餓死寸前の獣人少女に餌付けをしたら、ヤンデレハーレム村の村長になっていた 作:破滅
首筋に添えられた抜き身の仕込み杖。
この世界に来てから、二日連続で刃を喉元に突きつけられている。
慣れはしないし怖くない訳でもないが、それ以上に頭に血が上っていた。
「奴隷と食料の物々交換で取引を承りましょう!」
大仰な仕草でそんなことを宣う道化仮面の商人。
パパとママを返せと嘆く子供たちの声やそれを庇う若い女性の姿から察するに、この悪魔のような取引はこれまでに実際行われてきたことが伺える。
地面が割れるほどに乾き、あのツバキさんが略奪に出ないといけないほど貧しいこの村だ。
この世界で、獣人が人間の奴隷になるということがどれほどの意味を持つのかを知らないけど、例え死ぬより辛い目に遭うと解っていても差し出さざるを得なかったであろうことは想像に難くない。
この村に来た時の飢えの惨状を考えると、極限まで困窮したこの村に対して目の前の商人がフェアな取引をしたとは思えない。
足元を見て、僅かな食料と引き換えにこの村の獣人たちを奴隷として連れて行ったに違いない。
それは、かつて俺たち家族を苦しめた借金取りだって同じだった。
両親が蒸発したすぐ後、彼らは家に押しかけて来た。
派手なスーツと、ゴテゴテとした装飾、鍛えられた大柄な身体と肌に刻み込まれた入れ墨。
一目で堅気ではないと解る彼らは、両親が急にいなくなって悲しみに暮れていた俺たちの家にずかずかと入り込み、金目のものを略奪しながら言った。
「こんなんじゃ借金分に全然足らんなぁ。確か金持ちのロリコン向けマッサージ店のキャストが足りてなかったな?」
野生の熊のような男は、妹の頬を挟みながらヤニ臭い息でそう言った。
「やだ。お兄ちゃん、助けて」
「なに、怯えんな。ただ娘のいないおじさんにマッサージしてあげたり、逆にお前がマッサージをされたりするだけの楽な仕事だ。二人で二年も頑張れば借金はチャラに出来るだろう」
「やめろ」
当時高校生だった俺は、それがどういうことなのか何となく理解した。まだ小学生の妹に、そんな気持ち悪いことをさせるわけがない。
「なんや、じゃあお前が稼いでくれるんけ?」
「……なにをすれば良い」
妹たちに手を出さないことを条件に犯罪行為に加担させられた。
銀行や携帯ショップを回り、俺名義で作った口座や契約したスマホを渡した。それを詐欺に使われた。
結果として、俺は二度と口座を作れなくなり働き口の選択肢を大きく減らすことになった。
今にして思えば、法テラスなどに行って相談できてれば親の借金を俺たちに返す義務がないことを教えて貰えたかもしれないし、警察に相談すればどうにかしてくれたかもしれない。
だけど、会社の倒産と共に親がいなくなってどうしようもなくなったところをマフィアに凄まれれば誰だって冷静な判断なんて出来なくなるだろう。
思えば、妹をロリコン向けマッサージ店で働かせると言ったところから、彼らの交渉術だったのかもしれない。
実際俺は、あの時、何でもしなければならないと思っていた。
あの時の俺と、この村の現状をどうしても重ねてしまう。
「困るんですよねぇ。我々は領主様に許可を貰って独占的に商売をすることを認められているのに、勝手に割り込まれると」
ぺちぺちと刃を首筋に当てられる恐怖よりも、義憤が勝っていた。
そもそもこういう悪い大人はこちらが泣こうが怯えようが手を緩めてくれるわけじゃないことを経験で知っている。
むしろ弱みを見せればどこまでもつけあがってくるから、怖くても気丈に立ち向かう以外の選択肢がない。
「一つ、俺はお前の同業者じゃない。二つ、この村でお前なんぞと取引したいやつはもういない。残念だったな」
「私と取引したい人がいない? そんなわけないでしょう! なにせこの村の人たちは自ら私との取引を望んできたのです。くくくっ。健気ですよ。食料や物資の代金が足りないと知るや否や、彼らは自ら奴隷になりたいと志願したのですから」
やはり、そういうことだったのか……。
今、この村にいない――奴隷となった村の人たちは、みんなを食わせる為に、自らが犠牲になったのだ。
そうするしか、選択肢がないから。
「言葉の使い方が間違っているぞ。それは望んだのではなく、追い詰められたって言うんだ」
「どちらにせよ同じでしょう? だってこの村は貧しい。私の積み荷がなければ彼らは飢え死にするしかない」
「必要ない。お前の積み荷がなくったって、俺が飢えさせない」
「……やはりあの服は貴方が。そして食料も。やはり、同業者じゃないというのは嘘みたいですね?」
「いや、同業者じゃない。お前と一緒にするな」
「なるほど、奴隷商人ではないという事ですね? でしたら貴方はこの村から何を得ようとしているのですか? ここは食料も資源も乏しい不毛の土地。価値のあるものと言えば、人間よりも力があって頑丈で壊れない獣人の奴隷くらいだと思いますが」
「俺は、昔貧しくて苦しい思いをしてきた。見返りなんて求めてない。ただ、あの時差し伸べて欲しかった手を、俺が彼らに向けている。それだけだ」
死の淵で神様に願った食うに困らない能力。
それを与えられて降り立ったこの世界で、かつての俺たちのように貧しく困り果てている彼らを見つけた。
助けるべきだと思った。彼らは、かつての俺だから。
苦しい時に親切な人に何度も助けてもらった。今度は俺が助ける番だと思った。
「なるほど。慈善事業者でしたか。貧しいこの村を見かねて、親切で食料と衣服を分け与え、井戸を掘ったと。……なんて余計なことを!」
「は?」
「近年稀に見る日照りと部族紛争に商機を見出した私は、この村の付近に流れる二つの川の上流を領主様にせき止めて貰い、森に除草剤を撒いて、戦闘力だけはやたらある畜生どもを弱らせつつ安く買えるよう準備をしてきた」
「この村の飢えと渇きは、お前のせいだったのか……」
信じられなかった。
こいつは、金儲けのためにそこまでするのか……。
芋煮だけで泣いて喜ぶほどに飢えと渇きに苦しむ彼らの惨状を、ただ安く奴隷を仕入れたいというだけの為に作り出した。
こいつは、どこまでクズなんだ……。
「それにどれだけ多額の金と時間を注ぎこんだか。なのに、お前のような偽善者のせいで今までの投資がパァになってしまった。私の商売の邪魔をするな!!」
悪いことをしているのはこいつなのに、顔を真っ赤にして憤っている。
怒りを通り越して最早呆れてしまう。
「まあでも、問題ありません。そんなくだらない慈善事業、それを今すぐやめると誓ってください。それさえしてくれれば、私の商売は再開できる。そうなれば、貴方の命を取る理由もなくなります」
添えられた刃を少し引かれるだけで頸動脈はスパッと切れてしまうだろう。
「もちろん無料でとは言いません。貴方の食料や資材、井戸掘りの技術はコンキスタ商会が高値で買い取らせていただきます。我々は領主様お墨付きの商会ですので、金銭だけでなく美しい人間の女性の奴隷や、上級市民の立場などお金だけでは手に入らない特別な品だって用意させてご所望とあらば用意することも出来ますよ?」
更に甘言で惑わそうとしてくる。
従順で美しい奴隷は男のロマンだし、この世界では戸籍もない流れ者でしかない俺が街で生きていくには市民権が必須だろう。
だからどうした?
「美しい女性ならツバキさんで事足りてるし、この村で生きていくつもりだからクソみたいな町で生きる権利なんて必要ないね!」
「状況が理解っているのですか? 貴方の命は私の掌の上なんですよ?」
「状況が理解ってないのはお前の方だバーカ」
中指を立てて舌を出すと同時に、商人の前腕と首が宙を舞った。
「死んでおけ。ゲス野郎が」
少し前から視界の端にいたツバキさんは、目にも止まらない速さで傭兵三人の間をすり抜け、仕込み杖が俺の頸動脈を切るよりも早く奴隷商人の首と腕を斬り飛ばしていた。
「怪我は……なさそうだな。ところで、さっきのは私と結婚するつもりがあるという解釈で良いのか? ミチル」
斬られた奴隷商人には目もくれず鞘を刀に仕舞う彼女の頬は赤く染まっている。
尻尾は忙しなく振られ、彼女の関心は切り捨てたクズ商人ではなく俺の方にあるみたいだった。