餓死寸前の獣人少女に餌付けをしたら、ヤンデレハーレム村の村長になっていた 作:破滅
村の片隅に位置する社に、ミチルが作ってくれた飯を持っていく。
そこには一人の少女が、目を閉じて鎮座していた。
かつて美しく輝いていた銀髪はくすみ果て、水不足で満足に身を清められてないせいで毛並みはごわついている。
もっちりとしていた頬はすっかり痩せてしまい、太陽のようにはつらつとしていたオーラはすっかり消えてしまった。
我らが村の長であり、祭事を司る巫女様の変わり果てた姿が労しい。
「ツバキか。何用だ」
「食事を運んできました」
「それはどうした」
巫女様は目を開け、私の手にあるお椀を見た。
「芋煮、という料理らしい」
「品目を尋ねたのではない。どのようにして用意したのかと問うておるのだ」
「ミチルという男が、食料を分けてくれました」
「ふむ。それで、向こうは何を要求している?」
「何も……」
「何も? そんなはずはないだろう。この荒れた地において食いものは黄金よりも価値がある。それを何の見返りもなく分け与える者がいるものか」
それは道理だった。
しかし、邪悪な企みをする人間があんな真心の籠った暖かい飯を作れるのだろうかとも思う。
「巫女様。食べないのですか?」
「村の者たちは?」
「全員に行き渡っております」
「そうか、では食わぬ理由は矜持だけか」
「お言葉ですが」
説得しようと出かけた私の言葉は制止される。
「解っておる。妾とて一匹の獣。飢えには抗えぬよ」
そう言って、受け取ったお椀に口をつけた。ぐぅぅと、腹の虫が鳴く。
巫女様は村の皆に食わせろと自分を後回しにしてきた。誰よりも空腹だったはずだ。
下唇を噛み、ぽろぽろと涙を溢していた。
「美味いな。この料理はなんと甘くて、暖かいのだ」
「実は芋の皮剥きは私が手伝ったのです」
「そうか、お前が台所に。……この料理はミチルとやらが作ったのか?」
「ええ」
匙を使って芋をゆっくり咀嚼した巫女様は、目を瞑る。
「この料理には確かな思いやりを感じる。飢えた我らの臓腑に負担をかけまいと言う気遣いが」
「そうなのです!このような優しい料理をする男が邪な企みを持っているとは思えないのです!」
「ふむ、あのツバキが懐いてもおるのか」
「なっ」
懐くなんて言い草に顔がかぁっと熱くなる。
「懐いてなどおりません!ただ、飢えた私や村の皆に料理を振る舞ってくれたことに感謝しているだけで」
「妾の前で照れ隠しなぞせんで良い。愛いのう、ツバキは」
ニヤニヤとからかうように笑う巫女様。この人は何において話を色事に絡めようとする悪癖がある。
もっと村が裕福だったときは事あるごとに良い男はいるかえ?お見合いを用意してやろうか?と口癖のように言っていた。
それさえなければ非の打ち所のない村の長なんだが。
「仮に。純粋な親切心で価千金の食料を分け与えてくれたとして、そのミチルという男はいつまで居てくれるのだ?」
「いつまで……」
彼は遠いところから来たと言っていた。
であればまた遠いところに去るのも道理だ。なのに巫女様に言われるまで、何故かいつまでもいてくれると思っていた。
「知っての通り乾きで畑は荒れ果て、獣どころか森すら枯れてしまった。生き延びるにはその男の持つ水と食料が必要だ。去られるわけにはいかん」
「つまり、ミチルを捕らえろと言うことですか!?」
「出来るか?」
いつものおちゃらけた雰囲気はなく、その赤い瞳は至って真剣に真っ直ぐだった。
ミチルに再び刃を向け、枷を嵌めて空になるまで食料を略奪し続ける。
いつ出ていくとも知れない以上、この村のためにはやる必要があるかもしれない。
そしてその役割は、唯一残っている戦士である私に回ってくる。
村を守る刃として、貴重な食料を優先的に回して貰っていた。食事を減らせば肉が落ちる。刃が弱ければ奪われるのを止めることを、いきるために狩ることも出来なくなる。
出来ないというのは筋が通らない。でも……。
「できません。ミチルは向けられた刃に暖かい飯を返した男です」
「じゃろうな。そもそも、この汁を作った男に酷い行いをするのは村の者たちも納得せんだろう」
巫女様の言葉にどっと力が抜ける。どうやら私はあの男にこの刀を向けなくて良いらしい。
「しかし、今去られたら困るというのも事実だ。引き留めなければなるまい」
「引き留める。どのように?」
「旅の男が定住を決める理由なんて一つしかない。番を見つけた時だけだ」
「番……」
あんまりな言い回しに顔が熱くなる。
「それは誰が……」
「お前しかおらんじゃろう」
「私、ですか?」
「本当は妾が行くのが筋じゃろうが、この痩せた身体では誘惑することも出来ん」
「誘惑……」
確かに、この村で一番痩せてないのは私だ。しかしそれは戦うためであって、男を籠絡するためではない。
「ツバキ、今回ばかりは冗談ではない。色事が苦手なお前にこのような頼みをするのは申し訳ないが、他に方法も思い付かん」
頭を下げていた。深く、私に対して。
いつものお節介とは違うことをようやく理解し、背筋を伸ばす。
要するにこれは政略結婚のようなもの。いや、それよりもずっと立場が悪い。
何もないこの村にミチルに残って貰うために、女として私を差し出し引き留めると言うことだ。
「そう言うことでしたら、引き受けます」
「そうか。すまない」
上等じゃないか。
ミチルを引き留めなければこの村は飢えて全滅する。つまり、これは刀を使わないだけで村を守るための戦いなのだ。
「それが、死地から逃げ出し生き永らえた私の使命ですので」
頭を下げて、社から出る。
役得だなんて思っていない。
私の刀に怯えを見せず握り飯で返した強く優しく裕福な男に、個人的な好意を抱いているわけではない。
ただ、村のために残って貰う必要があるから、我が身を差し出すだけである。
ミチルの元に戻ると、何も言っていないのに私の分のほうとうを取っておいてくれた。
こういったさりげない優しさが本当に好……いや、あくまで巫女様の命令でこの男を引き留めるだけである。
色欲を理由に自分から男に迫るようなはしたない女では断じてない。
「そう言えばミチル。今夜は泊まる宛があるのか?」
◇
縄文時代のイメージが強い竪穴式住居だが、庶民の住居としては室町時代辺りまでメジャーだったらしい。
藁葺きをテントのような円錐形に組み上げた外観だが、中に入ってみると掘られている穴のお陰で案外広い。
床にはござが敷かれていることくらいは解るが、真っ暗で何も見えない。
「お邪魔します」
「邪魔なものか。私から招いたのだ」
ツバキさんが可笑しそうに笑った。
「人の家に上がるとき、この村では何て言うの?」
「ん?特に何も言わないな。もてなされたら礼を言う、くらいはあるだろうが。ミチルの故郷ではお邪魔しますというのか?」
「そうだけど」
「変わった文化だな。邪魔だと思う相手を我が家に招くなんてことあるはずないのにな」
からから笑ってから、ツバキさんは中央の燃えカスを掘り起こし藁葺きを少し掴んで突っ込んだ。
パチパチと音を立てて火が灯った。
焚き火の灯りで仄かに室内が照らされる。
山のように積まれた藁の上に布が敷かれた、ベッド兼ソファのようなものや、竿に干された服が見える。
生活感があった。人が住んでるのだから当たり前なんだろうけど、教科書でしか見たことない形式の家だったからギャップを感じた。
「適当にくつろいでくれ。と言っても出せるものはないが。あぁいや、茶があったな。淹れよう」
水瓶を取って、外から水を汲んできたツバキさんはそのまま火にかけお湯を沸かした。
布がかけられた藁ベッドの上に座りぽんぽんと隣を叩く。座れってことなのだろうか。
ずっと立ってるわけにもいかないし、隣に座る。
椅子もない。机もない。ベッドも一つしかないことに気付いた。
「そう言えば、俺はどこで寝れば良いんですか?」
「このベッドを使えば良いだろう」
「じゃあツバキさんは?」
「当然このベッドで寝る」
あまり大きいベッドというわけではない。二人ならんで寝れば、自然、くっついて寝ることになるようなサイズ感だ。
ツバキさんは一つ距離を詰めてくる。
肩と肩が触れあう距離感。
「嫌じゃないんですか?」
「ミチルなら、嫌じゃない。ミチルは、どうなんだ?」
息が詰まる。暖色の薄明かりの中で、黒い瞳と目が合った。嫌じゃない、というのは単に一緒に寝ることがってことなのか。それとも……。
「勿論俺も……」
ぐつぐつとお湯が沸き立つ音がする。
「茶を淹れようか」