吐き気が襲ってくる。
裏路地でしゃがみ込んでしまった俺をルサが心配そうに顔を覗いてくるが、大丈夫とは言えなかった。
問題が起きたのは大通りに入ってから数分であった。
大通りの活気さに驚いていた俺だったが、周りの音の大きさに気分が悪くなってしまったのだ。
もちろん我慢はしたが耐え切れなくなってしまい、ルサに肩を借りながら裏路地へと退避していた。
「クリス君。大丈夫かな」
ルサが心配そうな声を出す。
喋ることも億劫だったが、心配させまいと何とか声を絞り出す。
「大丈夫だよ」
顔をあげてルサを見るが、よほど俺の顔が酷かったらしくルサの表情には心配の色しかなかった。
今まで、極少数のしかいない最前線組で活動していた俺にとっては人の声が大きな雑音にしか聞こえなかった。
もちろん客引きの声が嫌いな訳ではない、むしろ好きの部類に入るのだが、叫ばれるとものすごく頭に響くのである。
「そろそろ行こうか」
俺はフラフラする体を無理やり起き上がらせ、立ち上がる。
「駄目だよ! もう少し休んでから行こうよ」
ルサが目に少しだけ涙を浮かばせ、静止してくる。
「楽しみにしてたんでしょ?」
ルサに問いかける。
昨日の夜からルサとの話しは、はじまりの町へ出かけることばかりであった。
もちろん俺自身も楽しみにしていた。
ルサに心配をかけてばっかりだと、申し訳ない。
最初に出会った時から今まで迷惑をかけっぱなしであったし、こんな俺とパーティーを組んでくれたことは感謝しきれないくらいだ。
それの恩返しと思い、出かけた結果がこんな状況になってしまった。
「楽しみにしてたけど……」
ルサがうつむき加減に言った。
「俺も楽しみにしてたんだから楽しもうよ」
無理やり笑みを浮かべるが、引きつった笑顔になっていたのだろう。ルサの表情は変わっていなかった。
ルサは少し悩んだ顔をしたが、すぐに何かを決意した表情になったと同時に俺の手を掴み、引きずる様に路地の奥の方へと歩いていく。
反抗をしようかと思ったのだが、筋力パラメーターはルサのほうが多く振っているため、すぐに押さえ込まれてしまうだろう。
路地を直線すると、一軒の喫茶店があった。
店の名前は《花の季節》。看板にはサクラの模様が描いてある。
ルサはその店に躊躇せず入っていく。
店の中はほとんどが木で作られていて、いかにも喫茶店と言った風であった。
ルサは有無も言わせず俺を椅子に座らせる。
ここに来てようやくルサの口が開いた。
「ここはちょっとしたお気に入りの場所なんだ」
ルサは少し落ち着いた様子で喋りだす。
「このゲームで一番最初に入った店なんだよ」
店の奥から出てきたウェイトレスにコーヒーと紅茶を注文する。
「落ち着いてて良い雰囲気でしょ」
さきほどの心配した顔とは打って変わり、優しい表情になっている。
「そうだね」
ルサの表情を見て少し気持ちが楽になった。
ウェイトレスからコーヒーを受け取り、一口飲む。
コーヒーと温かさと苦味で意識がハッキリとしてきた。
「落ち着いてきたかな?」
紅茶を口にしていたルサが話しかけてくる。
「落ち着いていたよ」
そう答えると、ルサは優しい笑みを浮かべた。
「よかったぁ」
やっぱり、感謝しきれないなと思いながらコーヒーを口に含んだ。
「大丈夫そう?」
ルサが心配そうにしているが、大丈夫と答え大通りに入っていく。
耳栓の上から手で耳を塞ぐ。
これだけでも結構音が小さく聞こえることを先ほど発見した。
大通りに入って、聞こえてきたのはやはり客引きの声であった。
鍛冶屋、武器屋、道具屋などが所狭しと並んでいる。
「やっぱり活気があっていいね」
耳を塞ぎながらルサに話しかける。
「だねー。βテストの時よりも商人さんの人数も多い感じがするよ」
確かに、人数が多いような気もする。
βテストの商人と職人の数が合わせて十数人だと聞いていたが、この場所だけでも百人近い数の人で溢れている。
アキンドみたいな人を合わせると、ゲーム内でおそらく二百人近い数の商人や職人がいるのだろう。
「今思ったんだけどさぁ」
「ん、なーに?」
ルサはニコニコしながら歩いている。
「耳を塞ぎながら歩くのって変じゃないか?」
そう質問すると、ルサは笑い出した。
「私もそう思ってた」
大通りで二人して笑い出す。
通り過ぎた人が振り返ったが、気にせず笑い続けた。
「あはは。もう可笑しいね」
笑いすぎて涙が出てきたのか、ルサは目元を袖で拭った。
「それじゃあ、最初はどこで買い物する?」
「最初はー……。防具を買いに行きましょう!」
ルサは俺の問いかけに元気よく答え、にっこりと笑った。
「ありがとうございましたー」
店員は俺の耳に視線を集めながらも、お礼を元気よく言う。
俺たちは新しく防具を購入した。
俺の防具はほとんど初期のもので、ルサはそれなりのものを装備していたが、これから迷宮区を探索するには最新の装備を整えようと相談して決めた結果であった。
ルサは軽金属防具で、白をベースとして、青色で装飾をしてある。いかにも女騎士と言った感じだ。
俺の防具は革で出来ていて、茶色や黒色と言った地味な色で飾られていた。
革防具は敏捷に特化した防具で、防御力は金属系防具には適わないが、その分素早く動くことが出来る。
「なんか強くなった感じがするね」
ルサが笑顔で言った。
確かに強くなった気がする。もちろんどれほど強くなったのかは、試してみないことには分からないが。
「次は武器強化だね」
ルサはにんまりと笑った。
武器強化は運の要素が高い。しっかりと素材を集めれば九割以上の確立で成功するのだが、もちろん失敗することもある。
俺自身も他のゲームで強化に失敗し続け、破産しそうになったこともある。
「βテストの時にフレンドになった人が鍛冶屋やってるらしいんだけど、そこで大丈夫かな?」
「強化詐欺とかもあるらしいから、そこで大丈夫だよ」
強化詐欺とは受け取った素材を少なくして強化することをいう。
今では鍛冶屋が強化画面を開いて、素材の確認をしてから強化をするのが主流となっているが用心に超したことは無い。
ルサが言っていた鍛冶屋は防具屋からさほど離れていないらしく、一分くらいで着いた。
「多分ここだとおもうんだけど」
ルサが露天の前で立ち止まる。
「らっしゃーい」
露天の看板をルサと一緒になって見ていたところ、やる気のなさそうな声が聞こえた。
「ルーちゃんかな?」
ルサが露天の店主に話しかける。
「その呼び方。もしかしてルサティか?」
店主は武器の手入れをしていた手を止めて、顔をあげた。
茶色の長い髪を一つ結びにして、スッとした輪郭の顔。吸い込まれそうな茶色の綺麗な瞳、着ている服はオーバーオールにTシャツのみで、腕には多少の筋肉がついているのがわかる。
「やっぱりルーちゃんだー!」
ルサは《ルーちゃん》と呼ぶ女の人に抱きつく。
「おいおい、ルサ。ルーちゃんって呼ぶなって言ってんだろうが」
慣れた手つきでルサを引き剥がす。
βテストの時もこんな感じであったのだろう。二人とも笑っていた。
「それにしても、ゲーム開始から三週間も顔を出さないつーのは、どういった了見だ?」
ルサのこめかみをグリグリしながら笑っている。本気で痛がってないか?
「あうー。痛いよー。ごめんなさいってばー」
ルサは何とか脱出をすることに成功したらしい、いつの間にかに女店主に向き直っていた。
「それで、そいつは誰だ?」
顎に手を当てて、俺のほうへと向く。
耳を押さえている手を離す。さすがに耳に手を当てながら挨拶するのは不自然だろう。
「ルサとパーティーを組ませてもらってるクリスと言います。よろしく」
手を差し伸べる。
「鍛冶屋のルーだ。呼び方はルーでいい。さん付けとかは性に合わないからな」
ルーはにかっと笑い、握手をする。
ルサと手を繋いだときとは違い、柔らかい感じではなく、女の人らしいスベスベしている手であった。
「鍛冶屋って言っても武器専門で週休四日だけどな」
そういって、ゲラゲラと笑う。
確かに、週休四日は珍しい。というよりも無いと言っても過言ではない。
「それでクリス。その耳に刺さってんのは何だ?」
笑いながらも質問を投げかけてきた。
「耳栓ですよ」
「耳栓?」
少し不思議そうな顔をする。
当たり前の反応だろうが、ルサが少しだけ困った顔をしている。
「俺はFNC。フルダイブ不適合者なんですよ。人より音が聞こえすぎてしまう障害を持ってます」
俺は本当のことを言った。うそをつく必要は感じられないからだ。
「ほー。耳栓で音って聞こえなくなるのか?」
「一応、人よりかは聞こえるんですが、あまり支障はないです」
先ほど倒れそうになったが、普段の生活に支障はないからそう答えておいた。
「なら大丈夫だな。それにしてもルサと良くパーティーを組めたな」
今の話題にはあまり興味が無かったらしい、そっちのほうが俺自身も気が楽で良かった。
「どういう意味ですか?」
質問の意味があまり分からず聞き返すと、急いでルサが口を挟んできた。
「ちょ、ちょっとルーちゃん!」
焦ってルーに襲い掛かるルサを片手で押さえ、笑いながら俺との会話を続ける。
「こいつβテストの時には戦闘狂って呼ばれてたんだぜ」
ルサが騒いでいる。
少し頭に響いてくるが、一人の叫び声くらいなら全然耐えられる。
「グループ推奨のクエストボスに一人で挑んだり、あとはフロアボスも一人で挑んだこともなかったか?」
ルーは笑いながら喋っているが、ルサは本気で止めに掛かっている。
「ルーちゃん! 怒るよ!」
「あはは。悪い悪い。彼氏の前じゃお淑やかにしてんのか」
ルーの言葉にルサの顔が真っ赤になる。
「クリス君とはそんな関係じゃないよっ!」
全力で否定される。
それはそれで悲しい気もするが……。
それにしてもルーが言った《戦闘狂》という言葉が気になった。
「ルサが戦闘狂って?」
「あぁ。βテストの時のルサのあだ名だよ。βテスト内で一番死亡回数が多かったんじゃないか」
ルーはにんまりと笑っている。ルサは諦めたのか、ルーの隣でしょんぼりとしていた。
確かに、戦闘を楽しんでいる気配はあった。
実付きのネペント以外にも、危険度の高いモンスターをいくつか狩っている。
それと戦闘するときは、いつもルサの提案だった気がする。
いつも反対していたのだが、結局押し切られて戦闘するハメになっていたのだ。
「確かにそんな気はしてましたね」
俺がそういうとルーは満面の笑みとなる。
「そんなやつとパーティーを組むとか私じゃ考えられないぜ」
さすがにここで、はいとは言えず愛想笑いに留めておく。
「それで今日はなんだ。強化か?」
「うん。一応」
ルサが答えるが、あまり元気が無い。
「この時期に来るとなると、アニールブレードだな。素材は添加物だけは持ち込みでいいのか?」
いつも添加物だけ持ち込みで注文していたのだろう、慣れた手つきで交渉を始める。
ルサは頷くと、いくつか素材を渡す。
そして《アニールブレード》を二本渡した。
俺がクエストで手にした片手剣だが、ルサにあげることにした。売っても良かったのだが、メイン武器が一本と言うのも心もとない。
「えーと。強化内容は《鋭さ》+2、《速さ》+1、《丈夫さ》+1。で大丈夫か?」
最終確認をする。
ルサは少し緊張しているのか、先ほどのことをまだ引きずっているのか、無言で頷く。
「失敗しても、私を恨むなよー」
ルーはそういって鉄床の奥に設置されている炉に手を伸ばす。
携行型の炉なので金属鎧などは作れないが、ルーは武器専門だと言っていたので問題は無いだろう。
ルサから受け取った素材を炉の中に流し込む、素材は赤熱する。炉の中は真っ赤な光でいっぱいになる――《鋭さ》を示す色だ。
アニールブレードを炉に横たえると、真っ赤な光が刀身に纏わりつく、それを確認してから鉄床に移動させる。
右手で鍛冶ハンマーを振り下ろす。カン、カン、とリズミカルな音が鳴り響く。
十回目の音か鳴った瞬間に剣が赤く輝いた。
つまり――成功を意味する。
ルサの顔には笑顔が戻る。
ルーもこちらを見て、してやったりの顔をする。
もちろんこれで終わりではないが、幸先いいのは悪いことではない。
ルーは再び、炉の中に素材を流し込んだ。
結果はほとんど成功であった。
ルサの《アニールブレード》はどちらも全て成功で。名前の欄の右側に+4の文字がある。
対する俺の武器である《スチールショートスピア》も同じように+4の文字がある。
ルサは鋭さ+2、速さ+1、丈夫さ+1、の使う人を選ぶ武器となり。
俺自身も鋭さ+1、正確さ+2、丈夫さ+1、でこちらも使う人を選ぶ武器となっている。
サブ武器である《ショートスピア》も片方が一つだけ失敗してしまったが、素材を購入してどちらも+4まで持っていくことが出来た。
こちらは鋭さ+1、正確さ+3で普通の武器で使用するならば、凶器の沙汰としか思えない強化になっている。
正確さは《投剣》スキルの命中率を上げる効果があるので、スキルレベルも敏捷値も低い俺にとっては命中率の低さがネックになっていたのだ。
ルーには強化内容を「本当にいいのか?」、と確認されたくらいだった。
「これでようやく終わったな」
汗はかいていないが、額を拭うルーを見て「お疲れ様」、と一言声をかける。
「えーと……」
ルーがそろばんみたいなものを取り出し、少しだけ弄くる。
「強化素材と基盤の追加と手数料で二万コルだ」
結構な額となるが、強化はこの程度の出費が当たり前だろう。
運悪く、失敗が続けば二倍三倍は余裕で掛かるだろう。
二万コルを払う。
「まいどー」
ルーの顔がにんまりとする。
「やっぱり、客から金を受け取るときが一番の幸せだな」
「ルーちゃんはβの時からそう言ってるねー」
ルサは強化が上手くいって機嫌を取り直したのか、今は元気がいい。
「そういえば迷宮区まで行ったらしいな」
ルーがふと思い出したかのように話題を振ってきた。
「昨日からだけど、行ってきたよー」
それにルサが答える。
すると、何かに気がついたかのように、はっとした顔になったと思ったら、すぐににんまりとした顔になる。
「あれやっちゃうの? ルーちゃん」
「やるか」
二人で見つめあいながら、にんまりと笑っている。
あまりいい雰囲気ではないため、先に宿屋に帰ろうとした矢先にルーに引き止められた。
「おい。クリス」
「はい」
「明日は暇か?」
「おそらく……」
「それなら私に付き合え」
有無も言わせない迫力で攻め立ててくる。
反論など出来るわけも無く、無言で頷く俺であった。
今回は少し長めに書いてみました。
いつもはちょちょっと読めたほうがいいかなっと考えて、文字数を抑えているんですが、どちらがいいのでしょうか?