餓死寸前の獣人少女に餌付けをしたら、ヤンデレハーレム村の村長になっていた 作:匿名希望
「旅の人、金と食料を置いて行け。命までは取るつもりはない」
濡れ羽の長い髪と、蒼い瞳、端正な顔立ちに笑顔は一切なく鬼気迫る様子だが、頭の上にはピンと尖った三角の耳。
くたびれた着流しに包まれた肢体はモデルのようにすらりと細長いが、前開きになった襟口からは谷間が覗いており出るところはちゃんと出ている。
その手には美しさすら覚えるきちんと磨かれた刀が握られており、その刃は俺の首筋に添えられていた。
目の前の女性の可愛さに気を取られて、自分が追剥ぎにあっていることに数秒遅れで気が付いた。
「見ての通り金はありません。持ち物も」
「……確かに、荷物は見当たらない。だが、何も持たずにここを生きて歩いているのは不自然だ」
ここら辺一帯は荒野で、水も食べれそうな植物も殆ど生えていない。集落を見つけることも出来なかった。
おっしゃる通り、食料も持たずに数日生き延びられる土地ではない。
「食べ物は出せます。その為にはスキルを使う必要があります。危ないので、少し離れてください」
目が細められる。明らかに疑っている様子だった。
「そういうスキルは聞いたことがない。離れた隙に逃げるつもりだろう」
「見ての通り丸腰ですし、足も速くないのですぐ追いつかれると思います」
「……妙な真似をしたら、叩き斬るからな」
そう言ってケモ耳侍さんは二歩、三歩と下がった。
「『無限食料庫』」
離れたのを確認してから、能力を発動する。
虚空に手を伸ばすと異空間に繋がっていて、俺が知っている食べ物であればいくらでも取り出すことが出来る。
また、食べ物であれば中に入れて保存することもできる。
取り出したのは土鍋だ。縁は冷めているがまだ温かい。
蓋を開けると、中には米が入っていた。今朝、三合炊いて一合食べたので二合だけ残っている。
食料庫の中は時間が止まっているのか、炊き立てのようにホカホカと湯気をあげていた。
ごくり、とケモ耳侍さんの喉がなった。
箸は使えるのだろうか?
侍っぽい格好だけどここは日本じゃないし、使ったことがなければ食べるのに不便するかもしれない。
水で手を濡らし、食糧庫から取り出した塩を手にまぶして土鍋の中から米を掬いあげる。そして握っていく。
おにぎりだ。
具はおかか。鰹節に醤油と砂糖で味付けをしただけなのに、やたらと美味しいアレである。下の妹の好物だった。
髪の色とか凛とした佇まいとか、全然似ても似つかないのにどこか重ねてしまうのはどうしてだろうか。
三角形に握った飯を海苔で包んで渡す。
「……それはなんだ。毒とか入ってるんじゃないだろうな」
「見ていただろう。毒なんて入れていない」
「見たこともないものばかりだ。それが毒かどうか私には判別がつかない。一口齧れ」
「わかったよ」
一口齧る。パリッとした海苔の食感と下に触れる絶妙な塩気。
口に入れた瞬間に米がはらりとほどけ、中のおかかの甘さとカツオの旨味がじゅわっと口の中に広がっていく。
我ながらいい出来だ。
「美味いぞ」
刀を鞘に納め、恐る恐るおにぎりを受け取った。
食べかけた部分をじっくり観察してくんくんと具の匂いを嗅いでいる。ごくりと喉が鳴った。
パクリ、と一口齧る。
その瞬間、ぐぅ~とお腹が鳴った。
何も言わずガツガツガツとおにぎりを平らげてしまう。
手を差し出された。
その指にも、口元にも米粒が付いている。夢中で食べたのだろう。おかわりを催促している。
妹に似ていると思った直感は外れてなかったらしい。
「はいよ」
同じものをもう一つ作って渡すとまたガツガツと食べ始めた。
その目尻から涙があふれ始める。
「う、美味い。美味い……」
ケモ耳侍さんは、泣いていた。大粒の涙を流して、おにぎりを噛みしめていた。
お腹をぐーぐー鳴らしながら、次々におにぎりを平らげていく。二合あった土鍋の米があっと言う間に底を尽きた。
ケモ耳侍さんは米粒のついた手を舐めながら名残惜しそうに鍋を見ている。
よっぽどお腹が空いていたか、二合食べてまだ足りないらしい。
「す、すまない。つい夢中になって、お前の分まで食べ尽くしてしまった」
「おかわりはいるか?」
「おかわり、あるのか?」
ピンッ、とふさふさの黒い尻尾が立ちあがった。
米粒が付いた頬を緩めて、目をキラキラと輝かせている。
「ああ、いくらでもあるぞ」
「いくらでも……。それは、具体的にはどれくらいだ?」
「本当にいくらでもだ」
「例えばそれは、50人くらいだとしても食わせられるほどなのか?」
「足りると思いますよ」
足りるというか、食料庫から出せる量に限りはないのだ。尽きることはない。
「だったら、村の人たちにも飯を分けてくれないか。みんな腹を空かせて死にそうなんだ。頼む」
ケモ耳侍さんは膝と手と頭を地面につけた。土下座だった。
「俺は丸腰ですよ。どうして刀で脅さないんですか?」
「……あんな温かい飯を食わせてくれた人に、刃を向けることなんて私にはできない。虫が良い話だが、頼む」
日本にいた頃、俺は貧しかった。
事業が倒産し、借金漬けになった両親は気が付いたら蒸発していて――中卒で働いて、三人の弟と妹を食わせて来た。
給料は安いし、借金の取り立てが家に来てお金を取られることもあった。
貧しくて、ひもじい思いをしたことだって一度や二度ではない。
だからこそ、目の前の女性の痛みを俺は理解することができる。
「頭を上げてください」
死の間際、出会った女神様に一つだけ好きな能力を与えると言われた。
俺が願ったのは『食うのに困らない』能力。
結果として、無限に食料を引き出せる能力を貰った。
目の前に腹を空かせたやつがいて、俺にはそれを満たしてやれる力がある。
「村に案内してください」
「すまない。本当に、すまない……」
◇
三年続いた旱のせいで川は干上がり、地面は乾きに割れてしまった。
貯蔵していた穀物はとうの昔に底を尽き、乾いた土には木の実も実らず、獣も肥え太らない。真っ当な手段では食うものが得られない。
飢えの苦しみというのは、強烈だ。
同族で争い合うなんて愚かで、みっともなく生きるくらいなら死んだ方がマシだなんてのはひもじい思いをしたことがない人間の発想だ。
誇り高く死ぬにしてもせめて、最後に腹いっぱい食ってから死にたい。
そう思ってしまうほどに、苦しい。
必然、行きつく先は熾烈な奪い合いだった。
きっかけは狩場と水場の取り合いだった。
血で血を洗う争いの果てに男たちは死に、争っている間に獣は消え、水場は枯れていた。生きるために私たちは、向こうの集落の食料を略奪しようと考えた。
でも、貯蔵がないのはどこも同じだった。
定期的に来る人間の国の行商人に奴隷として捕虜を売って、その金で買った食糧で何とか食いつないで生きていた。それでも足りなかった。
残っている食料を探して彷徨い歩いていると、呑気に歩いている珍しい格好をした人間の男を見つけた。
野党みたいな真似をするのは忍びないが、背に腹は代えられない。
刀で脅すと、男は食料を差し出してきた。
いや、彼は脅されたから飯を出したわけではない。
鍋に入った白い、茹でた何かしらの穀物。
それをそのまま出せば済んだのに、その男は食べやすいように手で握って固めて差し出してきた。
温かかった。食べ物の温度だけではない。飢えて、摩耗していた私の心に染み渡る気遣いがあった。
死の淵で人の本性が出るというのなら、この心遣いこそこの男の本性なのだろう。
涙があふれ出た。
からからになった舌に触れる塩気が、噛みしめる度に解けていく穀物の中の具の甘みが身体中に栄養として染み渡っていく。
無我夢中になって食べていたら、いつの間にか鍋の中のものを全て食い尽くしてしまっていた。
満腹感と共に後悔が押し寄せてくる。
貴重な食料だ。
男にとっても全て奪われれば、この地で枯れてしまうことになる。村で腹を空かせている子らにも分けなければならなかった。
「おかわりはいるか?」
だけどその男は怒ったり恨み言を言うどころか、むしろおかわりはいるかと聞いて来た。
この乾いた大地で食料がどれだけ貴重か、理解ってないはずもない。
殺してでも、奪うか……?
奪うべきだ。村には腹を空かせている子らがいる。
でも、もう刀を抜く気にはなれなかった。温かい飯と気遣いで満たされてしまった心では、修羅にはなれなかった。
五体を地に着き、ただ乞うしかできない。
「だったら、村の人たちにも飯を分けてくれないか。みんな腹を空かせて死にそうなんだ。頼む」