なら聞く。今そいつを殺すのは、誰かを守るためか。それとも、お前が憎いからか」

 

男は答えなかった。

 

「……同じだろ」

「違う」

「何が違う!」

「違うんだ」

 

ユリウスは、自分の右手へ視線を落とした。

エリーを見つけたあの日、ナイフを握り、既に抵抗する力を失っていた男を、それでも止まれず何度も刺した手だった。

 

「俺は、その違いを間違えたことがある」

 

男の表情が僅かに変わる。

 

「俺たちは不殺を誓ったわけじゃない。戦えば死ぬ奴もいるし、こっちが生きるために殺さなきゃならない時だってある。でも、武器を捨てた相手を殺す理由にはならない」

 

ユリウスは一度言葉を切り、静かに続けた。

 

「許せとは言わない。憎むなとも言わない。でも、もう戦う意思のない相手を、自分の怒りを晴らすために殺すなら、それはマフティーの戦いじゃない」

 

長い沈黙の末、男はゆっくりと《機竜爪刃》を下ろした。

それを確認したガウマンが周囲へ声を飛ばす。

 

「投降者は武装解除。負傷者は敵味方関係なく診せろ。食料は村へ戻すぞ」

 

それが、やがてマフティーの実戦における基準になった。

必要なら撃つ。必要なら斬る。戦闘中の殺傷そのものを禁じはしない。

だが、投降した者は殺さない。武器を捨てた相手へ報復しない。戦闘不能になり、抵抗する意思を失った者へ私刑を加えない。

必要な時には戦う。

しかし、必要がなくなった後まで殺さない。

それはユリウスが自分自身の過ちから学んだ、最低限の線だった。

 

◇

 

活動範囲が広がるにつれ、マフティーの情報網には帝国の表側からは見えないものも流れ込むようになった。

強制徴発や人身売買、一部の貴族と奴隷商人との繋がり。軍や研究機関の名を隠れ蓑にして行われる非合法の人体実験についての情報を掴むこともあった。

そうした時は、必要に応じて施設へ踏み込んだ。

拘束されていた者を救出し、実験設備を破壊して記録を押収し、背後にいる貴族や軍人の名を洗う。

そういう場所を前にした時だけは、ユリウスの表情が普段以上に冷たくなることをガウマンは知っていた。

それでも、降伏した研究者をその場で殺すことは許さなかった。

抵抗するなら戦う。

降伏したなら止める。

第七支部で自分がされたことを、別の誰かへ返すために戦っているのではない。

二度と同じことをさせないために戦っている。

ミアも、レイヴンも、名前を知る前に消えていった者たちも、その記憶を復讐の理由ではなく、繰り返させないための理由にする。

それがユリウスの選んだ答えだった。

 

そんな活動が続くうち、帝国側もマフティーの存在を無視できなくなっていった。

情報部の報告書には、

《反乱首魁マフティー・ナビーユ・エリン》

《身元不明》

《旧アルヴェイン領を中心に複数の反帝国勢力を指揮している可能性あり》

といった記述まで現れるようになった。

その報告書を入手したガウマンは、読み終えるなり笑った。

 

「首魁マフティー・ナビーユ・エリン、だとよ」

「そうらしいな」

「帝国軍は必死でそいつを探してるらしい」

 

ユリウスも紙を覗き込む。

 

「頑張ってもらおう」

「見つかると思うか?」

「人じゃないからな」

 

ガウマンが吹き出した。

 

「そりゃ見つからねえわけだ」

 

ユリウスも僅かに笑った。

 

◇

 

アーカディア帝国が崩壊する、およそ一年前。

一つの知らせがマフティーへ届いた。

 

「若」

 

部屋へ入ってきたガウマンの顔を見ただけで、良い知らせではないと分かった。

 

「何だ」

「ウェイド・ロードベルトが投獄された」

 

ユリウスの手が止まる。

 

「……理由は?」

「皇帝への忠言だ。帝国の政治と軍のあり方を諫めた。それが不興を買ったらしい」

「それだけか」

「今の帝国じゃ、それだけで十分らしい」

 

机へ置かれた報告書を、ユリウスはしばらく見つめた。

 

ウェイド・ロードベルト。

まだアルヴェイン家が健在だった頃、ユリウスとエリーの家庭教師を務めていた男だった。

契約期間そのものは長くない。ユリウスがある程度成長し、常に家庭教師をつける必要がなくなったことで契約は終わったが、それでも忘れるような相手ではなかった。

歴史、政治、地理。そして帝国の外にはどんな国があり、どんな文化があり、どんな人間が暮らしているのか。

父とはまた違う方向から、ユリウスへ世界の広さを教えてくれた人物だった。

幼かった頃、ウェイドが大きな地図を机へ広げながら言ったことを覚えている。

 

『ユリウス。自分の領地だけを見ていては、領主にはなれんぞ』

『どうしてですか?』

『外で何が起きているかを知らなければ、自分の領地が何故苦しんでいるのかも分からないからだ』

 

少年だったユリウスは少し考えてから尋ねた。

 

『じゃあ、全部知れば正しくできますか?』

 

ウェイドは笑った。

 

『いや。自分は全部知っていると思った時が、最も危険だ』

 

あの時は少し難しい話だと思っていた。

今なら、その意味が分かる。

 

「救出は?」

 

ユリウスが尋ねると、ガウマンは首を振った。

 

「軍肝いりの監獄だ。場所は掴んでるが、今の俺たちが手を出せば逆に潰される。牢にいる他の連中まで巻き添えになる可能性も高い」

「……そうか」

 

それから数週間後、二度目の知らせが届いた。

 

「死んだ」

 

ガウマンが告げても、ユリウスはすぐには答えなかった。

 

「確認は?」

「取れた」

「……そうか」

 

怒鳴ることも、机を叩くこともなかった。

ただ、報告書を持つ指先だけが僅かに震えていた。

しかも処分は、ウェイド一人では終わらなかった。

 

「ルクス・アーカディアとアイリ・アーカディア。ウェイドのじいさんの外孫だ」

 

ガウマンは別の報告書を差し出した。

 

「二人とも皇宮を追放された。辺境へ送られたらしい」

 

ユリウスの目が止まった。

前世で知っている名前だった。

それでも、今目の前にあるのは物語の設定ではない。

祖父を失い、皇宮から追われ、現実に辺境へ追いやられた子供たちの記録だった。

 

「……そうか」

 

紙を机へ戻し、しばらく黙る。

やがてユリウスは低く呟いた。

 

「もう駄目だな」

「何が?」

「帝国だ」

 

ガウマンが僅かに眉を上げる。

 

「今さらか?」

「違う。間違える国なら、まだ直せる」

 

ユリウスはウェイドの死亡報告へ視線を落とした。

 

「でも、間違いを指摘した人間を殺す国は、自分で直る道を塞いでる」

 

ウェイドは反乱を起こしたわけでも、武器を取ったわけでもない。

ただ、この国はおかしい、改めるべきだと忠言した。

それだけで投獄され、死んだ。

その血を引く子供たちまで皇宮から追放された。

 

「反省を促す声そのものを消したんだ」

 

ユリウスは報告書を閉じる。

 

「旧アーカディア帝国は、ただ腐敗してるんじゃない。自ら反省する力を、もう失ってる」

 

そして、顔を上げた。

 

「ガウマン。情報収集を増やす」

「どこを?」

「全部だ。帝都の貴族、帝国軍の配置、地方領主、物資と人員の移動。特に軍内部と辺境諸侯を優先する」

「随分広げるな」

「必要になる」

「何か掴んでるのか?」

 

ユリウスは首を振った。

 

「まだ何も。ただ、このままじゃ済まない」

 

帝国は各地から搾り取り続けている。地方の不満も、軍の疲弊も、民衆の怒りも、貴族同士の軋轢も消えてはいない。

それでも皇帝は耳を塞ぎ、ついには忠言する者まで排除した。

自分たちで圧力の逃げ場を塞いでいる。

 

「外から壊れるか、中から割れるかは分からない。でも、何かが動く」

「勘か?」

「半分はな」

「残りは?」

「今まで見てきたものだ」

 

ガウマンは少し考えてから、机の地図を自分の方へ引き寄せた。

 

「分かった。商人筋も使う。軍の補給を追えば、兵がどこへ集まり始めてるかも見える」

「頼む」

「嫌な予感ほど当たるんだよな」

「外れてくれれば、それが一番いい」

 

ユリウスはそう答えたが、その願いが叶わないことをどこかで理解していた。

 

◇

 

情報網を広げてから数ヶ月が経つと、それまで単独では意味を持たなかった情報が少しずつ繋がり始めた。

帝国軍の不自然な配置転換。特定地域へ運び込まれる食料と武器。帝都から命令を受けたはずなのに動かない地方軍。逆に、表向き何も起きていない領地へ密かに集まり始める人員と物資。

それらを一つずつ重ねた先に、一つの名前が浮かんだ。

 

「アティスマータ辺境伯か」

 

机の上に並べられた報告書を見ながらユリウスが呟くと、ガウマンも腕を組んだ。

 

「……やっぱりな」

「驚かないんだな」

「お前だって驚いてねえだろ」

「まあな」

 

アティスマータ辺境伯は、知らない相手ではなかった。

アルヴェイン家が健在だった頃、両家には交流があった。父とアティスマータ辺境伯が領地経営について話し、帝都から届いた無茶な命令書を前に二人して難しい顔をしていた姿も覚えている。

ガウマンも軍事関係の会合を通じて何度も直接顔を合わせていた。

 

「殿とは気が合ってたからな、あの人」

「考え方が近かったんだろ」

「どっちも帝都相手に苦労してたからな」

 

ユリウスは報告書を一枚手に取った。

 

「準備はかなり進んでる」

「反乱か」

「おそらく」

「なら、接触するか?」

「しない」

 

即答すると、ガウマンは一瞬だけユリウスを見て、それから小さく笑った。

 

「……まあ、そう言うと思った」

「あの人を信用してないわけじゃない。父上が生きていたら、一緒に戦ったかもしれない」

 

むしろ、その可能性は高かっただろう。

それでも。

 

「俺たちは、もうアルヴェイン辺境伯家の軍じゃない。マフティーは、アティスマータ家を次の支配者にするための軍でもない」

「目的は同じだぞ」

「一部はな。帝国の圧政を終わらせるという点では同じだ。でも、同じ敵を持つことと、同じ旗の下へ入ることは違う」

 

ユリウスは紙を机へ戻す。

 

「アティスマータ辺境伯を信用してるからこそ、外にいる」

「どういう意味だ?」

「あの人が正しいなら、俺たちが配下になる必要はない。もし間違った時は、外から止められる場所にいた方がいい」

 

ガウマンはしばらく黙った後、小さく息を吐いた。

 

「相変わらず面倒くせえ立場だな」

「マフティーだからな」

「便利な言葉にしてねえか?」

「気のせいだ」

 

二人は僅かに笑ったが、次にガウマンが差し出した紙を見た瞬間、ユリウスの表情から笑みが消えた。

 

「もう一つある。アティスマータ辺境伯の娘たちだ」

「リーズシャルテと、アールマティか」

「ああ。二人とも、帝国に奴隷として落とされてる」

 

ユリウスは何も言わなかった。

その二人も、知らない相手ではない。

アティスマータ家との交流があった頃、何度も顔を合わせていた。幼いエリーと一緒に遊んでいたこともある。

少し年上らしく振る舞うリーズシャルテの後ろを、エリーとアールマティが追いかけて庭を走り回っていた。

そんな光景まで覚えている。

 

「所在は?」

「断片的には掴んでる。ただ、帝国中枢の管理下だ。移送も多いし、二人が一緒にいる保証もない」

 

ガウマンは少し間を置いた。

 

「救出するか?」

 

ユリウスはすぐには答えられなかった。

助けたい。

当然だった。

エリーと遊んでいた少女たちだ。父と親交のあった男の娘たちでもある。

何より、自分自身が奴隷へ落とされた妹を探し続けた人間だ。

今すぐ飛び込みたいという感情は、誰よりよく分かる。

それでも。

 

「……今は無理だ」

 

ガウマンも反論しなかった。

 

「帝国中枢へ踏み込めるだけの戦力がない。無理に動けば俺たちが潰されるし、それだけじゃ済まない」

「救出を察知されたら、二人を人質にされる」

「ああ。見せしめに殺される可能性もある」

 

ユリウスは拳を握った。

 

「助けたいからって、今飛び込めばいいわけじゃない」

 

自分自身へ言い聞かせているような声だった。

《ペーネロペー》がある。

ユリウス自身も強くなった。

マフティーにも仲間が増えた。

それでも、国一つを正面から崩せるほどの力はない。

 

「今の俺たちじゃ、帝国を崩せない。むしろ返り討ちになる」

 

そして失敗すれば、救いたかった二人まで失う。

 

「待つ。機会が来るまで」

 

指揮官としては正しい判断だった。

だからこそ、ひどく苦かった。

ガウマンも何も言わなかった。

 

◇

 

そして、その機会はやってきた。

アティスマータ辺境伯を中心とした勢力が蜂起し、帝国軍内部からも離反者が続出した。帝都へ通じる門が破られ、各所で装甲機竜同士の戦闘が始まる。

空を《ワイバーン》が飛び、地上では《ワイアーム》が激突し、《ドレイク》が入り乱れる戦場から情報を拾う。

長く続いた旧アーカディア帝国の中枢そのものが、巨大な戦場へ変わった。

マフティーも動いた。

ただし、アティスマータ軍とは最後まで連携していない。

 

「東区画の避難路を開けろ! 敗走兵が民間区画へ流れてる。武器を捨てた奴は放っとけ、まだ撃ってくる奴だけ止めろ!」

 

ガウマンが通信へ怒鳴る。

 

『西側で火災! 建物が崩れています!』

「《ワイアーム》を回せ。瓦礫を退けて避難路を作れ!」

 

マフティーが帝都へ入った目的は、王宮へ旗を掲げることではなかった。

帝国軍の敗北が濃厚になった時、その怒りが市民へ向かうことを防ぐ。

戦火に巻き込まれた者を逃がす。

最後まで敗北を認めない強硬派が、帝都そのものを道連れにすることを防ぐ。

戦えば敵兵も死ぬ。

マフティーの側にも死者は出る。

それでも、武器を捨てた相手まで殺す理由はなかった。

 

ユリウスだけは王宮方面へ向かった。

帝国軍の精鋭が最も集中し、何が残されているのかも分からない場所へ、通常の《エクス・ワイバーン》で入るのは危険すぎる。

だからこの日、白い怪鳥が再び翼を広げた。

 

◇

 

――ォォォォォォォォ……。

 

異様な飛行音が帝都の空へ響いた。

白い装甲と巨大なFFユニットを纏った《ペーネロペー》を見て、帝国軍の《ワイバーン》が一斉に向きを変える。

《機竜息銃》が放たれるより先に、《ペーネロペー》は姿勢をほとんど変えず真横へ滑り、射線から消えた。

 

ユリウスがビーム・ライフルを構える。

桃色の閃光が一騎の胴部を貫き、装甲機竜が制御を失って建物の向こうへ墜落した。別方向へ意識を向ければ、FFユニットから離れたファンネル・ミサイルが二騎へ向かい、一騎は爆発に呑まれ、もう一騎は片側の飛行機構を失って高度を落としていく。

死者が出ていることは分かっていた。

それでも、武器を捨てて離脱する機体へは撃たない。

今は、それでいい。

王宮へ向かう道を切り開いていた時、視界の端で市街地の建物が大きく傾いた。

 

「……!」

 

ユリウスは即座に進路を変え、高度を下げた。

 

◇

 

少女は走っていた。

どこへ行けばいいのかも分からない。

ただ、あそこへ戻りたくなかった。

帝国の奴隷として囚われていた場所から、戦火に紛れて逃げ出した。

周囲では兵士が怒鳴り、建物が燃え、装甲機竜が空を飛び交っている。しばらく軟禁されていた身体は、謎の男から投げ渡された機攻殻剣を抱えていることもあり、思うように動かず、足も痛み、息も切れていた。

それでも、止まれば捕まる。

だから走った。

曲がり角を抜けた瞬間、頭上から轟音が響いた。

顔を上げる。

戦闘の余波を受けた建物の外壁が崩れ、巨大な石材がこちらへ落ちてくる。

逃げられない。

そう思った直後。

白い何かが空から割り込んだ。

激しい衝撃に地面が揺れ、石材が砕け、土煙が舞う。少女は思わず目を閉じたが、覚悟していた痛みはいつまで待っても来なかった。

恐る恐る目を開く。

そこには、見たこともない白い機竜がいた。

三メートルほどの巨体が少女と崩落した壁の間へ入り込み、その両腕で巨大な瓦礫を受け止めている。

 

『走れるか?』

 

突然、声がした。

少女は答えられずにいた。

 

『聞こえてるか。走れるか?』

「……は、はい」

『なら東へ行け。大通りを二つ越えれば避難路がある。マフティーの連中が誘導してる』

「あなたは……?」

『話は後だ。行け!』

 

強い声に押されるように、少女は走り出した。

何度か足をもつれさせながらも大通りへ向かい、少し離れたところで思わず振り返る。

白い機竜は支えていた瓦礫を押し退けると、その巨体を宙へ浮かべた。

翼を羽ばたかせることもなく、白い怪鳥のように空へ昇っていく。

 

――ォォォォォォォォ……。

 

奇妙な鳴き声にも似た音を残しながら、その機影は再び戦場へ戻っていった。

少女は、その姿をずっと見ていた。

 

白い機竜を纏っていたユリウスは、自分が救った少女が誰なのか気付かなかった。

何年も会っていない。

奴隷として痩せ、髪も肌も埃と煤に汚れ、戦火の中で一瞬だけ顔を見ただけだった。

かつてエリーと庭を走っていた少女の面影と結びつける余裕など、今のユリウスにはなかった。

 

リーズシャルテ・アティスマータ。

後にリーシャと呼ばれる少女にとって、白い怪鳥に命を救われたその瞬間は、生涯忘れることのできない記憶となった。

 

◇

 

王宮上空へ戻った直後、ユリウスの感覚が何かを捉えた。

まだ視界には入っていない。

それでも、何かが来る。

反射的に《ペーネロペー》を横へ滑らせた直後、黒い影が先ほどまでいた空間を斬り抜けた。

 

「っ!」

 

距離を取ったユリウスの前に、一騎の黒い神装機竜が浮かぶ。

黒い装甲。

手にした大剣。

その姿を見た瞬間、ユリウスの目が見開かれた。

 

「……《バハムート》」

 

前世で知っている。

『最弱無敗の神装機竜』で、ルクス・アーカディアが纏う神装機竜。

ならば中にいるのは――と考えたところで、ユリウスは自分で思考を止めた。

知っていることと、決めつけることは違う。

この世界にいる人間は、物語の登場人物ではない。

黒い機竜が再び動いた。

速い。

《ペーネロペー》が高度を変えて軌道を外しても、《バハムート》はほとんど間を置かず追従してくる。

ユリウスは左腕からビーム・サーベルを展開した。

桃色の光刃と黒い機竜の大剣が衝突し、激しい衝撃が二騎を押し返す。

ユリウスの表情が変わった。

これまでの相手とは違う。

第七支部を出てから数え切れないほどの機竜使いと戦ってきたが、相手の視線や肩、腕、重心の動きを見れば、次に何をするのか大抵は分かった。敵が最初の行動を終える頃には、ユリウスはその次の位置まで選び終えている。

それが今までの戦いだった。

 

だが、目の前の黒い機竜は追いついてくる。

ユリウスが回避を終える頃には、《バハムート》も既に次の動作へ入っている。

こちらが一手先を選べば、相手もその次を選ぶ。

 

「……速い」

 

いや。

速いだけではない。

 

「判断が、早い……!」

 

自分がこれまで相手へ押しつけてきたものを、初めて正面から返されている。

思わず、ユリウスの口元に笑みが浮かんだ。

一方、《バハムート》の使い手も、《ペーネロペー》の挙動を掴みきれていなかった。

既存の飛翔型装甲機竜なら、進路を変える前に機体の姿勢や翼の向きに必ず変化が出る。

だが《ペーネロペー》は違う。

前へ飛んでいたはずの機体が姿勢をほとんど変えないまま真横へ滑り、次の瞬間には斜め上へ抜け、そのまま後方へ位置を変える。

飛行というより、空間そのものへ機体を置き直している。

《バハムート》の反応がほんの僅かに遅れた。

ユリウスはビーム・ライフルを向ける。

 

撃てる。

だが、引き金は引かなかった。

《バハムート》の背後で、帝国軍の《ワイバーン》が《機竜爪刃》を投げようとしていた。

桃色の閃光が走り、帝国機の胴部を撃ち抜く。装甲機竜は大きく吹き飛び、そのまま地上へ墜ちていった。

 

黒い機竜の使い手がこちらを見る。

直後、今度はユリウスの死角から帝国機が迫った。

反応が間に合わない。

そう思った瞬間、黒い影がユリウスの横を抜ける。

《バハムート》の大剣が一閃し、帝国機の剣を砕いた。続く一撃で装甲を裂かれた帝国機は戦闘を諦め、逃げるように高度を下げていく。

《バハムート》は追わなかった。

白と黒、二騎の神装機竜が帝国王宮の上空で向かい合う。

ユリウスは通信を開いた。

 

『……所属を答えろ』

 

少し間があって、若い声が返ってくる。

 

『そちらこそ』

 

ユリウスが眉を上げた。

 

『質問に質問で返すのか』

『あなたが先に名乗れば、考えます』

「……面倒な奴だな」

『聞こえています』

「わざとだ」

 

戦場には似つかわしくないやり取りだった。

だが、すぐにユリウスは声を戻す。

 

『帝国側か?』

『違います』

 

返答は早かった。

 

『俺たちもだ』

 

少しの沈黙のあと、《バハムート》の剣が僅かに下がった。

 

『なら、ここで潰し合う理由はない』

『あなたの目的は?』

『帝国軍の残存戦力を抑える。市民への被害を増やさせない』

『僕は王宮へ行きます』

 

神装機竜《バハムート》。

若い声。

ウェイドの死後、皇宮を追われた少年。

ユリウスの中で、目の前の人物が誰なのかという推測がほぼ確信へ変わった。

それでも、その名は口にしなかった。

 

『なら行け』

『止めないんですか?』

『お前が帝国側じゃないならな』

 

僅かな間があり、若い声が返る。

 

『……分かりました』

 

《バハムート》が帝国王宮へ向きを変える。

その進路を塞ぐように、数騎の帝国機が上昇してきた。

ユリウスはビーム・ライフルを構える。

桃色の閃光が二度走り、帝国機が吹き飛ぶ。

開いた空間を、黒い神装機竜が抜けていった。

 

◇

 

『若!』

 

ガウマンの声が通信へ飛び込んできた。

 

「聞こえてる」

『今の黒い奴、何だ!?』

「神装機竜《バハムート》」

 

通信の向こうが一瞬黙った。

 

『知ってるのか?』

「機体はな」

『乗ってる奴は?』

 

ユリウスは王宮へ消えていく黒い機影を見る。

ウェイドの死。

皇宮から追放された外孫。

前世の記憶。

《バハムート》。

そして帝国王宮を目指す、あの少年の意思。

 

「……おそらく、ルクス・アーカディア」

 

今度は明確な沈黙があった。

 

『……あの第七皇子か!?』

「ああ」

『本当か?』

「断定はしない。でも、ほぼ間違いない」

 

ガウマンが息を吐く音が聞こえる。

 

『ウェイドのじいさんの孫が、帝国を潰しに来たってか』

「そういうことになるな」

『この情報は?』

「使わない」

『……だと思ったよ』

「本人が隠してるなら、今はそれでいい」

 

前世で知っているからといって、その秘密を勝手に使う権利などない。

 

「ガウマン」

『何だ』

「黒いのは敵じゃない。王宮方面はあいつに任せる」

『じゃあ俺たちは?』

 

眼下では、敗走した帝国兵の一団が市街地へ向かっていた。

ユリウスは《ペーネロペー》の進路を変える。

 

「俺たちの仕事をする」

 

短い間の後、ガウマンが答えた。

 

『了解』

 

白い怪鳥は、黒き英雄とは別の方向へ飛んだ。

 

◇

 

決戦は続き、帝国軍は各地で崩れていった。

反乱軍が前進し、帝国軍を離反した兵士が武器を置き、帝都のあちこちから旧帝国の旗が降ろされていく。

その最中、一つの知らせが届いた。

 

『……若』

 

ガウマンの声が、いつもより低かった。

 

「何だ」

 

ほんの僅かな間があり。

 

『アティスマータ辺境伯が戦死した』

 

ユリウスの動きが止まった。

周囲ではまだ戦闘が続いている。爆発音も怒号も機竜の駆動音も聞こえているはずなのに、その一瞬だけ全てが遠くなった。

 

「……確認は」

『取れた』

「そうか」

 

幼い頃、父と酒を交わしていた男。

帝都から届いた命令書を前に、父と二人で随分と難しい顔をしていた男。

父と同じく厳格ながら、自分やエリーを見て笑い、リーズシャルテやアールマティを連れてアルヴェイン家を訪れていた男。

父が生きていれば、きっと今日、この人と肩を並べていた。

ユリウスは一瞬だけ目を閉じ、それから開いた。

 

「戦闘を続ける」

『……分かった』

 

今は立ち止まれなかった。

 

◇

 

その日、旧アーカディア帝国は滅びた。

 

反乱へ立ち上がった者、帝国軍を離反した者、武器を取った兵士、逃げる市民を守った者。そして王宮へ到達し、後に《黒き英雄》と呼ばれることになるルクス・アーカディア。

多くの人間の行動が積み重なり、長く続いた帝国の歴史は終わった。

マフティーは王宮へ旗を立てなかった。

勝利を宣言することもしなかった。

帝都の外縁部で負傷者を運び、敗北を知ってなお武器を振るう帝国兵を止め、逆に武器を捨てた兵士へ報復しようとする市民を抑え、逃げてくる人々を受け入れ続けた。

遠く、王宮から帝国の旗が降ろされていく。

 

「終わったな」

 

ガウマンが言った。

ユリウスも、その光景を見ていた。

 

父と母。

燃えるアルヴェイン邸。

故郷を追われた領民。

第七支部。

ミア。

レイヴン。

ウェイド。

エリー。

奴隷へ落とされたリーズシャルテとアールマティ。

 

多くの人間を呑み込んできた帝国が、今ようやく終わる。

しばらく黙ったあと、ユリウスは静かに首を振った。

 

「……いや。始まった」

「何がだ?」

「帝国がなくなった後の世界が」

 

ガウマンは何も返さず、ただ遠くの王宮を見た。

 

◇

 

旧帝国の崩壊後、新たな王国の玉座にはラフィ・アティスマータが就いた。

戦死したアティスマータ辺境伯の妹であり、ユリウスも以前から名前と人柄を知っている。

旧帝国の皇族と同じような人物ではない。むしろ兄と同じく、帝国のあり方へ疑問を持っていた側の人間だった。

だから、問題はラフィ個人ではなかった。

 

「……まずいな」

 

新王国の人事と軍編成に関する報告書を読みながらユリウスが呟くと、向かいに座るガウマンが顔を上げた。

 

「何が?」

「アティスマータ辺境伯が死んだことだ」

「そりゃ痛手だろ」

「それだけじゃない」

 

ユリウスは、報告書に並んだいくつかの名前を指で示した。

反乱へ兵を出した貴族。

資金を提供した家。

情報を流した者。

帝国軍から離反し、反乱へ参加した軍人。

そうした者たちが、新王国の政治と軍事の要職へ次々と入っている。

それ自体は不自然ではない。

新しい国を動かすなら人材が必要だし、軍も金も必要になる。実際に反乱を支えた人間たちが、その中心になるのも当然と言えば当然だった。

だからこそ、ユリウスは危険を感じていた。

 

「アティスマータ辺境伯本人が生きていれば、まだ違った。あの人には人望があったし、軍もまとめられた。何より、反乱そのものを指揮した実績がある」

「でも死んだ」

「ああ」

 

妹のラフィが玉座へ就いたからといって、兄が持っていた求心力までそのまま引き継げるわけではない。

アティスマータ家という名前だけで、反乱に参加した貴族や軍人全てを完全に統制することもできない。

その結果、反乱を支えた者たちは、それぞれが持つ兵力と資金、そして功績を背景に政治と軍事の中で大きな発言力を持ち始めていた。

 

「功績があるからな」

 

ガウマンが言った。

 

「この連中がいなけりゃ、帝国は倒せなかったかもしれん」

「分かってる。だから、今この人たちが国を支えること自体を否定するつもりはない」

「じゃあ何が問題だ?」

 

ユリウスは報告書へ視線を落とした。

 

「功績が、そのまま権利に変わることだ」

 

ガウマンが黙る。

 

「自分たちは帝国を倒した。自分たちが新しい国を作った。だから、自分たちには国の在り方を決める権利がある――そう考え始めた時が危ない」

「今は間違ってるのか?」

「全部が間違ってるとは言わない。実際、この人たちは戦ったし、それは功績だ」

 

ユリウスはそこで顔を上げた。

 

「でも、正しかった過去を、未来まで自分たちが正しい保証に使い始めたら話は別だ」

第七支部も、皇帝も、形は違っていた。

 

だが根にあるものは似ている。

自分には決める権利がある。

自分は正しい。

だから、他人を従わせてもいい。

その思考が積み重なれば、やがて新しい暴力になる。

 

「ラフィ・アティスマータを疑ってるのか?」

「違う」

「なら?」

「あの人一人が善良でも、足りないって話だ」

 

善良な女王が一人いる。

それだけで、国全体が永遠に正しくなるわけではない。

その周囲で政治を動かす者。

軍を握る者。

金を持つ者。

そして次の世代。

全てが正しくあり続ける保証など、どこにもない。

ユリウスは再び報告書へ視線を落とした。

 

「これは、次の暴力の芽になり得る」

 

ガウマンの表情から笑いが消えた。

 

◇

 

やがて、マフティー内部でも一つの問いが出た。

 

「帝国は滅びました」

 

会議の席で、古参の一人が言った。

 

「新王国にはラフィ・アティスマータ様が立たれました。少なくとも、旧帝国より良い国になるでしょう」

「ああ。俺もそう思う」

 

ユリウスは否定しなかった。

男は少し迷ってから続けた。

 

「なら、もう我々の役目は終わったのではありませんか? 我々は帝国の圧政へ抗うために戦ってきました。その帝国は、もうありません」

 

ユリウスはすぐには答えず、その場にいる一人一人の顔を見た。

マフティーという名前を決めた日のことを思い出す。

問いの形は変わった。

だが本質は、あの時と同じだった。

 

「新王国は敵じゃない。ラフィ・アティスマータも敵じゃない。少なくとも今は、戦う理由なんてない」

 

何人かの表情が僅かに緩んだ。

 

「でも、信用することと、無条件に信じることは別だ」

 

部屋が静かになる。

 

「帝国が滅びたからって、人間まで別の生き物になったわけじゃない。国の名前も、旗も、玉座に座る人間も変わった。でも、力を扱うのはこれからも人間だ」

 

ユリウスは静かに続ける。

 

「王が善良でも、その王がずっと間違えないとは限らない。騎士が正しくても、その正しさが永遠に続く保証はない。英雄が国を救ったからって、その人間の全てを正しいことにしていいわけでもない」

 

王宮上空で見た、黒い《バハムート》を思い出す。

あの少年は確かに帝国を終わらせた。

多くの人間を救った。

だからこそ、《英雄》という言葉だけで一人の人間を覆い隠してはいけない。

そして、それは自分たちも同じだった。

 

「マフティーだから正しい、なんて理屈もない」

 

新王国では既に、反乱に功績のあった貴族たちが政治と軍事に力を持ち始めている。

それ自体を悪と決めつけるつもりはない。

だが、そこから新しい支配が生まれ、新しい正義が作られ、新しい暴力が正当化される可能性はある。

 

「だから見る」

 

一人が尋ねた。

 

「監視する、と?」

「敵としてじゃない。力を持つ者としてだ」

 

皇帝にも。

貴族にも。

女王にも。

騎士にも。

英雄にも。

そしてマフティー自身にも。

同じ問いを向ける。

 

「帝国を倒すことが、俺たちの目的だったんじゃない。力を持つ者へ反省を促す。それがマフティーだ」

 

ユリウスは一度息を吐いた。

 

「その必要がないなら、武器なんて取らない方がいい。それが一番いい」

 

誰も異を唱えなかった。

 

「でも、誰かが自分の正しさを理由に、他人の人生を踏みにじろうとした時は――また立つ」

 

帝国がなくなっても。

マフティーは終わらない。

 

◇

 

数日後、山中の洞窟にはメンテナンスを終えた白い装甲が静かに収まっていた。

神装機竜《オデュッセウスガンダム》。

そして、FFユニットを纏った《ペーネロペー》。

ユリウスはその白い装甲へ手を置いた。

 

帝国は滅びた。

少なくとも今すぐ、この怪鳥が飛ばなければならない理由はない。

 

「しばらく休め」

 

当然、返事はなかった。

背後から足音が聞こえ、ガウマンがやってくる。

 

「若」

「何だ」

「あの黒い奴」

「《バハムート》か」

「ああ。次に会ったら、どうする」

 

ユリウスは少し考えた。

 

「敵じゃないなら戦わない」

「味方なら?」

「それも本人次第だ」

 

ガウマンが呆れたように笑う。

 

「面倒くせえな」

「知ってるだろ」

「昔からな」

 

ユリウスはもう一度《ペーネロペー》へ視線を戻した。

王宮上空で交錯した黒い神装機竜。

あの動き。

あの声。

そして、こちらと同じように帝国を敵としていた少年。

 

「ただ」

「ん?」

「あいつとは、もう一度会う気がする」

「次は斬り合いから始めんなよ」

「向こう次第だな」

「お前も大概だろ」

 

二人の声が、洞窟の奥へ消えていく。

その後ろで、白い怪鳥は静かに翼を畳んでいた。

旧アーカディア帝国は滅びた。

後に《黒き英雄》と呼ばれる少年が、その終焉を決定づけた。

だが、一つの国が終わったからといって、人間の歴史そのものが終わるわけではない。

善良な王も、正しい騎士も、英雄も、そして反省を促す者さえも、いつか間違えるかもしれない。

だから、誰かが問い続けなければならない。

――その力は、本当に正しいのか。

 

白い怪鳥は暫しの眠りについた。

けれど、マフティーは消えない。

それは人の名ではなく、国の名でもなく、誰か一人が所有する思想でもない。

自らの正しさを疑いながら、それでも必要な時には立ち上がる。

マフティーとは、そういう一つのあり方なのだから。

 

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