第2話「初めてのトリガー」
五年前。
三門市。
十五歳になった影海尚輝は、ボーダー本部の訓練室に立っていた。
目の前に置かれているのは、訓練用のトリガー。
黒いグリップ。
銃型のトリガー。
尚輝はそれをじっと見つめていた。
「……これが、トリガー」
手を伸ばし、グリップを握る。
思っていたより軽い。
だが、その軽さとは裏腹に、尚輝の胸には強い緊張があった。
十歳のあの日。
母親と一緒に避難していた自分たちを、遠くから守ったボーダー隊員。
その手にあった銃。
ずっと憧れていたものが、今、自分の手の中にある。
「影海」
背後から教官の声が飛んできた。
「はい」
「初めてだからって力みすぎるなよ。まずは基本からだ」
「分かりました」
尚輝は頷いた。
射撃訓練が始まる。
正面に標的が出現する。
距離は約三十メートル。
「撃て」
尚輝は銃を構えた。
呼吸を整える。
照準を合わせる。
そして――
引き金を引いた。
――パァン!
弾丸が標的の中心を撃ち抜く。
「……」
もう一発。
――パァン!
また中心。
三発目。
――パァン!
中心。
教官が少し目を見開く。
「……なるほど」
尚輝は銃を下ろさない。
「次、移動目標」
標的が左右へ動き始める。
尚輝は標的の動きを追いながら、少し先へ銃口を向ける。
――パァン!
命中。
――パァン!
命中。
――パァン!
また命中。
周囲にいた訓練生から、小さなどよめきが起こる。
「射撃のセンスはかなりあるな」
教官が言った。
「ありがとうございます」
「ただし」
教官は尚輝を見る。
「実戦は的当てじゃない」
「……はい」
「敵も動く。撃ち返してくる。地形もある。味方もいる」
尚輝は黙って聞いていた。
「その全部を考えて戦うんだ」
「分かりました」
この時の尚輝は、まだ知らなかった。
射撃が上手いことと、戦闘が上手いことは違う。
そして自分が――
チーム戦を、思っていた以上に苦手にしていることを。
⸻
数か月後。
訓練用の市街地ステージ。
尚輝は初めてのチーム戦に参加していた。
三対三。
尚輝は後方から敵を狙う役割だった。
「影海、右!」
味方から通信が入る。
「了解」
尚輝は右へ移動する。
建物の陰から敵が飛び出してきた。
「――!」
照準。
撃つ。
――パァン!
しかし、敵はシールドを展開した。
弾丸が弾かれる。
敵が一気に距離を詰めてくる。
尚輝は後退しながら射撃を続ける。
「影海、下がって!」
「まだいけます」
「無理するな!」
「大丈夫です!」
尚輝は止まらない。
敵との距離を維持しながら撃ち続ける。
しかし、その瞬間――
別の敵が建物の横から現れた。
「――っ!」
気づくのが遅れた。
被弾。
トリオン体が大きく削られる。
「影海!」
味方が援護に入る。
だが、その隙に別の敵が味方を撃ち抜いた。
「しまっ――」
訓練終了。
敗北。
⸻
訓練室を出たところで、チームメイトが尚輝を呼び止めた。
「影海」
「はい」
「さっき、なんで指示を聞かなかった?」
尚輝は少し考える。
「……まだ戦えると思ったので」
「そういうところだよ」
「……」
「尚輝一人なら、それでもいい。でもチーム戦なんだ」
尚輝は黙っている。
「俺たちがお前に合わせるだけじゃなくて、お前も俺たちに合わせてくれ」
「……分かりました」
そう答えた。
けれど。
心の中では、まだ納得していなかった。
自分なら、まだ戦えた。
自分なら、もっとやれた。
それなのに。
仲間に合わせるために、自分の判断を止めなければならない。
その感覚が、どうしても好きになれなかった。
⸻
それから数か月。
チーム戦を何度繰り返しても、状況は変わらなかった。
尚輝は射撃が上手い。
敵との距離を取るのも上手い。
状況を見ることもできる。
それでも。
「勝手に動きすぎる」
「味方との連携を待たない」
「自分の判断を優先する」
そんな評価が付きまとった。
そしてある日。
誰もいなくなった訓練場で、尚輝は一人立っていた。
銃を構える。
正面には訓練用の敵。
「……」
撃つ。
命中。
移動。
撃つ。
命中。
だが、敵の数が増えると対応が難しくなる。
尚輝は銃を下ろした。
「……何が足りない」
射撃能力ではない。
火力でもない。
考える。
敵を撃つ。
敵が動く。
その後を追う。
それでは遅い。
なら――
敵が動く前に、撃つ場所を決めてしまえばいい。
尚輝は市街地を見回した。
建物。
道路。
路地。
遮蔽物。
高低差。
すべてが戦場になる。
「……敵を撃つんじゃない」
尚輝が呟く。
「敵が動く場所を撃つ」
その瞬間から。
尚輝の戦い方が変わり始めた。
⸻
最初に試したのは、ダミービーコンだった。
敵のレーダーに偽の反応を作る。
一つ。
二つ。
三つ。
「……これなら」
敵は迷う。
どれが本物なのか。
その隙に尚輝は姿を消す。
カメレオン。
気配を消し、敵の側面へ回る。
そして――
「アステロイド」
銃声。
敵の背後から弾丸が飛ぶ。
敵が振り返る。
だが、そこにはもう尚輝はいない。
再びカメレオン。
敵が周囲を探す。
その間に別の場所へ移動。
撃つ。
また消える。
まるで狩人だった。
敵が逃げれば、その先へ回る。
逃げ道が一つなら、そこを撃つ。
複数あるなら――
「メテオラ」
爆発で道を塞ぐ。
それでも止まらない敵には、レッドバレット。
赤い弾丸が敵へ食い込み、動きを鈍らせる。
そして最後に。
アステロイド。
撃ち抜く。
⸻
「……このほうが、いい」
一人で戦えば、自分の判断で動ける。
誰かに合わせる必要もない。
自分の考えた通りに敵を動かせる。
もちろん、チーム戦が必要なことは分かっている。
だが。
「俺は……こっちのほうが強い」
そう思った。
その考えは、少しずつ尚輝の中に根付いていった。
⸻
そして十七歳。
個人ランク戦。
対戦相手は近距離型のアタッカー。
開始。
尚輝はバッグワームを起動した。
レーダーから姿を消す。
「……また隠れたか」
敵が周囲を警戒する。
だが、尚輝はそこにはいない。
すでに建物の反対側へ回っていた。
ダミービーコンを展開。
レーダーに複数の反応が現れる。
「どれだ……?」
敵が迷う。
その瞬間。
「そこ」
――パァン!
アステロイド。
敵がシールドを展開する。
弾道から尚輝の位置を推測し、敵が走り出した。
尚輝は追わない。
ただ見る。
敵がどこへ向かうのか。
右。
その先には道路。
左には建物。
敵は右を選んだ。
「……やっぱり」
尚輝は先回りする。
敵が角を曲がった瞬間。
「アステロイド」
――パァン!
正面から射撃。
敵がシールドを張る。
その瞬間、尚輝は射線を変えた。
敵が左へ逃げる。
そこには、先ほどのダミービーコン。
敵の判断が一瞬遅れる。
「遅い」
――パァン!
さらに射撃。
敵が後退する。
逃げ道は一つ。
尚輝はトリガーを切り替えた。
「メテオラ」
発射。
着弾。
――ドンッ!!
爆発。
敵の足元が吹き飛び、体勢が崩れる。
「――っ!」
敵が立て直そうとする。
だが、その瞬間。
尚輝はレッドバレットへ切り替えた。
「レッドバレット」
赤い弾丸が敵のトリオン体へ食い込む。
動きが鈍る。
そして――
「終わりだ」
アステロイド。
連続射撃。
敵のトリオン体が削られていく。
最後の一発が命中した瞬間。
敵が消滅した。
勝者。
影海尚輝。
⸻
観戦席。
一人の少女が、その戦いを静かに見つめていた。
那須玲。
その隣には熊谷友子がいる。
「……今の、すごかったね」
熊谷が感心したように言う。
玲は頷いた。
「うん」
「普通のガンナーとは、ちょっと違うね」
「そうだね」
玲は画面から目を離さない。
「撃つ前に、もう勝負を決めてる」
「どういうこと?」
玲は少し考えてから答える。
「尚輝は、敵を撃つことより先に……」
画面の中。
戦闘を終えた尚輝は、誰とも話さず一人でフィールドを出ていく。
「敵がどこへ行くかを決めてる」
熊谷はもう一度、画面を見る。
そして、小さく笑った。
「なるほどね」
玲も静かに微笑む。
「……面白い人」
「玲、気になる?」
「うん」
少し間を置いて。
玲は言った。
「一緒に戦ってみたい」
その言葉が。
影海尚輝と那須玲。
二人の物語が始まる、最初のきっかけになった。
こんにちはこんばんはライモンジですここまで読んで頂きありがとうございます。感想コメントなどお待ちしております。とりま3話までお試して投稿します。好評なら続き出しますの